95 ツタンカーメンの謎 3ツタンカーメンは天若彦「古事記」「日本書紀」の神代巻に、高御産巣日神と天照大御神の命令により「天の安河の八百万の神を神集へに集へて」協議をするというシーンで、この天若彦が出てまいります。
神々が会議に召集されたのは、豊葦原の千秋長五百秋の水穂国が騒然とした世上となっているからだと説明されています。
「葦原中国はわが御子(正勝吾勝勝速日天忍穂耳 アメノオシホミミ)に統治する国として委任した国である。ところがこの国には暴威をふるう乱暴な国つ神どもが大勢いるので、誰を遣わしてこれを平定したらよいだろう」と仰せになり、天菩比神を遣わしたのです。しかし、彼は大国主神に媚びついて、三年たっても復命しません。そこで、次に天若彦を遣わすことになるのです。
天若彦は、天之麻迦古弓と天之波波矢を賜って、その国に遣わされます。ところが、天若彦はその国の大国主神のむすめ下照姫を娶ってその国を獲ようと慮ってしまい、そして八年の時が過ぎてしまったのです。
天若彦が「下照姫を娶って、その国を獲ようと」図った「その国」とは「黄金に富むエジプト」であり、天若彦がエジプトのファラオになりたいという野望を抱いたのであり、それは、少なくとも外面的には、兄妹や親族のなかで最も華やかな王になることを意味します。
しかし、実は、この下照姫と天若彦はアンケセアメンとツタンカーメンという兄妹なのですから、王朝に、ますます幾重にも不吉な暗雲がたちこめることになったのです。
そこで、遣わされたのが「雉、名は鳴女」で、天若彦の門の「ゆつ楓」の上に止まって、天つ神の詔命を委曲を尽くして伝えましたが、「天探女」の進言によって、天若彦は、「天つ神から賜った天の櫨弓と天の鹿児矢」を執って、雉を射殺してしまいます。
雉を射た矢は、天の安河原にいます高御産巣日神や天照大御神の御前に届きます。
そこで、高御産巣日神は、この矢はわたしが天若彦に与えた矢である。もし天若彦に邪心があるならば天若彦はこの矢にあたって死ね」と仰せられて、その矢を投げ返されたところ、その胸に命中して天若彦は死んでしまったと記されています。
天若彦に遣わされた「雉、名は鳴女」とは、いったいどんなことを示唆しているのでしょう。
それは「名が鳴女」即ち「ナガナキ」女であり、天岩戸の場面で登場する鳥「ナガナキ」鳥と同種の神鳥です。
「古事記」「日本書紀」の天照大御神が天岩戸に籠られたとき、岩戸の前で鳴かしめた「常世の長鳴き鳥」のことなのです。それは、柿本人麻呂が「あしびきの山鳥の尾のシダリオのながながし夜をひとりかも寝む」と詠んだ山鳥=日本=トロイア=トリであることを示唆しています。
すなわち、長い間名が埋もれてしまうトロイア日本、アイデンティテイーを喪失し、名声を失くしてしまった日本にまつわる神聖な使いなのです。
この「ナガナキ」雉が止まっていたのが、天若彦の門の「ゆつ楓」という神聖な樹の上であることは、「世界樹」に関する重要な「きじ」であることを意味しています。
これは、ホメロスの「イーリアス」の中で、トロイ戦争の原因が、アキレウスの父母のペーレウスとティティスの結婚式にあり、この婚儀が原因で、ヘスペリデス(不死の庭園)の
黄金の林檎(世界樹)をめぐって、殊にヘーラー、アテーナー、アプロディーテーの三女神による激しい対立が起こり、これに神々全てが巻き込まれる争いに発展したことが語られているというその記事に対応していることを示しているのです。
聖書では、「エデンの園の命の樹」にまつわる神話として語られています。
そして、天若彦にまつわる一連の記事は、天若彦が高御産巣日神や天照大御神の託した使命に背き、預言者(しかも自国の預言者)を殺しトロイアを滅亡に追い詰めたことの報いとして殺されたという内容です。
また、「古事記」のこの記事において、天若彦の弓矢は極めて重大な使命と神秘力とを含めて語られています。
敵側と味方側の弓矢が「同一」であったことを語って、同族の同士討ちとなってしまったことを暗示していますし、天若彦が、「和平」の使命に反して、しかも、身内に刃向かって「戦争」を遂行したことを意味しています。
また、この弓矢は単なる弓矢ではなく、天若彦に託されていた武器全般、戦車までも含まれると考えられますが、一方で、「恵穂葉神=矢羽=ヤハ」の象徴物としての弓矢であり、弓型の日本の象徴の可能性すらあるのです。
さらに、重要なことは、「古事記」「日本書紀」のこうした記事は、過去と未来を同時に委曲を尽くして伝えるという高等技術を駆使していることを理解することです。
日本では、これは「大国主の国譲り」という事件の一場面でもありますが、歴史的にみますと、「トロイアの移遷」であり、聖書的には「出エジプト」となります。
こうした、国際的にみても非常に重要な問題を孕んでいる記事ですから、ここで強調されている武器、弓矢などという言葉にも注意を払わなくてはなりません。
その弓矢は「天の安河」に届いたと書かれています。
天の安河とは天の川のことで、天若彦は天の川の伝説や行事と結び付けられて、三千数百年もの永きにわたって語り継がれているのです。
そして、天の安河とはナイル川のことなのです。くわしくは、このブログの「オリオンミステリー」を参照してください。
ナイル川のテーベにあるツタンカーメンの墓から出土した「ツタンカーメンの弓矢をつがえている肖像画」に注目してみましょう。
この弓は「大弓」とよばれるものです。
「夷=えびす」という字をよく見てください。「大弓」の文字が組み合わせからなる文字なのです。
また、鉄には、「銕」という字もあり、てつ、即ち、くろがねのことです。
日本の恵比寿様は釣竿と糸を持っておられますが、これも大弓と弦の化けたものでもあると考えられます。
また、ギリシャ神話では、弓矢はアポロンの持ち物、あるいはキューピットの持ち物として有名です。
神話では、ヘリオス(太陽神)の子(アポロン)は、日輪を運ぶ父の四頭立ての馬車を馭してみたいと願い、父に強引にせがんで馬車を借り受けて馭します。しかし、その技量がなくて、馬車はふらふらと軌道を逸れて暴走してしまい、ために、地は焼け焦げめちゃめちゃになってしまいました。それ以上の害を避けるために、ゼウスの雷に撃たれてしまい、太陽の子は馬車もろともエリダノス河に落ちてしまいます。
この神話は、ツタンカーメンにもあてはまりますし、明治以来の日本にも当てはまります。
エリダノス河とは古来謎とされていましたが、ナイル川、また天の川=天の安河であることについては、このブログのオリオンミステリーの項目で説明しております。
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古代ギリシアは白い文明ではなく、色彩鮮やかな文明であった事がわかってきたようです。エレクティオン神殿など真っ白な大理石の彫刻が目を見張るほどの色彩でCG再現されたのは圧巻でした。
そしてこれらは、エジプトのラムセス2世アブ・シンベル神殿の技術やエジプシャン・ブルーなどの色彩に影響を受けて、BC7世紀頃、エジプトに傭兵ですみついていた人々が帰国して花開かせたものであったそうです。 KOO様の視点は、今後ますます科学によって証明されてゆく事でしょう。