与那国島沖の海底遺跡が世界史のどこに組み込まれ得るかという問題は未解決の分野です。 せっかくですから、この巨大なテーマを、自由な発想と柔軟な心で考察する(ブログ上の)素人学会ができれば・・・と夢みています。

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日本は新しいエルサレムとなる 7

戦後70年 4

戦後70年の節目に 3

日米関係70年=イスラエル建国70年
「○○後70年」ということを、最も重要視しているのは、ユダヤ人たちと親ユダヤの方々です。
それは、「NWO ニューワールドオーダー」を合言葉にして、彼らが世界を一極支配すべき「時」だと考えているからです。
完全支配が成就したあかつきは、宗教は廃止され、彼ら以外は、「奴隷」あるいは「家畜」のごとく管理されます。
「日本」も日本語も消滅させるつもりです。なぜなら、彼らは「世界支配」のために日本人の先祖たちが作成した「聖書」や「預言」を乗っ取っていて、彼らは協力して、1948年に「イスラエル国」を建国しました。こうして、神と世界を欺きとおして今日に至っています。

彼らは、「世界支配」のために、「旧約聖書」を簒奪していたのですが、「ヨハネの黙示録」を利用しないと、キリスト教国である欧米の協力をえられないので、「ヨハネの黙示録」をも簒奪して、今日の地位を築いているのです。
策略としては、「キリスト教徒は、『新しいエルサレム』成就のために奉仕する使命がある」という論法なのです。

この、イスラエル建国こそが、世界の紛争の火種となっており、大量の難民の発生の根源となっているのですが、これに最も力を貸したのがイギリスなのです。ですから、「難民移民の流入」を阻止するためEUからの離脱を計って、ドイツなどにそのリスクを負わせようとしているのは図々しいかぎりと言わざるを得ません。
「中東難民の責任はイギリスとユダヤの支配者層が最も負うべきであり、その責任が厳しく追及される。」ことを預言しているのが、「ヨハネの黙示録」が提示している「ハルマゲドン」問題なのです。
彼らの計画している「七十年問題」とは真逆のことが今後起こって、世界平和が成り、世界の人々が随喜の涙を流すようになるか否か、それは、日本人の理解度と使命感にかかっているのです。
その「日本人の使命」達成のためには、世界紛争と大量難民の発生の原点を正確に押さえておかなければなりません。



シオニズム運動
「シオンの丘に帰ろう」と言う言葉をスローガンにしたことから、シオニズム運動と呼ばれています。
シオンとはエルサレムの別名です。聖書では「おとめシオン」と呼び掛けられることもあります。

1897年には、テオドール・ヘルツェルの呼びかけで、第1回世界シオニスト会議が開かれ、パレスチナにユダヤ人国家を建設することが決議されました。

われわれは、その地で、アジアに対する防壁の一部を作り、
野蛮に対する文化の前哨の任務を果たすであろう。
われわれは、中立の国家として、われわれの自由を保証しなければならぬ全ヨーロッパと提携するであろう。
テオドール・ヘルツル著「ユダヤ人国家」より抜粋

アジアの西端での画策
イギリスが、この「ユダヤ人国家」実現にむけて、とった三枚舌外交と呼ばれるトリッキーな外交施策はのちの中東の混沌の元凶となりました。
イギリスが、フセイン・マクマホン協定、バルフォア宣言、サイクス・ピコ協定という、実現できない矛盾した約束手形を振り出して、世界に火を放ちました。

1915年、メッカの太守フセイン・イブン・アリーとイギリスの駐エジプト高等弁務官ヘンリー・マクマホンとの間でやりとりされた書簡の中で、イギリスは第一次大戦における対オスマン帝国(トルコ)打倒への協力(アラブ反乱)を条件にアラブ全域をまたぐ大きなアラブ人の統一国家の独立を支援すると約束しました。

1917年、イギリスの外務大臣アーサー・バルフォアが、イギリスのユダヤ人コミュニティーのリーダー ロスチャイルド男爵ライオネル・ウォルター・ロスチャイルドに対して送った書簡で、イギリス政府は、パレスチナにおけるユダヤ人のナショナルホームの建設に賛意を示し、その支援をすることを約束しています。

さらに、イギリスは、中東を3分割してイギリスとフランスとロシアで分けあうという秘密協定の「サイクス・ピコ協定」をも結んでいました。
主に植民地支配権と資源利権の分配を意図して線引きしたこのときの分割は、現在まで影響を与え続けています。
サイクス・ピコ協定でフランスとイギリスによって引かれた恣意的な国境線により、クルド人はトルコ・イラク・イラン・シリア・アルメニアなどに分断され、世界最大の国を持たない3000万人の民族集団が発生し、大量の難民を生み出したのです。
民族問題とパレスチナ問題がこうして作られたのです。

イギリスが音頭をとってのヨーロッパ列強の侵略が行われるまでの19世紀まで600年以上にわたって、イラクから北アフリカまでの広大な地域は、オスマン帝国の支配下にありました。

オスマントルコはイスラム教国でしたが、宗教に寛容で、キリスト教徒やユダヤ教徒なども許されていた国でした。
イギリスの画策によってオスマン帝国が解体されて、ここ劫火の消えない世に突入したのでした。

第二次対戦後、パレスチナの土地からパレスチナ人を追い出して、イスラエルが建国されることになりました。このことが、現在なお解決しないパレスチナ難民問題の原因となっています。
キリスト教・ユダヤ教・イスラム教の共通の聖地のあるエルサレムを分割し、ユダヤ教徒に占有させることを認めてしまったからです。


アジアの東端での画策
1945年8月、日本の殆どの都市は焼土となり、原爆にみまわれ、無条件降伏をしました。
そしてGHQの統治下に置かれました。すなわち、このとき「神国日本」は死んだのです。

1947年11月、国連はパレスチナ分割案の採決をしました。
ここで大きな力を発揮したアメリカ政府の分割案支持派は、
そこにユダヤ人国家ができれば、
中東に安全かつ進んだアメリカの基地ができるからという理由でした。

1948年5月14日 イスラエル共和国が誕生しました。
そのときのイスラエル側のコメントは、次のようなものでした。
 
聖書が絶えず繰り返している預言者の約束が成就し、
イスラエル共和国が再び誕生したという事実は、
人智が有限、最高の力(スーパーナチュラル)が、
人間の諸条件の上に影響しているということを、
人類に認知させ認識させる出来事である。
これは、神の御意思による人類救済の雛形か。
約束の民に約束の地を賜ると聖書が預言した彼らの権利と義務を、
地上の権力が否定することは到底みとめることができない。

このときのキリスト教側のアメリカの見解も挙げてみます。

イスラエル国の再建は、
まさしく聖書を信じるキリスト教徒にとっても、
旧約聖書と新約聖書の預言の成就である。
聖書を信じる者だれもが、
キリスト教とイスラエル共和国とが引き離せない関係にあることを
知っているはずである。
クリスチャンの信仰の一部は、
このイスラエル国の平和のために祈り献身することである。
アメリカが長く祝福されてきた理由のひとつは、
私たちがイスラエル側についてきたからである。


イスラエルも日本もアジアを覆う米欧の戦略基地網の要衝の一つに過ぎません。
第一次世界大戦も第二次世界大戦も、「エルサレム問題」「石油の利権」「米欧の基地ネットワーク」「アジア総植民地化」の四つのファクターを抜きにして語ることはできません。
アジアのあらゆる問題にワシントンが介入するのはこのためです。

そして、エルサレム問題とは、「ミレニアム」、「千年王国」という言葉を併せて捉えないと全貌が見えません。
言い換えれば、聖書で裏打ちされた「エルサレム問題」とは、「聖書で解決するか、武力で解決する方法をとり続けて永遠の劫火と為すか」の二者択一以外に方法がないのです。

日本のみなさん、これが、ユダヤ教徒とキリスト教徒が世界をかき回していることの実態なのです。
日本にとっては「前門のトラ」と「後門のオオカミ」なわけです。
これから彼らの「NWO」を完成させようと虎視眈々としているわけです。
彼らのこの目標を達成するために、最も目障りな国、それが日本なのです。
なぜなら、聖書を作成したのが日本人預言者たちであり、イエスが日本人であり、「ヨハネの黙示録」がその事実を開示するための特別な預言だからです。
しかも、クレタ島出土の紀元前1600年頃の「ファイストス円盤」が、ヨセフからモーセ、ダヴィデにいたる日本人の古代史を明かし、
神宝をアルゴー船で運び出したことの「証拠物件」として備えられているのです。
中国の史書であると言われている「三国志」には、日本で「魏志倭人伝」と呼ばれる「三国志魏書東夷伝倭人条」も含まれています。
が、その「魏志倭人伝」の冒頭は、ホメロスが「イリアード」や「オデュッセイア」で書いている「クレタ島」の部分なのであり、そこから約100キロメートルのところに存在するサントリーニ島の「大噴火以前に」そこは、倭人だけが居住していたことを明かす「驚異的」な古文書として作成されていたのです。

このようなことが、世界に知れ渡らないようにしなければ、「イスラエル国建国」の際に、「これは、神の御意思による人類救済の雛形か。約束の民に約束の地を賜ると聖書が預言した彼らの権利と義務を、地上の権力が否定することは到底みとめることができない。」などと宣言したことや、「イスラエル国独立宣言」の演説で、「この地でユダヤ民族は最初に国家を建設し、民族的かつ普遍的重要性を持つ文化的価値を創造し、世界に聖書という永遠の書物を与えた。 」という宣言も「彼ら」とは無縁であることがはっきりするのです。
そうでなくても、イスラエル国やこれを維持している国際ユダヤ人にたいして、また、彼らが今日まで利用してきた「ユダヤ教」や「キリスト教」にたいして懐疑的となり、彼らの政治行動が眉唾ものであることを、世界の人々が気づいてきているからです。

ユダヤ教徒の支配者層とその協労者であるキリスト教徒(ネオコン等)は、70年前のように、もう一度日本を壊滅させようとしているのです。しかし、日本を壊滅させることはできないことを、「ヨハネの黙示録」は預言しています。
そればかりか、旧約聖書も新約聖書も一貫して、このことを預言してあります。

今、第三次世界戦争の決着が迫っていることを教えてくれているのは、何と、ヨハネの黙示録なのです。
ヨハネの黙示録を解読すると、第三次世界大戦はすでに始まっています。
今後、日本はどうなるのか、それを聖書の預言から予想する前に、現在の世界情勢を分析してみましょう。




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日本は新しいエルサレムとなる 2

124 1945年8月15日

日本の無条件降伏
1945年8月15日、アジアの東端で、日本は無条件降伏をしました。
その結果、日本は数千年ぶりに主権を剥奪されて、GHQ管理の下におかれ、「神国」というレッテルは引っ剥がされました。 
そのころ、アジアの西端では、連合国が「イスラエル国」という神の国とその主権をユダヤ人に与える準備にいそしんでいました。
この、まったく正反対の二つのことが同時に連合国の手によって成し遂げられたということを世界も日本も意識していません。

1947年11月に、連合国の組織である国連は、パレスチナ分割案の採決をしましたが、ここで大きな力を発揮したアメリカ政府の分割案支持派は、「そこにユダヤ人国家ができれば、中東に安全かつ進んだアメリカの基地ができる」という理由を掲げたのでした。

1948年5月14日 イスラエル共和国が誕生しました。そのときのイスラエル側のコメントは、次のようなものでした。
 
  聖書が絶えず繰り返している預言者の約束が成就し、
  イスラエル共和国が再び誕生したという事実は、人智が有限であり、
  最高の力(スーパーナチュラル)が、人間の諸条件の上に影響しているということを、
  人類に認知させ認識させる出来事である。
  これは、神の御意思による人類救済の雛形か。
  約束の民に約束の地を賜 ると聖書が預言した彼らの権利と義務を、
  地上の権力が否定することは到底みとめることができない。

さて、それから約70年、イスラエルは上記の「これは、神のご意思による人民救済の雛型」になっているでしょうか。
逆に、「悪による人民破滅の雛型」になっています。
しかし、イスラエル人たちが至って平然としているのは、彼らは思うままに、都合の良い国で、その国民となって生活するのがサガだからです。
要するに、聖書とエホバ神を簒奪して、利用出来るところを最大限に利用しているだけであって、預言の神髄などはどうでもよいのです。それどころか、世界の金融と国際機構を掌握した今では、聖書の予言や恵穂葉神の真理などは、むしろ邪魔として葬り去ろうと画策しています。


それでは、キリスト教側は、イスラエル建国をどのように位置づけいたのでしょうか。
キリスト教側のアメリカの見解
  イスラエル国の再建は、まさしく聖書を信じるキリスト教徒にとっても、
  旧約聖書と新約聖書の預言の成就である。
  聖書を信じる者だれもが、
  キリスト教と新しいイスラエル共和国とが引き離せない関係にあることを
  知っているはずである。
  クリスチャンの信仰の一部は、
  このイスラエル国の平和のために祈り献身することである。
  アメリカが長く祝福されてきた理由のひとつは、
  私たちがイスラエル側についてきたからである。

このように、アメリカ側は宣言しました。
この見解がアメリカだけのものではないことは、連合国の国連がイスラエル共和国誕生の産婆役を務めたことでもはっきりしています。
どうです、旧約聖書簒奪の前門のトラと、新約聖書のキリスト簒奪の後門の狼の見事な結託ぶりは!!!

8月15日とは、旧約聖書とキリストの本地日本から「旧約聖書簒奪の前門のトラと、新約聖書のキリスト簒奪の後門の狼」が結託して、わが国を奈落の底に突き落とした日なのです。

そのまえに、神の国を植民地に陥れようと謀る「彼ら」と結託して革命をおこし、日本国の守護神恵穂葉神の上に現人神という偶像を置いて、恵穂葉神をわが国から神避らせたという大罪を犯していたわが国の政府です。
ですから、すでに、守護神恵穂葉を神避らせていた日本が神国という世界に二つとない大切なタイトルを引っ剥がされたのも当然のことではありました。



1945年8月15日 その後
さて、連合国の代表者に出世したアメリカは、軍事大国です。大量の戦闘機、戦車、銃火器のほかに原子爆弾という世界最強の武器の威力を世界に示しました。
ですから、その並ぶものなき軍事力をいかして、世界を彼らの植民地化すべく、次のような方針を打ち出しました。

1948年6月17日 ワシントンは、冷戦を継続し激化する方針を決めた。
  アメリカの防衛体制内にある日本のアジアの工場としての価値、
  日本の熟練した技術と従順さ、これを有効利用する方針を固めた。
  日本をアメリカ管理のアジアの工場にすれば、
  その力でアジアの他の部分を支配できる。
  日本の遊休工業力とアジアの原料資源を結びつけ、
  アジアにおける西側の優位を維持するためには、
  要塞地帯を選び、これを強力に押さえ、
  集中的かつ漸進的に開発してゆく政策が必要であろう。
  日本フィリピン、インドネシア、サウジアラビア、イラク、旧パレスティナがこれである。
  ニューヨーク・ヘラルド・トリュービン

  1948年6月 マッカーサー元帥は、日本の沿岸警備船一二五隻の再武装と、
  日本の警察官十万名の重火器装備を許可した。

  1950年6月5日 百選練磨のアメリカ将兵五百名を賢明かつ重点的に用いて、
  諸君の代わりに銃砲を撃ってくれる十万人の兵士を訓練し得る。
  在韓国軍事顧問団はその生きた証拠である。
  アメリカの納税者は、韓国に投資した資本の優れた番犬の役を務める軍隊、
  最小費用の最大効果の見本である軍隊を置いている。
・・ニューヨーク・ヘラルド・トリュービン 

韓国同様に、日本にも西側の優位を維持するための番犬が置かれたことはご承知のとお
りです。このように、イスラエルも日本もアジアを覆う米欧の基地網の一部に過ぎず、日本は植民地の身分に過ぎません。アジアのあらゆる問題にワシントンが介入するのはこのためです。 
第一次世界大戦も第二次世界大戦も、「エルサレム問題」「石油の利権」「米欧の基地ネットワーク」「アジア総植民地化」の四つのファクターを抜きにして語ることはできません。
そして、「新しいエルサレム」問題とは、「ミレニアム」、「千年王国」という言葉で捉えないと全貌が見えません。
言い換えれば、聖書で裏打ちされた「新しいエルサレム」の問題とは、聖書で解決するか、武力で解決する方法をとり続けて「永遠の劫火」と為すかの二者択一以外に方法がないのです。

聖書の預言を簒奪する者たちは、ランドの破壊者であり軍国主義者たちなので、もっともなスローガンを掲げて戦争に駆り立てます。
「聖戦」「平和のため」「正義のため」「お国のため」・・・、そして、その結果は、当然のことながら、死屍累々、阿鼻叫喚、廃墟、そして、退廃と破滅です。

1950年6月5日 ニューヨーク・ヘラルド・トリュービンの記事を上に掲げましたが、その要旨をもう一度みてください。
アメリカがわが国や韓国と結ぶ軍事同盟(安保条約等)とは、次の三点につきます。

 アメリカの諸君の代わりに銃砲を撃ってくれる兵士を訓練し得る。
 アメリカの納税者は、日本や韓国に投資した資本の優れた番犬の役を務める軍隊、
 最小費用の最大効果の見本である軍隊を(日本や韓国に)置いている。

要するに、国際金融資本家たちのための代理戦争要員として日本の軍隊を備えているのです。
前門のトラと後門の狼が結託して進めている世界戦略に乗ってはいけません。彼らは、今度こそは日本を亡きものにしようともくろんでいるのです。
今までに、彼らのためにわが国の納税者たちが費やしてきた金額は、「平和主義を貫いたわが国が戦争に巻き込まれた場合に蒙る被害額よりもはるかにはるかに膨大なものです。その上に、今度は日本消滅の仕掛けの陥穽が組み込まれます。
しかし、彼らのその目論みは成功しません。

日本はすでに「戦争放棄」の日本国憲法を犯しています。しかし、これ以上「戦争に参加しないように、神が預言者を通じて日本を聖なる新しいエルサレムに任命しておいてくださった」のです。
それは、世界平和のためであることをみなさまは理解しなければなりません。



ニューヨーク国連本部に刻まれている聖書の聖句を見てください。
また、国連本部には旧ソ連政府が贈った「剣を鋤に打ち変えている男」のモニュメント(旧ソ連の彫刻家エフゲニー・ヴチェーティチ (Евгений Вучетич, 1908 - 1974) による1957年の作品「剣を鋤に打ち直そう」 )が据えられています。

国連は、「世界平和の実現と国家間の友好関係の促進」を目的とすると宣言して、旧約聖書の「国は国に対して剣を上げず 二度と戦いのことを習わない」という聖書の預言を国連のスローガンとモニュメントとして掲げているのです。
このことによっても、聖書の主題が何であるか伺い知ることができますし、聖書が、今なお、世界史と深くかかわっていることを証しているのです。

しかしながら、発足以来ずっと、国連は「剣を鋤に打ち直す」とは、正反対の歴史を刻んでいますが、それは、国連の真の権利者が連合国の支配者たちであり、その実態は、日本国から預言を簒奪しているものたちです。

国連本部に刻まれたイザヤ書

国連本部 イザヤ書2章像
上の2枚の写真と像の移転の情報は、「空港探索」 アメリカ旅行3日目 2006-11-01 「とり」様から借用させていただいたものです。

ニューヨークの国連本部に刻まれた 終末預言
 
 THEY SHALL BEAT THEIR SWORDS INTO PLOWSHARES.
 AND THEIR SPEARS INTO PRUNING HOOKS.
 NATION SHALL NOT LIFT UP SWORD AGAINST NATION.
 NEITHER SHALL THEY LEARN WAR ANY MORE. ISAIAH

 彼らはその剣を鋤に、
 その槍をかまに打ち直し、
 国は国に向かって剣を上げず、
 二度と戦いのことを習わない。 イザヤ

ニューヨークの国連本部に刻みつけてあるこの聖句は、聖書「イザヤ書」 2章 と「ミカ書」 4章に記されている重要な預言です。
「イザヤ書」 2章 と「ミカ書」 4章は、世の終末にメシアが到来し、完全な平和がもたらされると述べている預言であり、それはヨハネの黙示録の究極の主題でもあります。

「イザヤ書」2章
 終わりの日に、主の家の山は、山々の頂に堅く立ち 
 丘々よりもそびえ立ち、
 すべての国々がそこに流れきて、多くの民が来て言う、
 さあ、主の山ヤコブの神の家に上ろう、
 エホバは、ご自分の道を私たちに教えて下さる。
 シオンから御教えが、エルサレムから主の御言葉が出る、
 主は国々の間を裁き 多くの国々の民に判決を下される。

 彼らは剣を鋤に、槍を鎌に打ち直し、
 国は国に対して剣を上げず、二度と戦いのことを習わない。
 来たれヤコブの家に、私たちもエホバの光に歩もう。

国連がいかに聖書の終末預言を簒奪しているか、そして、スローガンの「平和」とはほど遠い存在であるか、その矛盾の謎が、預言の本来の権利者がじつは日本であるからだということがこれによってわかります。
国連は、平和の実現には少しも役立っていないばかりか、国連が設立されてこのかた戦争や紛争のない日は一日もありません。

国連は、「イスラエル共和国」を誕生させたことでも知られています。
二十世紀に二千年ぶりに現れ出でたイスラエル共和国と国連が、エホバ神の御霊「平和の実現」の予言を
を果たし得ないのは何故でしょうか。
これも、イスラエルは預言を簒奪し、神の国日本を貶めて設立した国でありますから、神がこれに祝福をあたえられるわけがありません。

それとは対照的に、この預言のようにこの70年近く平和を維持している国、それは日本です。実に不思議なことではありませんか。
しかし、今、雲行きが非常に怪しくなってきています。
しあも、そのこともみな預言に書いてあります。

今、「戦後70年」という節目に何が起ろうとしているのか。

日本は新エルサレムになる 1

123 新しいエルサレムについて

日本が新しいエルサレムになるということは、「創世記」から「ヨハネの黙示録」に至るまで、随所に預言されていることです。
わたくしのブログ全体をお読みになった方はご理解いただけるはずです。
それは、そう遠い未来の事ではありません。
国民の皆様が真剣に私のhuログを読んで、国会議員さんたちに、私のこのブログを検証するようにとの要請を陳情してくだされば、それが14万4千人分集まれば、ただちに実現することです。
ですから、真剣に全知を投入してブログを読んでくださる方々が14万4千人いて、ただちに陳情書を提出するという行動して下さるか否かに、この国の、そして世界の未来がかかっているのです。
鶏の卵が存在しても、それが完璧で有精卵であっても、温めて孵化させ、育てるということを放棄しては、その種の生命の継承は途絶えるのと同様に、恵穂葉神の完全無欠な預言といえども放置しておいては無意味なのです。

聖書の預言は、その最初から、ランド(卵土)の世話人たる人類にランドの世話を全うさせるために書かれているのです。
しかるに、今人類を代表して世話をしているつもりの国々は、ランドの破壊以外に能がないのが現実です。

イギリスの風刺画家、ジェイムズ・ギルレイ(1756~1815年)「夜食をとるグルメ

イギリスの風刺画家、ジェイムズ・ギルレイ(1756~1815年),の「夜食をとる国家的グルメ」の仏ナポレオンと英首相ピット 1805年の作品です。 
この風刺画は、十九世紀になる以前にすでに当時イギリスとフランスがミレニアムの「千年王国」の簒奪に向けてうごめいているのを察知していました。

「彼ら」が、仏のナポレオンと英のピットに、「一つの円卓」上で陸と海を切り分けさせている場面をギルレイは見事に風刺しています。これは、一八〇五年一月のナポレオンによって提示された英国との調停案が下敷きになっていますが、一九四一年八月の「戦艦アウグスタ号」上での、米ローズヴェルトと英チャーチルの洋上会談の予形です。
このアウグスタ号上の洋上会談は、大西洋憲章の概略を決め、世界分割案をねりあげ、これをもっとも有利にするための原子爆弾製造の経過報告をも目的としていました。
この世界分割案はイギリスとアメリカ主導というかたちで運び、国連において完遂されるように運びました。
「アウグスタ号」の名は、二千年前にミレニアム預言を簒奪して、イエスを磔刑という過酷な刑に処したアウグスタ一族にちなむ名前です。そして、一九四五年八月、このアウグスタ号上で練られた案どおりに、日本国民という羊の群れに対して原子爆弾による処刑を行ないました。核の脅威をみせつけるための犠牲の羊に選んだのが日本国民でした。そのうえ、まんまと日本から「神の国」の手がかりを消してしまいましたので、彼らは全地球を「新世界秩序」にむけて荒らしまわることが可能になったのです。

そして、国際連盟も国際連合も、欧米各国の「彼ら」の責任を転嫁しつつ、「人道主義」という仮面の下で、運営費を日本などに押し付けて、「新らしい神の国民」となるべき人々を犯罪者や乞食に貶め、なおかつ、世界ににらみを利かせるためのアンチ・キリストの機関であり、エホバ神の預言とイエス・キリストの教えを妨害する機関です。 
キリスト教徒はそれを「聖地奪還」「千年王国」、または、「新世界秩序」「グローバリゼイションという修飾語で飾り立て、ユダヤ教徒はそれを「シオニズム」と叫んで酔いしれています。
それは、聖書の預言を、前門の虎と後門の狼が簒奪して、預言を偽って、思想を同じくしているユダヤ教徒とキリスト教国は、協力してミレニアム戦略を練り上げてきました。この両者のミレニアム戦略に欠かせない両者のシンボル(しるし)が「イスラエル共和国」と「国連」という偶像(虚像)の誕生でした。

世界平和の実現とは無縁の国連
国連が、「世界平和の実現と国家間の友好関係の促進」を目的とすると宣言して、旧約聖書の「国は国に対して剣を上げず 二度と戦いのことを習わない」という聖書の聖句をモニュメントとして掲げていることによっても、聖書の主題が何であるか伺い知ることができるのであり、聖書が、今なお、世界史と深くかかわっていることの証しでもあります。
聖書はイザヤ書二章のように、平和の実現が成就すると預言しているのですが、国連設立以来六十年の歳月を経ても、いまだ「平和の成就」という方向は、まったく見えません。

国連はベトナムに対して「オペレーション ハーデス」、すなわち、地獄作戦にゴーサインをだして、ベトナムに空から枯葉剤を撒くという悪業に加担しました。その後も、国連は戦争に携わり続け、アメリカのブッシュ大統領のイラク戦争などを支援しているありさまで、発足以来ずっと、国連は「剣を鋤に打ち直す」とは、正反対の歴史を刻んでいます。それは、国連の真の権利者は、連合国の支配者たちだからです。国連は、権威獲得、運営費の負担(莫大)を日本に押し付ける、戦争責任の所在をあいまいにする、などの、高等戦術を駆使するために設立されています。その根本は預言の簒奪なのであり、日本が新しいエルサレムとなり、世界平和が実現すると言う預言を阻止するための組織なのです。


ミカ書 3章
預言者(宗教家 )たちに主はこう告げられる
彼らはわたしの民を惑わせ 歯で噛むものがあるときは
「平和があるように」と叫ぶが
彼らの口に何も与えない者には「聖戦」を宣告する

国連が誕生させたイスラエル共和国もまた、平和の実を実らせることはできないばかりか、永遠に消すことのできない紛争の火種でしかありません。

ナポレオンやピットを動かしたのも、第一次世界大戦や第二次世界大戦も、「千年王国」預言を簒奪するプロジェクトによるものであることがわかります。
フランス革命、アメリカ独立戦争、明治維新革命、そしてロシア革命などは、みな預言簒奪によるミレニアム戦略の一環です。
マルクスらの「資本論」や「共産党宣言」、「ロシア革命」すら、みな、シオニズム運動の一方策であったとは、ユダヤ教ラビのマーヴィン・トケイヤーの著書「日本買いませんか」双葉社などにくわしく明かしていますので、英米ユダヤのこうした自慢話の数々を検証することがこの近代から現代の歴史を解明する近道です。
「人はその口にするあらゆる無駄な言葉について、裁きの日に申し開きをしなければなりません。(「マタイ福音書 」12章)

ナポレオンやピットに軍資金を貸したのも、日本の明治政府に資金を貸したのも同じ家系の金融業者たちです。彼らがあらゆるところに貸し付ける金はすべて、「日本が新しいエルサレムとなり、平和の実現を成就させる」という預言を簒奪して、「世界を戦争と破壊で支配する」という目的を遂げるためです。


日本は神国 21

122 聖書と日本 続

啓示の書」(ものみの塔)を論破する 2 

新しいエルサレム」 
ヨハネの黙示録」21章を検証 2  

ものみの塔統治体の新しいエルサレム
新しいエルサレムについ
ものみの塔の「啓示の書」307ページで、新しいエルサレム」の12000スタディオンという数値を、「象徴的な数値」であるといい、次の見解をのべています。
 「新しいエルサレム」は、神のとこしえの目的を成し遂げるために
 絶妙な仕方で企画された組織上の一つの取り決めです。
 王となるイエス・キリストとともに、新しいエルサレムは、
 エホバの王国の組織をなしています。」


その新しいエルサレム、イエス・キリストとともにそこから全世界を統治する新しいエルサレム像として、「啓示の書」302ページに、次のような挿絵を掲載しています。

啓示の書302ページ

ものみの塔の統治体の「新しいエルサレム」の象徴は、この挿絵にみられるように、摩天楼ひしめくコンクリート・ジャングルなのです。そのモデルはニューヨークであると、あるホームページのThe Watchtower Jerusalem is New York! 
By  Ruediger Hentschel の記事には、次のように書かれていました。
「The Control Center of the Jehovah's Witnesses after Armageddon is New York!」

詳しくは、The Watchtower Jerusalem is New York! で検索してみてください。


世界を創造した神やイエスキリストがニューヨークのような摩天楼のひしめく都市を新しいエルサレムの理想像とお考えになるでしょうか。
ものみの塔の組織の首脳者たちが経済支配にしか関心がないことを垣間見ることのできる挿絵です。
そして、ものみの塔もまた「アメリカがニューエルサレムとして世界を一極支配すべきだ」と考えるアメリカの聖書ファンダメンタリストの一派にすぎないこともわかります。


聖書原理主義のキリスト教
現代社会を見ますと、一般のキリスト教会も、仏教も、神道も、他の新興宗教も、今日の宗教はすべて、唯一神の御意思を無視しています。
今日のすべての宗教は、「宗教関係者自身の権力と集金のための組織」であり、すべての宗教が詐欺的要素とマインドコントロール的要素を縒り合わせたしろものとなっています。
こうした宗教で集められた金は、究極において投資家を太らせるに利し、投資家は軍産複合体と資源略奪者たちを太らせるという恐るべき悪循環で巡っています。
ニューヨークのブルックリンの物見の塔聖書冊子協会本部が、国連組織に寄付をし、兵器産業会社に投資しているとインターネットに書き立てられて暴露されましたが、エホバの証人たちの大会の諸会場を見ただけで、その正体がいかなるものか推測できるでしょう。

物見の塔冊子教会の例
ものみの塔冊子協会の書籍「啓示の書」は、1から7までのラッパを吹き鳴らしたのはわれわれであると書いているのですが、「ヨハネの黙示録」の1から6までのラッパの奏者は「天地の破壊者」の合図のラッパ手として描かれているのです。
ものみの塔組織の啓示の書」のP134~149に、ものみの搭がラッパを吹き鳴らした土地が書いてありますから、これを列記してみます。

 米   オハイオ州     シーダー・ポイント
 〃   カリフォルニア州  ロサンゼルス
 〃   オハイオ州     コロンバス
 〃   インディアナ州   インディアナポリス
 英   ロンドン 
 カナダ トロント                   
 米   ミシガン州     デトロイト

このような場所で、大会毎に、およそ5000万部ずつもの文書が頒布されたことをみますと、これら米英カナダという核開発のリーダーシップをとった国々の、国家的バックアップがあることがうかがわれ、ものみの塔組織もまた、世界戦略的洗脳機関であるという疑いを否定できません。
アメリカと言う国は、ローズヴェルトにしろレーガンやブッシュにしろ、大統領はみな「聖書」に手を置いて宣誓します。
しかし、「聖書」には、パウロの文書が入っている事でも判別できますように、パリサイ人たちの「毒麦」文書すなわち「パン種」が混入しています。生前、イエスは「パリサイ人のパン種に気をつけなさい」と教えおかれました。
それを、「聖書は100パーセント神の言葉であり、すべて正しい」と言い張るのは、この「毒麦」こそが彼らにとって重要な要素だからなのです。アメリカの大統領は、「聖書」の中の毒麦を正しいとして宣誓する「聖書原理主義者」です。
アメリカには、「ハルマゲドン待望論者」向けの、聖書原理主義キリスト教組織がいくつもありますが、「新世界秩序」や「ワンワールド」という言葉を発する大統領や政治家たちは、みな、この聖書原理主義の推進者です。
言い換えれば、こうした聖書原理主義者たちは、いずれも軍事大国アメリカの「国教」の分派にすぎません。
エホバの証人も「聖書原理主義者で、彼らの組織も「アメリカ国教」の分派であるということがおわかりでしょう。
ものみの塔組織は、2012年頃から、「神の国」を宣教するかわりに、「世界政府」という言葉を強調しています。

世界の資源は限られているから、「全地球的な管理機関でなければ,地球の資源を公平に分配することはできないでしょう。」「ものみの塔」 2015年2月 と、世界政府の実現を宣べています。
もちろん、ものみの塔組織が全地球的な管理機関としてエホバ神から任命されているという論法です。
しかし、ものみの塔組織内で今行っている全地球的な管理機構ときたら、上層部は下部の極貧生活に無頓着で、病気になろうが精神を病もうが一切無関心、非人間的、非生産的、上意下達の独裁的、集金マシン的、etc・・・・おぞましいものです。・・・言っていることと現実に実行していることの落差がありすぎで噴飯ものです。
全地球が「ものみの塔独裁」の管理機関となったら人類は終わりそうですが、さいわいにも、エホバの証人一人を獲得するのに、日本では3万時間以上、アメリカでも7千時間かかるということですので、「ものみの塔組織」が世界政府になることはありえないでしょう。

では、ものみの塔組織がその一部であるアメリカが「世界政府」となり、「千年王国」となるのでしょうか。
アメリカとは、入植以来、その第一歩から今日に至るまで、銃と火薬で歴史を刻んできた国です。
ピューリタンと称した人たちも、パリサイ人のパウロ教の一派であることに変わりはありません。
聖書原理主義者、すなわち「パウロ教」の教義である「十字架のキリスト(パウロ教)に従うか、さもなくば死か」という二者択一を迫って、原住民を淘汰し、アフリカ人や中国人を数百万人も奴隷として酷使して築いた急ごしらえの文明国家、それがアメリカです。

アメリカは20世紀になって、原子爆弾を作成して以来、その「核の脅威」を振りかざして世界を牛耳ってきました。
「我々に従うか、さもなくば、我々に処罰されるか。」と核の棍棒で支配した七十年間のアメリカの「国際戦略」は、どう見ても失敗しているといえます。
このままいけば、アメリカは、ますます迷走し、世界はますます荒れはててゆくのみです。
ですから、神の預言の新しいエルサレムがアメリカであるなどとは思いません。

その理由は、「ヨハネの黙示録」の預言の実現以外に「世界平和の成就」はないからです。
すなわち、神の預言を簒奪している者たちには、平和の予言を成就させる力がないのです。

旧約聖書は「ユダヤ人」と自称する人たちに用いられてきました。これは前門のトラですね。
新約聖書は「パウロを筆頭とするパリサイ派の人々」によって簒奪されました。こちらは、後門のオオカミと申せましょう。
ところが、「ヨハネの黙示録」は、新約聖書です。
そして、「ヨハネの黙示録」は、旧約聖書と新約聖書を照合し、合一しないと解を得ることができないように編纂されています。
ですから、ユダヤ人と自称する側から「ヨハネの黙示録」の解が出ることはないのです。同様に、カトリックやプロテスタントの側からも、「ヨハネの黙示録」の解が出ません。

しかし、ものみの塔組織は、「エホバの証人にして真正のクリスチャン」と自称する立場をとり、旧約聖書と新約聖書の双方の領域に自由自在に踏み込める新地を開拓しました。
しかし、それは、ユダヤ人と自称する人々の教義と、キリストの使徒であると自称する人々の教義のあちらこちらから寄せ集めたものにすぎず、トラとオオカミのハイブリッドの奇々怪々の化け物になっています。

旧約聖書の民もイエス・キリストも日本人であったことを認めることを抜きにしては真相が決して理解できないような仕組みになっているのが「ヨハネの黙示録」です。

ニュートンのヨハネの黙示録研究について、さきに書いたことをここで繰り返してみます。

イギリスのアイザック・ニュートン(1642~1727年)は、ヨハネの黙示録を検証して、
 「聖書の預言を理解するためには、
 まず、預言者の言語に習熟しなければならない。
 預言の解明は、長い間失われていた真理の発見をもたらし、
 正義がそこに住まう王国が打ち立てられるという目的に沿い、
 また、証明される預言は、古い諸預言を開示し、
 それら全体は真の宗教を知らしめ、確立するであろう。

と述べています。
法王や神学者よりも、科学者のニュートンの方が正鵠を射た発言をしていると思います。
ニュートンは、カトリックに懐疑の目をむけていたばかりか、ルターやカルビン派のプロテスタントや、英国国教に対しても懐疑的であったために、生前には聖書関係の研究を出版しなかったのだと言われています。
「証明される預言は、古い諸預言を開示し、それら全体は真の宗教を知らしめ、確立するであろう。」というニュートンの言葉は、ニュートンの時代のキリスト教やユダヤ教を真の宗教であるとは思っていなかった証拠ですし、「古い諸預言を開示し」とは、新約聖書中のヨハネの黙示録の解明によって、旧約聖書中の古い諸預言が開示されることを意味し、すなわち、旧約聖書を重んじないパウロ由来のキリスト教をニュートンは肯定していないことを示唆しているのです。


日本が旧約聖書の民であることは、地中海のクレタ島から「エホバ、ヨセフ、マナセ、エフライム、そして、モーセ」の名が刻まれた「ファイストス円盤」が出土したことによって、決定的となりました。
古代や中世の地図もこれを証明します。:
日本が新約聖書の民でもあることは、「ヨハネの黙示録」を筆頭とする聖書の預言のほとんどが証明します。
イエスが「ファイストス円盤」の印璽を日本にもたらされたことは、「ヨハネの黙示録」と、ある場所に秘蔵されている箱が、やがて証明することになるでしょう。

その「印璽」こそが、このブログの下の記事の中に出てくる「宝石」の数々なのです。

「ヨハネの黙示録」は、奥深く、過去の歴史や現世界の国際問題や未来を見据えた高度な内容なのです。
エホバの証人たちは「ハルマゲドン」という「ヨハネの黙示録」にしか出てこない言葉を操って、浅薄な聖書解釈で信者を獲得しようとしていますが、今日、一人の信者獲得にアメリカでは7000時間以上、日本では30000時間以上の時間を要する事態となっているそうです。

新しいエルサレムが日本であるとする根拠卑ついては、前回でも書きましたが、もう一度とりあげます。
これを誠意をもってごらんになれば、「日本という、この70年間というもの、必死で平和を貫こうとしてきた国民の国」を「新しいエルサレム」とすることによって、中東を火種とするおぞましい戦争や紛争に終止符を打つことを神がお求めになっていることがおわかりになるでしょう。

「ヨハネの黙示録」21章から
 わたしに語っていた者は、都とその門と城壁とを測るために、
 金の物差しを持っていた。
 都は四角形であって、その長さと幅は同じである
 彼がその物差しで都を測ると、一万二千スタディオンであった。
 長さと幅と高さとは、いずれも同じである。
 また、城壁を測ると、百四十四キュピトであった。
 これは人間の物差しで測ったもので、天使が用いたものもこれである

 1万2千スタディオンの長さの日本
 『千葉市を中心とした一千キロメートルのはんい』
        「すすむ千葉県」千葉県教育会館発行

 日本の領土
 日本の領土

「物差しで都を測ると、一万二千スタディオンであった」という章句に、わたくしは目を留めて、すぐさま、物差しを日本地図に当てて測ってみました。すると、ただちに、日本列島は、長さが約12000スタディオン、すなわち、約2220キロメートルという数値に当てはまることが解りました。
「都は四角形であって、その長さと幅は同じである」という預言の言葉も日本の領土の形状に合致しています。
さきほどの「日本列島 花嫁」が、こじつけではないことをダメ押しをするかたちです。

「ヨハネの黙示録」21章の「新しいエルサレム」にまつわる数値や形状の表現は、ギリシャの地誌学者ストラボン(BC64~AD31年頃)の「ギリシャ・ローマ地史」龍渓書舎刊 飯尾都人訳の記事中の、ギリシャのペロポネソス半島やイベリアを表現した記事を参照することを示唆しています。
ストラボンは紀元前64年頃から紀元後31年頃、即ち、イエスやヨハネの生きていた時代に重なる歴史地理学者です。
「ヨハネの黙示録」は、聖書とギリシャの古典、そして、日本の古典などを照合させる目的をもって謎を構成しているのであり、宗教家や為政者たちの狭すぎる視野に対する批判が篭められているようです。

「ヨハネの黙示録」のこの「新しいエルサレム」に関する章句は、さらに、ヤコブの誕生の記事の真相を探求させるよう誘導していると思われるのです。

ストラボン「ギリシャ・ローマ地誌」 より
 ペロポネソスは、形がプラタナスの木の葉に似て、
 長さと幅はほぼ等しく、共に1400スタディオン(約252km)に及ぶ。

 イベリア地方全体は、形が剥がしたままの牛皮に似て、 
 長辺は西から東に伸びて東側辺りが額部分にあたり、
 幅辺は北から南へのびる。・・・

ヤコブとエサウの誕生 「創世記」25章  より
 イサクの妻リベカが身ごもった。主は告げられた。
 「二つの国があなたの体内にあり、 
 二つの国民があなたから分かれる。
 一つの国民が他の国民より強く、兄が弟に仕える。」
 出産のときが満ちると、双子が体内にいた。
 最初に出てきた子は、赤くて、全身毛衣のようだったので、
 エサウと名付けた。 
 後で弟が出てきたが、そのエサウの踵をつかんでいた。
 その子をヤコブと名付けた。

ヤコブの手とは、イタリアの踵に近い「手の形のペロポネソス半島」を含む領土を示唆したものと考えられます。

 ペロポネソス半島
 プラタナスの葉や手に似ているペロポネソス半島 

エサウの「赤くて全身毛衣」は「剥がした牛皮」の別の表現であり、それはイベリア全体を指すことが、ストラボンの「ギリシャローマ地誌」の記事によって導かれます。
ヤコブの手によって踵を捕まえられていたというエサウの領土は、踵のあるイタリア半島を含んでいたようです。

日本が「新しいエルサレム」となるならば、「ヤコブ」、すなわち、「イスラエル」の真相を明らかにしなくてはなりません。
それはまた、ギリシャのクレタ島から1908年に出土した、「ファイストス円盤」(今から3600年ほど昔の粘土板)が、「エホバ」「ヨセフ」「モーセ」などの名を日本語で刻印し、聖書の「創世記」48章49章、「申命記」33章など度、連携していることにより、「聖書の民」が日本人であったことを証しはじめたのです。
「ヨハネの黙示録」は、こうしたことを予見したうえで。見事に連携して、わが国の燦然と輝いていた古代史、即ち、土台を明かす時がきて、「新しいエルサレム」の土台が宝石で飾られていることを披露しようとしているのです。


 城壁は壁玉で築かれ、
 都はすきとおったガラスのような純金で造られていた。
 都の城壁の土台は、さまざまな宝石で飾られていた。
 第一の土台は壁玉、第二はサファイヤ、第三はめのう、
 第四は緑玉、第五は縞めのう、第六は赤めのう、
 第七はかんらん石、第八は緑柱石、第九は黄玉石、
 第十はひすい、第十一は青玉、第十には紫水晶であった。

 十二の門は十二の真珠であり、門はそれぞれ真珠で造られ、
 都の大通りには、透き通ったガラスのような純金であった。
 わたしは、この都の中に聖所を見なかった。
 全能者にして主なる神と小羊とが、その聖所なのである。
 都は、日や月がそれを照す必要がない。
 神の栄光が都を照らし、小羊が都の明かりだからである。
 諸国民は都の光の中を歩き、
 地の王たちは、自分たちの栄光をそこに携えて来る。
 都の門は、終日、閉ざされることはない。
 そこには夜がないからである。
 人々は、諸国民の栄光とほまれとをそこに携えて来る。
 しかし、汚れた者や、忌むべきこと及び偽りを行う者は、
 その中に決してはいれない。
 入れる者は、小羊のいのちの書に名を記されている者だけである。

宝石が出ているのは、聖書「出エジプト記」39章8~14に記されている大祭司の胸当てエポデの宝石をここに掲げることによって、新しいエルサレム日本の過去が「ヤコブの12部族」であったことを証明するためです。
これらの宝石に匹敵する「印璽」が、首飾りとしてわがくにに伝来しているのです。
日本の国の土台や城壁である「歴史」や「偉大な預言者」が、尊く栄光にみちたものであったことを繰り返し述べています。

日本は神国 20

121 聖書と日本 

「啓示の書」(ものみの塔)を論破する 2

「新しいエルサレム」 
「ヨハネの黙示録」21章を検証 2 

パート2 黙示録21章3~8
 また、御座から大きな声が叫ぶのを聞いた、
 「見よ、神の幕屋が人と共にあり、神が人と共に住み、
 彼らは神の民となり、神自ら彼らと共にいまして、
 人の目から涙を全くぬぐいとって下さる。
 もはや、死もなく、悲しみも、叫びも、痛みもない。
 先のものが、すでに過ぎ去ったからである」。
 すると、御座にいますかたが言われた、
 「見よ、わたしはすべてのものを新たにする」。
 また言われた、
 「書きしるせ。 これらの言葉は、信ずべきであり、まことである」。
 そして、わたしに仰せられた、
 「事はすでに成った。わたしは、アルパでありオメガである。
 初めであり、終わりである。
 かわいている者には、いのちの水の泉から価なしに飲ませよう。
 勝利を得る者は、これらのものを受け継ぐであろう。
 わたしは彼らの神となり、彼らはわたしの民となる。
 しかし、臆病者、信じない者、忌むべき者、人殺し、
 姦淫を行う者、まじないをする者、偶像を拝む者、
 すべて偽りを言う者には、火と硫黄の燃えている池が、
 彼らの受くべき報いである。これが第二の死である」。

「わたしは彼らの神となり、彼らはわたしの子となる。」という言葉が繰り返されています。
これは、「エゼキエル書」37章や「エレミヤ書」31章を読ませるためです。
「エゼキエル書」37章は、「死んでいて、しかも、ひどく干からびた骨となってしまっているエホバの国民」が蘇えって「永遠の平和の契約を結ぶ」という重要な預言です。

「エセキエル書」37章 抜粋
1 主の御手が私の上にあり、主の霊によって、私は連れ出され、谷間の真中に置かれた。そこには骨が満ちていた。
2 主は私にその上をあちらこちらと行き巡らせた。なんと、その谷間には非常に多くの骨があり、ひどく干からびていた。
3 主は私に仰せられた。「人の子よ。これらの骨は生き返ることができようか。」私は答えた。「神、主よ。あなたがご存じです。」
4 主は私に仰せられた。「これらの骨に預言して言え。干からびた骨よ。主のことばを聞け。
5 神である主はこれらの骨にこう仰せられる。見よ。わたしがおまえたちの中に息吹を吹き込むので、おまえたちはよみがえる。
6 わたしがおまえたちに筋をつけ、肉を生じさせ、皮膚でおおい、おまえたちの中に息を与え、おまえたちが生き返るとき、おまえたちはわたしが主であることを知ろう。」

10 すると、彼らに御霊が入り、彼らは蘇えって自分の足で立ちあがった。
11 主は私に仰せられた。「人の子よ。これらの骨はイスラエルの全家である。ああ、彼らは、『私たちの骨は干からび、望みは消えうせ、私たちは滅びる。』と言っている。

13 わたしの民よ。わたしがあなたがたの墓を開き、あなたがたを墓から引き上げるとき、あなたがたは、わたしが主であることを知ろう。
22 わたしが彼らを、その地、イスラエルの山々で、一つの国とするとき、ひとりの王が彼ら全体の王となる。彼らはもはや二つの国とはならず、もはや決して二つの王国に分かれない。
23 彼らは二度と、その偶像や忌まわしいもの、またあらゆるそむきの罪によって身を汚さない。わたしは、彼らがかつて罪を犯したその滞在地から彼らを救い、彼らをきよめる。
彼らはわたしの民となり、わたしは彼らの神となる。
24 わたしのしもべダビデが彼らの王となり、彼ら全体のただひとりの牧者となる。彼らはわたしの定めに従って歩み、わたしのおきてを守り行なう。

26 わたしは彼らと平和の契約を結ぶ。これは彼らとのとこしえの契約となる。
わたしは彼らをかばい、彼らをふやし、わたしの聖所を彼らのうちに永遠に置く。
27 わたしの住まいは彼らとともにあり、わたしは彼らの神となり、彼らはわたしの民となる。
28 わたしの聖所が永遠に彼らのうちにあるとき、諸国の民は、わたしがイスラエルを聖別する主であることを知ろう。

「彼らはもはや二つの国とはならず、もはや決して二つの王国に分かれない。」
これは、あちらこちらの国に民が分散していて、どこに本拠地がるのかわからない「ユダヤ人」と区別するため、また、ニチユ同祖論者を戒めるためにも置かれている預言です。
彼らはアブラハムの子孫であると主張しますが、アブラハムとは、各大陸の骨から成る「あばら骨」状態の日本のことです。
今、欧米の国際資本家たちの戦略によって、黄泉王に囚われの身となっている日本は、恵穂葉神の目から見ると「墓の中の干からびた骨」なのです。「古事記」では、身体中蛆(うじ)にたかられている「伊邪那美命」と書かれています。
「わたしのしもべダビデが彼らの王となり」のダビデは、竪琴を奏でて黄泉王のとりこになっている妻エウリュディケを呼び戻そうとするギリシャ神話のオルフェゥスなのですが、それは「古事記」では、伊邪那岐命となっています。

ダビデは、「契約の箱」を、ダビデの幕屋のあったシオン(エルサレムの南端)から北側に建てられた神殿に移したことが、「Ⅱ歴代誌」5章に書かれています。
その、神宝「マナの壺や十戒石」を納めた「契約の箱」は、主の臨在を象徴するものといわれていますが、日本ではこれを「御神体鏡」「御霊代」または「御霊」といいます。

「エゼキエル書」37章の「枯れた骨であるイスラエル全家をよみがえらせる御霊とは、羅馬船(あめのかがみのふね)に載せて運ばれてきた御神宝の御霊のことなのです。
それは、「古事記」「日本書紀」そのほかの文献や「ヨハネの黙示録」「創世記」「申命記」を照合して、「ファイストス円盤」とこれに使われた印璽であることが解されるのです。

「彼らは神の民となり、神自ら彼らと共にいまして、人の目から涙を全くぬぐいとって下さる。もはや、死もなく、悲しみも、叫びも、痛みもない。」とは、世界戦略のために、謀られ、むしられ、貶められ、原爆でいためつけられ、ほうられた羊である日本の無念の涙をぬぐってくださることを預言しているのです。
「エホバ神への敵対者」に属している者たちから、日本国民は散々痛めつけられ、貶められていたのです。
第二次世界大戦、原爆投下、そして、日本全土にわたる焼土作戦などは、日本という神の国に対する嫉みと世界征服欲に駆り立てられた者たちの「黙示録戦争」であることが、「ヨハネの黙示録」によって証明されるように編纂されているのです。
そして、今後、彼らが日本抹殺を謀る危険が去ることを預言しています。

「わたしは、アルパでありオメガである。 初めであり、終わりである。」とは、「創世記」が、既に「ヨハネの黙示録」と一対であり、「エデンの園のいのちの樹」にまつわる預言は、ここにはじめて完結したのです。それは、この預言が解読された時点で、「事はすでに成った」なのです。

「創世記」                    「ヨハネの黙示録」
 天地創造と祝福                新天新地創造と祝福
 アダムとイヴの結婚              イエス・キリストと日本が結ばれる
 「命の樹の実」の神の禁忌を冒す      「命の樹の実」の解禁
 「命の樹の実」を神から盗んで食す     「命の樹の実」与えられる。
 「エデンの園から追放される         「新しいエルサレム」に神とともに住まう。


この「聖なる都、新しいエルサレム」にして、「イエス・キリストの花嫁」が、日本であるということは、数千年前からの約束事であり、これこそが、わが国が「神国」と伝えられてきた所以だったのです。
聖書の創世記の冒頭にすでに今日の世界が予言されていたということがわかります。
「創世記」や「申命記」そして「ヨハネの黙示録」などとリンクしており、しかも解説書となっている「古事記」なども、予言の書でもあったのです。

「かわいている者には、いのちの水の泉から価なしに飲ませよう。 勝利を得る者は、これらのものを受け継ぐであろう。」

しかし、明治維新という欧米の策士の手で仕組まれた「テロ」によって、守護神エホバの御座に、祭司長(天使)であるはずの天皇が自らを神格化して着座されましたので、エホバ神が日本を避られ、日本は戦争犯罪国となり、国土は焦土となり、主権を連合国の手に握られるという「国の死」を経験しました。
そのどさくさの間に1948年に、連合国の助けで、中東の「イスラエル」という国が樹立しました。キリスト教の国々もこれを「神の祝福」として受け入れ、称賛しましたました。



 最後の七つの災害が満ちている七つの鉢をもった七人の御使のひとりがきて、
 わたしに語って言った、
 「さあ、きなさい。小羊の妻なる花嫁を見せよう」
 この御使は、わたしを御霊に感じたまま、大きな高い山に連れて行き、
 聖なる都エルサレムが、神の栄光のうちに、
 神のみもとを出て天から下ってくるのを見せてくれた。


 その都の輝きは、高価な宝石のようであり、透明な壁玉のようであった。
 それには大きな、高い城壁があって、十二の門があり、
 それらの門には、十二の御使がおり、
 イスラエルの子らの十二の部族の名が書いてあった。
 東に三つの門、北に三つの門、南に三つの門、西に三つの門があった。
 また都の城壁には十二の土台があり、
 それには小羊の十二使徒の十二の名が書いてあった

この預言は、新しいエルサレムの土台である歴史について述べたもので、十二部族ともに「太古の日本の先祖たち」であり、イエスも十二使徒も日本人だったということを明かすための章句です。
イエスが命で贖って、全世界に広めた「新約聖書」とりわけ「ヨハネの黙示録」の内容が日本にかかわるものなのは、イエスが日本人だったからです。

 わたしに語っていた者は、都とその門と城壁とを測るために、
 金の物差しを持っていた。
 都は四角形であって、その長さと幅は同じである
 彼がその物差しで都を測ると、一万二千スタディオンであった。
 長さと幅と高さとは、いずれも同じである。
 また、城壁を測ると、百四十四キュピトであった。
 これは人間の物差しで測ったもので、天使が用いたものもこれである

 1万2千スタディオンの長さの日本
 『千葉市を中心とした一千キロメートルのはんい』
        「すすむ千葉県」千葉県教育会館発行

 日本の領土
 日本の領土

「物差しで都を測ると、一万二千スタディオンであった」という章句に、わたくしは目を留めて、すぐさま、物差しを日本地図に当てて測ってみました。すると、ただちに、日本列島は、長さが約12000スタディオン、すなわち、約2220キロメートルという数値に当てはまることが解りました。
「都は四角形であって、その長さと幅は同じである」という預言の言葉も日本の領土の形状に合致しています。
さきほどの「日本列島 花嫁」が、こじつけではないことをダメ押しをするかたちです。

ユダヤ教徒は、この予言を「千年王国」(メシア的王国)、「エルサレム(シオン)」として現実化するシオニズム運動を展開し、欧米の連合国もこの企画に乗り、その手始めとして、1948年にイスラエル国を建国しました。
しかし、キリスト教会の多くは、「新しいエルサレム」の高さが12000スタディオン(2220km)というのは、現実にはありえないとして、「抽象」「象徴」的章句であるという見解を示して、「新しいエルサレム」とは、輝けるキリスト教会のことだという見解も保留しています。

  新しいエルサレム図 14世紀のタペストリー
  新しいエルサレム図 14世紀のタペストリー ウィキペディアより

「ヨハネの黙示録」21章の「新しいエルサレム」にまつわる数値や形状の表現は、
ギリシャの地誌学者ストラボン(BC64~AD31年頃)の「ギリシャ・ローマ地史」龍渓書舎刊 飯尾都人訳の記事中の、
ギリシャのペロポネソス半島やイベリアを表現した記事を参照することを示唆しています。
ストラボンは紀元前64年頃から紀元後31年頃、即ち、イエスやヨハネの生きていた時代に重なる歴史地理学者です。

「ヨハネの黙示録」は、聖書とギリシャの古典、そして、日本の古典などを照合させる目的をもって謎を構成しているのであり、宗教家や為政者たちの狭すぎる視野に対する批判が篭められているようです。

「ヨハネの黙示録」のこの「新しいエルサレム」に関する章句は、さらに、ヤコブの誕生の記事の真相を探求させるよう誘導していると思われるのです。

ストラボン「ギリシャ・ローマ地誌」 より
 ペロポネソスは、形がプラタナスの木の葉に似て、
 長さと幅はほぼ等しく、共に1400スタディオン(約252km)に及ぶ。

 イベリア地方全体は、形が剥がしたままの牛皮に似て、 
 長辺は西から東に伸びて東側辺りが額部分にあたり、
 幅辺は北から南へのびる。・・・

ヤコブとエサウの誕生 「創世記」25章  より
 イサクの妻リベカが身ごもった。主は告げられた。
 「二つの国があなたの体内にあり、 
 二つの国民があなたから分かれる。
 一つの国民が他の国民より強く、兄が弟に仕える。」
 出産のときが満ちると、双子が体内にいた。
 最初に出てきた子は、赤くて、全身毛衣のようだったので、
 エサウと名付けた。 
 後で弟が出てきたが、そのエサウの踵をつかんでいた。
 その子をヤコブと名付けた。

ヤコブの手とは、イタリアの踵に近い「手の形のペロポネソス半島」を含む領土を示唆したものと考えられます。

 ペロポネソス半島
 プラタナスの葉や手に似ているペロポネソス半島 

エサウの「赤くて全身毛衣」は「剥がした牛皮」の別の表現であり、それはイベリア全体を指すことが、ストラボンの「ギリシャローマ地誌」の記事によって導かれます。
ヤコブの手によって踵を捕まえられていたというエサウの領土は、踵のあるイタリア半島を含んでいたようです。

日本が「新しいエルサレム」となるならば、「ヤコブ」、すなわち、「イスラエル」の真相を明らかにしなくてはなりません。
それはまた、ギリシャのクレタ島から1908年に出土した、「ファイストス円盤」(今から3600年ほど昔の粘土板)が、「エホバ」「ヨセフ」「モーセ」などの名を日本語で刻印し、聖書の「創世記」48章49章、「申命記」33章など度、連携していることにより、「聖書の民」が日本人であったことを証しはじめたのです。
「ヨハネの黙示録」は、こうしたことを予見したうえで。見事に連携して、わが国の燦然と輝いていた古代史、即ち、土台を明かす時がきて、「新しいエルサレム」の土台が宝石で飾られていることを披露しようとしているのです。


ものみの塔統治体様への質問 1
新しいエルサレムについて
ものみの塔の「啓示の書」307ページで、
「新しいエルサレム」の12000スタディオンという数値を、「象徴的な数値」であるといい、
 「新しいエルサレム」は、
 神のとこしえの目的を成し遂げるために
 絶妙な仕方で企画された組織上の一つの取り決めでです。
 王となるイエス・キリストとともに、
 新しいエルサレムは、エホバの王国の組織をなしています。」

と、唱えています。


しかし、新しいエルサレムが、日本列島の形状や数値、そして領土の形状に合致するという事実や、
イエスやヨハネの時代の地誌学者ストラボンの著わした「ギリシャ・ローマ地誌」の中のペロポネソス半島とイタリア半島の数値と同一単位であり、描写も似ていることをどう説明されますか。
ぜひ、証拠を出して見解を示してください。

城壁は碧玉で築かれ 
 城壁は壁玉で築かれ、
 都はすきとおったガラスのような純金で造られていた。
 都の城壁の土台は、さまざまな宝石で飾られていた。
 第一の土台は壁玉、第二はサファイヤ、第三はめのう、
 第四は緑玉、第五は縞めのう、第六は赤めのう、
 第七はかんらん石、第八は緑柱石、第九は黄玉石、
 第十はひすい、第十一は青玉、第十には紫水晶であった。

 十二の門は十二の真珠であり、門はそれぞれ真珠で造られ、
 都の大通りには、透き通ったガラスのような純金であった。
 わたしは、この都の中に聖所を見なかった。
 全能者にして主なる神と小羊とが、その聖所なのである。
 都は、日や月がそれを照す必要がない。
 神の栄光が都を照らし、小羊が都の明かりだからである。
 諸国民は都の光の中を歩き、
 地の王たちは、自分たちの栄光をそこに携えて来る。
 都の門は、終日、閉ざされることはない。
 そこには夜がないからである。
 人々は、諸国民の栄光とほまれとをそこに携えて来る。
 しかし、汚れた者や、忌むべきこと及び偽りを行う者は、
 その中に決してはいれない。
 入れる者は、小羊のいのちの書に名を記されている者だけである。

宝石にまつわる記述は、「出エジプト記」39章8~14に記されている大祭司の胸当てエポデの宝石を参照させる目的でここに掲げてあるのです。
新しいエルサレム日本の過去が「ヤコブの12部族」であったことを証明するためです。
これらの宝石の「印璽」が、神宝として、首飾りとしてわが国に伝来しているのです。
それは4つに別けて納められています。

日本の国の土台や城壁である「歴史」や「預言者」が、尊く栄光にみちたものであったことを、ここで繰り返して称えているのです。
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