与那国島沖の海底遺跡が世界史のどこに組み込まれ得るかという問題は未解決の分野です。 せっかくですから、この巨大なテーマを、自由な発想と柔軟な心で考察する(ブログ上の)素人学会ができれば・・・と夢みています。

12 御神興と契約の箱の謎

12 御神興と契約の箱の謎

御神輿の刻印と申命記31章

御神輿


富津市鶴峯八幡神社 神輿
千葉県富津市 鶴峯八幡神社の御神輿 

御神輿の図から辿る
ファイストス円盤の両面を調べていて、日本のお神輿によく似ている刻印をに目をとめました。

この「御神輿」のような刻印と、「エホバ民」という言葉がファイストス円盤上に存在するのは、この「御神輿」を手がかりとして聖書の民と日本との関係を照合するように示唆しているのではないかと考えました。

御神輿と契約の箱が似ているということは、以前からよく指摘されています。御神輿は他の国では見かけないものです。
ついでに言えば、自国を「神国」という国も日本の他にはありません。
「契約の箱」の中には、神器、即ち、「マナの壷」「十戒の石板」「アロンの杖」が入れられていたといいます。
一方、日本の神器は、「御正体鏡」「勾玉」「草薙の剣」の三種です。
そして、御正体鏡=御霊代を入れる器は「御樋代」という黄金の灌で、これを載せるのが「御船代」です。
そして、契約の箱のことを、古代ヘブル語で「舟」といい、英語でも、Ark(アーク)と言います。ノアの箱船で、祖先が救われた故事にちなんで、「契約の箱」を「アーク」と呼ぶとのことです。


契約の箱
出エジプト記25章には、「契約の箱」についての詳細が記されています。

契約の箱の蓋に「翼のあるケルビム」が付けられることが、聖書に書かれていますが、
お神輿には鳳凰が取り付けられています。
そして、契約の箱の大きさを測る単位は、何故か、キューピットで表されています。
ケルビム=キューピットと日本の関係については先に述べました。

契約の箱の、
 長さ2キューピト半(1、1メートル強)、
 幅1キューピト半(約66センチ)
という数値が聖書に書かれています。
この「5対3」という比率から、「5対4対3」の三角形の「ピタゴラスの定理」や幾何学の結晶であるピラミッドを連想します。
さらに、日本のお神輿の屋根はピラミッドに似た形をしています。

ピラミッドの冠石をベンベン石といいますが、ベンベンとはフェニキアのことであり、フェニキアのシンボルのフェニックスは、お神輿の飾りの鳳凰と一致するのです。
ベンベン石
ダハシュールのアメンエムハト三世(紀元前1849~1801年頃)のピラミッドの冠石であったといわれている石

アメンエムハト三世のベンベン石に刻まれているのは、「有翼の円盤」と「目、まなこ」、契約の箱に収めてあったのは「マナの壺」すなわち「マナ壺(まなこ)」です。ベンベン石と契約の箱そして神輿は深い関係がありそうです。
そして、この「翼」は、日本列島をシンボライズしたものではないかとわたしは思うのです。

そこで、「聖書」から、契約の箱にかかわる手がかりを探してみますと、次の預言に目がとまりました。

「申命記」31章 遠い未来に契約の箱が果たす役割  

「申命記」31章のモーセの預言は、誰に向けたものか
「申命記」31章には、モーセが神の民に「遠い未来」についての預言を遺言している場面が記されています。
「神の民が神に背くことが予想され、そのとき、神の民が神を消失させることを、モーセが予見している」と預言しているのです。
この「申命記」31章は、「申命記」33章の「モーセがメッセージを与えるシーン」と、「創世記」48章、49章の「ヤコブが民の長を集めてメッセージを与えるシーン」と密接にかかわっている重要な場面です。

「創世記」48章、49章や「申命記」33章のメッセージが「ファイストス円盤」に計り知れない付加価値を与えるために備えられたものであることを、彦穂々手見命にまつわる項目で説明しました。
「申命記」31章も、それらの章と連動して、終わりのとき、即ち、「At last遂に」わが国民が集うよう要請している預言なのです。


 「申命記」31章  抜粋
  この民は外国の神々を求めて姦淫を行い、 
  わたし(守護神)を捨てて わたしと結んだ契約を破るであろう。
  そのとき、この民に対して私の怒りが燃え、彼らは捨てられ、 
  わたし(恵穂葉)は顔を隠す。
  
  すると、民は焼き尽くされ、多くの災いに襲われることになり、 
  大災厄に襲われるのは、私たちの内に神がおられないからではないかと云おう。
  彼らが食べて満ち足り、肥え太り、他の神々に仕え、
  わたしを侮って、わたしとの契約を破るからである。
  そして、多くの災厄と苦難に襲われるとき、 
  民がこの詩を忘れなければ、これがわが民に対する証言となろう。・・・ 
   
  この律法の書を、あなたたちの神、主の契約の箱の傍らに置き、 
  あなたがたに対する証言としてそこにあるようにしなさい。
  
  わたしはあなたがたが頑なで、背く者であることを知っている。
  私が今日まだ共に生きている時すら、既にあなたがたは主に背いている。
  わたしが死んだ後は、なおさらであろう。
 
  あなたがたの民の長老と役人をすべてわたしのもとに集わせよ。
  私はこれらの言葉を語り聞かせて、
  天と地をあなたがたに対する証人とする。 

モーセはここで、ヤコブ=イスラエルの十二部族の長たちを集めて言っているのですが、遠い未来の子孫たちに向けて説明していることは明らかです。

それにしても、「申命記」31章のこの内容は、数々の大災厄に見舞われ、「わたしたちのうちに神がおられないからであろう(神も仏もない)」とおなげくような世の中になるだろうと予言しているのですが、これは、「二十世紀からの現代日本の国情にぴたりと的中しています。
そして、「古事記」の伊邪那美命の黄泉行きの原因が「神避り」だったことと規を一にしている預言です。


「長老と役人を全てわたしのもとに集わせよ」

民の長老とはだれか
モーセの「申命記」31章の預言、「あなたがたの民の長老と役人をすべてわたしのもとに集わせよ。」という言葉は、「宗教家」と「政治家」の上層部に宛てたものだということがわかります。そして、「役人たち」にも自覚をうながしていることはあきらかです。
国民の「多くの隣人」が、職がなくて、明日の食べ物にも困っているというのに、多額の年金の権利をがっちりと確保している役人たちが、国民の税金を自分たちに還流するバイパスばかりをつくることを業務とするという恥知らずの行為を繰り返しているのも、国民の積み立てた預貯金や年金などを、観光事業や、投資という、専門を外れた難しい事業にやみくもに投入りして、元も子もないようにしているのも、外国に法外な海外援助金を垂れ流しに振る舞うのも、これら「長老たちと官僚たち」の、はなはだしい心得ちがいが元凶となっているのです。

こうしたことは、経済面に限りません。
「外国の神々を求めて姦淫を行い、守護神を捨て去り」とは、外国の宗教を国民に開放して、これに宗教の自由というお墨付きを与えて、例えば、オウム真理教のような詐欺を野放しにし、宗教の隠れ蓑を着た情報と金に収集活動である諸外国の宗教に便宜を提供し、英国をはじめとする欧米の戦略に与して、「現人神神像」を創作して拝ませたりする宗教体制を敷衍しているのですが、これらの宗教体制はみな、「簒奪」への参道であり、その道の深奥には、守護神恵穂葉の代わりに「利権と金」にまみれた偶像を鎮座させているのです。
こうした行為が、「守護神エホバを捨てて外国の神々と姦淫をする」と預言されているのです。

こうしたわが国の宗教体制からは、「国民を守る」あるいは、「国民を善導する」などという発想は見えてきません。

また、与那国島海底遺跡などの真相追求に取り組まず、国民にその価値を教える気配もありません。3600年も昔のファイストス円盤などが日本語で書かれていることを、一切無視して通す文部省の役人たちの罪もかなりなものです。・・・・
日本において、文化の質がとめどもなく落ちているのは、本屋の店先を見れば一目瞭然です。
ここ、私のブログで取り上げた木村鷹太郎という類いまれな先見者を、寄ってたかって「愚者」扱い、「狂人」扱いをするように仕向け、そうした愚劣な学者たちを養成して、大量に世におくりだして、大衆の愚民化に寄与するよう日々勤めている文部省が、文化勲章を授与するなどとは笑止千万なことです。

なぜこのような情けないことがおこるのかといえば、「日本は、この百年間というもの、欧米の資本家たちの経済植民地」だからです。「奴隷の身分」だからです。
彼らは、自国の歴史が「アメリカ」などよりも、はるかにグレードが高いなどとは、口に出せないばかりか、自国や国民の美点すらも見抜けず、自国を擁護することなど考えもしない国際資本家の「犬」や「豚」に成り下がっているからです。
これは、私の発想ではありません。ちゃんと聖書で預言されていることです。

「イザヤ書」56章
  見張り(高いところにいる人々)はみな、盲人で、知ることができない。
  彼らは、おしの犬で、吠えることもできない。
  夢見心地で横になり、惰眠を貪っている。
  この貪欲な犬どもは、足りるということを知らない。
  みな、自分勝手な道に向かい、残らず自分の利得に向かって突き進む。
  
今の長老、即ち、宗教家と政治家たち、そして高級官僚たち、学者たちを、数千年前に、みごとに活写している預言です。
そこで、もう一度、モーセの遺言を掲げておきます。


申命記31章のモーセの預言の要点
  この民は外国の神々を求めて姦淫を行い、
  守護神を捨て去り、神との契約を破るであろう。
  
  すると、この民は見捨てられ、神が顔を隠され、 
  この民は焼き尽くされ、多くの災いに次々襲われる。すると、
  この民の内に神がおられないからなのではないかと思い始める。
  そのとき、これがわが民に対する証言となる。 
  この律法の書を、守護神恵穂葉の契約の箱の傍らに置き、
  あなたがたに対する証言となしなさい。

  あなたがたの民の長老と役人をすべてわたしのもとに集わせよ。
  私はこれらの言葉を語り聞かせて、
  天と地をあなたがた(神の民)に対する証人とする。 




天地をあなたがたの証人とする

日本民族の神話および歴史は上天に掲示し地球に記載ある
これこそが、木村鷹太郎氏が「日本太古史」博文館(明治45年刊)の序で述べている見解と同じです。
もう一度掲載します。  

  日本民族の神話及び歴史は、
  上天に掲示し地球に記載しあるものに非ずして何ぞや。
 
  聖書の言を借りて日本太古史を形容せば、
  もろもろの天は神国日本の栄光を顕し、
  蒼穹は日本民族の歴史を掲ぐ。
  この日言葉をかの日に伝へ、この夜知識をかの夜に送る。
  語らず、言わず、その声聞こえざるに、
  その響きは全地にあまねく、その言葉は地の極にまで及ぶ。」

  古来、世界に国を成せしものゝ歴史は少なからずといえども、
  これを日月星辰に掲示し、
  山川江嶽国土市邑に記載せる大歴史を有せる民族は
  日本民族を外にして果たして何れにかある。

  日本民族は文明世界の最太古民族なり、日本語は最太古語なり。
  古典研究には古語を知るを要す。文献学の首脳は言語にあり。
  実に言語の力は偉大なるものにして、実に神と称す可ければなり。

そして、この天地の証明については、「ギリシャ神話」は星座神話を以って歴史を語らせ、エジプトやクレタ島の地の発掘物にも語らせ、そして、今、与那国島海底遺跡これに加わって、太古史を語り始めています。

「古事記」の伊邪那美命=日本列島=イヴであることが、大地と地図で証明できることで、その役割を果たしていますので、「古事記」「日本書紀」の功績は計り知れません。
「古事記」「日本書紀」が、7、8世紀に創作されたものだと言うことは不可能になりました。
それは表面上のカモフラージュに過ぎず、その根幹部分は、「聖書」および「ギリシャ神話」と密接に連携しているのです。
これはもう、一つのマスタープランに基づいて構成されたものだと言えるでしょう。

それにしても、なぜ、太古の預言者たちやモーセは、天と地にわが国の歴史を語らせる必要があったのでしょう。
そして、なぜ、民の長老(国会議員と宗教界の長老)と政府の役人を集めて「天地に語らせる」と予言しなければならなかったのでしょう。
それは、文書だけで残すと、民の長老たちと政府の役人が、握りつぶして、黙殺してしまうからです。
握りつぶすことも、黙殺することも不可能な、巨大なスケールの「歴史書」を残しておいた先祖たちの知恵には、ただただ驚嘆するする他はありません。やはりこれは神智というものが、この世に存在する証であると申せましょう。



契約の箱と契約書

神の民のタイムカプセル
契約の箱とは、神と神の民との間に取り交わされた契約に付随するものなのですが、モーセのこれらの言葉から見ますと、アイデンティティーを無くし、心のよりどころを無くした神の民にアイデンティティーを取り戻させることや、反省して、国の再生をはかることを目的としていることがわかります。
契約の箱は、証の箱、しるしの箱とも書かれています。神民のアイデンティティーの証です。

そして、ファイストス円盤は「聖書」の預言や「古事記」「日本書紀」とリンクして、わが国の歴史を物語るのですから、これは、明らかにタイムカプセルとして製作されていることは明らかです。
日本民族の歴史のミッシング・リンクを繋ぐ目的を立派に果たしているのです。
そして、こうしたタイムカプセルが、こころのよりどころをなくしている私たち現代の日本人のためにつくられていることを知ること、そして、古代の預言者モーセの真意を汲むことは私たちの急務といえましょう。

「ファイストス円盤」の神輿が、世間に知られている「契約の箱」の形状ではなくて、日本の神輿そのものであったことも、従来の、西洋発の発想を見直さざるを得ないと言えそうです。
ここまで、証明してきた事柄からしても、「聖書」は日本人の先祖たちが書いたものであることはあきらかです。


この預言を重視して、私は自費出版の「日本の謎と聖書の謎」と「政府は、日本の古代史の洗い直しをすることを検討するように」という「陳情書」を携えて、衆議院議員会館に足を運び、有力な議員さんたちの秘書氏に託しました。
しかし、数年を経るも、一言半句の回答もいただけません。(しかも、その議員の方々のうちの3人までもが、昔、私が7年もの間、電話番兼お茶汲みをつとめていた派閥の長の議員の子息や孫であり、本を持参した後に就任された方々は合わせると、2家族で「合計5人の総理大臣」を輩出した!!という奇しい御縁があるのです。
私をたまたま、そのような派閥の長、岸信介氏の「十日会」事務所(赤坂プリンスホテル旧館2階)、その後継者福田赳夫氏の「党風刷新連盟」(赤坂プリンスホテル旧館2階)に置かせて、派閥政治をつぶさに見させられたのは、神計らいだったのだと思って、その息子議員や孫議員の事務所に参上して、書籍と陳情書をお渡ししたのですが、その議員氏や秘書氏にとっては、ただの塵にすぎなかったようです。


日本は、きわめて自虐的歴史観の元でアイデンティティと自尊心をすっかりなくして、指針を見つけることなくやみくもにうごめいています。
父祖のなしたことを、全てネガティブにとらえて、殆ど評価しない者に、本当の価値感が育つでしょうか。価値感がずれてしまっていては価値あるものは生み出せません。やっていることは、すべて塵や芥のたぐいになってしまうのです。

しかし、「わが国の歴史」を誇ることを目的として預言が備えられているのでもありません。むしろ、飲み食いと娯楽にしか関心を払うことのできなくなった奴隷根性の我々を浮き彫りにして見せるためにも預言書は書かれているのです。
たとえ恥が明るみにでても、「事実」を把握し、守護神恵穂葉のもとに帰還するならば、安寧と栄誉が保証されるということを訴えたいのです。事実をありのままに見つめ、「反省すべき点をキチンと整理して、国土国家修復に向けて行動させるような指針が見つかれば・・・と願っているのです。

国民が、この預言者たちの指針にそって歩みを変えることをしないで、文献学者たちのように、ただ自画自賛するにとどまっていれば嘲笑を買うだけです。
それでは事態を改善することは不可能でしょうし、そんなことをすれば、わが国を永劫の混迷に陥れることになりかねません。自国民がまず、なぜ「植民地の奴隷」になってしまっているのか、反省して、国土の荒廃を改善し、行動の手本を示した上で、「日本が、世界にさきがけて恵穂葉神と和解し、守護神に帰依したことで神の麗しいエデンの園が復活し、次いで世界平和が成就する」という世界の実現、これが神計らいです。

某元総理大臣のように、私の研究を「孫引き」した側近の入知恵で、「美しい国日本」などというスローガンをかざしたところで、この国の荒廃の勢いを防ぐことは不可能です。
「守護神恵穂葉」のご認証なくしては、成り立たないからです。
この世界の混迷、日本の混迷から抜け出す道は、恵穂葉神に日本国の守護神として帰還していただく以外にはないからです。
エホバの証人にも、このことを訴えたいと思います。なぜなら、あなた方の組織が、聖書の奥義を知っていると主張しているのは「偽証」だからです。

わたしは、この私の研究を、正しいと主張しているわけではありません。せめて、検証してくださいと願っているのです。
こうしたブログを経て、改めて、「国が率先して、自国の歴史の洗い直しの検討をはじめるように」との要望を表明する手段としてこれを書いているのです。
みなさまも、もし、ご賛同くださるならば、選挙区の代議士のところへ、このDVDを送って、守護神の検証、日本国の歴史の検証をするよう陳情してください。


恵穂葉神に帰依するための、予備知識として、モーセの率いた民の「出エジプト」の時、神と交わした神の民の「契約」の内容がどにようなものであるのか、その「根本」について説明しておきます。



十戒 神と民との契約書

契約書の内容
神の民と神との契約は「十戒」に盛り込まれています。
モーセが編纂したといわれる聖書の大きな特色は、「神と神の民との間」に取り交わされた契約の内容が語られていることです。
神の国とは、その契約で結ばれている国のことですから、「国際問題」「エルサレム問題」を語るにも、「神の国問題」を語るにも、まず、その契約書である十戒の真意を把握することから始まります。

この契約、即ち、律法のテーマは、「神と人間」との関係ですが、十戒の前文には、「私はあなたの主、神であり、あなたをエジプトの地、奴隷の家から導き出した者である。」という前文がついています。このフレーズは、どの条文にも付帯しているという重要なものです。

  私は、あなたの神、主であり、
  あなたをエジプトの地から、奴隷の家から導き出した者である。
  もし、あなたがその私の愛を知っているなら、自分のための偶像を作るはずがない。
 
一 あなたには 私以外の神々があってはならない

二 あなたは あなたがたのための偶像を創ってはならない。
  どんな形であれ偶像を創ってはならず 拝んではならず、それらに仕えてはならない。
  あなたの神エホバは ねたむ神である。(すなわち、他宗教からねたまれる神である。)
  わたしに敵対する者には父の咎を子に報い、三代四代にまでおよぼし、
  わたしを愛し わたしの命令を守る者には、その恵みを千代にも及ぼす。

三 あなたは あなたの守護神の名をみだりに唱えてはならない。 
  神は 神の名をみだりに唱える者を罰せずにはおかない。 

四 安息日を覚えて これを聖なる日とせよ、
  6日間働いて あなたの仕事を務めなければならないが、 
  7日目は神エホバの安息日である。ゆえに あなたは仕事をしてはならない。
  あなたやあなたの息子や娘も、あなたの男奴隷や女奴隷や家畜も、 
  そして あなたの地域内の在留異邦人も同様である。
  主が6日のうちに 天と地と海および全てのものを創り、7日目に休まれた。
  それゆえ、主は安息日を祝福し、これを聖なるものとされたのだから。
 
五 あなたの父母を敬いなさい、主の与えた地での齢が長くなるためである。
六 殺してはならない。
七 姦淫してなならない。
八 盗んではならない。

九 あなたの隣人にたいして偽りの証言をしてはならない。
十 あなたの隣人の家を欲しがってはならない。
  隣人の妻 或いは 男奴隷や女奴隷や牛や馬やろば等すべて
  あなたの隣人のものを欲しがってはならない 

モーセの十戒の一から四までは、神との契約書であり、
五から十までは、社会生活上の罪悪や倫理についての掟です。

しかし、十戒の契約内容を、聖書の「創世記」から「ヨハネの黙示録」まで通し読みした後に、もう一度「十戒」を読めば、理解し得ることがあります。
それは、十戒の五以下の、姦淫、盗み、偽証などについての記述も、まず、「神と神民との間の契約」を云っていることがわかるのです。

言い換えれば、「一から十まで、すべて、神と神民」、「神と神の国」との間の契約書なのです。

聖書では、神の国を、あるときは「ヤコブ」、あるときは「イスラエル」という男性名で呼び、あるときは「シオン」という女性名で呼びかけています。
これは、神と「神の国」との契約関係を、人間社会で生じる愛や責任、背任、裏切りといった人間関係になぞらえて、具体的に正確に把握させ理解させるために講じられている「比喩」なのです。
国には、国民を養い、守るという女性的側面もあれば、率い、建設し、開拓し、戦わねばならないという男性的な側面もありますから、これを説明するのに男女名を使い分けて、比ゆで説いているのは、多次元のことがらをわかりやすく具体的に理解させるためです。
ユダヤ人たちが、「乙女シオン」と呼びかけるとき、それは、国のことであるのを見れば、一時が万事であることを悟るはずです。

五 「父母を敬え」とは、父なる神(天)と母なる大地や母国を尊べということ。
六 「殺してはならない」とは戦争を仕掛けてはならないこと。
七 「姦淫をするな」とは、エホバ神を捨てて、外国の神(軍神)や、
  「自分たちで捏ね上げた偶像崇拝」に陥るなということ。
  預言者たちは、偶像と姦淫をして零落してゆく神の国に、「どうして遊女になったのか、忠信だった都が。
  公正と正義があふれていたのに、今は人殺しばかりだ。(「イザヤ書」1章)」と語りかけています。
  これによって、その趣旨が明確に分かるはずです。

八 「盗むな」とは、預言、神の家(国)、神の民を盗むことなどの禁止令。 
  中東発で起きている、終りの見えない三つ巴の紛争は、神の国の預言を「盗んだ」ことによる罰です。 
 
九 「偽りの証言をするな」は、盗んだ預言、虚偽の布教を禁じる掟。
  「これらの預言は、本来日本のものである。」と証言しないことは、この条項の掟を犯すことになり、  
  これも国に災厄を招く要因となります。

十 「隣人の家を欲しがるな」とは隣国の宗教や神の国や領土を欲しがって、植民地化政策をするな、   
  そこの住民を奴隷化家畜化することを望むなということです。
  朝鮮半島や満州を欲しがったばっかりに、日本は、いまだに、その後始末に苦渋しています。

十戒の「男奴隷、女奴隷、牛、馬、ろば」などの言葉について、端的に言えば、住民や他国民を奴隷や牛馬のように使役する政策、すなわち簒奪のための植民地政策を戒めるために使われている言葉です。

イエスは、神の民を「羊」に喩えて哀れみましたが、一方では、支配者たちを「犬」「狼」「豚」あるいは「強盗」「盗人」と糾弾されました。
こうした比喩はすべて旧約聖書に於いてすでに書き尽くされていますし、そのほかに、「牛」「馬」「ろば」「ライオン」「鳥」「蛙」「蛇」「魚」「いなご」、あるいは、「青草」「いばら」「やぶ」などに喩えられていることさえもあります。
  

「聖書」の神は、神の民を、奴隷の家から導き出した神である
この十戒の前文を心に留めて、聖書全体の用語を参照しつつ解釈しなければ、聖書が伝えたい真相が見えてきません。
たとえば、この十戒の四番目の安息日にまつわる戒めの意味するところは、千年王国の千年のことであり、神の栄光のため、また預言の成就のために、戦争や植民地政策をしてはならない期間のことです。

また、休みも休日も与えないような非人間的な雇用などを戒め、自分は安息日なので働かないが、雇い人は働かせてもよいなどというダブル・スタンダードを戒めたものでもあるのす。
「申命記」25章に、「正確なおもりと不正なおもりとを操って不公平を図ることを、神がいとわれる」と書いてあるのがこれです。
この戒めは、「終わりのとき」という時代に、金と仕事を最優先とするシステムが蔓延した結果、人々は奴隷、あるいは、牛、馬、ロバのような存在になりはてているということを見越して設定されているのです。

わが国の守護神恵穂葉神が、律法の各条項の前に「私は民を奴隷の境遇から救い出した神である」というフレーズがあることを私たちは忘れてはなりません。

この百年というもの、政府は日本国を欧米の資本家の植民地となし、国民を彼らの金儲けシステムに乗せて、百円均一ストアの商品のような画一的な奴隷人間形成に力を注いできました。
今日、日本人は一億総奴隷であり、総ロボットです。預言はこのことを、「人がひとりもいない」と表現しています。

恵穂葉神は、民を奴隷の境遇から救い出した神であるというフレーズが、この十戒の憲法、すなわち、神と民との契約書すべてについているということを軽視するなら、いわゆる形骸化した「立法主義」に陥ります。

この前文と各条項とをつき合わせて考えさえすれば、天皇や支配者や金持に手厚くして、一般人には粗末な対応をするダブルスタンダード精神の神社や寺院など、あるいは、「十字架か剣か」という二元論を操るキリスト教会などが恵穂葉神からいかにほど遠いものであるかを知ることができます。


イエスの説いた律法
イエスは、律法=十戒を説明して、二つに要約できると説かれました。
それは、上記の私の見解が正しいことを保証するものとなりましょう。

 神を愛することと隣人を愛すること。
 神の国とその義を求めること。

この二点をわきまえていれば、「これに付して、他の必要なことはすべて与えられるので、知恵を尽くし、心を尽くし、力を尽くしてあなたの神を愛しなさい。」とイエスは説かれました。
「十戒」を、「聖書」を、「預言」を、イエスは、このように解釈するようにと教えられたのです。
十戒が、人間社会一般の倫理としても欠かせない条項であることは言うまでもないことですが、この十戒の真意は、「神と国家」「神と人間」の間が義と愛で貫かれていれば、人間の倫理もそれに付随して正しくなるという二重構造の論理になっているといった方がより正確です。

神に対して、敬虔さがあった時代には、今日のような、毎日毎日殺人事件と詐欺事件ばかりという世相ではありませんでした。無責任かつ愛のかけらもない宗教と政治が、無責任で愛のない世相を作り出すのです。

「十戒」は、何にもまして、まず、神の国へのメッセージとして備えられているということを知っておく必要があります。

そして、イエスの預言の真意は、神の民に神の御名を明らかにして、守護神を敬わせるようにして、名実ともに「神の国となり、エデンの園の麗しさと栄光を取り戻すように」という忠告です。
「古事記」は、それを国の修理固成(つくりかためなせ)と言う神命だと記しています。
現在のいわゆる「神の国」は「政治家たちの道具としての”天皇の国」”という意味で構成したものなのです。天皇は、日本国守護神の祭司だったという立場を踏み越えておられます。これを改めて、国民に真の守護神恵穂葉神を敬わせるようにお変わりこなることが急務といえましょう。

「恵穂葉神が日本の守護神である」ことを、このまま黙殺して、恵穂葉神を背後に隠したまま、即ち、恵穂葉神に背を向けたまま突き進むならば、二千年昔の中東のエルサレムの轍を踏むことになりましょう。
二千年前に、エルサレムの王、大祭司、住民たちは、イエス一人を抹殺すれば、今までどおりやってゆけるとばかり葬りました。それは、神計らい、預言どおりでもありました。
二千年後のために、「悪い前例として提示するために」です。
そして、恵穂葉神は、悪事をやめないエルサレムを抹殺されました。
日本も、この預言を無視して抹殺すると同じ運命を辿ることになります。そして、今度は世界も日本と同じ運命に陥ります。


人間は、永いタイムスパンで物事を考え、遠い未来を計る事が出来る唯一の生物ですが、人間に計り知れない害をもたらす核開発をしたり、無意味な「カミオカンデ」設備を作ったりするなど、先のことや隣人のことを考えない人々にノーベル賞や名誉が与えられる世の中になり、・・・「一寸先は闇」の世となりました。
そんな現代人にかわって預言者たちが「数千年というタイムスパンで、未来の子孫のために、ここまで配慮して対処策を講じていた」というのが預言書の真相なのです。



日本のアイデンティティー
日本のアイデンティティーを明かすのは聖書!!

11 アダムとイヴ(イザナミ)は「外八州」と「内八州」    
12 御神興と契約の箱の謎   このページです。
13 日本のアイデンティティー
14 賢木と命の木
15 神の国の門
16 七つの封印の書物
17 二十世紀のミレニアム戦争と日本
18 24ヶ月間踏み躙られると予言された国
19 神の栄光と審判が顕われる!
20 御名を尊ばずにはいられない
21 大いなるバビロンへの審判
22 守護神への帰依

以上 神の国の謎 又は 日本のアイデンティティー
 

23~は、神国を明かす「日本側の証拠」についてです。



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話の種

アメリカのボームの子供向け小説に「オズの魔法使い」というのがあります。
主人公のドロシーのお供をすることになるのが、
 
  知恵のない案山子、
  心のないロボット、
  勇気のないライオンです。

この三拍子揃えて、竜巻のような世界情勢に翻弄されているのが今のわたしたちです。
イエスが、「知力を尽くし、心を尽くし、力を尽くして」といわれたことの重要性をあらためて感じる今日この頃です。


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コメント
謹賀新年
明けましておめでとうございます。m(。-ω-。)m 
_| ̄|○ ゜+。:.゜今年もよろしくお願いいたします゜.:。+゜ ○| ̄| _
ご家族で良いお年を迎えられたことと存じます。(^▽^●)
年末からお正月はやっぱり忙しくなかなかコメントできなくて。。
昨年は、Koo様のブログを発見いたしまして、
画期的に勉強意欲を燃やすことができました(笑)
市井の主婦とKOO様はご謙遜していらっしゃいますが
とてもKOO様の足元にも及ばぬ自分を痛感しております。
今年はKOO様の実行力を見習って、2つの事に挑戦しようかと。。
ある国家試験を受験することとダイエット(*⌒∇⌒*)ィェ‐ィ♪
受験はだれにでもできますから、ダイエットの方が難しいだろうなぁ(-ω-ゞ
さて、聖書はよく知らないけれども、十戒も、主語を間違えると全然意味が違ってきますね。
KOO様の解釈で、今まで押し付けな戒律が、大分好意をもてそうですww 
貴著に解説されていたのかどうか、もう一度読み直しますが、
わたしは妬む神の箇所も大変好ましくない部分ですが、
これもそのままの意味ではないのでしょうか??

邪馬台国エジプト説でも、国語力の違いでとんでもない方向にいってしまいますねw 
年代においても、神武天皇即位紀元法でゆくと、まんざらずれた年代にならないのでは??
『魏志・倭人伝』ばかりにしか、日本古代史を解く鍵がないなんて情けない話ですよね。
「中国正史」の『梁書』が日本古代史の定説と異なるということで無視されているらしいですよ。
正月TVで、ピラミッドの事をしていましたが、実は中南米の文明がかなり気になります。
今年も、ますます訳が分からなくなりながら、KOO様のブログを参考に
視野を広げてゆきたいと思っています。
2009/01/05(月) 03:32 | URL | シーター #-[ 編集]
大変な作業ですね。
お疲れ様です。

2008年は自分が奴隷だなんて気づいていませんでした。

今は確かに都合のよい奴隷状態だなと自覚もできましたが、日本人はもともとストイックで向上心が強いので良い修行になっていたとも思います。

洗脳されてきたとはいえ、自分で考えることをしなかった因果応報のようにも感じますし、支配層を恨むことはお門違いなような気がします。

とはいえ、ここから正常化しようと思うと支配層は大きな壁で厄介です。

一人一人が気づき、自分で考えられるようになったら、支配層にもどうにもできなくなるはずなんですが。

結局、今 負のスパイラルから抜け出せないのは私達が不甲斐ないせいで自己責任なのだと思います。

こうして、正しい方向性を示して下さる情報を公開していて頂けることは、みんなの助けになります。

神話まで回帰できる方は何割ぐらいでしょうね;ちょっと心配です。
2014/03/07(金) 18:14 | URL | あいしてる♪ #-[ 編集]
Re: 大変な作業ですね。
ここを、読んでくださって、ありがとうございます。
ぺりーが来航して、日本開港の(不平等)条約を交わして帰国して、「十字軍的遠征」に成功したと書いています。
それ以来、わたくしたちは彼らの囚われ人にと変性されつづけてきたのです。
その証拠には、山紫水明の日本が工場廃棄物の捨て場になってしまいました。
わたくしたちは生まれる前から、彼らに洗脳され続けているのですから、自覚がないのは当然で、手も足も出ません。
でも、心だけは自由ですから、立ち直るときが近いと思います。
2014/03/08(土) 17:39 | URL | 「考古学の再検証を!」 提唱者 #-[ 編集]
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