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与那国島沖の海底遺跡が世界史のどこに組み込まれ得るかという問題は未解決の分野です。 せっかくですから、この巨大なテーマを、自由な発想と柔軟な心で考察する(ブログ上の)素人学会ができれば・・・と夢みています。

2 邪馬台国論争100年の不毛

99 決着がつかない邪馬台国論争 2

権威主義の弊害 1

この100年間というもの、日本の政府は、国民を「権威」というものに絶対服従するよう、あらゆる面において誘導してきました。
教育においては、東京帝国大学、京都帝国大学、すなわち、今の東大と京大を、ドミノ倒しの札で築いたようなピラミッドの頂点に据えています。
そこの権威者とされた人は、前回このブログで取り上げた「東大話法」のような詐欺的論法で、大多数の、理解力不十分な人々を手なづける術に長けていますので、その権威者のばかばかしさを知るごくごく少数派の人が存在しても、数の上で権威者に太刀打ちできません。
日本人が、この権威主義の法則とシステムによって、いかに洗脳されてきたかを示すこの上ない材料が「邪馬台国論争」なのです。

1910年(明治四十三年)『倭女王卑弥呼考』を著した東京帝国大学の白鳥庫吉(1865~1942)は,明治時代における我が国史学界の第一人者であり、この書で、白鳥庫吉は邪馬台国九州説を唱えました。卑弥呼については,神話上の天照大御神に近い存在であると述べていました。
1910年に,京都帝国大学の内藤虎次郎1866~1934)も,雑誌文芸に『卑弥呼考』を発表し,邪馬台国大和(奈良県)説を唱え、卑弥呼を「倭姫命」(やまとひめのみこと)に比定しました。

1910年(明治43)年7月、「読売新聞」に木村鷹太郎の「東西両大学及び修史局の考証を駁す 倭女王卑弥呼地理に就いて」が
掲載されました。これが、「邪馬台国エジプト説」という第三の説で、上記の白鳥庫吉は邪馬台国九州説や内藤虎次郎の邪馬台国大和(奈良県)説を完全に論破出来る内容でした。

東大の白鳥倉吉の説は、倭人伝本文の地理上の方角、里数、日数、月数、地名等、一箇所にあらず、二箇所にあらず、殆どの部分を書き代えて、強いて日本の地理に合わせたもので、「魏の使者が虚偽の報告を作るに苦心せし文献である」との言をなし、原資料に責任を転嫁して、「不彌国の何れなるを知らず」と云いつつも、しかもそこから出帆することとし、肥後方面有明海を渡ることとし、女王の本国邪馬台を熊本県の西南隅付近なりと断定するという身勝手さです。
水行20日にして投馬国に至り、加ふるに再び水行10日および陸行1月の里程があることをまったく考慮にいれてはいません。
「陸行一月を一日の誤り」とするなど、原資料のほうが間違っているといいつつ自説を正当化している説です。

京大の内藤虎次郎の説は、「魏志倭人伝」本文は不彌国より女王の本国に至るには南へ南へと記述しているのを、これを東へ東へとみなし、「倭人伝の材料提供者が航海中あるいは旅行中の方角錯誤によって、東が南となりしなり」と云って、これも、原資料の不備と断定しているのですが、東大の白鳥倉吉に対しては、「軽々シク古書ヲ改メンコトハ従ヒ難キ所ナリ。」と批判したのです!!!
この東大と京大の二大権威者たちは、「自分の学説と異なるところはすべて、原資料のほうの間違いである」と断定しているのです。
あげくのはてに、「原資料が不正確であるので、検証の必要なし」という論法で押し通してしまって、原資料に則している木村鷹太郎の説の検証をする道を絶ったのです。
これが、いわゆる「東大話法」の100年前のルーツの実態です。
こうして、1910年に提示された、「邪馬台国」比定における三大論争の一つを「原資料が不正確であるので、検証の必要なし」として、土俵から外すことに成功したのです。
ジャーナリストたちも、この二人の論争のみをおおいに囃し立てました。
この時の二人の論争が,九州説と大和説という,今日でも延々と100年間続いている学問上の論争の発端となったのです。
東大の学者達は白鳥説を支持し邪馬台国=九州説を叫び,京大は内藤説の大和説(畿内説)を擁護して、邪馬台国問題は東大と京大の戦いの様相を呈したのです。
このバトルはその後長きに渡って影響を及ぼし,東大の学者には九州説論者が多く京大には畿内説論者が多いという,今日でも見られる一つの傾向を生み出す事となりました。
邪馬台国問題も学閥問題から外れる事ができないでいるようです。

ところが、第三の木村鷹太郎の説では、「魏史倭人伝」の文章は、どこも訂正する必要もなければ、不自然な読み方をする必要もないのです。「魏史倭人伝」の語る地理が、何の矛盾もなく、そのまま現実の地理にぴたりとあてはまります。ある意味では、邪馬台国の所在地に関する最も完璧な説といえるのです。(望夢楼こと長谷川亮一氏の検証)

「魏志倭人伝」の約2000文字には、方向記述18ヵ所、距離記述16ヵ所におよんでいるのです。こうした構成からみて、方向と距離をそうとう重視していることはまちがいありません。
出発地点から到着地点までの10の地点に対して、方向と距離の条件34項目がことごとく一致しているということは、数学的、確率的にみて、「正解」とみて検証する以外にはありえないことです。

「邪馬台国九州説」と「邪馬台国畿内説」が、「倭人伝本文の地理上の方角、里数、日数、月数、地名等、殆どの部分を書き代えて、強いて日本の地理に合わせようとしたもの」であるのにたいして、木村鷹太郎の邪馬台国エジプト説では、「どこも訂正する必要もなければ、不自然な読み方をする必要もない。魏史倭人伝の語る地理が、矛盾なく、そのまま現実の地理にぴたりとあてはまる。」のに、これを、偶然の一致、あるいは、でたらめとして無視するのは、「権威者の横暴と無責任」以外のなにものでのありません。
東大と京大をはじめとする歴史学の権威者たちは、100年間もの間、国民を欺きとおしてきたわけです。
こんな単純なことで騙され続けてきたわたしたちは、一億総白痴と言われても仕方がありません。
日本のこの百年間の教育とは「騙されやすい人にする」ことに主眼をおいて敷設されているのです。
政府の面々の判断力のなさ、指導力のなさなどを批判できないようにするためです。
一億の民が、「東大話法」「京大話法」「学閥」「権威主義」といった政策のまやかしツールによって洗脳されている証拠、
これが「邪馬台国」論争です。
古代の人々は、末世の時代の世の中を写す鏡として、「魏志倭人伝」を残したのです

ご覧のように、御用学者たち、学界の権威者たちは、日本人の愚民化に成功しております。
権威者たちは、この愚民化政策が永続できるように、教育システムを、より退屈に、より不毛に、より非能率的にと、腕によりをかけて推進してきました。
お陰様で、一億総白痴化がすっかり出来上がりました。
50余年前に、既に、評論家の大宅壮一氏が、新制大学を評して「駅弁大学」と言っておられましたが、まさにご指摘の駅弁大学に在学中だった身としては、「駅弁」とは、随分控えめなコメントで、実際は、その詰め合わせの中身はどれも超薄っぺらで、食欲もおこらず、栄養にもなりかねるものばかりであることを実感していました。
法学部や経済学部を出た友人たちは、それぞれ、「阿呆学部」「不経済学部」と言っておいででした。

大宅壮一氏は、また、テレビを「一億総白痴化の利器」とも言っておられましたが、今日の日本のテレビ界の状況を見て、それに異を唱えることのできる人はいないはずです。まさに、正鵠を射た発言であったと言えます。
毎日々々、あれがうまいこれがおいしいといったたぐいでお茶を濁した低能番組が幅を利かし、企業も低俗番組に惜しみなく金と時間を提供するという愚を犯しています。

では、日本文学についてはどうでしょう。
「文芸春秋」主宰の芥川賞は、日本文学界の高峰と権威づけられておりますが、わたくしは、高校生のころから、それを懐疑的に見ていましたから、2,3作品を除いて、ほとんど読んでおりません。
しかし、先日、2013年度の芥川賞受賞作品「abさんご」を読んでみました。
作者の黒田夏子さんが75才という高齢でデビュー、わたくしと同世代の方なので、読んでみたのです。
が、その作品の、もって回ったもの言いには、正直、うんざりしました。精神の輝きと言ったもののかけらも見当たらない作品です。
老人人口が多いので、タイムリーな異色老人の話題で、売り上げをのばそうという「文芸春秋」側のそろばん勘定が見え見えの選考です。
今日の日本文学の不毛の象徴ともいえる作品です。芥川賞も完全に終わっているという観を強くしました。
しかし、この「abさんご」には「蓮實重彦・東大元総長という権威者」の「絶賛」というお墨付きがあるとか。
「東大話法」の権威者の威力とはすごいですね。一億の国民を総白痴化するパワーを有しているのですよ。

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コメント
ご無沙汰しておりました(^^ゞ
ずっとインターネットの世界から身を引いておりました。
今やスマフォ&タブレットなるものが子供の世界では常識になってます。
文学読むのも電子書籍の世の中です。
今や小学校でも中学校でも試験的にタブレットを使った授業を展開してます。
一応横文字にも強く、PCの扱いも慣れた自分なら孫の社会になってもついてゆけると
思っていた自信が揺らいでおります。

机上で頭でっかちになってゆくばかりでしたので、刑事ではありませんが、
現場百回自分の足で日本を見つめたく散策の多い日々を過ごしておりました。
KOO様のように海外のあちこちに飛ぶ事は出来ず、近場ばかり。 

おまけにKOO様の指摘されたグルメが目的であったり、
ダイエット効果もなく恥ずかしい限りです(笑)

この章は、KOO様特有の辛口トークがさく裂して愉快になり、
久しぶりにコメントしたくなりました。

私はちょうどこの間、TVで同じく芥川賞を受賞された平野啓一郎さんの対談を見ました。
この方はネット社会で人間が多面的な顔を持つことを肯定するような「分人主義」という
あり方を提言しています。 

昔なら上下関係のきつい中、上手に立ちまわって自分を変化させていた
なんでもないことを今風に指摘しているこの作家に少し興味を持ちました。
文字離れの現代社会でブログやツイッターを発信して販売部数を増やすなど成功しているそうです。
「abさんご」はKoo様のおかげで読まずに済みそうです(笑)
2013/04/26(金) 02:17 | URL | シーター #-[ 編集]
シーター様 お久しぶりです
おひさしぶりです。

> ずっとインターネットの世界から身を引いておりました。

わたくしもインターネットの探索ではなく、京都や奈良を探索したいです。
賀茂神社、松尾大社、八坂神社、住吉大社・・・探索したいところだらけです。
シーター様がうらやましい!!!

> この章は、KOO様特有の辛口トークがさく裂して愉快になり、久しぶりにコメントしたくなりました。

これでも、よっぽどおさえて表現しているのです。さもないと、自分の顔に唾が落ちてきますからね。

でも「権威者」とくに、古代史、歴史の学者たち、「古事記」「日本書紀」「魏志倭人伝」に絡んでいる学者たちより、シーター様のほうが格段にレベルが高いことがやがて世間に知れ渡る日が確実に来ますから楽しみにしていてください。
彼らは、100の事実を見聞きしても1すらも理解できぬか、さもなければ知らぬふりをする卑怯者かのどちらかですが、シーター様は1を聞いて、ただちに10を悟った方です。

2008年9月に「驚愕したのは、浦島太郎とタウロスの関係です」とコメントしてくださったことを覚えています。
彦穂々手見命=浦島太郎がタウロスであり、トロアス、すなわち、アトラス(聖書製作者)であること、それをファイストス円盤が証明することに結びつく重要な場面でした。こんなに早く、喜んでくださるとは予想していませんでしたから、あのときは、ほんとうに驚くやら嬉しいやら・・・でした。
あれから4年半にもなるのですね。
その間、クレア・ワトソン女史のファイストス円盤と星座やアルゴー船や金の羊毛との関係が浮上して、わたくしの説を裏付けることとなりました。
アルゴー船の話題はシーター様のお父様がお好きだったとか・・・。


ここらで、もっと解かりやすく整理して書き改める必要がありますね。どうか、ご意見をお寄せくださいませ。今後とも、よろしくお願い申し上げます。


2013/04/29(月) 00:16 | URL | 「考古学の再検証を!」 提唱者 #-[ 編集]
No title
ここまで読み進めました。
公さん、生きていますか?

正直、外国語の様な古代文字や和歌・古文を読むのは苦手なので、読み飛ばして現代語で書かれている説明文を読んでいます。検証されたことを、私が再検証しても意味が無いので・・・。

こちらのページで書かれていることが、日本ピラミッドを発見した酒井勝軍も知り、戦争前後の時代にとりつかれたように日本のピラミッドの探索に励んだのだなぁ・・・とも、思います。

そうそう、知り合いの霊能力を持つヒーラーさんも、難しいことは分からないけど日本がキーポイントになるだろう・・・と感じていたようです。

では、記事を読み直します。
貴重な記事を、ありがとうございます(^^)
2013/07/02(火) 20:14 | URL | 古代史初心者 #-[ 編集]
Re: 古代史初心者様
> ここまで読み進めました。

熱心に読んでくださって、有難うございます。

古代人のメッセージを解読しつつ、検証しつつ、まとめ上げて発表するということは、素人、それも、毎日の雑事に追われている主婦にとっては、たやすいことではありません。
何度も、プロの編集者に助けてもらう手はないかと模索しましたが、高額の手付金を提示されるばかりで、さっぱり埒があきませんでした。
今でも、有能な編集者が手伝って下さったら、どんなにか読みよいものになることか・・と、嘆いています。

でも、ここまでに、現地にも足を運んで検証できることを検証し、他者の研究を参照し、という作業に加えて、一千冊以上の資料を買い込み、無駄なコピーだけでも数万枚・・・乗せたい写真も1千枚は下らない・・・といった過程を経ています。
この研究で作ったファイルは2百冊以上です。例えば「石器時代の武器」「青銅器時代の武具」「古代文字」「巨石の切り方、運び方、積み方」「イエス研究」「キュリー夫人とアインシュタイン」「原爆製造の過程」「キリスト教布教とアヘン」「戦争史」「宗教史 日本編」「秘密結社」・・・・というものまで含まれます。

書きたいこと満載のなかから、これだけはというものを選択してブログに発表したのですが、海洋生物の知識のないわたくしが鯨を説明しているような歯がゆさがあります。
読む方はなおさらはがゆいことでしょう。

ここまで、通し読みをしてくださった方は非常にまれです。そして、コメントを下さった方は更にまれです。
どうか、どうしたら、一般の方々にもっと興味をもっていただけるか、ご意見をお寄せいただけるとありがたいです。




2013/07/03(水) 11:18 | URL | 「考古学の再検証を!」 提唱者 #-[ 編集]
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