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与那国島沖の海底遺跡が世界史のどこに組み込まれ得るかという問題は未解決の分野です。 せっかくですから、この巨大なテーマを、自由な発想と柔軟な心で考察する(ブログ上の)素人学会ができれば・・・と夢みています。

12 御神興と契約の箱の謎

12 御神興と契約の箱の謎

御神輿の刻印と申命記31章

御神輿


富津市鶴峯八幡神社 神輿
千葉県富津市 鶴峯八幡神社の御神輿 

御神輿の図から辿る
ファイストス円盤の両面を調べていて、日本のお神輿によく似ている刻印をに目をとめました。

ファイストス円盤上に「エホバ民」という言葉が存在するのですから、
この「御神輿」のような刻印、この「御神輿」を手がかりとして、
聖書と日本との関係を照合するように示唆しているのではないかと思いました。

御神輿と契約の箱が似ているということは、以前からよく指摘されています。
御神輿は他の国では見かけないものです。
また、自国を「神国」という国も日本の他にはありません。

「契約の箱」の中には、神器、即ち、「マナの壷」「十戒の石板」「アロンの杖」が入れられていたといいます。
一方、日本の神器は、「御正体鏡」「勾玉」「草薙の剣」の三種です。
御正体鏡=御霊代を入れる器は「御樋代」という黄金の灌で、
これを載せるのが「御船代」です。
そして、契約の箱のことを、Ark(アーク)と言います。
ノアの箱船で、祖先が救われた故事にちなんでいると言うことです。


契約の箱
出エジプト記25章には、「契約の箱」についての詳細が記されています。

契約の箱の蓋に、「翼のあるケルビム」が付けられること記されていますが、
お神輿には、鳳凰が取り付けられています。
契約の箱の大きさを測る単位は、何故か、キューピットで表されています。
キューピット=ケルビムと日本の関係については、下記の項目で、先に述べました。
「10 四国はスフィンクスのモデル?」

契約の箱の、
 長さ2キューピト半(1、1メートル強)、
 幅1キューピト半(約66センチ)
という数値が聖書に書かれています。

この「2、5対1、5」=「5対3」という比率から、
「5対4対3」の三角形の「ピタゴラスの定理」や、幾何学の結晶であるピラミッドを連想します。
また、日本のお神輿の屋根はピラミッドに似た形をしています。

ピラミッドの冠石をベンベン石といいますが、ベンベンとはフェニキアのことで、
フェニキアのシンボルのフェニックスは、お神輿の屋根の鳳凰と一致します。

ベンベン石
ダハシュールのアメンエムハト三世(紀元前1849~1801年頃)の
ピラミッドの冠石といわれている石

アメンエムハト三世のベンベン石に刻まれている「有翼の円盤」と「目、まなこ」。
契約の箱に収めてあったのは「マナの壺」すなわち「マナ壺(まなこ)」です。
ベンベン石と契約の箱そして神輿は深い関係がありそうです。

この「翼」は、日本列島をシンボライズしたものではないかと思うのです。

「5 クレタ島の粘土板に彦穂々手見命の名が!」で、書きましたが、
ファイストス円盤には、ヨセフの息子の「エフライム」と「マナセ」が描かれているのです。
「マナセ民」という絵文字には、図のような「二枚の羽と円盤」があてられています。(下図)

マナセ民 双翼と円盤 

次の図では、双翼と円盤とお神輿が1セットで刻印されています。
円盤と双翼とお神輿

「双翼」は、また、「二匹の魚」にして、「結び」の表象でもあるのです。
「双翼」の冠をつけた像や壁画はホルスです。
ホルスはイシスとセットで表されることが多いのですが、このことから、
マリアとイエスの関係を連想されることが多いのです。
実際、イシスとホルスは、のちに二匹の魚として東方に逃げたアフロディテとキューピットと呼ばれています。

ファイストス円盤の「双翼」はまた、「二匹の魚」でもあり、それはキリストの表象です。
「双翼」はまた、「ロバの背」でもあるわけです。

Horus 6th Dynasty


マタイ福音書21章
 7 ろばと、ろばの子とを連れて来て、自分たちの上着をの上に掛けた。
 イエスはそれに乗られた。
 9 そして群衆は、前に行く者も、あとに従う者も、共に叫んでいた。
 「ダビデの子にホサナ。主の御名によってきたる者に、祝福あれ。
 いと高き所に、ホサナ」。

ヨハネ福音書12章
 12 その翌日、祭にきていた大ぜいの群衆は、
 イエスがエルサレムにこられると聞いて、
 13 しゅろの枝を手にとり、迎えに出て行った。そして叫んだ、
 「ホサナ、主の御名によってきたる者に祝福あれ、イスラエルの王に」。
 14 イエスは、ろばの子を見つけて、その上に乗られた。それは
 15 「シオンの娘よ、恐れるな。
 見よ、あなたの王がろばの子に乗っておいでになる」と書いてあるとおり。

ゼカリヤ書9章
 9 「娘シオンよ、大いに喜べ。娘エルサレムよ、歓呼の声をあげよ。
 見よ、あなたの王が来られる。
 この方は神に従い、救いをもたらす者 柔和で、ろばに乗って来られる。
 10 わたしはエフライムから戦車を エルサレムから軍馬を絶つ。
 戦いの弓は絶たれ 諸国の民に平和が告げられる。
 彼の支配は海から海へ 大河から地の果てにまで及ぶ。」

イエスは、何千年も昔の予言通りに行動されていたことと、
「契約の箱」の中の「証し」を運ばれていたことが、これで理解できます。
キューピットの母は、アフロディテ ビーナスであり、
それは星座において「乙女座、Virgo」すなわち「処女宮」として掲げられています。

イエスの弟子でも何でもないルカやパウロの、「無原罪の御宿り」などという「詐話」に、人類はひっかかっているのです。
こうした、偽物によって、聖書が毒されていることを、
「パン5つと魚二匹」を群衆に与えられると、人々は満足して食べた。
パンの残りは屑籠に12杯もあった。」マタイ福音書14章19~20とは、
「聖書に混ぜ込まれているパリサイ人たちの毒麦から作られたパン」を、
捨て去るようにと言う教えなのです。

「契約の箱」とは、「預言の簒奪者」たちを告発するために存在するのです。
以下にそのことを、詳しく見てゆきます。



お神輿は「侖」の字のルーツ?

ファイストス円盤 「お神輿」

「お神輿」の刻印は、
ファイストス円盤のA面に1個、B面に5個で、計6個あります。

図でご覧のように、このお神輿の図は、
「侖」の字のルーツではないかと、わたくしは考えています。

  「侖」の読みは、リン、ロン、
  意味は、思う、きちんとそろったさま。
  倫理の倫、論理の論、崑崙の崙の元になっている字です


「崑崙山」は世界の中心にあり、「西王母」の住まうところと伝えられています。
西王母は、崑崙山から「天界にある瑶池と蟠桃園ばんとうえん
不老不死の仙桃を管理している」とも伝えられています。
「西遊記」には、孫悟空が、この蟠桃園の数千年に一度実るという桃を、
盗み食いしてしまったことが書かれています。
これは「エデンの園の命の木」のパロディにほかなりません。

聖書では、「神の国」や「預言」について、
偽証し続けて恥じない「宗教家」たちに、
  
  「共に論じ合おう。」イザヤ書43章26
  「証拠を出せ。」イザヤ書45章21


こうした預言を見ましても、倫理と論理と証拠(あかし)は、聖書の重要な課題です。
「聖書」から、論と証拠(あかし)と倫理についた、詳しく辿ってみます。

イザヤ書1章
 17 善をなすことを習い、公正を求め、しいたげる者を正し、
 みなしごのために正しいさばきをなし、やもめのために弁護せよ。」
 18 「さあ、来たれ。論じ合おう。」と主は仰せられる。

イザヤ書3章
 12 わが民よ。幼子が彼をしいたげ、女たちが彼を治める。わが民よ。
 あなたの指導者は迷わす者、あなたの歩む道をかき乱す。
 13 主は論争するために立ち上がり、民をさばくために立つ。
 14 主は民の長老たちや、民のつかさたちと、さばきの座にはいる。

イザヤ書41章
 21 あなたがたの訴えを出せ、と主は仰せられる。
 あなたがたの証拠を持って来い、とヤコブの王は仰せられる。
 22 持って来て、後に起ころうとする事を告げよ。
 先にあった事は何であったのかを告げよ。そうすれば、
 われわれもそれに心を留め、また後の事を知ることができよう。
 または、来たるべき事をわたしたちに聞かせよ。
 23 後に起ころうとする事を告げよ。
 そうすれば、われわれは、あなたがたが神であることを知ろう。・・・
 24 見よ。あなたがたは無に等しい。あなたがたのわざはむなしい。
 あなたがたを選んだことは忌まわしい。

イザヤ書43章
 9 すべての国々をつどわせ、諸国の民を集めよ。
 彼らのうちのだれが、このことを告げ、
 先の事をわれわれに聞かせることができようか。
 彼らの証人を出して証言させ、それを聞く者に『ほんとうだ。』と言わせよ。
 10 あなたがたはわたしの証人、主の御告げ。
 わたしが選んだわたしのしもべである。
 それゆえ、あなたがたは知って、わたしを信じ、わたしが主であることを悟ることができる。
 わたしより前に造られた神はなく、わたしより後にもない。
 11 わたし、このわたしが、主であって、わたしのほかに救い主はいない。

イザヤ45章
 21 告げよ。証拠を出せ。共に相談せよ。
 だれが、これを昔から聞かせ、以前からこれを告げたのか。
 わたし、主ではなかったか。わたしのほかに神はいない。
 正義の神、救い主は、わたしをおいてほかにはいない。
 22 地の果てのすべての者よ。わたしを仰ぎ見て救われよ。
 わたしが神である。ほかにはいない。

このように、預言にとって、
「証拠」と、「論じ合う」ことが、いかに重要事項であるかが、記されています。
ただ、「聖書に書いてあるから」と言ってる教会や、現人神は、
「証拠を出して論じで見よ」と記されているのです。
「申命記」には、そのことが預言されています。

「申命記」31章 遠い未来に契約の箱が果たす役割  

「申命記」31章のモーセの預言は、誰に向けたものか
「申命記」31章は、
モーセが神の民に、「遠い未来」についての預言を遺している場面です。
「神の民が神に背くことが予想され、そのとき、
神の民が神を消失させるであろう。」と、モーセが予言しています。

「申命記」31章、「申命記」33章の、「モーセが民に与えるメッセージ」、
「創世記」48章、49章の「ヤコブが民の長を集めて与える遺言」、
両者は密接に連携して、遠い未来の民に預言しているのです。
そして、両預言は、「ファイストス円盤」と、
密接にリンクしています。

「創世記」48、49章や、「申命記」31~33章のメッセージは、
日本国民と「ファイストス円盤」に、
計り知れない付加価値を与えるために備えられたものです。
そのことは、彦穂々手見命にまつわる項目で説明しました。
(5 クレタ島の粘土板に彦穂々手見命の名が!)

「申命記」31章も、それらの章と連動して、終わりのとき、即ち、
「At last遂に」わが国民が集うよう要請している預言なのです。

 「申命記」31章  抜粋
  この民は外国の神々を求めて姦淫を行い、 
  わたし(守護神)を捨てて わたしと結んだ契約を破るであろう。
  そのとき、この民に対して私の怒りが燃え、彼らは捨てられ、 
  わたし(恵穂葉)は顔を隠す。
  
  民は焼き尽くされ、多くの災いに襲われると、
  大災厄に襲われるのは、
  私たちの内に神がおられないからではないか、と云おう。
  彼らが食べて満ち足り、肥え太り、他の神々に仕え、
  わたしを侮って、わたしとの契約を破るからである。
  そして、多くの災厄と苦難に襲われるとき、 
  民がこの詩を忘れなければ、
  これがわが民に対する証言となろう。・・・ 
   
  この律法の書を、あなたたちの神、主の契約の箱の傍らに置き、 
  あなたがたに対する証言として、そこにあるようにしなさい。
  
  わたしはあなたがたが頑なで、背く者であることを知っている。
  私がまだ共に生きている時すら、既にあなたがたは主に背いている。
  わたしが死んだ後は、なおさらであろう。
 
  あなたがたの民の長老と役人をすべてわたしのもとに集わせよ。
  私はこれらの言葉を語り聞かせて、
  天と地をあなたがたに対する証人とする。 


それにしても、「申命記」31章のこの内容は、数々の大災厄に見舞われ、
「わたしたちのうちに神がおられないからであろう(神も仏もない)」と、
嘆く世の中になるだろうと予言しているのですが、
これは、「二十世紀からの現代日本の国情にぴたりと的中しています。
そして、「古事記」の伊邪那美命の黄泉行きの原因が、
「神避り」だったことと規を一にしている預言です。



「長老と役人を全てわたしのもとに集わせよ」

民の長老とはだれか

モーセの「申命記」31章の預言、
「あなたがたの民の長老と役人を全てわたしのもとに集わせよ。」とは、
「宗教家」と「政治家」の上層部に宛てたものだということがわかります。
「役人たち」にも自覚をうながしていることはあきらかです。
国民の「多くの隣人」が、職がなくて、明日の食べ物にも困っているというのに、
国民の税金を自分たちに還流するバイパス作りを業務とし、
国民の預貯金や年金などを、観光事業や、投資という、専門を逸脱した事業に投入し、
外国に法外な海外援助金を垂れ流しに振舞っています。
こうした「長老たちと官僚たち」の、
はなはだしい心得ちがいをとがめておられるのです。

こうしたことは、経済面に限りません。
「外国の神々を求めて姦淫を行い、守護神を捨て去り」とは、
外国の宗教を国民に開放して、これに宗教の自由というお墨付きを与えて、
例えば、オウム真理教のような、宗教詐欺を野放しにし、
宗教の隠れ蓑を着た情報と金の収集活動である諸外国の宗教に便宜を与え、
英国や欧米の戦略に与して、「現人神神像」を創作して拝ませたりしています。
こうした宗教体制は、「簒奪」への参道であり、その道の深奥には、
守護神恵穂葉神に背を向けている偶像を鎮座させて崇拝させているのです。
こうした行為が、「守護神を捨てて外国の神々と姦淫をする」と預言されているのです。

こうしたわが国の宗教体制からは、「国民を守り、善導する」という発想は見えてきません。
3600年も昔のファイストス円盤などが日本語で書かれていることを、一切無視し、
また、「魏志倭人伝」などの真相追求も黙殺、国民にその価値を教えるどころか、
真っ赤な偽物の「卑弥呼の宮殿」をしつらえさせる文部科学省の役人たち。
神に背を向け、真理を偽り、「科学」をごまかすのは止めてほしいです。
日本において、文化の質がとめどもなく落ちているのは、
本屋の店先を見れば一目瞭然です。

ここ、私のブログで取り上げた木村鷹太郎という類いまれな先見者を、
寄ってたかって「愚者」扱い、「狂人」扱いをするように仕向け、
そうした卑劣な学者たちを大量に養成して、世に送り出して、
国民の愚民化に努めています。

なぜこのような情けないことがおこるのかといえば、
「日本は、この百年間というもの、
欧米の資本家たちの経済植民地」で「民は奴隷の身分」だからです。
長老や役人たちは、自国の歴史や国民の美点すらも見抜けず、
自国を擁護する気など持ち合わせず、
国際資本家の「犬」や「豚」に成り下がっているからです。
これは、私の発想ではありません。ちゃんと聖書で預言されていることです。


「イザヤ書」56章
  見張り(高いところにいる人々)はみな、盲人で、知ることができない。
  彼らは、おしの犬で、吠えることもできない。
  夢見心地で横になり、惰眠を貪っている。
  この貪欲な犬どもは、足りるということを知らない。
  みな、自分勝手な道に向かい、残らず自分の利得に向かって突き進む。

  
今の長老、即ち、宗教家と政治家たち、そして高級官僚たち、学者たちを、
数千年前に、みごとに活写している預言です。
そこで、もう一度、モーセの遺言を掲げておきます。


申命記31章のモーセの預言の要点
  この民は外国の神々を求めて姦淫を行い、
  守護神を捨て去り、神との契約を破るであろう。
  
  すると、この民は見捨てられ、神が顔を隠され、 
  この民は焼き尽くされ、多くの災いに次々襲われる。すると、
  この民の内に神がおられないからなのではないかと思い始める。
  そのとき、これがわが民に対する証言となる。 
  この律法の書を、守護神恵穂葉の契約の箱の傍らに置き、
  あなたがたに対する証言となしなさい。

  あなたがたの民の長老と役人をすべてわたしのもとに集わせよ。
  私はこれらの言葉を語り聞かせて、
  天と地をあなたがた(神の民)に対する証人とする。 




天地をあなたがたの証人とする

日本民族の神話および歴史は上天に掲示し地球に記載ある
これこそが、木村鷹太郎氏が「日本太古史」博文館(明治45年刊)の序で述べている見解と同じです。
もう一度掲載します。  

  日本民族の神話及び歴史は、
  上天に掲示し地球に記載しあるものに非ずして何ぞや。
 
  聖書の言を借りて日本太古史を形容せば、
  もろもろの天は神国日本の栄光を顕し、
  蒼穹は日本民族の歴史を掲ぐ。
  この日言葉をかの日に伝へ、この夜知識をかの夜に送る。
  語らず、言わず、その声聞こえざるに、
  その響きは全地にあまねく、その言葉は地の極にまで及ぶ。」

  古来、世界に国を成せしものゝ歴史は少なからずといえども、
  これを日月星辰に掲示し、
  山川江嶽国土市邑に記載せる大歴史を有せる民族は
  日本民族を外にして果たして何れにかある。

  日本民族は文明世界の最太古民族なり、日本語は最太古語なり。
  古典研究には古語を知るを要す。文献学の首脳は言語にあり。
  実に言語の力は偉大なるものにして、実に神と称す可ければなり。

そして、この天地の証明については、「ギリシャ神話」は星座神話を以って歴史を語らせ、
エジプトやクレタ島の地の発掘物にも語らせ、そして、今、与那国島海底遺跡これに加わって、
わが民族の太古史を語り始めています。

「古事記」の伊邪那美命=日本列島=イヴであることが、大地と地図で証明できることで、
その役割を果たしていますので、「古事記」「日本書紀」の功績は計り知れません。
「古事記」「日本書紀」が、7、8世紀に創作されたものだと言うことは不可能になりました。
その根幹部分は、「聖書」および「ギリシャ神話」と密接に連携しているのです。
これはもう、一つのマスタープランに基づいて構成されたものだと言えるでしょう。

太古の預言者たちやモーセは、天と地にわが国の歴史を語らせ、
民の長老(国会議員と宗教界の長老)と政府の役人が、
握りつぶすことも、黙殺することも不可能な、
巨大なスケールの「歴史書」を残しておいた先祖たち。
その深い知恵には、ただただ驚嘆するする他はありません。
これは神智というものが、この世に存在する証であると申せましょう。


アメリカのClaire Grace Watsonさんのホームページから
http://www.diskoftheworld.com/ 
Watsonさんは、ファイストス円盤上の、次のような謎解きをしています。

ファイストス円盤とピラミッド

Watsonさんによると、図の右の10個の金の羊毛(WatsonによるGolden Fleece)の刻印を繋ぐと、
上の図のようなピラミッドと箱?が現れ出るといいます。
わたくしは、10人の神官たちが、「恵穂葉神」を畏みつつ、
ピラミッドから、神の「証し=御霊」などを取り出している場面だと思います。
ワトソンさんの唱える「金の羊毛」も、正解の一つでしょう。
「契約の箱」は、Golden Fleeceとともに運ばれたものと考えられ、
同じ事件のことだと思います。

契約の箱と契約書

神の民のタイムカプセル
契約の箱とは、神と神の民との間に取り交わされた契約に付随するものなのですが、
モーセのこれらの言葉から見ますと、アイデンティティーを無くし、
心のよりどころを無くした神の民
に、
アイデンティティーを取り戻させることや、
反省して、国の再生をはかることを目的としていることがわかります。
契約の箱は、証の箱、しるしの箱とも書かれています。
神国の民のアイデンティティーの証です。
日本は、きわめて自虐的歴史観の元でアイデンティティと自尊心をすっかりなくして、
指針を見つけることなくやみくもにうごめいています。

父祖のなしたことを意に介せず、殆ど評価しない者に、本当の価値感が育つでしょうか。
価値感がずれてしまっていては、やっていることは、すべて、
塵や芥のたぐいになってしまうのです。
(神無きC国の例を見続けてみることです!)

しかし、「わが国の歴史」を誇ることを目的として預言が備えられているのでもありません。
むしろ、飲み食いと娯楽にしか関心を払うことのできなくなった奴隷根性の我々を、
浮き彫りにして見せるためにも預言書は書かれているのです。
たとえ恥が明るみにでても、「事実」を把握し、守護神恵穂葉のもとに帰還するならば、
安寧と栄誉が保証されるということを訴えたいのです。
事実をありのままに見つめ、反省すべき点をキチンと整理して、
国土国家修復に向けて行動させるような指針が見つかれば・・・と願っているのです。

自国民が大きな厄災にみまわれ、植民地の奴隷になってしまっており、
日本列島が、醜悪になっているのは、
守護神を見捨てたからであることを反省して、
国土の荒廃を改善し、行動の手本を示した上で、
日本が、世界にさきがけて恵穂葉神と和解し、守護神に帰依し、
神の麗しいエデンの園を復活させるならば、
次いで世界平和が成就するという、これが神計らいです。
恵穂葉神に日本国の守護神として帰還していただく以外にはないからです。
エホバの証人にも、このことを訴えたいと思います。なぜなら、
あなた方の組織が、聖書の奥義を知っていると主張しているのは、
「偽証」だからです。

わたしは、この私の研究を、正しいと主張しているわけではありません。
せめて、検証してくださいと願っているのです。
改めて、「国が率先して、自国の歴史の洗い直しの検討をはじめるように」との、
要望を表明する手段としてこれを書いているのです。





イエスの説いた律法
「十戒」の「根本」について
神と交わした神の民の「契約」の内容がどのようなものであるのか。
イエスは、律法=十戒を説明して、二つに要約できると説かれました。

 神を愛することと隣人を愛すること。
 神の国とその義を求めること。

この二点をわきまえていれば、「これに付して、他の必要なことはすべて与えられるので、知恵を尽くし、心を尽くし、力を尽くしてあなたの神を愛しなさい。」とイエスは説かれました。
「十戒」を、「聖書」を、「預言」を、イエスは、このように解釈するようにと教えられたのです。
十戒が、人間社会一般の倫理としても欠かせない条項であることは言うまでもないことですが、
この十戒の真意は、「神と国家」「神と人間」の間が義と愛で貫かれていれば、
人間の倫理もそれに付随して正しくなるという二重構造の論理になっているといった方がより正確です。

神に対して、敬虔さがあった時代には、今日のような、
毎日毎日殺人事件と詐欺事件ばかりという世相ではありませんでした。
無責任かつ愛のかけらもない宗教と政治が、無責任で愛のない世相を作り出すのです。

「十戒」は、何にもまして、まず、神の国へのメッセージとして備えられているのです。
イエスキリストは、神の民に神の御名を明らかにして、「神の国の義」を貫いて、名実ともに「神の国の栄光を取り戻すように」と説かれました。
「古事記」は、それを、ただよえる国の修理固成(つくりかためなせ)と言う神命だと記しています。

現在のいわゆる「神の国」は「政治家たちの道具としての”天皇の国」”という意味で構成したものなのです。
天皇は、日本国守護神の祭司だったという立場を踏み越えておられます。
これを改めて、国民に真の守護神恵穂葉神を敬わせるように、お変わりこなることが急務といえましょう。

「恵穂葉神が日本の守護神である」ことを、このまま黙殺して、
恵穂葉神を背後に隠したまま、即ち、恵穂葉神に背を向けたまま突き進むならば、
二千年昔の中東のエルサレムの轍を踏むことになりましょう。
二千年前に、エルサレムの王、大祭司、住民たちは、イエス一人を抹殺すれば、
今までどおりやってゆけるとばかり葬りました。それは、神計らい、預言どおりでもありました。
二千年後のために、「悪い前例として提示するために」です。
そして、恵穂葉神は、悪事をやめないエルサレムを抹殺されました。
日本も、この預言を無視して抹殺すると同じ運命を辿ることになります。
そして、今度は世界も日本と同じ運命に陥ります。

十戒 神と民との契約書

契約書の内容
神の民と神との契約は「十戒」に盛り込まれています。
モーセが編纂したといわれる聖書の大きな特色は、
「神と神の民との間」に取り交わされた契約の内容が語られていることです。
神の国とは、その契約で結ばれている国のことですから、
「国際問題」「エルサレム問題」を語るにも、「神の国問題」を語るにも、
まず、その契約書である十戒の真意を把握することから始まります。

この契約、即ち、律法のテーマは、「神と人間」との関係ですが、
十戒の前文には、「私はあなたの主、神であり、あなたをエジプトの地、奴隷の家から導き出した者である。」という前文がついています。
このフレーズは、どの条文にも付帯しているという重要なものです。

  私は、あなたの神、主であり、
  あなたをエジプトの地から、奴隷の家から導き出した者である。
  もし、あなたがその私の愛を知っているなら、
  自分のための偶像を作るはずがない。
 
一 あなたには 私以外の神々があってはならない

二 あなたは あなたがたのための偶像を創ってはならない。
  どんな形であれ偶像を創ってはならず 拝んではならず、
  それらに仕えてはならない。
  あなたの神エホバは ねたむ神である。(即ち 他宗教からねたまれる神)
  わたしに敵対する者には父の咎を子に報い、三代四代にまでおよぼし、
  わたしを愛し わたしの命令を守る者には、その恵みを千代にも及ぼす。

三 あなたは あなたの守護神の名をみだりに唱えてはならない。 
  神は 神の名をみだりに唱える者を罰せずにはおかない。 

四 安息日を覚えて これを聖なる日とせよ、
  6日間働いて あなたの仕事を務めなければならないが、 
  7日目は神エホバの安息日である。
  ゆえに、この日、あなたは仕事をしてはならない。
  あなたやあなたの息子や娘も、あなたの男奴隷や女奴隷や家畜も、 
  そして、あなたの地域内の在留異邦人も同様である。
  主が6日のうちに、天と地と海および全てのものを創り、7日目に休まれた。
  それゆえ、主は安息日を祝福し、これを聖なるものとされたのだから。
 
五 あなたの父母を敬いなさい、主の与えた地での齢が長くなるためである。
六 殺してはならない。
七 姦淫してなならない。
八 盗んではならない。

九 あなたの隣人にたいして偽りの証言をしてはならない。
十 あなたの隣人の家を欲しがってはならない。
  隣人の妻 或いは 男奴隷や女奴隷や牛や馬やろば等すべて
  あなたの隣人のものを欲しがってはならない 

モーセの十戒の一から四までは、神との契約書であり、
五から十までは、社会生活上の罪悪や倫理についての掟です。

しかし、十戒の契約内容を、聖書の「創世記」から「ヨハネの黙示録」まで通し読みした後に、
もう一度「十戒」を読めば、理解し得ることがあります。
それは、十戒の五以下の、姦淫、盗み、偽証などについての記述も、
「神の国の義」即ち、「神と神民との間の契約」について云っているのです。

言い換えれば、「一から十まで、すべて、
神と神民」、「神と神の国」との間の契約書なのです。


聖書では、神の国を、あるときは「ヤコブ」、あるときは「イスラエル」という男性名で呼び、
あるときは「シオン」という女性名で呼びかけています。
責任、背任、裏切りといった人間関係になぞらえて、
具体的に神との契約を理解させるために講じられている「比喩」なのです。
「乙女シオン」と呼びかけるとき、それは、国のことであるのを見れば、
一時が万事であることを悟るはずです。

五 「父母を敬え」とは、父なる神(天)と母なる大地や母国を尊べということ。
六 「殺してはならない」とは戦争を仕掛けてはならないこと。
七 「姦淫をするな」とは、エホバ神を捨てて、外国の神(軍神)や、
  「自分たちで捏ね上げた偶像崇拝」に陥るなということ。
イザヤ書1章は、偶像と姦淫をして零落してゆく神の国に、
「どうして遊女になったのか、忠信だった都が。
公正と正義があふれていたのに、今は人殺しばかりだ。」と語りかけています。
  
八 「盗むな」とは、預言、神の家(国)、神の民を盗むことなどの禁止令。 
中東発で起きている、終りの見えない三つ巴の紛争は、
神の国の預言を「盗んだ」ことによる罰です。 
 
九 「偽りの証言をするな」は、盗んだ預言、虚偽の布教を禁じる掟。
「これらの預言は、本来日本のものである。」と証言しないことは、
この条項の掟を犯すことになり、これも国に災厄を招く要因となります。

十 「隣人の家を欲しがるな」とは隣国の宗教や神の国を欲しがるなという禁止。   
「男奴隷、女奴隷、牛、馬、ろば」などの言葉については、
住民や他国民を奴隷や牛馬のように使役することを望むなということです。
すなわち簒奪のための植民地政策を戒めるために使われている言葉です。

イエスは、神の民を「羊」に喩えて哀れみましたが、一方では、
支配者たちを「犬」「狼」「豚」あるいは「強盗」「盗人」と糾弾されました。
こうした比喩はすべて旧約聖書に於いてすでに書き尽くされています。
ほかに、「牛」「馬」「ろば」「ライオン」「鳥」「蛙」「蛇」「魚」「いなご」、あるいは、
「青草」「いばら」「やぶ」などに喩えられていることさえもあります。
  

「聖書」の神は、神の民を、奴隷の家から導き出した神である
この十戒の前文を心に留めて、聖書全体の用語を参照しつつ解釈しなければ、
聖書が伝えたい真相が見えてきません。
この十戒の四番目の安息日にまつわる戒めの意味するところは、
千年王国の千年のことであり、神の栄光のため、また預言の成就のために、
戦争や植民地政策をしてはならない期間のことです。

また、休みも休日も与えないような非人間的な雇用などを戒め、
自分は安息日なので働かないが、雇い人は働かせてもよいなどという、
ダブル・スタンダードを戒めたものでもあるのす。
「申命記」25章に、「正確なおもりと不正なおもりを操って不公平を図ることを、
神がいとわれる」と書いてあるのがこれです。
この戒めは、「終わりのとき」という時代に、
人々は奴隷、あるいは、牛、馬、ロバのような存在になり、
途方に暮れているということを、見越して設定されているのです。

わが国の守護神恵穂葉神が、律法の各条項の前に、
「私は民を奴隷の境遇から救い出した神である」というフレーズがあるのは、
このためであることを私たちは忘れてはなりません。

この百年というもの、政府は日本国を欧米の資本家の植民地となし、
国民を彼らの金儲けベルトコンベアーに乗せられた、百円均一商品のような画一的な、
人間に形成されてきました。
今日、日本人は一億総奴隷であり、総ロボットです。
預言はこのことを、「人がひとりもいない」と表現しています。
恵穂葉神は、民を奴隷の境遇から救い出した神であるというフレーズが、
神と民との契約書一項目毎についているということを、
重く受け止めることが肝要です。






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話の種

アメリカのボームの子供向け小説に「オズの魔法使い」というのがあります。
主人公のドロシーのお供をすることになるのが、
 
  知恵のない案山子
  心のないロボット
  勇気のないライオン

この三拍子揃えて、竜巻のような世界情勢に翻弄されているのが今のわたしたちです。
イエスが、「知力を尽くし、心を尽くし、力を尽くして」といわれたことの重みをあらためて感じる今日この頃です。


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コメント
謹賀新年
明けましておめでとうございます。m(。-ω-。)m 
_| ̄|○ ゜+。:.゜今年もよろしくお願いいたします゜.:。+゜ ○| ̄| _
ご家族で良いお年を迎えられたことと存じます。(^▽^●)
年末からお正月はやっぱり忙しくなかなかコメントできなくて。。
昨年は、Koo様のブログを発見いたしまして、
画期的に勉強意欲を燃やすことができました(笑)
市井の主婦とKOO様はご謙遜していらっしゃいますが
とてもKOO様の足元にも及ばぬ自分を痛感しております。
今年はKOO様の実行力を見習って、2つの事に挑戦しようかと。。
ある国家試験を受験することとダイエット(*⌒∇⌒*)ィェ‐ィ♪
受験はだれにでもできますから、ダイエットの方が難しいだろうなぁ(-ω-ゞ
さて、聖書はよく知らないけれども、十戒も、主語を間違えると全然意味が違ってきますね。
KOO様の解釈で、今まで押し付けな戒律が、大分好意をもてそうですww 
貴著に解説されていたのかどうか、もう一度読み直しますが、
わたしは妬む神の箇所も大変好ましくない部分ですが、
これもそのままの意味ではないのでしょうか??

邪馬台国エジプト説でも、国語力の違いでとんでもない方向にいってしまいますねw 
年代においても、神武天皇即位紀元法でゆくと、まんざらずれた年代にならないのでは??
『魏志・倭人伝』ばかりにしか、日本古代史を解く鍵がないなんて情けない話ですよね。
「中国正史」の『梁書』が日本古代史の定説と異なるということで無視されているらしいですよ。
正月TVで、ピラミッドの事をしていましたが、実は中南米の文明がかなり気になります。
今年も、ますます訳が分からなくなりながら、KOO様のブログを参考に
視野を広げてゆきたいと思っています。
2009/01/05(月) 03:32 | URL | シーター #-[ 編集]
大変な作業ですね。
お疲れ様です。

2008年は自分が奴隷だなんて気づいていませんでした。

今は確かに都合のよい奴隷状態だなと自覚もできましたが、日本人はもともとストイックで向上心が強いので良い修行になっていたとも思います。

洗脳されてきたとはいえ、自分で考えることをしなかった因果応報のようにも感じますし、支配層を恨むことはお門違いなような気がします。

とはいえ、ここから正常化しようと思うと支配層は大きな壁で厄介です。

一人一人が気づき、自分で考えられるようになったら、支配層にもどうにもできなくなるはずなんですが。

結局、今 負のスパイラルから抜け出せないのは私達が不甲斐ないせいで自己責任なのだと思います。

こうして、正しい方向性を示して下さる情報を公開していて頂けることは、みんなの助けになります。

神話まで回帰できる方は何割ぐらいでしょうね;ちょっと心配です。
2014/03/07(金) 18:14 | URL | あいしてる♪ #-[ 編集]
Re: 大変な作業ですね。
ここを、読んでくださって、ありがとうございます。
ぺりーが来航して、日本開港の(不平等)条約を交わして帰国して、「十字軍的遠征」に成功したと書いています。
それ以来、わたくしたちは彼らの囚われ人にと変性されつづけてきたのです。
その証拠には、山紫水明の日本が工場廃棄物の捨て場になってしまいました。
わたくしたちは生まれる前から、彼らに洗脳され続けているのですから、自覚がないのは当然で、手も足も出ません。
でも、心だけは自由ですから、立ち直るときが近いと思います。
2014/03/08(土) 17:39 | URL | 「考古学の再検証を!」 提唱者 #-[ 編集]
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