与那国島沖の海底遺跡が世界史のどこに組み込まれ得るかという問題は未解決の分野です。 せっかくですから、この巨大なテーマを、自由な発想と柔軟な心で考察する(ブログ上の)素人学会ができれば・・・と夢みています。

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29 オリオン・ミステリーと天の川

29 オリオン・ミステリーと天の川

「住吉大社神代記」大八嶋国の天の下に日神を出し奉る

オリオンの大事業
「住吉大社神代記」膽駒神南備山本記
  大八嶋国の天の下に日神を出し奉るは、船木の遠祖大田田神なり、
  この神の作れる船二艘を以って、後代のしるしのために膽駒山の
  長屋墓に岩船を、白木坂の三枝墓に木船を納め置く」

こうした住吉大社の「神代記」や祭祀は、オリオンの業績を後代に知らしめるために執り行っているとおもわれます。

「古事記」神代記の、「天尾羽張神は逆に天の安河の水を塞き上げて、道を塞ぎ居る」という記事の「天の安河」、またの名「天の川」がナイル川であるということを、ここで取り上げ、「古事記」垂神記の、「尾張の相津にある二股椙を二股小舟に作りて、もち上り来て・・」という記事が、「住吉大社神代記」の「後代のしるしのための船二艘を納め置く」事を指し、それが、オリオン=オシリスの作った大ピラミッドの傍らの石室に保存された、かの「太陽の船」のことであるという検証の一助にしたいと思います。



オリオン・ミステリー

ロバート・ボーヴァル氏「オリオンミステリー」の説
イギリスのロバート・ボーヴァル&エイドリアン・ギルバート著(NHK出版1995年)において、ロバート・ボーヴァル氏は「ギザの大ピラミッド三基をはじめとするピラミッド群は、オリオン座と天の川を地上に投影する形で建設されている。」と説きました。 

ロバート・ボーヴァル氏は、エジプトのピラミッド群の設計は、ナイル川を地上の天の川に見たて、オリオン座のベルトの三ツ星に対応してギザの三大ピラミッドを配置してあると説き、その証拠として、オリオン座の三ツ星の写真にギザの三大ピラミッドの航空写真を重ね合わせると見事にぴったり一致していることを示しています。

また、ギザの三大ピラミッドに限らず、メンフィスにある第四王朝のピラミッドにも、オリオン座の主要な七星のうちの五つが対応すること、さらに、オリオンの頭部を形成している三つ、もしくは四つの小さな星がアブ・シールにある三基ないしは四基の小さなピラミッドに相当していると云い、また、足、ベルト、肩といった具合に、星々とピラミッドが対応しているといいます。

また、オリオン像の伸ばした腕の開いた掌には明るい星が一つ載せられて描かれている図が、アメンエムハト三世のピラミディオンの図像などに見られますが、この星がギリシャ神話ではヒヤデス星団のアルデバランであり、猟師、あるいは巨人オリオンの剣の位置を示すとされていることから、その角度と距離から判断して、ヒヤデス星団は、地図上では、はるか南方にあるダハシュール付近に位置するといいます。
R・ボーヴァル氏のこのオリオンの剣とは、わが国の伊都の御羽張の剣です。彼は、また、オリオン像の伸ばした掌にひとつ乗せられている星はヒヤデス星団のがアルデバランであることを挙げ、さらにそれが、オリオンの剣を意味すると伝えられているというのです。

ヒヤデス星団は、アトラスの娘たち=アトランティスを記念したもので、これらの星々はすべてタウロス星座に属しています。


この項目をこのブログに載せようとしていた矢先、中国の江聞傑氏から嬉しいコメントが寄せられ、天の川にまつわる「牽牛と織女」などの伝説が、太古の大洪水や異変などの史実を伝えようとしているという見解と、そのご研究のブログのURLを送信してくださいました。
「琴座のベガが北極星だったころ、即ち、13000年ほど前の出来事にまつわるメッセージ」の解明のようです。(私は中国語が読めませんので、今のところ、残念ながら、江氏のブログを、よく理解できません。)


http://i.cn.yahoo.com/wenjiecc2345/blog/



オリオン座と天の川はナイル川と対照すべし

木村鷹太郎氏「日本太古史」の説
木村鷹太郎著「日本太古史 下巻」(博文館 1912年刊行)もまた、「エリダヌス星座とオリオン星座について」次のように記しています。

  天文星座の図について之を研究せよ。
 かのナイル河を星座と為せる「エリダノス Eridanos」の尾に当てゝ
 「ヲアリオン尾羽張星座」あるを見ても、
 このエリダノス星座は是れナイル河なるや明瞭なることにして、
 ナイル川の流形とこの星座とを対照せば直ちに之を知るべきなり。

  エリダノス星座とオリオン星座


  図はその星座の一部分、即ち,ナイル河上流、
  青白ナイルの分岐点の付近、即ち北緯約156六度の辺りより
  20度に至る間の流域にして、
  星座図と図上のナイル河とは明らかに同一流形たるなり。
  エリダヌス星座の図は、矢形の指針を以って明らかに水流の方向を示し、
  南より北に流るゝを教えあるなり。
  
  エリダノスとは、ギリシャ語「若き」「速き」を意味せる所の「Ηριエリ」と、
  「Δαναοζダナオス」即ち、「青地」にして、
  神話上エジプトを代表せる所のダナエー族を意味せる語との合成にして、
  この河のナイルなるや知る。

星座図のオリオンは頭を北に向けていますが、今まで検証してきたことから、「古代人がわれわれに謎々を解かせよう」としているという強い意志が貫かれていることを察知できますので、神話と星座とピラミッド、住吉大社の古文書などからみて、この二つの謎は、天の川とエリダノス河とナイル河の関係を解かせ、次いで、ピラミッドとオリオン座とブレアデス星座の関係を解かせ、そして、オリオンの剣を示す謎々を解かせようとしている」と受け取るべきではないかとと考えられるのです。
オリオン座の体部は三ツ星を中心にしたほぼ対象な図形ですから、反転した星座図が使用されていた可能性も考えられます。




木村鷹太郎著「星座と其神話」(東盛堂 1923年)からも補填してみます。

  星座の形は屈折が誇大されてはいるが、
  全体において、ナイル川の屈折と一致している。
  星座の北の端の頸ともいわれる小さい部分の屈折はカイロから北、
  カノープス口へ向かって流れる形ではないか。
  その部分にクルサの星があるが、
  それは、ナイル河口に近いカイロのことで、
  「帰る」「回転」「急所」等を意味して、対訳であり、
  それから少し南へ行って、ザウラクZeooruacの星がある。
  それは、「注意」、また、「値を上げる」を意味し、
  北緯27度8分あたりのナイル河沿いの
  アンチノエAntinoeの町の名の対訳で、同じく「増値」である。

  河星座地図


  図の終わっている部分は、北緯一八度のベルベルあたりで、
  この辺でエリダノス河の名は実は終る。
  この部分でアトバラ支流が流れ込み、
  なお南へ遡ると青ナイルが流れ込み、なお白ナイルは源を南へ行って、
  アルベルト・ニャンザやビクトリア・ニャンザの湖水に達する。
  そして、この星座にある一等星アカナル、またアケルナルの名が、
  ニャンザの対訳名になっていて、ともに「若く、噴出す」であり、
  なお以って、この河がナイル河なることを証明するのである。

  星座と地図とを比較し、
  その屈折の角々を123456の番号に合わせて考えたなら、
  正確に会得されるであろう。
                  「星座と其神話」305、306ページ

木村鷹太郎氏の両地図の比較は貴重な資料であり、これは、あくまでも私の憶測的な見解ですが、右の天文図のカーブが左の地図と比べてあまりにも差があることに目を留めますと、この異常なカーブは紅海への運河と紅海の一部を含んでいる図なのではないかと思うのです。
要するに、運河がかってあったのではないかと考えられるのです。

豊玉姫と彦穂穂手見命との間のウガヤフキアエズ(アトラス)誕生にまつわる神話は、この間の事情を説明しているように思えるのです。

豊玉姫は、ウガヤフキアエズ=アトラスを生むときに、「本つ国の形」を表して出産するので、その「本つ形」を見るなというのですが、彦穂穂手見命が、その言を奇しと思って伺い見ると「八尋和邇に化りて、匍匐委蛇ひき」と書かれています。

豊玉姫が、竜、あるいは蛇の形になるとは、蛇の形の「河星図=河渡図」を暗示していて、「アジアに直結している流(水路)」を言っているのではないでしょうか。
「豊玉姫が蛇のように匍匐委(はいもごよう)」姿だったというフレーズは、その蛇状の形状を示し、ウガヤフキアエズの名「鵜葦葺く」の字が、「鵜の羽で屋根を葺いて覆う」という表現は「暗渠」、すなわち、屋根のある運河が潰されたことが連想されます。もとより、多重構造の謎の文書ですから、これは一面に過ぎませんが。

その後、豊玉姫はウガヤフキアエス=アトラスを海辺に置いて海神の国に戻り、「つねに海つ道を通して往来はむと欲ひき、然れども・・・海坂を塞へて返り入りましき(古事記)」と記し、「海陸相通はしめて、永く隔絶つこと無からまし・・・といひて、乃ち草を以って児をつつみて、海辺に棄て、海途を閉じてただに去ぬ(日本書紀)」、また、「これ、海陸相通はざる縁なり(日本書紀)」と記している内容が、このあたりの事情を示唆していると思われます。

「海路を塞いでしまった」は、スエズ運河を封鎖したことを神話化したものではないかと考えられるのです。
「日本書紀」では、「みち」のことを「海驢」と表記し、しかも「海驢の皮」を云々と記しています。これは、「アザラシ」であると注釈されていますが「いるか」のこと、すなわち、「カイロ=海路」のアナグラムで、クレタ島や、サントリーニ島の古代の壁画のイルカは、カイロすなわち、エジプトのシンボルであったと考えられます。
いるかはポセイドン一族の表象です。


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