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与那国島沖の海底遺跡が世界史のどこに組み込まれ得るかという問題は未解決の分野です。 せっかくですから、この巨大なテーマを、自由な発想と柔軟な心で考察する(ブログ上の)素人学会ができれば・・・と夢みています。

令和日本の幕開け

「古事記」と御神楽おかぐら

わたくしは、これまでに、「古事記」「日本書紀」等の日本の国典や古典が、聖書やギリシャ神話と密接に連携しているばかりではなく、聖書についての誤った認識を糺すことができるガイドブックとなっていることを書いてきましたが、ほとんど、無視されてきています。ほとんどの日本人が聖書を読み通したことがないのですから、無視されるのも無理はありません。

ところで、「日本人はキリスト教徒になっている人が1パーセントを超えない」ことは、欧米の宣教師さんたちから見ると不思議なことだそうです。
「ヨハネの黙示録」を解明して、説明しましたように、真の「新しい聖なるエルサレム」は日本になる筈です。
ということは、西洋キリスト教は大きな誤謬を犯しているということです。ですから、日本人がキリスト教にならないのは正解なのです。これも、実に不思議なことです。

聖書を殆ど読み通したことがない日本の国民の皆様に、「ヨハネの黙示録」解読や「日本の守護神は、恵穂葉神である」ことを解っていただけるには、一体どうしたら良いのか、わたくしは途方にくれました。
そこで、「古事記」や「日本書紀」が、聖書のガイドブックになっていることは、私が既に検証済です。ですから、「古事記」「日本書紀」の岩戸隠れの場で「天の鈿女が舞った舞い」が神楽の起源とされているので、この「御神楽」が手がかりになっているのではないかと考えて、あちらこちらの御神楽を見学しました。

二荒山神社 天の岩戸の舞

宇都宮市二荒山神社の天岩戸の舞  宇都宮観光コンベンション協会より


私のブログには、御神楽で、「天の岩戸を投げる手力男」が「アトラス」を連想させること、そして、アトラスとは「古事記」「日本書紀」の「ウガヤフキアエズ」であること、さらに、「伏義と女媧」であり、それは、「手力男と天の鈿女」であることを書いています。
結局、アトラスとは「トロアス」すなわちトロイアであり日本であること等も説明しました。
まさしく、御神楽のルーツだと言われている天の鈿女こそが、歴史の謎を解く「鍵」だったのです。

私のブログのSitemapから 57 鬼と御神楽 を参照してください。

1、「天の岩戸を投げる手力男」は「アトラス」を連想させる。
2、アトラスとは、「古事記」「日本書紀」の「ウガヤフキアエズ」である。
3、アトラスは、「伏義と女媧」である。
4、「枕草子」が「ファイストス円盤のA面は女媧、B面は伏義」であると教えている。
5、アトラスは、「トロアス」のアナグラムであり、ゆえに、トロイアである。


1、「天の岩戸を投げる手力男」は「アトラス」を連想させる。


手力男命 戸取の舞

アトラスとヘラクレス
Atlas, Heracles and the golden apples  c6th century BC.   National Museum, Athens


アトラスとヘラクレスが天地を支えていたというギリシャ神話は大変有名ですが、この紀元前6世紀頃の絵の「棍棒」は、紀元前16世紀頃の「ファイストス円盤』にも描かれている「鬼に金棒」の「金棒」です。

ファイストス円盤 金棒

この「大の字」がたの「人」を「大人」と解しますと、辞典で「うし」と読み、「貴人、大物」であることが解ります。

「ファイストス円盤」では、「大人うしと「金棒」を佩くと読み、「うしはく」と解しますと、
「古事記」上巻の「国譲り」の場面で出てくる言葉で、「汝がうしはける葦原の中国なかつくには、我が御子のしらす国と言依ことよさし賜えり。」と記されている重要な記事にリンクしていることが解ります。
「うしはく」は、万葉集にも4例ある言葉です。




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令和日本の行方

日本・中国・韓国のカオス

中国の古代史を書いている途中で、長らく筆を休めていました。
日本をめぐる国際情勢は、相変わらずカオスです。
EU情勢はイギリスのブレグジット問題のせいで先行き不明ですし、アメリカの財政ひっ迫も好転する様子は伺えません。ロシア情勢も相変わらず不透明です。

日本の近隣に目を向けて見ますと、中国は、習近平総書記が独裁体制を強化しようと躍起です。「一帯一路」を「旗印」にして、世界制覇を構想しているわけです。中国は、今やアメリカと競い合う「世界の二大覇権国」となりました。
これに対して、欧米がどの様に対応してゆくつもりなのか、五里霧中です。どちらが覇権をとるにしても、日本は今以上に、両国の熾烈な応酬に翻弄されることは必至です。

韓国の文在寅大統領は、日本を敵視する以外には、国をまとめる方法が無いと見えて、日本をだしにして、中国的独裁体制を作ろうと猪突猛進しています。
日本の安倍・麻生体制も殆ど独裁体制の様相を示しています。この独裁体制は、日本国民にとって良い方に向かうでしょうか。
ほとんどの国民は、この体制での前途を悲観しています。なぜなら、此の両巨頭は、庶民の生活の実情や苦労などとは無縁の世界で生きている方々だからです。では、この安倍・麻生体制よりマシな人材が得られるかというと、それも、全く期待できないので、、わたくしは、閉塞感で打ちひしがれています。


「令和」時代
令和の時代が今年2019年5月1日から始まりました。
「令和時代とは」を予測してみますと、これは、日本にとって、「零」か「和」かの両極端に曝される時代だと言えます。
つまり、日本民族は、第二次世界大戦前夜のような、「四面楚歌」「背水の陣」に再び立つであろうということです。
現代の日本人の知恵を総結集しても、この窮地を逃れる術は「零と断言できます。
なぜ、このようなことを断言できるかと言うと、「預言者たちがそのように預言している」からです。
「預言者は、そのようなことを見通しているから預言している」のであって、国民が自分たちで解決できるのであれば、預言と言う助言は必要ではないのです。
アメリカやイスラエルが、預言を利用して国を運営していることは明らかです。
トランプ米大統領が5月21日から26日まで、任後初の外遊でサウジアラビア、イスラエル、バチカンなど中東・欧州を歴訪したことなどもその一環です。
私の過去ブログ http://21seikinokadai.blog15.fc2.com//blog-entry-138.html 参照


日本が自力で、「零になるという窮地を逃れうるか」を知るためには、いくつかの前提を把握していなければなりません。
1、欧米イスラエルの「預言利用」の実態と日本の関係を知ること。
2、欧米イスラエルの「預言利用」と現今の日本の指導者との関係を知ること。
3、「預言の本質」をしること。
この、三者を知ることから始めなければなりません。


まず、現今の日本の指導者、つまり、「安倍・麻生体制」とは、すでに、75年も昔に「計画されていた」「吉田学校」の目指していた体制のことであることを知る必要があります。
次に、「安倍・麻生」両氏の宗教を知る必要があります。

そこで、まず、「安倍・麻生体制」とはから、書きはじめてみます。
「吉田学校」は日本を制覇

ウィキペディア(Wikipedia)より引用してみます。
吉田学校(よしだがっこう)は、吉田茂(麻生元首相の祖父)が自らの政治基盤を支え、後身を育てるために集められた国会議員のグループを指す。
吉田と同じ官僚出身が多数を占め、吉田学校出身者の多くは吉田の引退後も戦後日本を牽引した。のちに首相となった池田勇人や佐藤栄作らが代表例である。
ウィキペディア(Wikipedia)には、吉田学校のメンバーがずらっと載っていますので参照してください。


わたくしは、偶然にも赤坂プリンスホテルの旧館二階に出来た「十日会」という岸信介氏の派閥事務所に勤めていました。
安倍晋三氏の祖父にあたる方の事務所です。
山口県出身者や縁故で採用すると、よけいな摩擦が起こるので、「他の代議士が新聞広告で秘書募集した中から、第二第三候補を見繕って寄こしてもらう」、といったおおざっぱな採用事情によって私が採用されたのでした。
岸信介氏の個人事務所は、日石ビルにありましたが、そこへは、一度も行ったことがありません。

岸派の派閥事務所「十日会」は、その後、福田赳夫氏に赤坂プリンスホテル旧館2階の事務所ごと委譲されて、「党風刷新連盟」と名を替えましたが、そのとき、岸信介氏のこの措置を不服とした川島正二郎氏が、ただちに、派閥の半数以上?を率き連れて、御堀端のパレスホテルに分封されましたので、一時は、「東風刷新連盟」は、閑古鳥というありさまの時もありました。

しかし、さまざまな選挙(総裁公選 衆参議員選挙 都知事選挙 県会議員選挙・・・・)のたびに、福田赳夫氏の「東風刷新連盟」の方が、じりじりと勢力が増してきました。それは、「財力」の差であろうと思いました。福田赳夫氏の財力ではありません。岸信介氏の財力です。
何から何まで桁外れのように思いました。

赤坂プリンスホテルの別館が、佐藤栄作氏の総裁公選のための記者対応会場になったりしましたので、自派の代議士さんばかりではなく、他派の代議士さんも、「お金」をもらいに派閥事務所に来訪されました。渡すのは「小切手」などではなく、全て、現ナマでした。
代議士さんの中には、「ワシは、この派閥に属すつもりはないが、くれるというものは貰って行く。」とか、「なんだ、田中角栄のほうが気前がいいじゃないか」とか話す先生もおられました。
今だったら、隠しカメラや録音機が大活動したでしょうね。

第二は、人事です。大臣、政務次官、国会議員、県会議員、等々のポスト・・・から、叙勲にいたるまで・・・多くの嘆願を見てきました。
こうして、人事のネットで、仕分けられて、次第々々にいつの間にか、政敵が淘汰されていったのでしょう。
第三は、予算です。今でも、わたくしたちは、国家予算の殆どを把握できていません。海外に垂れ流す金、各種の事業計画に流れる金が特殊な機構で流れている面が多いように思います。
一級河川、ダム、港湾、高速道路、空港、防衛、そのほか、もろもろの事業には、関係省庁や関係業界などの便宜・利益を図って働き掛ける「族議員」といわれる国会議員がいて、このシステムが、日本のあらゆる「美」と「徳」を損なう元凶となっています。

第四は、許認可権。
第五は融資。これにも、族議員がついていることが多かったように思います。
第六は情報を握って、すなわち、インサイダー。
正規の検察や検事ルートの情報は勿論のことでしょう、が、ほかにも、
赤坂プリンスホテルの事務所には「藤田小女姫(こととめ)のようなのも来て、代議士たちを占っていました。その1回分の料金は、わたくしどもの年収の半分ほどだといううわさでしたが、代議士ともあろう方々がどうして、こんな怪しげな女に身の上の相談するのか不思議でなりませんでした。

第六は、マスコミ操作。藤田小女姫が産経新聞社の一室を事務所にしていたといいます。
後に、「中ピ連」の榎 美沙子も産経新聞に第一情報を流していましたしね。この中ピ連の榎 美沙子も、どこかの為の「情報収集人」だったと理解しています。
このほかにも、特権利権の収奪に繋がる道があります。俗に「ゴールドフィンガー」といわれている重要なツールです。


総じて、日本国の総理大臣は、「吉田(茂)学校」の生徒たち、岸信介 佐藤栄作 池田勇人 福田赳夫etc がリレー式になることになっているように思えました。「党人派」とかのその他の派閥からの総理大臣は、「つなぎ」です。
半世紀ほど昔に、電話番兼お茶くみの「小娘」であったわたくしの予想は当たっていました。
戦後七十五年たった今、吉田茂氏の孫と岸信介氏の孫が政権の中枢にあるのを見れば、誰も反論できないでしょう。そして、「吉田学校」の面々は、今では、お互いに親戚どうしとなり皇室に繋がっています。
こうして、独裁体制は日一日と強固になってきています。


戦後、GHQが、「日本国民がのように口をきけないで群れているだけの人々になるように」
施策してきたことと、GHQ肝いりの「吉田学校」路線にそぐわない人、彼らの政敵になりそうな人を、うまく排除しつづけて、強力な人脈や利権ネットを張り続けてきた独裁者たちは、日本国民の側に立って国政を執るような人材ではないのです。GHQの指令下だったというくびきがついているのですから。しかし、このトップの方々を排除して、首をすげ換えたところで、「体制のネット」がある以上、改善の見通しは立たないのです。

AI時代と独裁体制
コンピューター時代となって、AIがすさまじい機能を発揮するようになった今日は、独裁者がすべての情報を独占できる時代が到来したと言えます。 
しかし、何処の国の独裁者たちも、配下の者どもも、自国の国民の福利のことなど眼中にないかのように、歪な行政しか為し得ていません。というのも、どの国の独裁者も、「彼ら」とでも呼ぶべき者の配下だからです。GHQもその配下でした。
そして「彼ら」は、「全世界の人民の幸福」などは眼中にありません。

日本人が、気付かなければならないのは、日本人を最も不幸な目に合わせたいと目論んでいるということです。
それは、真の「預言者」は日本人(トロイア人=アトランティス人)であり、キリストも日本人だからです。ということは、神の国も日本でした。今のエルサレムも、もともとは「エブス人の土地にダビデが築いた」と聖書に書かれてありますが、エブス人とは「夷エビス」即ち日本なのです。「古事記」において、国産みの際、「蛭子を流した」とありますが、「蛭子」はエビスと読ませています。
ダビデは、神輿を担いで御神宝を運んだことが聖書に書かれていますが、それらは行方不明と言われています。しかし、それが日本にあることは、その道の方々の間では有名なことで、GHQに占領されていた間に、GHQによって探し続けられましたが見つかっていません。それは、フランシスコ・ザビエルらの来日の真の目的を悟った「持ち主」によって、陸奥みちのくに隠されたからです。


「聖書」は、「旧約聖書も新約聖書も」すべて、日本人民から「簒奪されていた」り、「毒麦が混ぜ込まれていた」ということです。「神の国」と言うタイトルも1948年に、簒奪されて、「いすらえる」というところに張り付けられています。
そして、この一世紀以上、あの手この手で、日本を貶めたり毟ったりしましたが、へたばらないどころか、今日では、日本をたたくと、かえって、叩いたところが窮地に陥るという現象さえ見えてくるようになりました。
見る影もなくみすぼらしくなって、犯罪者も急増した日本ですが、それでも、なぜか、この日本を愛してくれる人々が増えているのです。
だからといって、このまま、この惨憺たる日本の現状を改善することのないままで、「零」への崖っぷちにいることは危険です。
「彼ら」は、全世界を支配するためには、「日本」を消す必要があると思っているからです。

日本のアイデンティティ 9


日本のアイデンティティと中国 8

日本の新しい元号「令和

新しい元号「令和」のご披露には、横浜・八景島シーパラダイスのオタリア(アシカの一種)レオ君も大活躍していました。書道の達人も顔負けの集中力!堂々たる揮毫っぷり!で、無事、大役を勤めあげていましたね。

八景島シーパラダイス アシカのレオ君の揮毫 「令和」

令和」の典拠 「万葉集」

「万葉集」は幅広い階層の人々が詠んだ歌が収められ、我が国の豊かな国民文化と長い伝統を象徴する国書です。(安倍晋三首相)

「万葉集」巻五、梅花の歌32首の序文から引用しました。『初春の令月にして、気淑よく風和ぎ、梅は鏡前の粉を披ひらき、蘭は珮後はいごの香を薫す』との内容で、梅の開花ともに訪れた春への喜びを歌った部分です。(菅義偉官房長官)


2019年4月29日  THE SANKEI NEWS
〝名付け親〟万葉集研究・中西進さんに聞く 「令和」うるわしき精神から
元号の考案者とみられている万葉集研究の第一人者、中西進さん(89)が産経新聞のインタビューに応じ、「令和」に込められた平和への祈りについて語られたとの記事が出ていました。
国書を典拠とする元号は初めて。また「令」の文字が元号に使われるのも初めてで、その本義は「形が整っていてうるわしい」という意味だという。
中西さんは、「うるわしき和の精神」を世界に広めていくことが次代の日本人の務めだと語られ・・・。
「令和」の言葉が採られたのは、万葉集に収められた「梅花の歌三十二首」の序文から。
大宰府の帥(そち 長官)を務めていた大伴旅人おおとものたびとが自宅の梅園に友人を集めて歌会を開いた際に、周囲の自然の美をめでた文章です。
文章の概略を言いますと、「新春の好き月に、空気は美しく風はやわらいでいる。
梅は白く咲き、蘭が香る。明け方の峰に雲が行き来し、松は雲の薄絹をまとって蓋きぬがさをさしかけたようだ」・・なんともうるわしい風景ではありませんか。
これまで元号は漢籍から採られていましたが、日本の元号なのですから、そろそろ国書を典拠にしてもいいのではないでしょうか。「平成」は平等や平和を訴える非常にベーシックなスローガンでした。ですからその次に、すばらしい「和」の精神を世界に広めていくという目標を掲げることは、新たな時代にふさわしいものだと思います。
・・・と。

以上 2019年4月29日 THE SANKEI NEWS 〝名付け親〟万葉集研究・中西進さんに聞く 「令和」うるわしき精神 の記事中の、中西進しの言葉から抜粋しました。
西暦は時間経過を示した数字にすぎないが、元号には込められたスローガンであり目標であるとのことです。

5月4日には、中西進氏は富山市内の中西進氏が館長を務める「高志の国文学館」 で講演し、
「元号は国の理想を掲げるもので、国民の倫理コードである」と、語られたそうです。

2019年4月14日THE SANKEI NEWS
中西進氏、“新元号・令和の考案者”を否定 「つくるのは神や天」の記事中で
新元号「令和」の考案者との見方が出ている中西進氏が14日、館長を務める富山市の「高志の国文学館」で新元号に関する企画展の解説会を開き、「(令和の考案者は)私ではないのですよ」と述べ、「(元号を)つくるのは神や天」とも語られた。
とあります。

今日まで、わたくしたちは、元号に関して、このような、「神意である」とか、「元号は国の理想を掲げるもので、国民の倫理コードである」とか、「うるわしき和の精神を世界に広めていくことが次代の日本人の務めである」と言うような説明を受けたことがあるでしょうか。
そして、空前の「万葉集」ブームが起きているとか。
でも、今の日本、「うるわしき和の精神を世界に広めていく」ことの出来るような、お手本となりうるような日本と日本民族ではありません。日本国と日本国民の存在さえ危ぶまれる状況であるということを自覚しているのでしょうか。

とはいえ、「令和」と言う元号になったのは「神意である」と、中西進氏が公言されたのですが、これが、「神意である」なら、そして、その真意が顕現したなら、日本にとっても世界にとっても素晴らしいことになることは間違いありません。

それには、まず、「令和」という言葉が抽出された「万葉集」とは何かを研究する必要があります。
しかし、「万葉集」は二十巻4500種もの歌などから構成されています。
中西進氏は、「万葉集」の70年近い研究を重ねておられ、この研究の権威者であり、文化功労者にして文化勲章受章もされています。
とはいえ、「万葉集」という巨像の鼻や胴や足などの表面部分を撫でまわして、それをただ書き連ねておられるばかりで、何の本質も極められていないことはあきらかです。
なぜなら、「万葉集」は、日本国の歴史とアイデンティティを繙かせるための辞書であり、それは、結局、聖書の「ヨハネの黙示録」を解かせるための手引書でもあるからです。

「万葉集」には「紐や糸を解くとか結ぶとか」いう言葉が100以上出てくるし、「玉に関する言葉も100以上あり」、「寝るという言葉も不必要なほど出てきます」が、そのことについて、中西進氏は研究していますか?
つまりは、「寝る」とは「御神宝」や「国」や「国民」が寝ていることであり、「紐や糸」は、「歴史」や「神宝」を繙くことにダイレクトにつながっているという肝心要のことをスルーしているのが中西進氏です。

つづきは のちほど



中国の張衡(78年~139年)の有名な『帰田賦』の『仲春令月 時和気晴』に、「万葉集」巻五、梅花の歌32首の序文の冒頭はリンクしているという意見がすぐさまネット上に登場しました。







日本のアイデンティティ 8

日本のアイデンティティと中国 7

日本の新しい元号「令和」と中国

4月1日に、新しい元号が「令和」と発表され、その「令和」が、日本の「万葉集」巻五-801の梅花の歌32首の序文から「初春の令月にして、気淑く風和ぎ」から採られたことが強調されました。

5月1日から、「令和時代」に突入するのですが、これが、なんとも「ヨハネの黙示録的」であることに、わたくしはいささか、驚嘆しています。
中国メディアは、さっそく、「日本の新しい元号『令和』が、純日本ではなくて、中国の古典由来のものである」という論調で記事を書いています。

・文選十五 張衡「帰田賦」の「於是仲春令月時和気清」
・王義之「蘭亭集序」の「是日天朗気清恵風和暢」
まず、この2つが想起されることが取り上げられていました。

さすがです。そのとおりだと思います。
しかし、万葉集巻五-801の「梅花歌の序文」に「飛觴 (觴しょうは杯)」という言葉があることから、わたくしが真っ先に連想したのは、「飛羽觴」というフレーズがある中国の次の詩です。
・李白「春夜宴桃李園序」 

また、みなさまが指摘された張衡「帰田賦」から連想するのは、
・陶淵明「帰去来辞」
・屈原の楚辞「招魂」の「魂兮歸來!」
・山上憶良「万葉集 巻五-894~896 好去好来こうきょこうらいの歌一首と反歌二首」

山上憶良の歌を除いて、上記の五つの詞には、全てに「觴しょうさかずき」という言葉が入っています
これは普通の杯ではなくて「羽觴うしょう」のこと、李白「春夜宴桃李園序」に、「羽觴を飛ばす」という詞がはいっているそれです。
そして、この詩は、陶淵明の「桃下源記」と連携していますし、陶淵明の「帰去来辞」は、山上憶良の「万葉集 巻五 894-896 好去好来こうきょこうらいの歌一首と反歌二首」に連動しているのです。

「桃下源記」では、魚を漁っていた人がたまたま行き着いた「桃園」の奥を探っていくと、良田あり桑竹ありの美しい郷がありました。
そこには、「秦の時代の混乱を避けて妻子村人一団となって絶境に来た人々」が住んでいるというのです。・・ここまで読んだだけでも、それが「徐福」の来た「日本」のことであろうことが浮かび上がります。
陶淵明の「桃下源記」や李白の「春夜宴桃李園序」に謳われているのは、「日本」がエデンの園として備えられているということなのです。

上記の5つの作品は、お互いに緊密に連携し合って、「聖書」の「イザヤ書」や「ダビデの詩篇」あるいは「エレミヤ書」の「エデンの園に帰れ」すなわち、「神に還れ」、「心を取り戻せ」「宗教と政治を糺せ」という「令」を発しているのです。そればかりではありません。その「エデンの園に帰還する」ための数々の「奥義」も提示しているのです。
陶淵明の「帰去来の辞」と連携している山上憶良の「万葉集 巻五 894-896 好去好来こうきょこうらいの歌一首と反歌二首」
には次のような言葉がちりばめられています。

1 倭國は言霊の幸さきはふ國
2 倭の大國霊 久方の天の御空ゆ 天翔り 見渡し賜い
3 海原の辺にも沖にも 神づまり 宇志播吉うしはきいます
4 幸さきくいまして 速帰りませ
5 紐解き放さけて
6 御津の松原かき掃きて 吾れ立ち待たむ 速帰りませ

これらの言葉は、「クレタ島出土のファイストス円盤」という「御霊」を示唆していると同時に、「ヨハネ福音書の冒頭 初めに言葉あり。言葉は神なり。」を示し、そして、「日本語という言葉の力」を示しているのです。
「ファイストス円盤」には、「うしはく」という言葉が刻まれてあります。その詞は、紐状に螺旋らせんを描いて記されてあり、出土以来百年以上経過するも、いまだに「解かれていない」とされています。

しかし、実は、日本語で読み解かれていますので、海原の沖(置)の「ファイストス円盤の謎の詞を「紐解き放けて」急いで走って出迎えましょうと呼びかけているのです。
万葉集」におよそ100ほどもある「紐」「紐を解く」「紐を結ぶ」などという歌、そして、「帯」や「玉」「玉の緒」等々も、皆が皆この「ゴルディアスの結び目 Gordian Knot」を云ったもので、「紐を解く」「寝る」「二人して寝る」「丸寝」「枕や袖を交わして寝る」等も、「恋」などの歌も、学者さんたちがこぞって大好きな「古代のエロチックな素朴な歌」ではありません。そんな、解釈しか脳裏に浮かばない学者さんたちを風刺しつつも、真理に徹した高次元の内容を伝えることのできる卓越した歌々なのです。

「古事記」中巻の神武天皇記「葦原のしけしき小屋で菅畳 いやさや敷きて わが二人寝し」も、同様です。天皇が伊須気余里比売イスケヨリヒメとみすぼらしい小屋で二人だけで寝たというエピソードなどが国史にわざわざ特記されるはずがありません。
クレタ島の「しけしき小屋で寝ていた二人」とは、「倭の國霊」である「ファイストス円盤」がクレタ島の地下の「しけしき石の小屋で眠っているという状況を記したものであり、さらに、A面が「女媧」、B面が「伏義」であることを云ったものです。
すなわち、神武天皇は「伏義系」であり、伊須気余里比売イスケヨリヒメが「女媧系」であるという意味なのです。しかも「伏義とは義伏よしふす、すなわち、聖書のヨセフ一族のことなのです。
6の「御津の松原かき掃きて 吾れ立ち待たむ 速帰りませ」は、「尉と姥」の姿を読んだものです。
中国でよく見られる「絡み合っている蛇」の「伏義と女媧」の画像は、わが国では伝承せずに、「尉と姥」に姿を変えて、コンパスの代わりに熊(曲)手で「かき」、定規の代わりに箒(方矩)で「掃き」、沖の彼方を見つめて待っている姿を伝承しているのです。

19世紀の帛紗に描かれた尉と姥
19世紀の帛紗に描かれた「尉と姥」  ウィキペディアより

兵庫県高砂市の高砂神社は、この「尉と姥」を伝承するための神社です。神宮皇后が新羅征伐の途次に立ち寄られて創建されたことになっています。ご祭神は大己貴命おおなむちのみことですが、同じ高砂市には生石神社があり、ご祭神は大穴牟遅命おおなむちのみことと少毘古那命すくなひこなのみこと、崇神天皇が「天下泰平」を祈願して創建されたと伝承しています。この神社では、謎の巨石「高 5.7m  幅  6.4m  奥行 7.2m  重さ 推定500トン」が有名で、次の歌に詠まれています。

「万葉集」 巻三-355の生石村主真人おいしのすぐりのまひと
 大汝少彦名乃将座志都乃石室者幾代将経
 おほなむち すくなひこのいましけむ しつのいわやは いくよへにけむ



「万葉集」巻五-801の「梅花の歌」は、菅原道真の有名な「飛び梅」の歌を呼び出すものです。
東風こち吹かば 匂いおこせよ 梅の花 主なきとて 春な忘れそ 

「神もイエスもおられないという状況にあっても 香(神への信仰を)を失わないでくれ 冬の寒さが辛くとも 春が必ず来ることを忘れないでくれ」という意志が込められているのです。
菅原道真は、陶淵明「帰去来辞」の最初のフレーズ「帰去来兮」を「帰りなん いざ」と訓読し、以後日本でこの訓が定着したといわれています。  
「帰去来兮 田園将蕪胡不帰」すなわち、「帰りなん いざ  田園まさに荒れなんとす」の部分を読むだけで、今日の日本の惨状を想起しますよね。
この「いざ」は、「イザヤ」を呼び出す詞でしょう。

エデンの園とは真逆の「イスラエル」や「教会」を「神の国」と認識したり、問題提起の満載の書物であり、世界の至宝である「記紀」や「万葉集」を、「おれさま色で塗りたくったミーハー向けぺーパーBook」に変質させて、国民を汚染して、「文化勲章」をゲットするような、閉ざした「霊性」を「禊」して目覚めさせようとの「神計らい」を感じます。


羽觴」を流す「曲水の宴」
4月には、京都の上加茂神社ほか日本のあちらこちらで、「羽觴」を流す「曲水の宴」が催されます。


鹿児島の仙巌園での曲水の宴 画像掲載の許可を頂きましたのでご覧ください。

曲水の宴 仙厳園


仙巌園(旧島津家別邸)の曲水の庭は、1959年(昭和34年)に発見され、「規模が大きく、また、原型をとどめていること」などから、曲水の庭として、貴重な文化財であるとされています。
出典:「WaSihmoワシモ」さんのホームページの 
「旅行記 ・曲水の宴 - 鹿児島市仙巌園」


曲水の宴は、神事の「禊」のはずなのです。そして、その禊の分野は、3月3日の「雛祭」の流し雛の行事が担っています。
王義之「蘭亭集序」の冒頭に、3月3日の禊の曲水の宴が書かれています。

 會稽山陰の蘭亭に會す。
 禊事を脩むるなり
 群賢畢く至り、少長咸集まる。
 此の地に、崇山、峻領、茂林、脩竹有り。
 又、清流、激湍有りて、左右に暎帶す。
 引きて以て流觴曲水を爲し、其の次に列坐す。
 糸竹管絃の盛無しと雖も、一觴一詠、亦た 以て幽情を暢叙するに足る。
 是の日、天朗らかに気清み、恵風和暢す。
 仰いで宇宙の大を観、俯して品類の盛んなるを察す。

このとき使われる「羽觴」は、元は雀を象っていたといいますが、今は鴛鴦おしどりの下図のようなものを使います。

京都 城南宮の曲水宴の羽觴

京都 城南宮の曲水宴で流されている「羽觴」です。
4月29日午後2時から 京都 城南宮の曲水の宴が斉行されます。

そして、「羽觴」をかたどった皿をわたくしは使っています(下図)。この形は、中国湖南省長沙市から出土した紀元前2世紀頃の馬王堆漢墓からの羽觴に似ています。
これをみますと、「羽觴」はまた船をも象っていることが解ります。
羽觴

この、「羽觴」をかたどった皿には、「前赤壁賦」の図柄が描かれています。ここに前赤壁賦の詩句の一節、「清風徐おもむろに来たりて水波興おこらず」が書いてあります。
このフレーズが、実は「徐福が来た」と告げているのです。
さきほど、陶淵明の「桃下源記」でのべました「秦の時代の混乱を避けて来た」一行のことです。
「秦の時代」と言うのが、実は二回あるのです。
中国では、イタリアのことを「大秦」と呼びますが、「秦」を日本では「ハタ」と呼びます。
秦は「ハッティ」や「ハチ」は、ヒッタイトのことでもあるのです。ヒッタイトを切り捨てた時代も「秦の混乱の時代なのです。

徐福一行は「不死山」を目指してきました。
さらに昔、モーセ一行は、「シナイ山」を目指したと聖書に記されてあります。両者は、日本語によってのみ、「メルクマール」となり得るのです。
まことに、「言葉は神なりき」「言霊の幸さきはい」です。

そして、「羽觴」とは、「翼ある言葉」すなわち「神の言葉」の象徴物なのです。すなわち、「倭を幸わう言霊」の象徴物です。
エジプト、シュメール、バビロン、ギリシャ、中国で、数千年もの昔から出土する「双翼の円盤」「二羽の鳥と太陽」の本来の意味がこれなのです。
聖書は、アルファでありオメガであると云います。最初から今日が想定されていたのです。
それは、エデンの園として神がしつらえられた「日本列島」が二枚の翼であり、鳥であり、二匹の魚でもありました。

紀元前1600年頃の「ファイストス円盤」に、「双翼と円盤」とそれを運ぶヨセフの子孫「マナセ」が描かれてあります。


付記
新元号「令和

実は、永仁1293~99年頃に書かれたという「年中行事秘抄」という「朝廷の年中行事儀式について記した公事の書にも、
「武王平殷之乱 周公於洛邑建王城 作曲水之宴 令和天下
と記されていて、そこには、ずばり「令和天下」すなわち「天下平定」と書かれています。
この部分は、「異伝」と断り書きがあるとはいえ、宮内庁や学者が知らない筈はないと思われますが・・・

もし、「ワンワールド」教の「天下平定」の下請けの意図をもって、「令和天下」の「令和」を採ったとしても、「令」は、日本の守護神がお出ましになって「発令」されることになると思います。
「万葉集 巻5」を持ち出したからです。「万葉集」の言霊が作用するようになると思われます。

世界は、1908年に、クレタ島から「ファイストス円盤」が出土するや否や、「北京原人」や「石器時代」「新石器時代」なる専門用語を「創出」して、人類がついこの間まで「原始人」であったと洗脳して、なかでも、絶海にあった日本人は、野蛮なイエローモンキーと侮られてきました。日本人もまた、唯々諾々とそれを受け入れていますが、「知能」が縄文人よりも劣っているのが「現代人」であるということを自覚しなければなりません。

日本のアイデンティティ 7

日本のアイデンティティと中国 6

夏王朝の「伏義 女娲」2

《发现夏朝》从文字演变和文献记载实证华夏文明起源 の著者 刘光保氏の
blog _兵策儒剑_新浪博客から 3

安徽双墩文化之苏美尔文明特征     2013-11-16
「安徽省の双墩文化におけるシュメール文明の特徴」から、論考します。
刘光保氏のBlog には、「安徽省埠市淮 双墩遺跡出土 頭像塑造」の写真が掲載されており、これを、シュメール文明の中国における「シュメール文明の特性をそなえた、きわめて早い時期の文物である」と記されてあります。

これは、中国でも「国家一級文化財に指定されている」ものです。

新華社の新華網 日本語版 2018-09-21 から転載。

7300歳の「微笑む女神」に名前募集 安徽省双墩遺跡

安徽省 出土 塑像

中国安徽省を流れる淮河わいがの岸辺に建つ蚌埠ほうふ市博物館
7300年の時を超えて市内の双墩そうとん遺跡から発掘された「陶塑紋面人頭像」(入れ墨のような模様のある陶製の顔の像)は、この館内で静かに神秘的な微笑みをたたえている。
これは中国でよく知られる最古の陶製人物像の一つで、現在インターネット上のプラットフォームを通じて世界中から名前を募集している。
双墩遺跡は同市淮上区双墩村にあり、1985年に発見された。
遺跡では今から約7千年前の、記号が彫られた古い陶器600個余りが出土し、中国初期の文字の起源を探る上で重要な材料となっている。
人頭像は1986年の発掘調査(試掘)で出土し、放射性炭素年代測定の結果、今から7300年前のものと判明、国家一級文化財に指定された。(記者/朱青、劉美子)

以上 新華網 日本語版から転載

「縄文のビーナス」だ!!!
日本人は、上の写真 安徽省双墩遺跡の「女神像」を見て、100人中100人が、「これは、縄文のビーナスだ!」と言うでしょうね。
頭の上には、「双翼と太陽」あるいは、「双翼と円盤」を示しています。
別の見方をすれば、「双角と太陽」のエジプトの「ハトホル女神」と同じです。同様なシンボルをつけた女神像は、日本の縄文時代にも見られます。下の像なんか、仏像のルーツのようにみえます。螺髪や白毫もありますし・・・

青森出土 人面付注口土器


下図は、縄文時代の「女神」土偶です。似たものはたくさん出土します。

縄文時代 土偶

左は、埼玉県滝馬室遺跡出土の土偶、右は、埼玉県赤城遺跡出土の縄文時代晩期中葉の土偶です。
両方とも、「大」「太」の字型をしています。大人おおひと系ですね。
左の土偶は、明らかに、「三山」の髪型をしています。
シュメールの「オアンネス」は「トリトン」とも言われて、三叉の矛「トライデント」を持っていますが、この三叉の矛が想起されます。

そして股の中心が紐の「結び目」になっていますから、この小像は「イシスの結び目」であり「Tyet」なのです。
縁結びの神の神の印です。
「結婚の結」であり、「縁結びの結」であり、「お産の産さん ムスです。
産は△(父 母 子)であり三で、三 サンは「山 △」と「海 うみ 産」の象徴「トライデント」や「目」「◎」「乳」「三重丸=都市の記号」や「∴」で表されます。
「カドムス」は「フェニキア」や「エウロパ」「牛」そして「蛇」を語る上で、キーパーソンですが、「角産」なのです。そして、「カドムス」は、「伏義 女媧」そのものなのですから、後に、これについて書きます。
ベンベン石がカドムスのフェニキアの要石 頭石であり、弁天様がビーナスであることを述べました。

「イシスが、シュメールのイナンナであり、ビーナスである」という説は、ウィキペディアにも書かれているほどですが、「イシスの結び目」「Tyet」が、「太の字」であるということを教えて下さった刘光保氏のおかげで、日本の「ビーナス小像」が、本家本元の「ビーナス像」であり、「イシスの結び」であることを証拠立てることができたのです。

「ファイストス円盤」の、次元高い「謎々」の構成に思いを馳せれば、縄文時代の日本人を、「未開人」扱いをすることはできません。もし、そんなことも理解できないようなら、わたしたちは、いつのまにか、「未開人に成り果ててしまった」ことになります。
そんな、未開人になりかけた子孫をいましめ、一からやり直させるために、あえて「未開人的」な遺物を作らせていたのでしょう。
何時の時代も、民を「未開人」にして置きたい人々はいます。民を治める人々の利権が、愚民化した大衆を操るほうが楽に手にいるためです。
この人形操作が永く続くと、国民はゾンビのようになってしまいます。一刻もはやく、目を醒ましましょう。

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