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与那国島沖の海底遺跡が世界史のどこに組み込まれ得るかという問題は未解決の分野です。 せっかくですから、この巨大なテーマを、自由な発想と柔軟な心で考察する(ブログ上の)素人学会ができれば・・・と夢みています。

日本のアイデンティティ 2


日本のアイデンティティと中国 2

中国のアイデンティティ 1

《发现夏朝》从文字演变和文献记载实证华夏文明起源 刘光保 著 という書籍が中国で、2018年元旦頃に出版されました。日本式の表記と意訳を添えて紹介します。

《発現夏朝》従文字演変和文献記載実証華夏文明起源 劉光保 著 
中国の謎「夏王朝」の発見 文字と文献の記載記事が華夏文明の起源を実証する 

B5小版 25㎝ 481頁 中国語48万字 日本語に翻訳されていません。
日本のアマゾンでの販売価格は8553円

その広告の記載の一部を意訳しておきます。

「華夏起源」「早期華夏」「夏史破訳」「従尼羅河(ナイル河)到長江黄河」「後夏風雲」の五篇 計35章。
インターネット上で公開されているエジプト考古資料の発見を用いて、漢字との対比を行い、約300の漢字と古代エジプト文字原形との考証をして、甲骨文字、金石文字等の漢字の変化過程と照合して調べあげて、エジプト初期象形文字との近似性を証明した。
また、中国古籍記載の記事と夏国王世系人名をエジプト古代史と照合して解読した結果、すべてが古代エジプトに確かに対応しており、関連人物・夏朝都市の変遷等、歴史事件もきわめて一致していることをつきとめています。
豊富な美しい図表および丁寧につくられた文字変遷の図表は読む者に、これらの「遺物研究」がいかに貴重であるかを充分理解させるものとなっています。


この書籍の出版後1年も経たないうちに、刘光保氏は、新たな二冊目の《共命之鸟·古文明符号与人类文明起源》を2019年に出版することを予告しています。

《发现夏朝》从文字演变和文献记载实证华夏文明起源 著者 刘(劉)光保氏は“兵策儒剑”というハンドルネームのブログを持っておられますが、“兵策儒剑”とは「儒教の剣による軍事戦略」という意味なのです。

その“兵策儒剑”のブログには、「《中华英才》2018年元旦号に、「刘(劉)光保氏の《发现夏朝》从文字演变和文献记载实证华夏文明起源が写真入りで掲載された」喜びを以下のように書き出しておられます。

《发现夏朝》登上红墙刊物《中华英才》2018年元旦号
転載《发现夏朝》登上《中华英才》杂志2018年第01期,成为“共命之鸟·安心工程”--构(構)建人类(類)命运(運)共同体项目推荐图书。终于证实“兵策儒剑是被收买”了!

「人類命運共同体・・・・」との言葉!!日本にとっては、これはどんな未来を意味するのでしょうか???

2018年の正月号「中華英才」という雑誌の表紙は「習近平氏」の大写しの写真、その御写真の下方には、次のキャッチコピーがみられます。

 習近平  在中央経済工作会議上発表需要講話 
 新年献詞 聚天下英才而用之 昂首闊歩邁入新時代・・・

「中国中の英才を集めて、世界を闊歩(かっぽ)する新時代が来た!!」と意気揚々です。

「中華英才」とは、中央政府直属の雑誌で、月2回発行、ハイレベルな中国や外国の人物、主要なニュース、科学と技術、教育、芸術、文化、健康、スポーツなどの分野をカバーしています。
雑誌の出版以来20年、「中華英才」は「現代の優れた人物を紹介し、改革と開放のプロセスの記録を紹介し、中国国民の精神向上をめざし、中国と外国の間の文化交流の促進に寄与する」という目的意識をもった非常にハイクラスな雑誌なのです。

2018年元旦号で、刘(劉)光保氏の《发现夏朝》从文字演变和文献记载实证华夏文明起源 が取り上げられ大きく紹介されたということは、その業績を習政府が重要視している証拠であり、中国政府が「夏王朝とはエジプトでの王朝であった」と公表していることになります。

世界史における古代中国の偉大な業績の本質が世界の人々に認識されれば、それは中国のブランド力を高め、国際的地位と発展をさらに高め、そして国民の自信を高め、愛党心を高め、「与野党」が「共命の鳥(二頭一身の鳥)」でであることを自覚させるのにで有効であろうとの意です。
また「世界と中国」も「共命の鳥」であるゆえに、「世界に、人類命運共同体の理念」を提唱、すなわち、「中国が推行している一带一路 国家戦略」に沿って各国との協力を促進するためにも・・・・実際的に計り知れない潜在的意義を持つであろうと言っています。
わたくしには中国語の素養がありませんので、以上は解る範囲の単語からの意訳です。

ひと言で云うと、「太古のエジプト時代のような強大な力と栄光を得たい!!!」・・と希っているわけです。
「再び偉大なアメリカに!」のスローガンを掲げているドナルド・トランプ氏と、「一帯一路の偉大な中国に!」のスローガンを掲げている習近平氏が張りあっている背景にはこういう事情もあるのです。
この巨大国 軍事大国 核大国の二巨頭が世界を賭けて争い続けたならば、世界はどうなるのでしょう。それこそ、ハルマゲドンの世界になりかねません。


刘(劉)光保氏の本の内容の大部分?は、“兵策儒剑”のブログで惜しげもなく公開されています。その「転載」もあちらこちらで、「只」で見ほうだいなのですが、日中間の漢字格差には悩まされますし、ネット翻訳は、あきれるほど酷いものです。
そのような中でも、このブログの魅力にとりつかれ、合計数十万字と延々と付き合っている間に、わたくしのパソコンは、どんどんおかしなことになって、今年4月に10万円以上を払って買ったばかりのラップトップパソコンには強烈なウィルスが幾つも住みつき、パソコンをリセットする寸前の域になっています。ネットサーフィンしながら他国のブログの閲覧するのは、要注意です!!

刘(劉)光保著《発現夏朝》従文字演変和文献記載実証華夏文明起源は、35章48万語に及ぶ書でありますので、間もなく79歳になろうかという私の脳では理解の及ばない部分もあります。
とはいえ、兵策儒剑こと刘(劉)光保氏の研究は「頭の下がる」真摯なものですので、丁寧に丁寧に拝読しました。説得力ある貴重な発見だと(わたくしでも)理解できるものも多々あります。
わたくしが既にこのブログで発表している事柄の中には、刘(劉)光保氏の記事中の幾つかの項目の内容を「深化させ得る」ものがあると思っておりますので、この辺で、刘(劉)光保氏にも、中国の方々にも、日本の皆様にも、「古代史」や「古代文献」が、もっと奥深いものであることを知っていただくために、このブログで、それらを書こうと思います。




「夏王朝」とは
「夏王朝」とは、中国最初の王朝と言われ、司馬遷の「史記」(紀元前90年頃の書)では、三皇五帝に次いで出現し、殷王朝に先立つと記されています。

しかし、殷遺跡からは、膨大な数の「甲骨文字」が出土していますが、他の場所からは文字資料の出土が殆どなかったという事情から、中国内での夏王朝の存在が疑われていたという面があります。
しかし、最近、中国で、急激に大量の発掘物が現われ、出土文献が増えたことにより、中国古代史は変わりつつあるというのが現状です。

中国政府は、1950年代に発見された河南省の二里崗遺跡(前1600年頃)と二里頭遺跡(前2000年頃)の遺跡から、殷墟よりも古い青銅器が見つかったことと、面積10万平方メートルに及ぶ、整然とした都市遺跡や宮殿らしき遺構が二か所見つかったことをもって、これを「夏王朝」と銘打っています。そして、義務教育などでは、この説を定説として教えています。
二里頭遺跡1号宮殿復元 (洛陽博物館)
二里頭遺跡1号宮殿復元模型 (洛陽博物館)
このような宮殿が2カ所あったそうで、そのうちの一つです。

日本のNHKなども、「中国文明の謎」 中華の源流 幻の王朝を追う という大がかりな特集番組を2012年10月14日に放送しました。この番組で、NHKは、河南省の二里頭遺跡が「夏王朝」の都であったと喧伝しています。

京都大学人文科学研究所の教授岡村秀典氏の著書「夏王朝 中国文明の原像」 2003年8月刊 の、宣伝用のキャッチコピーは、「発掘と新発見で明かされる中国最古の王朝。殷に滅ぼされたという伝説の夏王朝。古典籍の徹底的な洗い直しと考古学の最新の成果によって、二里頭を最後の王都とし、高度な文明をもつ中国第一王朝の実在は確実となった。4000年前とも考えられる最古の文明と文化を検証する。」というものです。
夏王朝 中国文明の原像

しかし、日本の考古学者たちの多くは、二里頭遺跡領域から出土文献が確認されていないので、二里頭遺跡が「夏王朝」の中心都市であるというのは早計であるという立場のようです。
なぜでしょうか?
18世紀ごろから、幾人かの西洋人たちが、中国は、シュメールやバビロン、そして古代エジプトからかなりの影響を受けているということを具体的な例をあげて書き残しています。
そして、殷遺跡で、いきなり大量の「文字文献」が出土しているということは、文明・文化の急激な流入があったのであろうと推測されていました。


此のたびの、刘(劉)光保氏のご研究は、司馬遷の「史記」(紀元前90年頃)の「夏王朝」とは、エジプトの王朝そのものであるといいます。なかでも、第一に揚げなければならないのが、古代エジプトの「パレルモ王名表」そのほか、パレットなどの出土物に刻まれている王名と夏王朝歴代の王八人は漢字で照合して、中国の文献で実証できるというものです。

王朝「夏」の創立者として知られている「禹王」
中国では超有名な皇帝「禹王」は、司馬遷の『史記』「三皇五帝」で、「聖君」の一人として伝えられています。
刘(劉)光保氏は、その「禹王」は、古代エジプトの「王名表」の初代よりも古い「0王朝」に属していると言われている「ナルメル王」であり、それはかの有名な「ミノス王」でもあるというものです。

「禹王」は有名な「ミノス王」!!なんということでしょう!!
すると、その王宮は、クレタ島の次の写真ほどのものであるはずです。

クノッソス宮殿

刘(劉)光保氏の「《发现夏朝》从文字演变和文献记载实证华夏文明起源」とは、現中国人の歴史だけを刻んでいるわけではいこと、そして、ここで、わたくしが早速、身を乗り出したことの理由がおわかりでしょう。
クレタ島こそは、「邪馬台国」という「日本のアイデンティティ」をとく重要な鍵なのですから。


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