与那国島沖の海底遺跡が世界史のどこに組み込まれ得るかという問題は未解決の分野です。 せっかくですから、この巨大なテーマを、自由な発想と柔軟な心で考察する(ブログ上の)素人学会ができれば・・・と夢みています。

19 ヨハネの黙示録の「14万4千人」とは 

19 ヨハネの黙示録の「14万4千人」とは

ヨハネの黙示録 14章

14万4千人が唱和する

その人々の額には子羊の名と子羊の父の名が書かれていた
ヨハネの黙示録 7章 冒頭 抜粋
 子羊がシオンの山に立っていた。子羊とともに14万4千人の人々がいた。
 その人々の額には子羊の名と子羊の父の名が書かれていた。
 天から、大水の轟きか雷鳴のような音が響くのが聞こえたが、
 その音は竪琴弾きが竪琴を弾く音のようであった。
 彼らは新しい歌を玉座の前、4つの生き物と長老たちの前で歌っていたが、
 この歌は、地から贖いだされた14万4千人のほかは、誰も学び獲る者はいなかった。

「エホバとイエス・キリストを額に刻んでいる」という言葉と14万4千人という「人数が表示されている」ことは、「エホバの証人」的です。というより、彼らの組織がヨハネの黙示録の細部まで「利用している」ということであり、これは「ヨハネの黙示録」の最後に付帯している禁忌、「このヨハネの黙示録の預言から取り去るものは・・」に大きく違反しており、ものみの塔冊子協会は、神の預言を「取る」、平たく言えば「盗み」を働いていることになります。
そして、預言者は、こうしてヨハネの黙示録が、横取りされることを見越してこうした章句を組み立てられていることがわかります。

エホバの証人たちは、14万4千人は、死後に、永遠に神とともに宇宙支配をする人たちのことであると教えられています。
残りのエホバの証人たちは、地上で永遠に生きるという二重構造です。
ものみの塔の協会では「神とともに永遠に天で宇宙支配する14万4千人」は、自己申告で決められるようで、その集計は毎年報告されていて、累計によれば、もうとっくに締め切られているはずなのですが・・・。
そして、聖書に書かれている「時」の計算、奉仕時間、人数、寄付金の額などの数字に異常にこだわる割には、「1万2千スタディオン」という「天の新しい聖なるエルサレム」を顕す重要な実数(21章)などは、「抽象的」であるとして無視してよいとしています。

「天」という意味について、今までのこのブログの「ヨハネの黙示録」解説とヨハネの黙示録とを照合してください。9~14世紀までの世界図では、天 ヘブンは東の果てに描かれていました。


ヨハネの黙示録の「禁忌」を犯して災いを招来し、ヨハネの黙示録の奥義を究めた書であると偽って「啓示の書」を800万部以上も売りさばきました。また、その書を「真理である」と偽証するもの数百万人に対して、「あなたは地上で永遠に生きることができます」と保証し、外の人々にもそのように宣伝する義務を負わせています。
そのような、神とイエスを騙った恐るべき詐欺行為をはたらいている・・・これがこの宗教団体の実態です。
しかし、世界および日本の殆んどの宗教も詐欺的要素を取り込んでいるという実情は大同小異ですから、だれもこうした重大な犯罪を止め得るものがいません。

しかし、エホバの証人たちは、全員がヨハネの黙示録の奥義と称する「偽証」を述べ伝える義務を負わされているという点が、普通わたしたちが知っているような諸宗教とおおいに異なるところです。

今、日本には、エホバの証人が20万人以上居られます。彼らの「エホバ」の御名をみだりに使ってやっている詐欺の重大さに比して、証人たちの殆んどはごく普通の我々同様無知な人たちです。
やがて、彼らの中から、その誤りに気付いた14万4000人がその組織から一挙に抜け出すということになるのではないかとも考えられます。

あるいは、エホバの証人から学んだが証人にはならなかった「元研究生」から14万4千人が抽出されるということもあり得ます。と申しますのも、私がそうだからです。二年間「啓示の書」で学ばせていただきました。
それではなぜエホバの証人にならなかったのかと申しますと、「地上で永遠に生きる」などという約束は空手形であると思いますし、この組織は、パウロという曲者を崇めているからです。わたくしは「ニーチェ」のパウロ攻撃に全面的に賛同するものです。
また、かれらは、彼らの教義に対する疑義を少しでも表明しようものなら、「サタンサタン」とつぶやくからです。
それは、神のように人を裁く行為そのものではありませんか。
なお、この「裁く」は、一般人を民事事件や刑事事件で裁くような「裁き」について言っているのではありません。聖書とは、まず第一に「宗教そのもの」「神の国とその義」について書かれている書です。ですから、まずは、「パリサイ人のような、宗教家」に対して書かれているのです。

マタイ福音書7章には
 裁いてはいけません。裁かれないためです。
 あなたが裁くとおりにあなたが裁かれ、あなたが量るとおりにあなたが量られるからです。
 
イエスでさえ、一般人に対して、決して「サタン」と言ったりはされませんでした。一般人に対しては、「彼らは何も知らないのですから、彼らをお許しください」と、とりなされました。
「サタン」と言う言葉は、宗教家 政治家 学者たち、すなわち、「神と神の国の義」をひどく損なっている元凶に向けてのみ使われた言葉でした。

マタイ福音書23章全体は、この「サタン=蛇ども まむしの末ども」という言葉が誰に適用できるかがわかるように書かれています。
それを読むと、人を裁きたがり、人の上に立ちたがり、うわべばかり取り繕い、偽りを教えるために海山を超えて行き廻り、人々を、元よりも邪悪に改造します。



ヨハネの黙示録 7章のシーンでは、14万4千人は、玉座、4つの生き物、長老たちの前で歌うのですから、これらの要素を前の章と照合しておきます。
 4つの生き物、すなわち4島の日本列島に、守護神恵穂葉が着座されています。
 そのために、24人の長老が御座の前にひれ伏し(謝罪)、礼拝し、
 自分たちの冠を玉座の前に投げ出して、守護神に栄光を帰し(4章)、
 竪琴と金の鉢を持って子羊にひれ伏し(謝罪)、新しい歌を歌う、
 万の万倍千の千倍(1億百万)の「神の民」が回りにいる(5章)。そして、
 日の出る方から来る御使いが現れ、
 「私たちの神の僕の額に印を押すまでは、大地も海も樹木も損なってはならない。」
 と言って集めたのが14万4千人です。


14万4千人は、24人の長老とともに、日本で「新しい歌」を歌うのですが、その歌は5章に出ています。
 あなた(子羊)は、巻物(奥義)を解くのにふさわしい方です。
 あなたは犠牲となり、ご自分の血(ダヴィデのひこばえという血筋)で、
 恵穂葉神のために、あらゆる民族と国民の中から(選ばれた)民を贖い、
 彼らをわたしたちの神のために神の民とされ、また祭司とされたからです。

その民とは、「万の万倍と千の千倍」即ち、1億100万人余人の日本人のことです。
そして、彼らが歌う歌は、「竪琴の音」と表現されている「オルフェの歌」です。
子羊は、ダヴィデのひこばえという血筋でもありますから、「ダヴィデの歌」でもあります。
それは、黄泉から抜け出そうと言う蘇りの歌でもあるのです。

ヨハネの黙示録は、おおかたの予想に反してまるで劇の台本のような仕立てになっていますから、オペラの舞台を思い描いてお読みになるのが有効かと思われます。



14万4千人の特徴。

1 四つの生き物(四島)の守護する聖なる日本に居る。
2 その人々の額には子羊の名とその父の名が書かれていた。
3 天から響く竪琴ような歌を歌が、その歌は彼ら以外に誰も学び得ない。
4 地から贖いだされて、神と子羊のための初穂となる者たちである。 
5 その口に嘘ののぼるのを聞かれたことのない者たちである。



1 四つの生き物(四島)の守護する聖なる日本に居る。
これについては、すでに、このブログで多くの説明をして証明していますので、ここであらためて書きません。


2 エホバ神とイエス・キリストを額に刻み付けている
「14万4千人」については、「聖書」やヨハネの黙示録の奥義がわかった人々」という前提で捉えなければなりません

恵穂葉神が日本の守護神であることは、私のこのブログで検証してきました。
そして、イエスキリストの最も重要な遺産「ヨハネの黙示録」は、本来は、「イエス・キリストの黙示録」と名づけたほうが正しいと申し上げました。この「ヨハネの黙示録」の奥義、これこそが、イエスの最も重要とされたことなのですから、このことを理解する方々であると思われます。

しかし、今の日本においては、「エホバ神イエス・キリストを頭に刻み付けている」という条件が当てはまる人はあまりいません。
わたくしのこのブログを読んでいる方々でも、このことが一番重要であることを認識して、「これからは恵穂葉神を守護神として仰ごうという方々がいらっしゃるでしょうか。聖書と照合してご覧になっているでしょうか。
「へー、そうだったんだ。わたしは、わかる。」では不十分だということが、ヨハネの黙示録14章のテーマのひとつになっているのです。

イエスは、マタイ福音書22章で、
 心をつくし、思いを尽くし、知力をつくして、あなたの神である主(恵穂葉神)を愛せよ。
 これが大切な第一の戒めです。
 あなたの隣人を(同胞を)あなた自身のように愛せよ。
 この第二の戒めも、それと同じように大切です。
 律法全体(モーセの十戒)がこれにかかっているのです。


これは、「旧約聖書と新約聖書を理解せよ」という指示を含んでいるのです。
日本人が恵穂葉神の民だということがわかっても、聖書の預言の真意を読み取ろうという気持ちがまるでなく、ヨハネの黙示録のありがた味が十分理解できない国民であっては、神の民とはいえません。ましてや、神の民は全世界の祭司として扱われているのです(5章を参照のこと)。



3 天から響いてくる竪琴の歌について、彼ら以外に誰も学び得ない
「学ぶ」内容とは、ヨハネの黙示録10章にあるように、ヨハネの黙示録による、迷宮脱出の「奥義」ですから、その真相を知りたいと思うことが先決です。ですから、「ヨハネの黙示録」をこれまで読んだことがなく、これからも読む気がないのか、本当に理解できるかが問題です。
迷宮脱出は、24人の長老が、冠を投げ出して、恵穂葉神に許しを乞う態度から始まります。
この意思表明が国民に守護神恵穂葉神に回帰することを促す動機となります。
そして、いち早く事態を察知した14万4千人は「竪琴」に「合唱」し始めるのですが、これはオルフェ=伊邪那岐が妻エウリュディケ=伊邪那美に、黄泉からの帰還を訴えるシーンです。それはダビデが竪琴を弾いている図でもあります。
この「竪琴」がオルフェの歌であり、伊邪那美の黄泉からの帰還であることを理解するためには、「聖書」が「ギリシャ神話」や「古事記」「日本書紀」と連携をしているということを確信できるだけの素養と心の柔軟さが必要です。

そういった見地から言えば、この、恐るべきインターネットの迷宮の中をここまでたどり着き、しかも、賛同してくださっている方々にこそ、この預言は的中しているのではないかとも思うのです。
皆様は、いわゆる、国や大学、世界の定説といった権威主義というものに縛られていない、心の広い方々です。
権威の呪縛に縛られていない人間でなくては、黄泉(黄泉王たちの植民地)の囚人として縛られていて、思考力を失っている同胞の先導をすることはできません


ところで、14万4千人は、まず、24人の長老の持っていた竪琴でリードされるのだということを見なければなりません。
長老とは誰のことでしょう。

モーセの「申命記」31章  抜粋
 私は、あなたがたが頑なで背くものであることを知っている。
 私が共に生きている今でさえ、あなたがたは神に背いている。
 わたしが死んだ後はなおさらであろう。

 あなたがたの長老と役人たちをすべて私の元に集めなさい。
 これらの言葉を彼らに聞かせて、天地を彼らに対する証人とする。


これは、申命記33章の、モーセが、ヤコブ=イスラエル12部族に対して残した「終わりのときに向けたメッセージ」に付随した重要な預言の一部です。
この章句の「長老と役人」とは、本来は、国会議員と役人を指していますから、24人の「長老」とは、国をつかさどる政治家のことが第一にあげられます。
イエスやヨハネの時代には、「長老」とは民を代表する政治的な存在でした。
イエスをローマ総督に引き渡すシーンでも長老という言葉が出ています。

しかし、イエスを罪に定める裁判のシーンでは祭司長が大きな権力を持っていたことが記されていますので、「長老」のなかには、祭司長など。宗教指導者たちも含まれると考えられます。
キリスト教会の中にも、「長老」という名目を与えられた人々がいることはご存知でしょう。


そこで、政治家のトップの方々の事務所に「聖書の謎と日本の謎」(自費出版)と、古代史の見直しをしなければならない点を検証して欲しいという「陳情書」を添えて、持参して置いてきました。しかし、数年たつも、一言半句のお言葉もありません。
しかし、今後、24人の国会議員が、恵穂葉神に帰属することを宣言して、神の国と国民のために道をつけることに着手すると思われますか?これを、実行するには、まず、このブログの内容に信を置くという前提が必要ですので、このルートは絶望的のように思えます。

また、若干の神社や教会に寄贈した「聖書の謎と日本の謎」についても、コメントや反応はゼロです。
恵穂葉の象徴物で恵穂葉神を祀るというモーセからのしきたりを受け継ぎながら、自分のやっていることの真意を知ろうとしない伊勢神宮、三輪神社、あるいは、住吉大社や賀茂神社そのほかの神道界の方々はどうでしょう。
ここから「反省する24人の長老」が出現することがあり得るでしょうか。

エホバの証人の(旧知の)長老二人の家族にも上記の本の寄贈に添えて、今書いている内容をプリントアウトして持参しましたが、こちらは受け取りすら拒絶されました。
その高慢な態度、隣人愛のかけらもない物言いにはあきれてしまいました。
エホバの証人の「長老」のうち、24人だけがその高慢の冠を脱ぎ捨てて、エホバ神の御前に身を伏せて詫びるという手本を示し得ると考えられます。

日本に古くから存在している宮々が、過去数千年間やってきたことは、みな、「聖書」の預言を成就させるための備えであり、日本が神の国として存在し続けるための道しるべだったのです。
そして、日本の「神の国」というタイトルは、「聖書」を盾にとったキリスト教とユダヤ教の指導者たちによって「ミレニアム戦争」で剥奪されたのですから、それにたいして、「聖書」を検討して、対策を講じるという姿勢を見せない日本の宗教界と政界の人々は、無責任のそしりをまぬがれ得ません。



4 地から贖いだされて、神と子羊のための初穂となる者たちである
14万4千人に関していえば、宗教にすでに属している人は「初穂」にはなり得ません。
初穂とは、収穫のうち、人が食べないうち、即ち、最初の収穫の中から神前に供える稲穂のことです。
14万4千人とは、インターネットでこれを読んでいるどこの宗教にも属していない方々でしょうか。
いづれにしても、14万4千人で、この初穂という名誉は早々に締め切られ、残りは一般の神民として祝福されます。

地から贖いだされるの章句は、地下の黄泉に囚われた者たちが保釈されるという意味をもっています。わたくしたち日本人が、欧米の支配者たちの「植民地」つまり「EUやアメリカの奴隷」に過ぎないということを強く自覚させるための言葉であり、そこから脱出するなら、二度とこのような不名誉と不当は起こりえないことを含んでいます。
そのために、ヨハネの黙示録は、「世界戦争の歴史」や「古代史」までも織り込んで読み解かせるよう示唆しているのです。
日本の政府機関、文部省などが、意図的に避けて通って、自国を卑屈に、貶めていることを、数千年前の預言者たちが、「そうはさせじ」とがんばっていることを味わってください。

恵穂葉神は御自分の名誉にかけて、「恵穂葉神の名とキリストの名を汚す」こうした、偽キリスト教+ユダヤ教が仕掛けた神の民の首の「くびき」からの解放、何も見えない闇からの脱出が成就されようとしているのです。


5 その口に嘘ののぼるのを聞かれたことのない者たちである。

この条件は、宗教的偽証をしていないということです。
これには、どこの宗教にも属していなければ、この項目をクリアーしています。

「偽預言を宣教している」エホバの証人はこれに該当しないと思うでしょうが、彼らは、毟られほうられた(犠牲になった)羊であり、近視眼の羊の目には、「泥棒」が「牧者」に、「狼」が「番犬」に見えてしまっただけですから、神の目には、彼らは迷える羊なのです。
嘘をついて、泥棒を牧者と言いはっていたわけではなく、ただ、本当にそう思い込んだのです。
また、なによりも、こうして宣教することが、「エホバ神とイエスキリストのためになる」と信じきって行動していたのだということが、他の宗教との際立った相違点です。
ですから、「神とイエス」の名誉にかけて、この方々を一刻も早く救出されるのではないかとも思われるのですが・・・真実は、やがて明らかになるでしょう。



預言の奥義か偽証か

ヨハネの黙示録の解説書である「啓示の書」とは
ものみの塔聖書冊子協会は、「ヨハネの黙示録」の解説書である「啓示の書」を、800~1000万冊?ほども頒布して、これを、ヨハネの黙示録の奥義を窮めた書であると主張してエホバの証人たちに読ませています。
そして、彼らは「地上で永遠に生きることができる」と信じ込まされているばかりではなく、このような主張をしている書物を「全て真実です」と告白しない人には、「ハルマゲドンの永遠の滅びがある」と宣告します。

以前、1923年の大会において配布された書籍も、「すべての国民はハルマゲドンに向かって行進するが、現存する万民は決して死することなし」という題目でした!!

聖書を読めば、創世記3章に、まず、「あなたがたは決して死なない」と請け負ったのは蛇(サタン)であることが書いてあるではありませんか。
そして、エホバの証人たちは、自分たち自身があたかも神かキリストであるかのように、人々を裁く言葉を吐いたり、滅びを宣告したりしているのです。そして、かれらは、それが、うそであるとか偽証であるとかは思ってもみないのです。

ものみの塔冊子協会とエホバの証人は、これを、「真理である」とし、「人は地上で永遠に生きられる」という予言を広めてきましたし、誰にもそう言わせるのです。
「エホバの証人」たちは、こうした「ヨハネの黙示録預言についての奥義文書」と称する印刷物の宣伝要員として奴隷のように働かされているのですが、その労苦の報酬は、「決して死ぬことなく、地上で永遠に生きられる」という空手形です。

彼らは、モーセやイエスの教えの下記のいましめに大きく違反しています。

 神の御名をみだりに唱えてはならない」(十戒)
 裁いてはならない。さばかれないために。
 自分にしてもらいたいことは、他の人にもそのようにしなさい。
 汝の隣人(同朋)を汝自身のように愛しなさい。

こうした、モーセとキリストの教えを大きく逸脱した宣教活動を続けたことで、彼らの間では、まるで呪われたかのような問題が生じているのです。
特に、親から半強制的に証人にされた二世たちは、子供の頃から、たいてい10年20年の間、エホバ神とキリストを心と頭に刻み付けてきて、「神を求めて、神の庇護のもとに幸福な日々を過ごしたい」と願っているのです。しかし、「組織内では、隣人愛がなく、不寛容、不当、不幸が満ちみちているのはいったいなぜなのか」と思い悩んでいる者が多く、神に近づこうとすればするほど、かえって神から遠ざかり、神を見失ってしまうという迷宮に落ち込んでいる人が多いのです。

こうした、悩み、迷い、先行きの不安、孤独、うつ病、宗教等によるマインドコントロール、こうしたことは、わたしたちの上にも日常的におきている共通事項なのですが、それが、エホバ神とキリストの名において起きているということが根本的に異なっています。
また、彼らの宗教組織の抑圧と偏見はあまりにも極端であり、エホバの証人たちのマインドコントロールはそうとうなものです。その反作用か、エホバ神とイエスを見失ってしまっているどころか自分を見失しなって神経科の医者や薬にたよっている人が多いと、さまざまな方々がブログで語っています。


山上の垂訓がマタイ福音書5章に記されています。
そこに書かれている条件のほとんどは、このエホバの証人組織から抜け出ようと悪戦苦闘している人々に当てはまります。物見の塔のキリスト教教義の真実性が疑わしいことに気がついたものの、心に穴が開いてしまって、「心貧しき者」となって悲しんでる人々が多いのが実情です。

それに反して、一般的日本人は、宗教界が犯している罪、神道や仏教その他の新興宗教の邪道について、考えることを放棄しているという点で大きな違いがあるのです。大抵のことは、社会が悪い、政治が悪い、国民が悪いの範疇にいれますし、そして、黙って、あっけなく自殺してしまうのです。

他のキリスト教徒はといえば、高学歴社会の現代においてさえ、たかだか2000ページほどの新旧約聖書を自力で読み通さないままに、「キリスト教者である」と名乗り、死後には楽園で永遠に生きられるというのです。
そのうえ、キリスト者以外は問題外であり、キリスト教を受け入れないような者たちは絶滅してもしかたがないと考えている者さえいるのです。
キリスト教徒たちも、使徒と自称したパウロのマインドコントロール下にあるという点においてはエホバの証人と同じですが、彼らは奉仕や規制を要求されていませんので、エホバ神とキリスト教に疑問を抱く度合いが少ないといえます。

また、私たちは、神やキリストに代わって他の人々に宣教したり、預言したり、滅びを宣告したりしていませんが、エホバの証人は、「ヨハネの黙示録」と深くかかわってしまって、「ハルマゲドンでエホバの証人以外は滅びる」などと唱えるという比類なき体験をしていますから、エホバの証人たちは、ヨハネの黙示録について、世間を誤導する偽証をしているという点で大きな責任を負っているのです。



聖書原理主義のキリスト教
よく、社会を見ますと、一般のキリスト教会も、仏教も、神道も、他の新興宗教も、今日の宗教はすべて、唯一神の御意思を無視しています。今日のすべての宗教は、「宗教関係者自身の権力と集金のための組織」であり、すべての宗教が詐欺的要素とマインドコントロール的要素を縒り合わせたしろものとなっています。
こうした宗教で集められた金は、究極において投資家を太らせるに利し、投資家は軍産複合体と資源略奪者たちを太らせるという恐るべき悪循環で巡っています。こうした事例の代表格がバチカン銀行が産軍複合体に投資している例が代表格です。

物見の塔冊子教会の例
ものみの塔冊子協会の書籍「啓示の書」は、1から7までのラッパを吹き鳴らしたのはわれわれであると書いているのですが、「ヨハネの黙示録」の1から6までのラッパの奏者は「天地の破壊者」の合図のラッパ手として描かれているのです。
ものみの塔組織の「啓示の書」のP134~149に、ものみの搭がラッパを吹き鳴らした土地が書いてありますから、これを列記してみます。

 米   オハイオ州     シーダー・ポイント
 〃   カリフォルニア州  ロサンゼルス
 〃   オハイオ州     コロンバス
 〃   インディアナ州   インディアナポリス
 英   ロンドン 
 カナダ トロント                   
 米   ミシガン州     デトロイト

このような場所で、大会毎に、およそ5000万部ずつもの文書が頒布されたことをみますと、これら米英カナダという核開発のリーダーシップをとった国々の、国家的バックアップがあることがうかがわれ、国家戦略的洗脳機関であるという疑いを否定できません。
アメリカと言う国は、ローズヴェルトにしろレーガン、ブッシュにしろ、大統領はみな「聖書」に手を置いて、宣誓します。「聖書」そのもには、パウロの文書が入っている事でも判りますように、イエスの忠告されたような「毒麦」文書が混入しています。それを、「聖書は、100パーセント神の言葉であり正しい」と言い張るのは、この「毒麦」こそが重要なのであり、それを「聖書原理主義者」というのですが、アメリカの大統領は、「聖書」で宣誓するのですから、「聖書原理主義者」です。
アメリカには、「ハルマゲドン待望論者」向けの、聖書原理主義キリスト教組織がいくつもありますが、「新世界秩序」や「ワンワールド」という言葉を発する大統領や政治家たちは、みな、この聖書原理主義の推進者です。
言い換えれば、こうした聖書原理主義者たちは、いずれも軍事大国アメリカの「国教」の分派にすぎません。
エホバの証人も「聖書原理主義者ですから、この組織はもう「アメリカ国教」の分派であるということがおわかりでしょう。
で、ブルックリンの物見の塔聖書冊子協会本部が、国連組織に寄付をし、兵器産業会社に投資していると書き立てられていますが、上の大会の諸会場を見ただけで、その正体がいかなるものか推測できるでしょう。


「ヨハネの黙示録」9章には、「底なしの深淵の使者を王としていただいている蝗の群れが、大きな炉の煙とともに出動する」シーンが記されてあるのですが、「啓示の書」P144~150には、この「人を責め苦にあわせる蝗」は自分たちエホバの証人たちであると書いています!!
この蝗は、ヨエル書にもでてきますが、それは、「神の民に敵対する強大な軍隊で、地を荒らすものたちのことなのです。こうして、「ヨハネの黙示録」と「啓示の書」を照合すれば、その本質を証明することができます。


神が酒舟の中の怒りの葡萄を踏まれると1600スタディオンにわたって血が流れ出たとは、徹頭徹尾「血の教義で築いた」聖戦主義者たちの流した血の数値なのです。
神は、聖なる預言が、神の御意志と正反対の「聖戦主義」に利用されていることに対して精算されるのです。


エホバ神を信じ、キリストにつき従って行こうとしているエホバの証人たちが、エホバ神とイエスの名の下に、口先だけの「平和と幸福」という空手形と引き換えの「黄泉軍の組織への奉仕」を強要され、寄付を集めさせられて、日々呻吟しているという矛盾は痛ましいものです。
彼らの中には、彼らの組織には義がなく、柔和でもなく、憐れみもないと憤っている者がたくさんいますが、義のために、組織批判をしたくても、手段に乏しく、消極的な脱退しか打つ手がないのが実情です。

恵穂葉神が、彼らをこのメビウスの輪のような迷宮の地下の暗闇からあがない出して、神の「初穂」にするお考えがあると思われます。彼らが、その「義を欠き、愛を欠いている」彼らの組織から14万4千人も一度に大挙して抜け出すなら、ほかの宗教へもドミノ倒しにその波紋が伝わって、「バビロン宗教」の洗い直しが始まり、ひき続いてわたしたちも迷宮から脱出するきっかけとなると考えられます。

しかし、不思議なことに、彼らは、目下のところ、わたくしのこのブログを見ようとはせず、組織を抜け出した人は、自分の体験ばかり書きたがり、組織批判ばかりしたがり、どうやったら組織を抜け出せるかを教えるばかりです。彼らは、受けた傷があまりにも大きすぎ深すぎるので、同じ体験をしたもの同士でないと理解してもらえない・・という発想でにとどまりがちです。組織からも学んだこと、仲間の反面教師から学んだこと、改革したい思いがいっぱいあるはずです。また、わが身を反省することもあるはずです。
なにごとも、どこから落ちたのか反省し、分析するところからやり直さなくては道はみつからないでしょう。
一歩、そこから踏み出して、もう一度新たに神の道を探すと言う心を取り戻していただきたいものです。


「ニューエルサレムが日本である」という奥義を退けて、中東のイスラエルを「神の国」に仕立て上げたキリスト教やユダヤ教に同意し賛同した宗教家たちには罪ありという見解をヨハネの黙示録は示しています。しかし、キリスト教徒やユダヤ教徒の一般人たち、あるいは日本の一般の人々を非難している箇所は聖書の預言にはありません。
イエスは、一般の人々に対しては、教えと励ましのみを与えられたのであり、一方、イエスが激しく糾弾された相手は、「パリサイ人と立法学者たち」など、宗教と政治の指導者たちに限られていました。
これについては、マタイ書23章などがくわしく記録しています。
宗教界と政界の方々と学者たちが「真理をわきまえたなら」世界中が変わるということを、イエスは訴えておられるのです。
くれぐれも、一般人を非難することのないようわきまえてください。

「ヨハネの黙示録」は、日本が、新しいエルサレムとして、キリスト神道の国として再出発し、再び宮(エデンの園)の美を回復することを預言し、世界の神都となること、平和が成就することを約束している書なのです。
これは、成就する預言であると信じています。
皆様はいかがでしょうか。




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コメント
ご無沙汰です。
しばらくのご無沙汰には、訳がありまして。。。
そう、受験勉強していたんですねぇ(笑)
みごと、国家試験玉砕しました。\(-o-)/
まぁ付焼刃だったのは承知の助でしたが。。
何回も挑戦するのが当たり前みたいな国家試験ですから、
私もそのつもりで受かるまでずっと挑戦してみようと思います。

さて、受験と並行して占星学を趣味にしていこうかと思って勉強していましたら、
こんなサイトに引っ掛かりました。
久々のヒットになる内容で、是非ともKOO様に拝見して頂きたくて。

私は、宗教も、やっぱり天文学的なことに巻き込まれて、生まれてきたと
思うので、このサイトのストリーミングを再生して是非見て下さいね。
KOOさまのエジプトにこだわる説が正しいかを示唆しているようでもあります。
ご感想伺えればありがたいです。
http://www.kanteiya.com/column/08/1102.htm
2009/10/12(月) 22:21 | URL | シーター  #-[ 編集]
Re: ご無沙汰です。
シーター様 ほんとうにお久しぶり。
ごめんなさい。私、自分のブログとも久しく対面していなかったのです。本日、シーターさまの10月12日付けのコメントを拝見しました。・・・・・・本等にすみません。

> 受験勉強 、国家試験。
> 受かるまでずっと挑戦してみようと思います。

目標を定めて、挑戦して、努力を重ねていらっしゃる・・・。
頼もしい!!!きっと成功されると思っています。

一寸先は分からない不安定な雇用状態の現状の日本ですから、各種の資格試験の応募者の数も、受験者の真剣さも相当なものでしょうね。これは私の想像ですけれど。
本気が試される時なのだと思います。


私自身、教員免許を取得したにもかかわらず、その資格を使わなかったことが、ただいまのプアーを招いてしまいました。
私の上の娘は、日本では建築士の数が教員の数ほどもあるので、オーストラリアで建築士の資格を取るべく受験、三度挑戦して合格しました。以来、下積み十数年、やっと、誇れるような建物(邸宅、店舗)を手がけるまでになりました。

「努力」は、人を裏切りません。
シーター様、応援しています。


> さて、受験と並行して占星学 
> http://www.kanteiya.com/column/08/1102.htm
> ご感想伺えればありがたいです。


占星学は、星座と切り離して語ることはできません。
「全天の星々の名、星座、星座神話」、「世界の重要な地名」、「エジプト神話 ギリシャ神話 日本神話」の根本は、アブラハムからヨセフ、モーセに至るまでのあいだに、「神そして宗教と歴史を語るために」構成されたものなのです。

木村鷹太郎氏は、「わが国の歴史は、天に語らせ、地に語らせている」と言われましたが、それは、上に書いたような内容のことです。
モーセやイザヤが「天が語り、地が語る。耳を傾けよ。」といっているのもこれです。
ですから、シーター様は、たとえ何処から入られても、「ここ、(この預言)」に戻っていらっしゃることになるのです。

そして、こうしたことすべてを結びつける物的証拠が地中海方面に点在しております。
忘れてはならないことは、これらが、すべて、20世紀という節目で浮上したということです。

航空機の発達と日本の経済力のおかげで「エジプトやギリシャ」での、ヨセフやモーセなどの世界的遺産をこの目で見ることができ、印刷機の発達のおかげで、こうした事物が「わが日本の先祖たちの残したもの」であることを公開することができ、「パソコン」のおかげで、このような内容をシーター様と語り合うことができる・・・・・・これは、実に不思議、奇遇きわまりないことです。「神計らい」であると申せましょう。


「神計らい」といえば、ヨセフやモーセ、キリストのような人物の出現や事業や言葉は、「神計らい」の「預言」です。「神計らいの本物の預言」は、「言が事になる」、即ち「実現」することにあります。

「星座神話」などを聖書の「預言」とは無関係と捕らえているのが、西洋キリスト教や神学者たちの大きな欠点です。
シーター様は星々にまで深い思いをめぐらされて、広い視野から価値判断をすることを心がけられて、ご親切なご教示を下さいまして感謝いたします。







2009/11/02(月) 14:39 | URL | 久保 公 #-[ 編集]
ほっとしました!
インフルエンザでバタバタしておりました。
高熱が出ますので、お気を付け下さいね。
潔癖症の方ほど、今回のインフルはかかりやすいそうですよ。

いやぁ、KOO様の貴重なコメントをもういただけないのかと
少し焦っておりました。 どこかで、新しくブログデビューでも
なさっているのかと、ストーカーの如くググッておりました。

するとですね、KOO様の記事を結構支持している方が
いらっしゃることがわかりましたね。
みなさん、コメントこそ残されませんが、私なんぞより
歴史的教養がごくおありの方たちが多くて、やっぱり
KOO様の記事の重みを理解されていますよ。

最初に読んだ頃は、教養の足り無さ故、ちんぷんかんぷんなところが多々ありまして、
今こうして、各章を読み返しおりますと、その奥深さに唸りっぱなしです(笑)
KOO様、時々各記事の内容を書き足されたりなさっておられますでしょう??
でしたら、どの記事を追加訂正したとかコメント入れて下さるとうれしいかなと。

また違う記事でコメントさせていただきますのでよろしくお願いします。
2009/11/18(水) 00:28 | URL | シーター #-[ 編集]
Re: ほっとしました!
> インフルエンザでバタバタしておりました。
と、いうことは、免疫をゲットされたことになりますのでしょうか?


> どこかで、新しくブログデビューでも なさっているのかと・・・
するどい!!
「邪馬台国論争」だけで、ホームページをつくろうと考えていたのです。・・・
邪馬台国の記事は、「イリアード」と「オデュッセイア」のクレタ島の記事から書き起こされている、などということを書き連ねなければならず・・・すると、ますます私の現在のブログが混線状態に陥りますので・・・・・・・これらを交通整理するにはホームページの機能が必要かと考えたのですが・・・
ホームページ作りは手に負えないのであきらめました。
それにわたしのパソコン、調子が最悪、エプソンのCDを受け付けないのです。ということは、画像が取り込めず、プリントアウトができない・・・ヤレヤレです。
代わりに、本日から、テンプレートを変えてみました。

> 今こうして、各章を読み返しおりますと、・・・・
読み返してくださっている!!!とても嬉しいです。
これは、私が書いているのではなくて、私が古代の先祖たちから書かされているのだと思っています。
ですから、ときどき「人選を間違ってはいませんか??」と問いかけるのですが・・・・答えはなしのつぶて・・・・。
でも、その答えが書いてあるのは、結局、聖書ではないかと思います。
「知恵(預言の)を、知者学者や権力者たちから隠して、赤子のような(無力な)者に明かす。」と書かれていますものね。

「日本の謎と聖書の謎」の序章のようなところにも書きましたが、
4,5才のとき、戦中のこととて、「どうして戦争をするの?どうして、毎日、神様や仏様に、”はやく戦争が終わりますように”ってお祈りしても聞き入れてくださらないの??」と家人に聞きまわったものでした。15歳で「アンネの日記」を読んで、「戦争と宗教」への疑問が再燃し、16、7歳のころ、「トロイアの人々は戦争の後、どこへ消えてしまったの?」と問いかけながら「イリアード」と「オデュッセイア」を読み終えたことがこのブログへのアプローチだったと思います。
ということは、「戦争と宗教」がテーマであるべきなのです。


ですから、今のわたくしのブログが非常にわかりにくいのは、私の卑怯さが混在していることからきていて、書くべきことが書けないのは、勇気が足りないせいです。



ところで、戦時中の紙不足は、今の時代からは想像もつかないような有様でした。、そんな中にあって、「浦島太郎」「桃太郎」「一寸法師」「竹取物語」「はごろも」「猿蟹合戦」「舌切り雀」「かちかち山」「花咲爺」「こぶ取り爺」という講談社の美麗な絵本が小学校入学前の私の教科書でした。ほかに「イソップものがたり」がありました。
「次から次へと疑問が湧き出す」のが、これら10冊の絵本の特徴で、毎日読んでも飽きなくて、いつの間にか暗記できるようなものばかり、挿絵もレベルの高いものばかりでした。
(復刻版といっても写真製版で残念ですが、今も売られています!!)
ですから、小学校に入って、「スミ塗り」の教科書にしても、その後のにしても、「なんで、こんなつまんないもので学習させられるんだろう」といつも不思議に思っていました。教科書には、おそろしく「含蓄」というものが欠けているのですね。

これらの日本の昔話は、「日本の至宝」、「世界の文化遺産」だと思っています。
ですから、こうしたことをbiglobeのブログに書き始めていました。
しかし、これらのどの昔話もすべて、聖書とトロイア、そして、わが国のアイデンティティーに結びついてしまうのです。これでは我田引水と云われてしまいますよね。

biglobeの私のブログの場合、どんな検索にも引っかからなくて、暗証番号を打ち込んでログインしない限り自分の記事も見ることができない!!状態が続きましたので、FC2に引っ越してしまったわけで、引っ越したことは正解だったようです。お蔭様で、シーター様にお会いできまして・・・幸せです。


ただし、FC2のこのブログは、テーマが絞りきれていなくて、読んでご理解いただくのが大変ですので、休眠中のbiglobeのブログに「分かりやすいダイジェスト版」を掲載して、FC2のと相互リンクを貼っておこうかなとも考えていたのです。


>どの記事を追加訂正したとかコメント入れて下さるとうれしいかなと。
どの記事も、どの記事も書きなおしたいところばっかりです。が、次からは、訂正したことをちゃんと書いておきます。スミマセン。



> また違う記事でコメントさせていただきますのでよろしくお願いします。
biglobeのブログの残存を消して、FC2のを再編したものを載せますので、「何処から書き始めればよいか」など、是非ご意見をお聞かせくださいませ。こちらこそよろしくお願いいたします。
2009/11/18(水) 15:34 | URL | 久保 公 #-[ 編集]
No title
とりあえず、ここまで読み進めることができました。。。

神代の残像を書いた人よりは、分り易い文章と。。。膨大な無料の知識に、とりつかれるように読んじゃってます。

また、バシャールの本で読んだ(坂本政道さんの、余り好きな書き手ではないですが)、アトランティスや何やらの事。バシャールの普通の本で書かれていた、分離・否定的な体験と、統合・肯定的な体験、それら両者を統合する世代である私達。。。

今、古代の秘密が知られるべき時なのかもしれません。おそらく、神話の時代の先人たちは、様々な超能力的な能力も古代の文明も忘れることを選択したのでしょうね。そして、ネガを体験しようと選んだ。そして、大きなポジへと飛んでいこうとしてるのでしょうね、今の時代から。

それから、神代の残像のページに「酒井勝軍」が元牧師とキリスト教研究者だとありました。酒井は、日本ピラミッド説提唱者でっす。

では、おやすみなさい。
2013/06/22(土) 23:04 | URL | 古代史初心者 #-[ 編集]
Re:古代史初心者様
コメントを有難うございます。

多岐にわたる雑多な内容となっておりますが、辛抱してここまで読み進めてくださって嬉しく思います。
全ては、「日本が真の神の国になるよう古代人が導いている」ことに帰納するのです。
日本の先人たちは、数千年というタイムスパンで「国作り」を考えていたのだということがわかっていただけたら本望です。
日本は、シュメールにしてエジプト、ギリシャ、ヒッタイト・・でもありました。しかし、トロイアとしての記憶を辿るようにとの配慮がなされています。トロイアはトロアスつまりアトラスの国すなわちアトランティスだからです。
そして聖書は、このトロアス=アトラス(日本人)の産物であり、ゆだやじんの作であるという虚構が訂正されるよう綿密に構成されています。

このような、超ど級の複雑な謎解きを、一介の平凡な主婦が解いているというのは実に不思議なことです。知能の高い学者や、宗教家、自称霊能者などの手中に落ちることがないように、「素朴」な要素をふんだんに取り入れて謎解きをさせようとしているということも見逃せません。
どうか最後まで読んでくださいませ。
そうすれば、古代史初心者にして、世界での最先端の史学と神学を会得できるようになることでしょう。


2013/06/27(木) 22:22 | URL | 「考古学の再検証を!」 提唱者 #-[ 編集]
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