与那国島沖の海底遺跡が世界史のどこに組み込まれ得るかという問題は未解決の分野です。 せっかくですから、この巨大なテーマを、自由な発想と柔軟な心で考察する(ブログ上の)素人学会ができれば・・・と夢みています。

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2 与那国島海底遺跡と竜宮城 

2 与那国島海底遺跡と竜宮城

浦島太郎の竜宮城

竜宮城を連想させる与那国島海底遺跡
与那国島海底遺跡を見て浦島太郎の竜宮城を連想しました。それは、私が子供のころに見た講談社の「浦島太郎」の絵本の挿絵が、赤いサンゴの林のなかの沖縄風の宮殿だったように記憶していたからでしょう。
私の幼少期は戦争中のこととて、紙やインクが極端に不足していたので、絵本などは殆どで回っていない時代でしたので、親戚から贈られた「浦島太郎」や「かぐや姫」などの絵本は、わたくしの大事な大事な宝物でした。

これらの本が講談社から2001年に復刻されましたので、笠松紫浪氏の挿絵に再び接することができました。
笠松紫浪氏の「浦島太郎」の挿絵と、沖縄から発掘された「謎の石版」の絵を並べて見ましても、良く似ています。
琉球という呼び名が、隋書(656年)に「流求」と書かれていることも、流宮、すなわち海底宮殿のイメージを呼び起こします。
   

 絵本「浦島太郎」笠松紫浪画 講談社 沖縄の謎の石板の絵 



与那国島海底遺跡の概要
木村政昭著「海底宮殿」実業之日本社から
2002年の水中ロボットの調査により、
 巨大岩盤を削り取ってできた大構造物の南に、
 古代都市を思わせるような造形が付随していることが確認された。
 
 新川鼻沖の宮殿様の"遺跡ポイント”以外にも、
 その南東約500メートル、水深20~35メートルのあたりに、
 「スタジアム」様の遺構があり、
 岩盤が平坦に削られた直径80メートルほどの広場のまわりを
 階段状地形が取り囲んだ大規模な構造物がある。
 
 ほかにも、5~6ヵ所、大規模な石造遺跡らしきものが島の沿岸を
 取り囲むように存在する。

「その大構造物遺構は宮殿と形容するほかは考えられない。」と、木村政昭教授は記しています。

沖縄のロゼッタストーン 線刻石板画
木村政昭教授は、古代の「線刻石板画」が沖縄本島中西部海岸の読谷、北谷、宜野湾などのグスク(城)や拝所跡の地表部や地中から十数枚掘り出されていることに注目して、線刻石板に描かれた宝塔のような建物は、水没前の建物を描いたものではないかと推定しています。

与那国島巨石遺構について木村政昭教授の見解
「与那国島海底遺跡の場合は、海面上昇による沈没ではないか。今、少なくとも水深30mほどの所が地上だった時代に建造されたと考えられる点で稀有なる研究材料である。」
「ここに大規模な石造建築文化が存在したことによって、人類の文明史は大きく書き換えられることになろう。この説を裏付けるものとしては、近くから海底鍾乳洞が発見され、その中から石器が発見されていることを挙げることができる。」

 
与那国島海底遺跡と竜宮伝説
「海底宮殿」木村政昭著から   
 琉球では昔から、海の彼方に理想郷、ニライカナイが存在すると伝えられてきた。
 今日では、その理想郷こそ竜宮城だという説が有力になってきている。
 竜宮城といえば亀が出てくるが、その亀がキーワードなのである。
 与那国の遺跡ポイントのアッパーテラスには大亀のレリーフが二体配置してある。
 また、他の地点にも亀のレリーフが至るところに見られる。
 これらは、竜宮伝説との関係を思わざるを得ない。

「竜宮城」との関連性を探索するのに「亀」がキーワードとなるのではないかという木村政昭教授の説に私は賛同します。
浦島太郎が亀にのって出かけた宮殿は、童謡では「絵にも描かけない美しさ」となっています。

「風土記」には、浦島太郎の妻の亀姫が住んでいたところは、海神の宮殿であり、高殿を備え、石垣のそびえ立った、みたことも聞いたこともない豪華さであったと描写しています。
私は、既に、日本の上古の歴史を探索するにあたって、奈良の明日香の巨亀、栃木県今市の巨亀などの謎の解明を手がけてきました。
明日香の亀には、「この亀が西を向くと、世界は泥の海」という伝承まで残っているのです。
「鶴と亀がすべった」という謎の「カゴメ歌」との関連性も否定できません。
東西南北の「北」を表象するのに中国や日本では「亀蛇」が使われているのも不思議です。
こうしたことについては、後にふれることにします。

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コメント
琉球王朝
「世界ふしぎ発見!」の琉球王朝の番組ご覧になりましたか?
木村政昭教授も出ておられましたよ。
http://www.tbs.co.jp/f-hakken/mystery_1.html

琉球大学のもう一人の池田?教授がおっしゃていたグスクの内部構造などが
非対称性であることがすごく興味深かったですね。

また、ノロ・神女のいなくなった久高島でイザイホーの祭りの復活を願う
ノロを知る老女が”神の国を絶やしてはいけない”と涙を流していました。
同じくKOO様が神国日本を憂うこととダブリまして、とても印象的でした。
2011/01/16(日) 02:09 | URL | シーター #-[ 編集]
Re: 琉球王朝
シーター様

> 「世界ふしぎ発見!」の琉球王朝の番組ご覧になりましたか?
木村政昭教授も出ておられましたよ。
http://www.tbs.co.jp/f-hakken/mystery_1.html

とっても残念!見ていません。
でも、「邪馬台国は沖縄だった 木村政昭著 第三文明社 2010年6月発行」は読みました。
この沖縄説では、九州説や畿内説よりは、「距離 方角 気候」などが合っている率が高いという長所がありますが、「魏志」倭人伝約2000文字について、検証されていることが少なすぎます。

木村政昭先生とは、与那国島の宿で、たまたまご一緒して、そのお人柄に敬服いたしました。
優れた科学者である木村政昭先生に一度「エジプト説の距離と方角が完全に合致しているということ」を検証していただきたいものです。
「魏志」倭人伝が、クレタ島を冒頭に置いて、「ファイストス円盤」や「サントリーニ島」「イオニア海」との探索を要請していること。こうした、重要なメッセージに気付いて頂きたいと願わずにはいられません。


>琉球大学のもう一人の池田?教授がおっしゃていたグスクの内部構造などが
非対称性であることがすごく興味深かったですね。

城とは、防衛上、一種の迷宮になっているものです。何のための防衛だったのか。島の防衛は勿論ですが、前哨、すなわち、日本列島における「鉄」と「火打石」 etcの秘密を守るための・・でもあったと思います。


> また、ノロ・神女・・・・

ノロとは、太古において、本来は、元祖卑弥呼秘伝の「のろし」と「鏡」で通信をする人たちであったと考えられます。通信で知っていた情報を、情報源を隠して「予言」と称さなければならないという必要性から、人の心理を読むなどの適性と特技の発達があったものと考えられます。

今、重大な懸案をアップする作業にとりかかっています。ぜひ、ご意見をお願いいたします。

2011/01/19(水) 10:03 | URL | 「考古学の再検証を!」 提唱者 #-[ 編集]
明日香の亀には、「この亀が西を向くと、世界は泥の海」という伝承まで残っているのです。
というフレーズが気になりました。
西に向くことがありませんように!


日本のかき消された伝承を復元できたら嬉しいです。

日本は妬みからか敵視する国々と攻撃が多すぎ、また日本人は無防備過ぎました。
2014/03/07(金) 20:48 | URL | あいしてる♪ #-[ 編集]
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