与那国島沖の海底遺跡が世界史のどこに組み込まれ得るかという問題は未解決の分野です。 せっかくですから、この巨大なテーマを、自由な発想と柔軟な心で考察する(ブログ上の)素人学会ができれば・・・と夢みています。

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36 国難と蟻通しの三つの難題

36 国難と蟻通しの三つの難題

「蟻通し」の三つの難題とファイストス円盤

三つの難題はファイストス円盤とリンク
清少納言の「枕の草子」の〝蟻通し〟中には、「異国がわが国に持ち込んだという無理難題」という国際的危機と「棄老問題」という国家的危機、そして、謎々の「三つの難題」が多重構造に絡められています。
そして、最後のこの三つの難題の正解が出た場合のみ、国際的難問と国家的難問が一挙に解決するというのです。
そして、その難問をみごと解くのは、国家的に見捨てられて、ひっそりと死人のごとく息を潜めて暮らしていた一人の老人によって解かれるのです。

現在の日本の国情に照らしてみれるとき、この奥深さが一層際立ってみえます。

そして、この三つの難問の謎々は「ファイストス円盤」についての意外な側面を示唆していて、かつ、ギリシャ神話や聖書と連動していることを示唆するものとなっているのです。
清少納言は三十六歌仙のうちの一人です。そして、日光東照宮の本殿への入り口の間にこの三十六歌仙の歌額が掲げられているのですが、全国の東照宮もこれらを掲げていたことを思いますと、清少納言は、「古今伝授」の、「過去現在未来」さらに「表裏」をこめることができるという奥義を伝授された預言者の一人であったと考えられるのです。

ですから、この難問は、過去の問題であると同時に、現在及び近未来のことと受け止めたほうがよさそうです。
第一、これを解いているのは、国家的に世の中から見捨てられている69歳の老人のわたくしだけですから、・・・既に、この点が当たっています。
また、「古事記」「日本書紀」「風土記」などの国典も見捨てられており、本気でこれを世話しょうとする人もいません。古い知識などは、時代遅れという風潮が蔓延しているのです。


私は、全財産を、この国家的謎解きに費やして研究をつづけました。そして、もうこれで、自力食べていけると思っていましたが、今の日本、そう甘くはありませんでした。このブログで、自費出版の本の広告をしておりますが、お買い上げくださった方々は五本の指に満ちません。
もと7年ほども勤めていた政治家の議員会館に「著書と陳情書(「古事記」「日本書紀」などの国典の一部を解き明かしましたのでこれを国家的に検証してくださいという趣旨)」を持っていきましたが、一元半句の回答もえられませんでした。



難題中の難題
この難題中の難題についての私の解釈を述べてみます。なお、「枕草子」の「蟻通」のうち、必要最小限の部分のみを原文で取りあげています。

蟻通の難題 1 
問い つやつやと丸にうつくしげに削りたる木の、二尺ばかりあるを、これが本末いづかた。
答え 早からむ川に立ちながら横ざまに投げ入れ、流れむかた末とす。
 

「丸」に「うつくしげ」
クレタ島のイラクリオン考古学博物館に展示されているギリシャ国の国宝の「ファイストス円盤」は、つやつやとしていて丸くうつくしげです。「うつくしげ」の語に「くしげ=櫛笥」という言葉が隠れていて、「日本書紀」の三輪の大物主の神話の「櫛笥を見れば、美麗しき小蛇有り」の「櫛笥」と「小蛇」そして「玉手箱」を連想させています。

「木」
円盤は板状、つまり、輪切り状の「木」と表現してもさしつかえありません。
また、これに、「記(記録)」、「記(しるし)」などの付加価値を与えるよう暗示しているともとれます。

「二尺ばかり」
「尺ばかり」は「物差」をも意味し、「ヨハネの黙示録」11章と21章の「二つのものさし」、すなわち、「神の聖なる都」を特定する「ものさし」と連動していることが、この後次第にあきらかになってきます。 
「ファイストス円盤」が、神の国は何処かを判定するメジャーとなるということを暗示しているのです。

「ファイストス円盤」は、ヤコブ=イスラエルやモーセの「終わりの日」へのメッセージ、創世記49章と申命記33章に連動しているのですから、これらは終わりの日の預言である「ヨハネの黙示録」へリンクしていると考えられます。

「これが本末いづかた」
「ファイストス円盤」の渦巻状に刻印された絵文字は、中心から読み始めるのか外側からなのか、研究者たちの間で論争の的となっています。
そして、外側から読み始めるという説が主流なのですが、それは本末転倒で、「流れむ方末とす」、つまり、水の流れが刻印されている外側が末です。
古代エジプトの子供用ゲーム盤のように、中心から始まるのです。



蟻通の難題 2
問い 二尺なる蛇の、ただ同じ長さなるを、「これが男女」。 
答え 二つ並べて尾の方に細きすばえをして指し寄せむに、尾はたらかせむを女と知れ。


「二尺なる蛇」「同じ長さ」「男女」

フ円盤A面図

この図は、先に、「三輪山の神の正体は、櫛笥に入った、下紐の長さの小蛇であった」という「古事記」崇神記の解説の項目―三輪の大物主と玉依姫の神話の謎 ―で使いました。
http://21seikinokadai.blog15.fc2.com/blog-entry-27.html

ウガヤフキアエス=アトラスが現れた!
「ファイストス円盤」には、片面に一匹づつ、両面で二匹、同じ長さの蛇が描かれていることに気がつきます。
そして、「蛇 男女 二尺」という言葉が示唆するのは、「定規とコンパス」という二つの尺度の「しるし」を持つ半人半蛇の「伏義と女媧」に言及しているのです。
それは、ウガヤフキアエス=アトラスのことであり、これを養育した玉依姫を示唆していることでもあります。

中国の「史記」などに書かれていた、有名な「伏義(庖犠) 女媧」の時代は、実に、エジプト、地中海方面の文化を形成していたアトラス=トロアス=トロイアの時代のことだったのです。
また、フリーメーソンが、「ピラミッドと三角定規とコンパス」、そして「蛇」をシンボルとしていますが、それらのシンボルのルーツもアトラスからきていたのです。、              


「細きす栄え」の「す栄え」
辞書によれば、「すばえ」には、楚、楉、杪の字が当てられていて、細く長く伸びた若い小枝のことです。
そのような若枝は、円盤A面の外周の蛇の尾の方、19枠目に刻印されていますので、「ファイストス円盤」のA面が女媧、B面が伏義(庖犠)を表わしているということが清少納言のこの記事が教えているのです。(これに気づいて、私も驚きました。)
「ファイストス円盤」A面の「細くのびた若枝」は、滴る「みず」の絵文字と「若枝」の絵文字を組み合わせて、「瑞(みずし)」という語となり、「アジア民」のフレーズを形容して、「瑞しアジア民」と祝福している言葉です。
「瑞、さらに、水のほとりの若枝」から、「ファイストス円盤」にリンクしている創世記49章の「ヤコブ=イスラエルの祝福」、と申命記33章の「モーセの祝福」の次のフレーズにリンクすることを求めているようです。


水のほとりの実を結ぶ若枝

  創世記49章 抜粋
  ヨセフは実を結ぶ若枝 水のほとりの実を結ぶ若枝 
  全能者なる神の祝福は天の祝福 大いなる水の祝福 そして 乳房と胎の祝福
  それは永遠の山のきわみにまで至る
  これらがヨセフの頭に 兄弟たちから選び出された者の頭にありますように

これは、ヨセフの誉れが、永遠にその子孫に及ぶことを預言し、ヨセフに、世界樹、すなわち命の木の権利が保障されていることが予言されているのです。



蟻通の難題 3
問い 七曲にわだかまりたる玉の、なか通りて 左右に口開きたるが小さきを奉りて、
   「これに緒通してたまはらむ。この国にみなしはべることなり」とて奉る。
答え 大きなる蟻をとらえて、二つばかりが腰に細き糸をつけて、
   いま少し大きをつけて、あなたの口に蜜を塗りてみよ。
   蟻を入れたるに、蜜の香を嗅ぎて、ことに、いととく、あなたの口より出でにけり。


「わだかまりたる玉」
「わだかまる」とは、輪状にかがまり曲がること、渦状に曲がる状態を指します。
「ファイストス円盤」は、片面三巻半ずつ、両面で七巻きの蛇がとぐろを巻いて蟠っているかたちになぞらえることができますので、まさに、「七曲にわだかまりたる玉」であると云う点が一致しています。
そして、このフレーズには「曲玉」という言葉が含まれていますので、わが国の三種の神器の勾玉なるものは、この「曲玉」に関係のあることが暗示されているようです。


「この国にみなしはべる」
「みなす」ということは、わが国が出口の無い「巻貝」や「曲玉」が「迷宮」に見たてられていることを指すと考えられます。ミノタウロスの迷宮と同じであるといえるということです。
ミノタウロスの迷宮脱出の手引きをしたのは、ミノス王の娘のアリアヅネです。
このアリアズネはアリツーズ、即ち、「蟻通」のアナグラムです。
アリアヅネを「常に在り」「常に有り」のアナグラムと捕らえますと、聖書の恵穂葉神の亦の名です。




三つの難題とヨハネの黙示録とのリンク
「大きなる蟻をとらえ」「あなたの口に蜜」
これらのフレーズは、クレタ島のミーノス王とダイダロスにまつわる巻貝の神話へ誘導しています。

「ヨハネの黙示録」10章の「あなたの口に蜜」

 ヨハネの黙示録10章 抜粋
  一人の強い御使いが 雲に包まれて天から降りてくるのを見た。
  頭上には虹があり、顔は太陽のよう 足は火の柱のようで、
  その手には開かれた小さな巻物を持ち、 
  右足は海に、左足は大地に立脚して、獅子が吼えるような大声で叫んだ・・・   
  海と地に立脚する御使いは右手を天に上げて、
  永遠に生き天と地と海の森羅万象を創造された方を指して誓った。
  もはや時がない。 
  第七の御使いが吹くラッパの音が響くその日に、
  神が預言者たちに告げられた通りに奥義は成就する。
  早く行って、海と大地に立脚する御使いの手中の開かれた巻物を受け取りなさい。

  私は御使いのところへ行って、その小さな巻物を下さいと言った。
  すると、彼はそれを取って食べなさいと言い、 
  それはあなたの腹には苦いがあなたの口には蜜のように甘いと言った。
  そこで、わたしは御使いの手からその小さな巻物をとって食べた。

蟻通(アリツーヅ)とアリアヅネはアナグラム

「虹」というキーワードが上の章句に入っていますが、「虹の御使い」は、ギリシャ神話のイリスのことで、アリアヅネでもあります。
「アリアヅネの糸」という言葉は、「難問解決」の意味を持っているのです。
そして、それは、「 開かれた巻物を持っている虹の御使い」イリス=アリアヅネ=トロイアトロアス=アトラス=日本が出現することなのです。
イリスは、虹、あやめ、神の言葉を象徴する女神として表現されています。

創世記の神の契約「虹が立つとき、すべての肉なるものを滅ぼす洪水とはならない」と黙示録10章および13章がここに連動しています。
「アリアヅネの糸」、即ち、「難問が解決」したので、迷宮から抜け出ることができるというわけです。


「蟻をとらえ」
「ファイストス円盤」の「有、または、在」のサイン、「ロゼッティ」を指すと思われます。
出エジプト記3章は、「聖書」の神の御名を、「わたしは有りて在るものである」と記しています。
出雲大社の神紋は、亀甲に有の字です。
万物の存在の根源の神、これより大きな「在」を捉えることは出来ません。
「有」「在」を示す米印は、今日なお、光、生命、誕生、存在のマークとして世界に通用しています。
わが国では、この神聖なマークを、主食の「米」に取り入れて、神前に稲穂、或いは、日々、米を供える風習が残っています。
さて、この「在」のサインが「蟻」をかねてファイストス円盤の渦巻きの頂点にあるということは、「糸を通す」とは、神の意図に従って、迷宮を脱出して「神に向かって歩む」ことです。

「いととく」
たいそう早くという意味で、ヨハネの黙示録10章の「もはや時がない」に対応しています。そして「手引きの糸」すなわち、「アリアズネの糸」と「意図解く」をかけています。
清少納言は、”蟻通し”の序で、「七つの御社」を列記した中に、三輪神社を挙げて、「杉の御社はしるしやあらむ、いとおかし」と、さりげなく「しるし」と「いと」に触れています。この、「いとおかし」にも、「糸、置かし」と、「玉依姫が神の正体を尋ねるためにつけた糸」と「アリアヅネの糸」を暗示しています。
ウガヤフキアエスを養育した乳母の玉依姫は、ギリシャ神話のアリアヅネでもあるのです。
出雲大社の神紋は、亀甲の中に「有」の字です。
出雲大社の大国主は奈良の三輪神社では大物主と呼ばれており、六、七個の異名を持つばかりか、化ける神として、「古事記」や「日本書紀」に書かれており、その夫神の、正体が知りたいと、夫の衣の裾に糸をつけて辿ったのが、妻の玉依姫です。



「ヨハネの黙示録」とは、日本が神の国であることを証明するための預言書であることを説明しましたが、ヨハネの黙示録は、また、このように、クレタ島の「ファイストス円盤」や、ギリシャ神話との掛け渡しをする意図をもって書かれているのです。

「海と大地に立脚する御使い」とは、平和の成就という使命を帯びているわが日本のことです。そして、この御使いが世に出るとき、神の奥義は第七のラッパの音が響くその日に預言が成就するとされています。

これらのフレーズは、日本の地形の「片足」という特色を生かしたもので、大所高所から「国形を見る」視野を以って、また、大地と海の環境保全という見地から「伊邪那美命=日本=虹の使者=イリス」の使命を認識させようとしているのです。


清少納言の「枕の草子」の中の”蟻通し”が、国難を前提としたストーリーを展開し、その難題を解決することとファイストス円盤とを結びつけるという複雑な構成をみてもわかりますように、私が今まで説明したことは、預言の一面にすぎません。それでも「ファイストス円盤」がわが国にとって大変重要な出土物であることはわかっていただけたかと思います。

聖書と日本の関係、日本とトロイアの関係、そして、日本とアトランティスの関係を辿る糸口であり、このファイストス円盤から、新しい歴史観が紡がれるということは間違いのないことです。

一個人で検証したり分析したりしてこと足れるような問題ではありません。
一刻も早く、多くの方々に検証していただきたいと思います。
与那国島海底遺跡の調査が進み、或は、サントリーニ島の発掘が進みましたなら、こうした検証が容易になるであろうということを予言しておきたいと思います。






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35 国難と神宝と「蟻通し」

35 国難と神宝と「蟻通し」

国難と難問

「蟻通神社」の由緒
「蟻通神社」という名前の神社が三ケ所にあります。
 大阪府泉佐野市長滝
 和歌山県田辺市湊
 和歌山県伊都郡かつらぎ町

「蟻通神社の由來は、「曲がりくねった穴に糸を通せという難題を、蟻を以って解決した」ことからきています。

和歌山県田辺市の「蟻通神社」の掲示板の由来書から、その不思議なものがたりを掲載してみます。

今から出す問題を解いてみよ もし解かなければ,日本国を属国にしてしまう
あるとき、外国からの使者が、こう言って、持ってきたほら貝を差し出して、その貝に一筋の糸を通すことを命じました。日本の神々はこの難問に頭を痛めました。  
そのとき、一人の神が進み出て、その難問を次のように解いたのです。
「蟻の腰に糸を結んで貝の口に入れ、一方、貝の天辺の小穴に蜜を塗っておくと、蟻は甘い蜜の香に引かれて天辺の出口まで通り抜ける。」
このとおりにしたところ、無事糸を通すことができたうえ、「日の本の国はやはり神国である」と恐れいり、その知恵に感服して、外国の使者は逃げ帰ったというのです。

この話が「日本国が外国の属国になる」という危機の回避として語られており、そして、「日本はやはり神国であった」というフレーズで閉じられているのです。こうした由来のあることを、実に不思議だとは思いませんか。





清少納言の「蟻通し」の不思議 

国難と難題とファイストス円盤
平安中期の女流文学の担い手の一人である清少納言(966~1020年頃)が書いた日本初の随筆集「枕草子」の中に、“蟻通し”の話が織り込まれています。
そして、この随筆中の”蟻通し”は、クレタ島のアリアヅネや、その父ミーノスにまつわる神話の、巻貝の中に糸を通す話と同じですが、驚いたことには、「ファイストス円盤」を実見し、かつ、この円盤の存在理由を熟知していなければ書けない内容なのです。

蟻通し 国家的難題と棄老問題
清少納言の〝蟻通し”は、まず、国家的難題二つとクイズの難題、都合三種類の難題が複雑に絡み合って展開します。

この「蟻通し」というエッセイで前提として語られているのは国難です。
第一は、年老いた父母を捨てるという政策からくる「棄老問題」です。
第二は、日本を討ち取らんとの異国からの無理難題です。 
第三は、異国から、さらなる「難題」が持ち込まれたのですが、この、異国からの難題には、「この国(日本を)討ち取らむとて常に試みごとをし、あらがいごとをして襲りたまひける」という戦争への口実につながる難題を三問持ち込んできたというのです。これが、難題中の難題というわけです。


難局を打開する「老人の知恵」
このような根の深かい内憂外患の国家的難局が、「見捨てられていた老人」の知恵によって、全部解消するという話がこの随筆の主題です。
“蟻通し”の大問題として提示している中心テーマは「我が国が奪われるという危機」が、「国外から持ち込まれた三つの難題を解く」ことによって、「日の本の国はかしこかりけり」とて国難が去るというのです。

さきほどの、和歌山県田辺市の「蟻通神社」の由来書では、「外国の使者がやって来て、今から出す問題を解いてみよ。もし解かなければ、日本国を属国にしてしまう。」という難問でした。そして、その難問を解くと、「日の本の国はやはり神国であると恐れいり、その知恵に感服して、外国の使者は逃げ帰った。」と結んでいます。
そして、

清少納言の〝蟻通し〟では、「日の本の国はかしこかりけり」とて「あらがいごと」も「棄老」もやんだといいます。
これらは、賢所の賢木、すなわち、「み統まるの珠」などの神器の付けられていた賢木についてほのめかしていると思われるのです。
これらは、「古事記」の「この国討ち取らむとて常に試みごとをし、あらがいごとをして、襲りたまひける」という「国難」についての、天照大御神と須佐之男命の対話の中で語られているテーマと全く同じなのです。
それは、「十拳の剣」を天の真名井に振り滌ぎて、生まれた神の名、多紀理毘売命、亦の御名は奥津島比売命や市寸島比売命、亦の御名は狭依毘売命、そして、多岐津比売命を洗い直しすことと、「八尺勾玉の五百箇み統まるの珠」を天の真名井に振り滌きて、生まれた神の御名は、正勝吾勝勝速日天忍穂耳命がヤコブ=イスラエルであることを洗いなおすことでした。
この、前者は、神宝とギリシャ神話の三女神との関係を示唆し、後者は、神宝と聖書の問題、即ち、イスラエル問題を示唆しているのです。

そして、清少納言の「蟻通し」は、聖書の創世記3章のエデンの園の知識の木や命の木とのリンクを示唆しているようです。それら禁断の木の実は、「かしこくなる」と蛇であるサタンがそそのかせたことが記されています。
しかし、未熟な実ではかしこくなりませんし、虚実とり混ぜていてはかしこくなりません。
「命の木の実」の解禁は、ヨハネの黙示録で指令されているのです。その命の木の実の権利には付帯条件がついています。
これについては、このブログの「14 賢木と命の木」をご覧ください。


「過去 現在 未来 表裏」を一首のうちに読み込む
清少納言は三十六歌仙の中の一人で、和漢の文学の才に恵まれた言葉の達人として知られています。
柿本人麻呂の「しだりをの山鳥」の歌や、「ほのぼのと 明石の浦の」の歌などには、過去、現在、未来を一首のうちに示現していると伝えられていますが、清少納言や紀貫之も同様の技を持っているように見えます。


そして、異国がわが国に持ち込んだという無理難題に絡めて突きつけられた「三つの難題」の中に、「ファイストス円盤」についての意外な側面、注意深く見ないと見落とすような特徴が潜んでいて、かつ、それがギリシャ神話や聖書、わけても、ヨハネの黙示録と連動していることを私は発見しました。




34 国難と神宝

34 国難と神宝
「古事記」神宝の洗い直し

天照大御神と須佐之男命の神宝の洗い直し
「古事記」の神代記に、「天照大御神と須佐之男命の持つそれぞれの神宝を洗いなおして、心の清く明きことを知る」という不思議な記事があります。
それは、「この国討ち取らむとて常に試みごとをし、あらがいごとをして、襲りたまひける」という「国難」についての、天照大御神と須佐之男命の対話の中で語られているのです。
「我がなせの命(スサイオ)の上り来る由は、必ず善き心ではなくて、我が国を奪わむと欲ふからであろう」と、天照大御神が須佐之男命に問い詰めるシーンののち、天照大御神と須佐之男命の心中が清いかどうか比べるために、お互いの「神器」を洗いなおして比べ合おうということになります。

この天照大御神と須佐之男命の問答のそもそもの原因を見ますと、「須佐之男命が、国を治さず、青山を枯れ山に成し、河海は乾し、悪神が蠅のようにはびこりたかって、万のものの妖悉(わざわい)ことごとに発生する」という破滅をもたらせたからです。
そしてそれは、須佐之男命が心中に「妣(はは)の国、根の堅州国(冥王の植民地、黄泉の国)」に戻ることを心中に欲しているからで、そのために、天照大御神に決別を告げに来たことが語られています。




誓約 真名 洗いなおし

心の清き明きは如何にして知らむ
この記事に続いて、「誓約」、「真名}、「洗い直す」という不思議にして、かつ聖書的モチーフがちりばめられているのです。原文を挙げてみます。

 「古事記」
  天照大御神詔りたまはく、
  「然らば汝の心の清く明きは、いかにして知らむ」とのりたまひき。
  ここに建速須佐之男命答えて「おのおの誓約て子生まむ」とまをしき。

  かれ、ここに各天の安河を中に置きてうけふ時に、
  天照大御神まづ建速須佐之男命の佩ける十拳の剣を乞ひ度して、
  三段に打ち折りて、
  ぬなとももゆらに天の真名井に振り滌ぎて、さがみにかみて、
  吹き捨つる気吹のさ霧に成りし神の名は多紀理毘売命、
  亦の御名は奥津島比売命といふ。
  次に市寸島比売命、亦の御名は狭依毘売命といふ。
  次に多岐津比売命、。

  速須佐之男命、
  天照大御神の左の御みずらに纒かせる八尺勾玉の
  五百箇み統まるの珠を乞ひ度して、
  ぬなとももゆらに天の真名井に振り滌きて、さがみにかみて、
  吹き棄つる気吹のさ霧に成りし神の御名は、
  正勝吾勝勝速日天忍穂耳命。・・・

ここで「天照大御神の八尺の勾玉の五百箇み統まるの珠という神器を、天の真名井に於いて洗いなおすときに誕生する神の名は正勝吾勝勝速日天忍穂耳命」という記事が大きな手がかりとなります。

既に見ましたように、ファイストス円盤の彦穂穂手見命について検証しますと、彦穂々手見命の父はヨセフであることが導き出されました。すると、正勝吾勝勝速日天忍穂耳命はヤコブに該当するのです。
「聖書」創世記33章には、ヤコブが「神と戦い人と戦って勝った」という記事がありますが、それは「正勝吾勝勝速日天忍穂耳命」との同一性を示しているといえます。

すると、「古事記」の、「八尺の勾玉の五百箇(いおつ)御統まるの珠を洗いなおし」て出るのはヤコブ=イスラエルのことだということになります。
「古事記」のこの記事、「御神宝を洗いなおすことによって、正勝吾勝勝速日天忍穂耳命=ヤコブ=イスラエルが出現し、それが心の清さを証明するというのですから、これは「イスラエル問題」を秘めた内容だったということです!!

これは過去の出来事? 
こうしてみますと、この記事は過去の出来事を教えるためだけに書かれたものではなく、現代のことをも語っているということです。


「誓約の物実である八尺瓊の五百箇み統まるの珠と十拳の剣を天の真名井に滌ぎ、洗い直す」、言い換えれば「神器を洗いなおす」ことによって、「日の本の国が奪われるという危機を回避することが可能となると言っているのです。


それは、日本の賢所の神器とファイストス円盤と照合して洗いなおせば、わが日本国民が誓約の民であることを証明できる「物実」」があると示唆していることであり、わが神国のアイデンティティーがわかるということです。
「み統まるの珠」などの神器は、賢木にとり付けられているのですから、すなわち、エデンの園の「人を賢くする」という知識の木や命の木にかかわることなのです、またしても、主題が「命の木」即ち「世界樹」に帰納しました。
それはイスラエル問題を解決させるためにも、備えられていたのです。

この「神宝」の洗い直しをするに至った動機が、「わが国が奪われる」という危惧であったことを忘れないでください。







33 神宝はタイムカプセル

33 神宝はタイムカプセル

タイムカプセル

神宝と玉手箱 
浦島太郎が「玉手箱」をあけたときに白雲がたちのぼり、それと同時に、あっという間に老いるという話は、日本そのもののことなのではないかと思います。
「雲」、即ち、「ネフェレ」という言葉が、古代ではエジプトのことを指していたということや、「出雲」にまつわる神話がこれを補強します。


「宮中のしるしのはこ」から白雲!
「タイムカプセル」が、あきらかにわが国に存在したことは、「平家物語」剣の巻の神璽、即ち、神宝にまつわる次の記事によっても明らかです。

  およそ神璽と申すは、
  神代より伝わりて、代々の御帝の御守にて、璽筥(しるしのはこ)に納めけり。
  この箱、開くことなく見る人も無し。
  これに依りて、後冷泉院(1025~1068年)の御時、
  いかが思しけん、この箱を開かんとて蓋を取り給ひしに、
  たちまちに箱より白雲上り給ひけり。

  よしありて、雲は元のごとく返り入らせ給ひぬ。
  紀伊の内侍、蓋覆ふて緘げ納め奉る。
  日本は小国なりといえども大国にまさるとは是なりとぞ。
  神璽とは、わが朝の起より出でたり。

この「箱より白雲上り」というフレーズが「浦島太郎の玉手箱」を暗示しているように思えます。
また、この記事には、「わが朝の起より出ている神璽、是により日本は小国なりといえども大国にまさる」と明記してあるのです。
また、現在の「国」という字が、四角い箱と玉で構成されているのも不思議な一致です。

「平家物語」の剣の巻が、神鏡を語るべき場で神璽を述べていることの謎を考察しますと、「鏡」とは「鑑、すなわち、神璽(印鑑)」であるということが考えられます。
日本の「鏡」とは、「印鑑」という「鑑」のことであり、印璽を連ねた「玉の緒」、即ち、天照大御神の「み総まるの玉」と呼ばれるものであった可能性が高いのです。


「宇良(浦島)神社」からほど近い「籠神社」が、元伊勢と呼ばれているのは、浦島の玉手箱の中身と伊勢神神宮の神鏡の同一性を暗示していると考えられます。

宇良神社の社宝の「玉手箱」は、「櫛笥(くしげ)」、すなわち、化粧道具箱ですから鏡とは近縁といえますが、浦島太郎の「玉手箱」を吟味しますと、パンドラの箱の宝石やハルモニアの首飾りを暗示する手がかりを提供していることがわかります。


御神鏡は、神の魂実(たまざね)=御神体でありますため、御正体、または、御正体鏡とも呼ばれているのですが、伊勢神宮の御神鏡と宮中の賢所の神器については、片方が御写しであると伝えられています。

この「伊勢神宮の御神鏡について、盗難事件があったことが記録されています。
そして、その興味深い内容が、山本ひろ子氏の「迷宮としての伊勢神宮」(「思想」岩波書店 1994四年10月号)に簡潔にまとめられています。これから抜粋しますと、元応二年(1320)12月に神宝盗難事件がおこり、豊受大神をお祀りする外宮の別宮・高宮から、御神体の鏡が、これを納めた御船代の上の御衾=御装束(袋)ニ帖や御鏡箱、そして、御神体に準ずる特殊な霊鏡とともに消失してしまったことが表ざたになったのでした。

この事件によって、神鏡のほかに霊鏡また天鏡(あめのまじはり)と呼ばれている重要な鏡が一面あり、鏡はあわせて八十一面あったことや、また、伊勢神宮の度会常良らは、神鏡はこうした危難を避けるため、自ら姿を消し給うと考えていたことが明らかになりました。

後醍醐天皇(1288~1339年)は、この御神鏡紛失事件をきっかけに、事件の翌年の3月、伊勢神宮の度会常良らを上洛させ、「太神宮御事」という伊勢神宮の秘事についての書に関して問答を交わされたといいます。.
そして、およそ二ヶ月後の5月に、鏡は発見されたということですが、真相は謎につつまれたままです。  (山本ひろ子氏「迷宮としての伊勢神宮」より)


また、伊勢神宮の外宮に祀られている穀物神豊受大神は豊宇賀能賣命ともいいます。この神が、「風土記」に書かれている天女であることは、まえに述べましたが今一度取り上げてみます。


「丹波の風土記」  要点のみ

丹後の国丹波の郡の里の比治山の井、真奈井に天女が降り来ましたが、その内の一人の天女は衣を取り上げられ、隠されてしまったためにこの地にとどまりました。

しかし、やがて、天女は、
 
  天の原ふりさけ見れば 霞立ち 家路まどひて行方しらずも

という歌を残してそこを退き去りました。
そして、それは、奈具の社に坐ます豊宇賀能賣命のことです。


この神話は、さきに説明したスバル星=ブレイアデス星団、あるいは、あめふり星=ヒヤデス星団の星々に象徴されたアトラスの娘たちの後日談です。

トヨウカノミタマの御神体は、「宝瓶」或は「瑠璃の壷」であることが文永の遷宮の際のアクシデントによって判明していると、山本ひろ子氏は「中世神話」(1998年岩波書店)に記しています。
この天女が降り立ったところの井を「真奈井」というのですから、これからこの神話と聖書の「マナ」が連動していることを伺い知ることができます。

そして、この「瓶」は、浦島太郎の「亀」や「亀姫(風土記では亀姫)」を暗示する掛詞でもあると考えられます。

浦島太郎の妻は「乙姫」と呼ばれるのが一般的ですが、これを乙女と書きますと、Virgo(乙女)星座の女神であることがわかります。
おとめ座の女神は穀物の穂を持っていますので、穀物神である豊受大神と一致しているのです。
この女神は、古来、デーメテールの娘ペルセフォネー、アフロディテー即ちヴィーナス、アスタルテ、あるいは、エジプトのハトホルあるいはイシスであると伝承が記されています。

そして、これらの女神はイシスであり、古代ギリシャ人は、それをイセとも呼んでいたといいます。
これが、伊勢神宮の「イセ」の由来であり、さまざまな女神の名前は、どれも同一の国の歴史を擬人化して、それぞれに歴史の一面をものがたらせたものであることがわかります。
また、酉の市でおなじみの福の神の「おかめ」にして産鉄の竈神のことであることが推測されます。

玉手箱を開けると翁となってしまうという話は、日本と地中海やアフリカのエジプトとの間、そして、太古と現代を飛び越えて一気にタイムスリップさせ、さらに、日本の神宝の神鏡を見ると、「開けてびっくり玉手箱」、実はたいへんな「老国」であったという証拠がでてくるというのが真相であろうと思います。




「タイムカプセル」は、今日、あちこちの小中学生の卒業記念として、校庭の片隅埋められているようなポピュラーな存在です。
しかし、「タイムカプセル」という言葉自体は、以外にも、二十世紀になっての登場で、ニューヨーク博覧会の準備中の1937年頃から出回りだした言葉なのです。
この博覧会では、5000年後に開封するためのタイムカプセルが製作されて展示されましたので、「タイムカプセル」はすっかり有名になりました。
1939に埋めて西暦6939年に開封される予定のタイムカプセルは、銅、クロム、銀などの合金製のおよそ360キログラムのカプセルでした。その中に、穀物の種数種を入れた小瓶、顕微鏡、人形、糸巻き、辞書、年鑑、カタログそのほか、マイクロフィルムなどを治めたということです。

しかし、浦島太郎の「玉手箱」が、「平家物語」の神璽、即ち、神宝であり、「神代より伝わっている璽筥(しるしのはこであり、日本は小国なりといえども大国にまさる」ことがわかるものであれば、この上なきタイムカプセルであると申せましょう。





「天の御柱」を廻る時、伊邪那美命が先に、「阿那邇夜志 愛袁登古袁(アナニヤシ エオトメヲ)」と言ったために、水蛭子(ヒルコ、エビス)を生んで、それを葦船に入れて流し去るような事態に陥ったと神話は告げています。
そして、ここで唱えられている「阿那邇夜志(アナニヤシ)」という言葉には「エホバが現れた」「エホバが答えられた」(聖書事典 日本基督教団出版局)という意味があるのです。

「天の御柱」のシンボルが、「天の平瓦」とともに、伊勢神宮の御正殿の下に置かれていることについては、このブログの、「26 住吉大社の謎 1」の項目で書きました。
それは、1908年にクレタ島において出土した「(ヘ)ファイストス円盤」に刻まれた「日本語のメッセージ」のついた「タイムカプセル」と連動していることを教えるためにそこに埋められているということを物語っています。
その紀元前十六世紀頃のものと言われている粘土板は、まさしく「平瓦」です。

1998年に、これが日本語で解読されたことによって、日本は、すでに一千歳ほど老人になりましたから、ファイストス円盤は、すでに、驚異的なタイムカプセルです。


その(ヘ)ファイストス円盤という「タイムカプセル」中には、浦島太郎の一面を物語る「彦穂々手見命」、即ち、「山幸彦」とその兄である「海幸彦」が刻印されていて、それが「ヨセフの息子たち」であることが、「聖書」の創世記48章と49章を以って証明できることについては、このブログの「5 クレタ島の粘土板に彦穂々手見命の名が!」や「12 御神輿と契約の箱」の項目をご覧ください。

12には、モーセが、「この民が、守護神を忘れはて、神が姿を消すとき、民に大きな災いが降りかかり、焼き尽くされる。すると、民のうちに神がいないからではないかと言おう。そのようなときのためのもの、それが、”あかしの箱”と律法の書(聖書)とモーセの歌であるということが書かれています。


民のうちから守護神が「神避る」と、万の神々が湧きだします。すると暗黒の闇に閉ざされますので、これが地獄、即ち、黄泉にゆくことなのです。


大地母神デーメテール(地球)の娘ペルセフォネーの黄泉行きの話はギリシャ神話ですが、これは黄泉に下った伊邪那美命を連れ戻しに行く伊邪那岐命の神話と同じです。

「立神岩 → おのころ島=天の御柱=オンファロス=メイポール →伊邪那岐命と伊邪那美命の結婚 → ヘルメス神の亀の竪琴 → アポロン神の亀の竪琴 → オルフェウスの亀の竪琴 → オルフェウスが黄泉にいる妻に帰還を誘う → 伊邪那岐命が黄泉にいる伊邪那美命を連れ戻そうとする神話というながれに私たちは誘導されているのです。

伊邪那岐命と伊邪那美命が「おのころ島」において、この天の御柱=八尋殿を見立てて、結婚の約束を交わし、「天の御柱」をまわって結婚したり、結婚の誓いを言い直したりすることが記されています。


エジプト神話では、イシスはホルスを連れてさまよいますが、それは、ヴーナスとその子キューピットの二人がティフォンの暴虐を逃れるために「二匹の魚」となって東方に逃げたという神話にバトンタッチしています。
それは、日本の「伊予の二名島」と、「愛媛」という名称で「古事記」の国生み神話に取り入れてあるのです。木村鷹太郎氏は、「伊予の二名島」とは「イオ二匹」のアフロディテとキューピットの二名」のことであり、地中海のイオニアIo‐niaは、ギリシャ語で双魚のことだといいます。

釣りをする「浦島太郎」の話や、釣棹と魚を手にした「えびす様」に一致する素材です。

「二匹の魚」と聞くとキリスト教のシンボルの「二匹の魚」を連想する人も多いでしょう。
「えびす様」については、伊邪那岐命と伊邪那美命が、おのごろ島=天の御柱をまわってから、このあとヒルコ(エビス)を生み、これを葦舟で流しますが、この恵比寿神が、マイア=メイ=五月の息子のヘルメス神です。この「ひるこ」という言葉は、「昼」と「ヒルコン=ヘリコン=ヘリオポリス=ヒェロポリス」、すなわち、アポロンの都=太陽の都を云ったものです。






32 神宝の謎

32 神宝の謎


天照大御神の御神宝

「玉の緒もゆらに」の意味
今度は天照大御神から御神宝を考察してみます。
「心御柱」と「ひらか」が伊勢神宮の御神宝の納められている宮の御正殿に埋められていることをさきに書きましたが、「古事記」の天照大御神の「御頸玉の玉の緒」の記事から辿ってみます。
木村鷹太郎氏は、天照大御神の御頸球の玉の緒とは、「神璽」のことであり、「御頸珠の玉の緒母由良邇」と形容されているものは、「アテナ女神の肩衣の玉装であると、次のように説いているのです。

  国典の研究および解釈上、重要にして、しかも、
  日本歴史学あって以来かくまで解釈せられず、誤解せられたる言語は、
  伊邪那岐命が天照大御神を生みませし神話中なる玉の緒「母由良邇」
  の言語に過ぎたるは無し。・・・・
  玉の緒「もゆらに」は・・
  実に家長権の贈与=天位の譲賜を意味するモイラあるいは
  モイランなるギリシャ語、即ちこれ、
  「当然その人に帰すべき権利あるもの」「家督」「遺産」などを意味し、
  「運命の定め」を意味せる言語なり。   

  その御頸珠の名を「御倉板挙之神」と言うは、
  これギリシャ語「強力」「不可敵」「治者」などを意味せるところの
  クラトス、クラタイオス或はクラテインの「倉板挙」となれる神名なるべし。
  
  この「御頸珠の玉の緒」なるものは、
  アテーナ女神が、大神ゼウスより譲り受け給いしところの
  アイギスなる肩衣の玉装に当たるものの如し。
  「破るべからず」「敵すべからざる」武器たり楯たるなりという。
  またこれをアマルテアという。
  「アマルテヤ」なる語は、アマルは電撃たり、テヤは女神たり。
  而して、雷霆は不可抵抗の強力者なりとせば、
  強力敵すべからざるものを意味せる語なるを知るべし。
  これ三種の神器の神璽にあたるものの如し。

この「天照」と「アマルテヤ」がアナグラムの関係にあり、また、「アマテラス」と「アルテミス」もアナグラムです。
アテナ女神の肩衣の「アイギス」とはエジプトのことでもありますから、ここからも、天照大御神とエジプト、ギリシャ、そして地中海を挟んだトロイア方面との複雑な関係が見えてきます。



アテーナ女神は天照大御神
ヘファイストスとアテーナが一対であることはプラトンも「クリティアス」でふれていますが、この関係に似た、アルテミスとアポロンの一対は、「月と日」の一対、つまり「夜の眼と昼の眼」という古代ギリシャ以前からの一対の形態を伝えています。昼の目から生まれたとされるアマテラスとアナグラムの関係にあるアルテミスはお産の女神エイレイテュアやヘカテとしばしば同一視されており、ヒッタイトの太陽の女神ヘパト(別名アナト)と同系です。

このヒッタイトのアリンナのヘパトとハッティの天候神テシュプは一対ですが、これは、アテーナとヘファイストスの関係と同じです。
このヘパトがヘファイストスの語幹であり、ヘパトの別名のアナトがアテナのアナグラムであることからも、その根源にヒッタイトや産鉄が潜んでいることが推測されます。産鉄は「一つ目」で表されるのです

木村鷹太郎氏は、さらに、天照大御神とアテーナ女神との「目に関する神話」の同一性を次のように説いています。


  伊邪那岐命が目を洗い給えば、
  日神天照大神と月神の月読命生まれ給えりとの神話は、
  ギリシャ語「目」に関する熟語がこれを証明す。
  ギリシャ人は、「日」を「昼の目」ομμα αιθεροζ オンマ アイテロスと言い、
  また、「月」を「夜の目」ομμα νυκτοζ オンマ ヌクトスと言うが、これは、
  眼と日月との関係にまつわる神話で、これがわが国の古事記の記載と
  一致していることは日月の如く明瞭なことである。

  天照大御神が伊邪那岐命の目から生まれ、
  大日霊女(オオヒルメ)の神との名称がある事は、
  アテーナ女神がゼウスの前額より生まれたということを想い起こさざるを得ない。 

目をギリシャ語Ommaといい、これが日本語の「御目」「海」「馬」となっており、海神ポセイドンの名は「見ること」および「目」を意味して、「目印」すなわち、「三重の円」の紋章をもって表象され、さらに馬の神とも称されていると木村鷹太郎氏は説いています。
壷絵に描かれているアテーナ女神の盾に「三つの丸」、すなわち、三ツ星が見られますが、これによってアテーナとオリオンと三輪の関係を推し量ることができます。
オリオンがイリオン、すなわち、トロイアのことであることは、アテナ女神の別名が「トリニトス、即ち、トリトの神」であることからからも推し量れます。
「アトラス、オリオン、トリトン、ペガサス」はポセイドンの子であると書かれています。

「三重の円」、これが、天照大御神の伊勢神宮の所在する三重や、玉依姫の夫の三輪にインプットされているように見受けられます。
アテナ女神の像には鶏が配されることが多いのですが、天照大御神にも、常世の長鳴鳥が付きものなのです。



アテーナはネイトにしてイシス そして、イシスはイセ
トゥト・アンク・アメンの赤色桂石の石棺のコーナーには、それぞれ翼を広げたイシス、ネイト、ネフティス、セルキスの四女神のレリーフがあります。

このネイト女神の神殿の神官から教えられたのが「アトランティス」の話であるとプラトンは「ティマイオス」に記しているのです。

  エジプトの三角州の、その頂部のところでナイルの流れが二つに分かれているのだが、
  この地区の主要な都市はサイスと呼ばれ、
  その建設者は、エジプト名でネイト(ヌート)という女神である。
  しかし、エジプト人は、それはギリシャのアテナ女神のことだと主張している。

ここにネイト女神がアテナ女神であることが書かれているのですが、これはまた、天照大御神のことであり、イシスでもあります。
イシスは古代ギリシャでは「イセ」と呼ばれていたのです。これが、伊勢のルーツである可能性についてはさきに書きました。





31 オリオンとシダリヲ 東方へ

31 オリオンとシダリヲ 東方へ

常世の長鳴き鳥 シダリヲ

天の岩戸
さまざまな神社に,天の岩戸が投げられるシーンが彫られています。
その図柄は、岩戸の向こうの天照大御神、岩戸を投げる天手力男神、そして、その傍らで夜明けを告げている常世の長鳴鳥で構成されています。

「古事記」の天岩戸の前における記事をみますと、天照大御神は、外から鏡を差し出され、さらに、天手力男神がその御手を取って引き出だして、そこではじめて天の岩戸からお出ましになり、「高天原も葦原中国も自ずから照り明かりき。」という大団円になります。

 
天照大御神が天の岩屋戸を開いてその中にお隠れになったのは、葦原の中つ国みな暗黒に閉ざされて、万の神の声はさ蠅のように満ち、万の妖がことごとに起こるようになったときであると書かれています。そこで、八百万の神が天の安の河原に神集ひ集ひて、神宝を製作したといいます。

これは、「古事記」の中でも最も重要な場面です。
神宝は、「天の香山の五百津真賢木に、上枝に八尺の勾玉の五百津の御統まるの玉を取り著け、中枝に八尺鏡を取りかけ、下枝に白和幣青和幣を取りし垂でた」ものです。
これは、聖なる世界樹、即ち、命の木を連想させる表現です。

さて、この天照大御神と神鏡製作のまつわる記事には、
「天の服織女見驚きて、梭に陰土(ほと)を衝きて死にき」、さらに、
「天の宇受売命、・・胸乳をかき出て、裳緒をほとに押したれ・・」と、
「ホト」を異常なほど強調していますが、これは「ヘテ」や「火土」を意味すると考えられます。
胸乳もホトも三重の同心円で表わせば、目や三輪と同じで、大和即ち矢的です。

「み統まる」は、わが国では、すばる星を意味しているという伝承があります。
そして、すばる星=プレアデス七星は、棚機(たなばた)七姫とも伝えられています。
Pleiades(P eleia des)とは棚機姫を意味すると木村鷹太郎氏はいいます。
ブレアデス星座が、アトランティス、即ち、アトラスの娘たちを記念した星々であることについては先に説明しました。

また、天の服織女」から織女と牽牛と天の川が連想されるのですが、この神器製作にかかわっている天の安河、即ち、天の川がナイル川であり、オリオンがかかわっているのです。
これについては、「オリオン・ミステリー」のところで述べました。
ギリシャ神話のアテーナ女神にも、自ら機を織ったという神話があります。



「古事記」の神宝製作の場面
この「神宝」にまつわるシーンは、わが国のアイデンティティーを探るうえで、重要な箇所ですので、記事を掲載しておきます。そして、ここにシダリヲの常世の長鳴鳥が描かれています。


 「古事記」神代巻   抜粋
  天照大御神忌服屋に坐して、神御衣織らしめ給ひし時、
  その服屋の頂を穿ち、天の斑馬を逆剥ぎに剥ぎて堕し入るる時、
  天の服織女見驚きて梭に陰上(ほと)を衝きて死にき。
  天照大御神見畏みて、天の岩屋戸を開きてさしこもりましき。
  ここに高天原皆暗く、葦原中国悉に闇し。これによりて常夜往きき。
  ここに万の神の声はさ蠅なす満ち、万の妖悉に発りき。

 
  ここを以ちて、八百万の神、天の安の河原に神集ひ集ひて、
  高御産巣日神の子思金神に思はしめて、
  常世の長鳴鳥を集めて鳴かしめて
  天の安河の河上の天の堅石をとり、
  天の金山の鉄を取りて、鍛人天津麻羅を求ぎて、
  伊斯許理度売命に科せて鏡を作らしめ、
  玉祖命に科せて、八尺の勾玉の五百津の御すまるの珠を作らしめて
  天児屋命と布刀玉命を召して・・・

  天の香山の五百津真賢木を根こじにこじて、
  上枝に八尺の勾玉の五百津の御すまるの玉を取り著け、
  中枝に八尺鏡を取りかけ、
  下枝に白和幣青和幣を取りし垂でて、
  この種々の物は布刀玉命太御幣と取り持ちて、・・・
  天児屋命太詔戸言祷き白して、
  天の手力男神戸の掖に隠り立ちて、
  天の宇受売命、天の香山の天の日影を手次にかけて、
  天の真拆を蔓として、天の香山の小竹葉を手草に結ひて、
  天の岩屋戸にうけ伏せ、踏みとどろこし神懸りして、
  胸乳をかき出で、裳緒をほとに押し垂れき。・・・


天の服織女が陰上(ほと)を衝いて死んだので、天照大御神が天の岩屋戸に閉じこもってしまわれ、世の中が暗くなってしまい、万の神が発生し、蠅のようにうるさくなり、ことごとく災いに結びつくようになったという時代背景から書き起こされています。

次に、「上枝に八尺の勾玉の五百津の御すまるの玉を取り著け、中枝に八尺鏡を取りかけ、下枝に白和幣青和幣を取りし垂でた」御神宝の製作する場面が描かれています。
「天の安の河原」即ち、天の川に神々が集うのですが、その主要メンバーと材料、神宝の名前「八尺の勾玉の五百津の御すまるの珠」「八尺鏡」などの手がかりが与えられています。

そして、「胸乳をかき出で、裳緒をほとに押し垂れき。」という天の宇受売命で締めくくられています。

この場面に、あまり人目を引かない「常世の長鳴鳥」というのが居合わせているのですが、これが、シダリヲであり、これを肩に乗せて、オリオンは東方へ向かったと、木村鷹太郎氏は「在五中将業平秘史」(春秋堂 1912年)で説いています。

  海神の子オリオンは、
  バッカスとクレタ島の王女アリアヅネの子オイノピン王の娘メローペに
  恋着していたが、その父が常にその恋を妨げたので、
  オリオンは強力に訴えて思いを遂げようとした。
  オイノピンは怒って、オリオンを酔わせてその視力を失わせたため、
  盲目となったオリオンは、神託により朝光をもとめて
  鍛冶の神ヘファイストスの元に行く。
  この神オリオンを憐れんで、シダリヲを与えて教導となし、太陽の家に向かわせる。
  オリオンは、このシダリヲを肩にのせて東に進み、太陽の神に会い、
  その視力を回復して目が見えるようになる。・・・


これは、オリオン=イリオン=トロイア=トロアス=アトラスが見えないということを示唆するもので、オリオンの目が見えなくなったという神話は、「長い間寝ていて、世界がが見えない」ことと同じです。
日本の「神宝」のひとつである剣は、「伊邪那岐命が迦具土命を斬りたまひし十拳剣を天之尾羽張と謂う」と記してある「尾羽張」の剣の別名であると「古事記」に書かれています。
木村鷹太郎氏は、「この尾羽張 Ohari は Ωαριων 或いは Ωριων オリオンたや十分察知すべきなり。」と述べています。


「しだりをの山鳥」を詠んだ柿本人麻呂
紀貫之(868?~945?)は、「古今集」の序で、柿本人麻呂は、一首の歌に六重の意味を持たせることのできる歌聖である」と絶賛しています。
「万葉集」には柿本人麻呂の読んだ多くの歌が載せられていますが、中でも、「あしびきの山鳥の尾のしだりを」の歌と「明かしの浦」の歌の二首が重要であるとの伝承があります。
 
 あしびきの 山鳥の尾の しだりをの 
     長々しよを ひとりかも寝む

 ほのぼのと あかしのうらの あさきりに 
     しまかくれゆく 船をしぞおもう

「あしびきの山鳥」の歌が、常世の長鳴きどりを詠ったものであれば、それは、天照大御神の天岩戸にかかわる鳥であり、一方、「明かしの浦」の歌の「ほのぼのと」に「ほのぼの戸」の字をあてたものがあることから、これもまた「岩戸開き」の歌であることが推理されます。
また、「あかし」と「船」というフレーズから、伊勢神宮に奉られている「御正体鏡」「御証し」と呼ばれる神鏡を納めた容器が「御船代」と呼ばれていることにまつわる歌であろうと推測されます。


日本には「古今伝授」という「歌学伝授」が伝わっていますが、その中の、二條家嫡流相伝の「古今伝授」の人麿神詠口伝の項目には、次のことが書かれています。

  「あかしの浦の歌」一首には、過去・現世・未来を籠めて、
  三世の妙理が含められている。
  また、哀傷の意を歌いて、明石の浦の景色を目前にあらわされたるは、
  まことに神業というべきなれば、歌神と崇むるも理なり。
  然れば人麿の歌多しといえども、この歌を神体として崇め奉るとなり。」

「古今伝授」の「人丸秘密抄」には、「明かしの浦の歌」が六重の意味を持つて、神秘中の神秘の歌であることを、次のように記しています。

  海上の旅と見えたるは別のことなし、是は雅なり。
  裏には高市の王子のことをよめり。是は風の歌なり。
  名所海路別離哀傷は、かくのごとく多数を一首によむ、賦の歌なり。
  「船」を渡すに、王の世をわたる事をたとふるは比歌なり。
  娑婆はあきらかにあるによりて明石の浦にたとへ、
  冥途はくらきによりて霧にたとふるは興なり。
  王の世を渡すといふを船といふは頌なり。
  賢王を船にたとふ、愚王をばたとへず。
  是を一首に六義を具すといふなり。

「あかしの浦の歌」の裏には、このような多重構造の神秘が籠められているばかりではなく、「ながながし夜を」寝ている鳥は、「ほのぼのとあかしのうらに島隠れ」ている島と同じ内容であり、「うらしま」が裏に潜んでいるように思えます。
また、柿本人麻呂のこの一対の歌には、鳥と島の字に互換性をもたせて、島国日本の歴史が隠されていると考えられるのです。
トロイは「タウロス=牛」のほかに「鳥」をシンボルとしていたと考えられます。
鳥頭のトトがイビス(エビス)またアピスと呼ばれていますが、また「アピス」は牛の名前でもありました。

明石の浦の淡路島沼島のおのころ島が龍宮城の表門と伝承されていること、さらに、そこが、「伊邪那岐命と伊邪那美命」の御結婚の固めの地と伝えられていることを思い起こしてください。




御神鏡遷御の儀の鶏鳴とシダリヲ

生き続ける神話の世界
「しだりを」という「常世の長鳴き鳥」は、単なる神話の中の古々しい存在であると軽視してはなりません。
二十一世紀の今日なお、伊勢神宮において、式年遷宮の式典のクライマックスで、欠かすことのできない役割を演じているのがこの「常世の長鳴鳥」です。

天照大御神をお祀りしている伊勢神宮には、神宝の神鏡、即ち、「御霊代」を二十年毎に新しく建て替えられる宮に遷し奉る式年遷宮という謎の行事があることをご存知でしょう。

伊勢神宮の式年遷宮は、日本の神事の中で最大規模のもので、世界でも類を見ない壮大なドラマといえます。
それは遷宮の御用材を伐る御杣山の山口での祭事に始まる八年にわたるさまざまな祭事と準備を経て執り行われる中には、例の「天の御柱」なる「心御柱」を立てる神事もとり行われます。

この「天の御柱」「心御柱」が、明石の浦の「淡路島沼島」のおのころじま」別名「上立神岩」であることについては、このブログの最初に書いてあります。

そして、式年遷宮のクライマックスが遷御の儀です。

その日、午後六時、「御神鏡」を古殿から新殿に移す「遷御の儀」の参進がはじまり、天皇の勅使を先頭に祭主、大宮司と続き、以下百五十人の神職が御正宮に向かいます。
勅使が御正殿の階下で、新宮へのお移りを願う御祭文を奏上した後、祭主、大宮司以下が御正殿の中に入って出御の準備を奉仕します。

正八時(午後八時)、神域の明かりはすべて消され、神宮の社は闇と静寂に包まれます。
ここで、〝カケコー〟 と鶏鳴三声がひびきわたります。

このように、伊勢神宮の御霊代の御正体鏡は、闇に包まれた中で、常世の長鳴鳥の〝カケコー〟三声で新宮に納まるのです。

大宮司、少宮司、禰宜に奉載された御神体(御神鏡)が純白の絹の垣に守られて、秘めやかに、厳かに、楽師の奏でる楽の調べが流れる中を、御正殿をお出ましになり、午後十時、御神体は新宮に鎮まります。

この神事を知り、新約聖書を読んでいる人は、この「カケコー」の鶏鳴三声に、「イエスは、弟子のペテロに、「鶏が三度鳴くまでに、あなたは三度わたしを知らないと言います」(ヨハネ福音書13章)と預言されたことを連想するでしょう。ペテロとは「石」という意味です。
この預言と、伊勢神宮の「鶏鳴三声」と、「天の羅摩船に乗りて帰り来る神の名を問へども(皆)知らずという」という「古事記」の記事は連動しているように思えます。

伊勢神宮の式年遷宮のクライマックスの「遷御の儀」で新宮に移される御神体とは鏡ですが、エジプトでは、鏡は命、すなわち、アンク、アンの象徴物でした。
アンは、シュメールでも命、太陽、八方光、星などを表しました。
そして、鏡とは、鑑、すなわち、地中海方面と極東の歴史を合わせ鏡のように写し出す鑑、すなわち、写されたものと、「玉璽(印鑑)」をつなぎ合わせた首飾りの「玉の緒」の一対である可能性があります。

マーティン・バナール氏の「黒いアテーナ」(藤原書店)は、古代地中海文明のアフロ・アジア的ルーツの証明を試みています。
その中でバナール氏は、「ネイト(女神)はナイル デルタを遊弋する牝牛であり、これが聖なる都サイスに定住したと云う神話に注目するとき、ボイオティア地方のアテーナ女神の祭儀とエジプトの牝牛ネイトの祭儀には類似性がある」こと、また、「アテーナの異名オンカが首飾りを意味することから、これは、フェニキア建設のカヅムスやその妻ハルモニアをめぐる神話の有名な首飾りに由来する異名なのではないか」と説いています。
カトリック教会が用いるロザリオも、仏教が用いる数珠も、この情報が漏れ伝わったことからきたものであろうと思います。

バナール氏は、また、ギリシャとエジプトとクレタ島にみられる青銅器時代文明の共通点について検証して、テーバイと呼ばれる場所が、ギリシャのボイオティアとエジプトの両方に見られ、その両方の卓抜した土木工事、治水工事、ピラミッドそのほかの建造物に技術的共通点が多いことに注目していますが、さらに、ボイオティアとエジプトには神話と祭儀にも共通性が見られると説いて、コパイス湖南岸に見られるアテーナ神の祭儀は重要で、この祭儀の源流を辿ると、エジプト神話のネイト神の祭儀に行き着くと説いています。
プラトンが書いた「クリティアス」「テマイオス」のアトランティス情報の出所は、エジプトの、「ネイト女神」の神官であるとプラトンはそのなかで書いており、その神官たちは、ネイト女神はアテーナ女神であると考えていたとも書いています。


アテナ女神がヘファイストスとの間に成した子はエリクトニオスという神話がありますが、この名は、エバーハート・ツァンガー氏が、「天からの洪水」の中で紹介しているアトラスからトロイア戦争までのトロイの代々の系図、「アトラス、エレクトラ、ダルダノス、エリクトニオス、トロス、イロス、ラオメドン、そして、プリアモス」の中にあります。
イリス女神はエレクトラの娘と伝えられていますが、これは、さきに述べたスバル星の神話からも、トロイア城の建設者ダルダノス=ダイダロスの一族だということが分かります。イリス女神がイシス=イセであり、玉依姫であることを先に述べました。

30 出雲大社の謎

30 出雲大社の謎 

出雲と出エジプト

出雲の「雲」とは「ネフェレ(雲)」
エジプトのギザの大ピラミッドの傍らの展示館に展示されている「太陽の船」を実見したとき、「和船」だという印象を得ました。竜骨の有無といった船の構造からの類似ではなく、「木材の扱い方、その精緻な手仕事」からそう直感したのです。
古代の造船の工具について、ディルウィン・ジョーンズ氏は、「船とナイル」学芸書林出版 で考証していて、古代のエジプト人は、造船に手斧を使用し、また、のこぎりは手前に引く種類のものを使っていたことに言及しています。
鋸を引くというのは、日本において今なお続いている特長ですが、西洋ではのこぎりを押すのが伝統です。
和船の船大工さんがこの国から消滅しないうちに、ぜひとも、「太陽の船」を二隻製作して、それを連結して海を走らせてみたいものだとつくづく思ったことでした。

エジプトの古名のひとつに「ネフェレ」という言葉がありますが、それは「雲」という意味です。
「出雲」とは、「出エジプト」という意味ではないでしょうか。




「出雲風土記」の矣の国とはエジプト

「出雲風土記」

  国の余りあるやと見れば 国の余りあり
  はたすすき 穂振り別けて 三身の綱打ち挂けて
  霜黒葛くるやくるやに 河船のもそろもそろに
  国来国来と 引き来縫へる国は・・・

大国主神が「国来 国来」と、国引きをしたという神話からは、大力のアトラスを連想しないでしょうか。
「河船の毛曾呂毛曾呂に 率き来た」からは、「出エジプト」のモーセを、「かわ」からは、「鵝の皮を着て落ちて来た」と言う古事記の「大国主と少名毘那神」を想起します。

「出雲風土記」の上記の記事中に「矣の国」という言葉が入っているのですが、「矣の国」とは埃及(エジプト)であり、「愛の国」であると木村鷹太郎氏が解き明かしています。
それは、「愛媛」、すなわち、二匹の魚となって東方へ逃げた「ビーナス」とキューピットの国だったからであり、ゆえに、美人の持ち物として似つかわしい鏡をアンク(♀)と象徴しており、わが国の「神宝」が鏡であるのはここから来ているといいます。
このビーナスの別名アフロディティーのアフロという語幹は、アフリカ大陸のアフロです。
「古事記」は、「伊邪那岐命と伊邪那美命が国生みをする際に、淡島を生んだが、これは子の数にはいれず、次に伊予の二名の島を生んで、それが四国である」と記していますが、この記事が、「伊邪那美がアフロディテーで四国がキューピットであることを先に書きました。


伊邪那美命が葦舟とともに流し去ったヒルコ
「古事記」に、伊邪那美命、すなわち、「アナニヤシ えをとめを」のをとめが生んだ「ヒルコ(エビス)」を葦舟とともに流し去ったことが記されていますが、この「をとめ」は、浦島太郎の乙姫であり、乙女座にもその足跡を記している伊勢神宮外宮の豊受大神であることを前に述べました。
そして、ヒルコ、またの名エビスは、エジプトのトート神です。
パレスティナのエルサレムの場所は、元は、エビス(エブス)の地であったと、聖書のサムエル記に書いてあります。

玉手箱の中から出てくる雲とはエジプト?
丹後の浦島太郎の「宇良神社」には、社宝として「玉手箱」が伝えられていますが、それが、女性の化粧道具入れであるという点も、このビーナスという美人とのゆかりを物語らせるためであろうと思います。
浦島太郎の玉手箱のなかがら雲がでて、浦島太郎は、いっきに老人になるというのは、玉手箱の中からエジプトが出てきて、日本国がいっきに老国になると考えるのが妥当です。

「平家物語」剣の巻の神璽、即ち、神鏡にまつわる記事ももう一度掲げてみます。

  およそ神璽と申すは、神代より伝わりて、代々の御帝の御守にて、
  璽筥(しるしのはこ)に納めけり。この箱、開くことなく見る人も無し。
  これに依りて後冷泉院(1025~1068年)の御時、いかが思しけん、
  この箱を開かんとて 蓋を取り給ひしに、たちまちに 箱より白雲上り給ひけり。
  由ありて、雲は元のごとく返り入らせ給ひぬ。
  紀伊の内侍、蓋覆ふて緘げ納め奉る。
  日本は小国なりといえども 大国にまさるとは是なりとぞ。
  神璽とは、わが朝の起より出でたり。





出雲大社の注連縄
出雲大社の三トンもある注連縄を見ますと、ナイル川の太古の「葦舟」の記念品なのではないかと思います。
葦舟の葦束の中に空気を封じ込めた多数の瓢箪を装着したならば、浮力と安全性が倍加するのではないか、これについてもぜひともこれを実験してみたいものだと思っています。


出雲 美保神社の青芝垣神事と諸手船神事
出雲の美保神社では四月七日に、「青柴垣」神事が執り行われます。
神船が青柴垣で囲われ、さらに幕で覆われた中に神主が篭ります。そして、何隻かの神船のうち、二隻の船を横に並べて直径二~三〇センチの木数本を使って連結します。
これは、「大国主の国譲り」の時、大国主の息子の事代主神、すなわち、恵比寿神(酉神=トト神)が船で入水したという故事にまつわる神事です。
「古事記」の伊邪那岐命と伊邪那美命が生んだヒルコ、即ち、エビスを葦舟で流したという記事については述べました。

十二月に行われる「諸手船」神事のほうは、二艘の船が一組となって漕ぎますが、連結はしません。しかし、前向きに座した左右四人ずつ計八人の漕ぎ手が櫂を両手で漕ぐこと、櫓を大きな梶として操舵することなど、失われた「天鳥船」の原型をとどめているように思えます。

安芸の宮島の「管絃祭」
御船祭り神事でが、三艘連結の船がでます。
「安芸」とは「アイギ」即ちエジプトのことであると木村鷹太郎氏は説いています。


尾張 津島神社 「御葦放流神事」
葦船にまつわる不思議な祭りが尾張三河地方の津島神社に伝えられています。
「尾張」がオリオンを意味していたことを思い起してください。
御祭神が建速須佐之男命である津島神社は、江戸時代までは津島牛頭天王社と呼ばれていたということです。イタリアに、有名な双角のあるモーセ像(ミケランジェロ作)がありますが、モーセが牛頭天王と呼ばれていた名残ではないでしょうか。

この津島神社の神事でも、船を二艘ずつ連結します。
昔は大きい船が使われていたそうですが、今は長さ十三、六メートル、巾二、一メートルの木造船を二艘並べて「しら」「はしり」などの部材で連結して、その上に屋形を組み上げます。
これをなぜか「巻藁舟」といいます。
旧の六月十四日の宵祭りにこの双胴船の楽車船五車が天王川を遡って御旅所に参詣、明くる十五日には飾り付けを改めた楽車船五車と市江車が天王川を遡ります。
その夜深夜には「御葦放流」神事が、闇と静寂の中でとりおこなわれますが、これは、天王の御神体と仰いだ葦把を天王川の橋までお渡して大海原へと放流する神事です。 
御葦船(木造船)に御神体の御葦を積み、所定の場所につくとこの場合も御葦船二艘を並べ、舳先に竹を横に渡した上に、御葦の束を積み、祈祷の後、二艘の船を漕ぎわけ、御葦を水中に落として後ろも見ずに漕ぎ帰ります。流した葦束には疫病が付いているとして恐れられたといいます。しかし、これも、出エジプトのときの再現と、モーセが赤子のときに葦の篭に入れて川に捨てられたという故事とを重ねていてる行事のように思えます。
日本各地に、「片葉の葦」「刈る萱」の伝説があるのですが、これらは産鉄の隠語でもあります。

「大国主の国譲り」は豊葦原の水穂国がひどく騒がしい時代であったといいます。
「天照大御神が天の岩屋戸にこもられた」ときも葦原中つ国ことごとに闇い時代であったといいます。



鹿島神宮と香取神宮の「二艘船の御船祭り」
茨城の鹿島神宮と千葉の香取神宮が十二年に一度共同で行う御船祭りでも船が連結されて二艘船となし、これに神輿が乗せられますが、この鹿島神宮の建御雷之男神(尾羽張神の子)と香取神宮の経津主神もまた、「大国主の国譲り」の場面の主要メンバーなのです。


こうして、国中のあちこちの古社で、こぞって「古代」への手がかりを提示することに力を注いできたのですから、その提示を受け入れて、謎解きを試みるべきであると思います。
日本は、「神秘の国」でした。「ダビンチ・ミステリー」よりもはるかに古く、雄大で、ロマンに満ちた「浦島太郎ミステリー」が世に知られる日を楽しみにまっています。




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