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与那国島沖の海底遺跡が世界史のどこに組み込まれ得るかという問題は未解決の分野です。 せっかくですから、この巨大なテーマを、自由な発想と柔軟な心で考察する(ブログ上の)素人学会ができれば・・・と夢みています。

日本のアイデンティティ 3


日本のアイデンティティと中国 3

中国のアイデンティティ 2

发现夏朝 从文字演变和文献记载实证华夏文明起源 刘光保
発現夏朝 從文字演変和文献記載実証華夏文明起源 劉光保

中国の刘(劉)光保氏は、biog兵策儒剑的博客 において上記の御著書の内容を公表しておられます。
2011年2月6日から今日までに692回記入されていますが、中には雑談も含まれています。
その中から、今回も、兵策儒剑のblog主 刘光保氏の著書「発現夏朝 從文字演変和文献記載実証華夏文明起源」とブログに関する「声明」を取り上げておきます。
なお、上記の書籍の発行所は、「国务(務)院下属中国发(発)展出版社」に属していると書かれていますから、上記の書籍は、中国国家の「兵策儒剣」、すなわち、国家戦略であると明言していることになりますね。
それでは、兵策儒剑こと刘光保氏の「声明」を、わたくしの下手な訳を付して掲載してみます。

地球文明华夏单一起源和埃夏一体论的实质
「地球文明 中華夏(古代王朝)単一起源」と「古代エジプト夏(古代王朝)一体論」の実質

通过发现古埃及就是夏朝,不再拘泥于夏朝位于何地,
古代エジプトが夏王朝であることを発見した、もはや「夏朝」とはどこの地域かと拘泥することはない。

以考古证据实证夏朝历史,已实现汉字与5000年前的象形原型对话,实证华夏文明5000年历史从未中断,进而上溯虞朝(苏美尔)到7000年中华文明史。
考古学的証拠を以って夏王朝の歴史を実証明した、漢字は5000年前の(エジプトの)象形文字と対話できる、中国 夏文明の5000年の歴史は決して中断されてはいない、中華文明の歴史は7000年前 シュメールSumer 時代までさかのぼれます。

苏美尔-古埃及-古印度-夏商周的文明与人种实为一体,后3000年华夏文明史中心是在中国地区,并且实现文明与民族的融合,形成文化统一的汉民族,继承并继续发展华夏文明。
シュメール - 古代エジプト - 古代インド - 夏商周Xia Shang Zhouの文明に与した民族は1つであり、3000年後には中華夏文明史の中心が中国に存在し、かつ、文明と民族の融合が実現して、文化統一的漢民族が形成され、継承されて、かつ、華夏文明を発展させ続けています。

埃夏一体论与企图割裂华夏-汉历史,论证“中国一直落后、一无所有”的所谓“文明西来论”有着本质的区别。
埃夏一体论の本質と華夏‐漢の歴史を切り離し、「中国は常に落伍していて何もしていない」という、いわゆる「文明の西洋化」とは本質的な違いがあることを(この研究結果が)示しています。

由于蒙满入侵殖民而导致近代中国的落后是暂时的,不能因此而否定中华文明。埃夏一体论也是能使中国融入世界并能被世界接纳的理论基础,对汉字和华夏文明的研究也将能获得世界的支持。
中华文明的复兴是历史的必然,也是世界最终回归大同的需要。

蒙满の侵略的な植民地化による「近代の中国の後進性」は一時的なものであり、そして、決してこの中華文明を否定することはできない。
「古エジプトと夏王朝一体の理論」は、また、中国を世界に融合し、世界に受け入れられるための理論的基礎でもあります、漢字と中国華夏文明の研究も世界の支持を得るでしょう。
中華文明的な復興は歴史的な必然であり、世界が最終的に大同に回帰する必然を意味するものです。

以上のような、「スローガン」です。


刘(劉)光保氏が、古代エジプトのヒエログリフや図像や遺跡と漢字の成り立ちや変遷等を詳しく照合して、「古代エジプトと」「夏王朝」とのつながりの端緒を発見したことは「偉大なこと」です。
しかし、これだけで、もう「地球文明华夏单一起源和埃夏一体论的实质」!!と唱えている事は問題です。
ここのところを、はっきり、認識しておかないと、これから、わたくしが、この「中国のアイデンティティ」問題に「日本のアイデンティティ」問題を絡めて開示していくことの意味がわからなくなるからです。

わたくしの、前回の記事で、刘(劉)光保氏が「夏王朝の祖」といわれる「㝢」が、ミノスであることを発表されたことについて少し述べました。
このミノス王とは一代限りの人物ではなく、ポセイドーン時代ともいえる一時代を築いた一族であり、クレタ島やサントリーニ島を根城にして、以来、発展に発展を重ね、ギリシャ、エジプト等を支配して、さらに、フェニキアを創設したのもアトランティス支配をしたのもこのポセイドーンの子孫であることは、プラトンの「クリティアス」「テマイオス」のアトランティス記事中に、詳細に、具体的に書かれてあります。ですから、それらの歴史解明を無視したまま、「地球文明华夏单一起源」云々、続いて「埃夏一体论的实质」等々と言うことは、「夏=中華」としか思っていない世の人々を大きく誤導することになりかねません。



「夏王朝の始祖」といわれる㝢がミノスであるとは!!
ミノスの島クレタ島から「五十音」の線文字文化が出てきたこと、クレタ島に、「ファイストス円盤」という「恐ろしく高度な次元の粘土板」を置き、それが「完璧な日本語で読めることの意義は計り知れないものです。
直系わずか16cmほどの粘土板、そこには、ヨセフ、その息子たちのエフライムとマナセ、モーセまでもが刻まれてあり、その子孫たちが「ウガヤフキアエズ」すなわち「アトラス」族であることがわかるような文書なのですから、このことに触れないで「地球文明」と謳ったりするのは早計です。
中国の司馬遷の「史記」では、「三皇」「五帝」が、その他、ある古文献では「伏義と女媧」が「夏朝」の祖であるとか言われていますが、これらはみな「ヨセフ民」であることが「ファイストス円盤」で解りますし、すでに一世紀以上も前に、「わが国のウガヤフキアエズ王朝」とは「アトランティス朝」のことであり、それは「伏義と女媧」王朝でもあることを解き明かしています。
刘(劉)光保氏は、この「伏義と女媧」が古エジプトでの「オシリスとイシス」であると説いておられます。古代ギリシャではこの「イシス」を「イセ」と言っており、「伊勢神宮」とは、このイセを記念して付けた名前であることがわかります。
しかし、わたくしの検証では、このイシスとは「イリス」すなわち「虹の女神、光彩の女神にして、『神の言葉の伝達者』とホメロスの「イリアード」「オデュッセイア」中に描かれている「イリス」に他なりません。
従って、エジプト文明を築いていていたのは、「イリス、即ち、トロイア、すなわち、なにごとにもトロイわが国だったのです。」

イリス即ち「玉依姫」は、京都の下鴨神社などで祀られていますが、奈良の三輪神社にその「足跡」が残されてあり、「跡を辿るように」との神話、伝説、和歌、謡曲などがあります。

中国が持っている「古文献」もクレタ島に焦点を当てるように編纂されていることがおわかりでしょう。
以下は、次のブログに移転します。長くなりすぎましたので!!




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