与那国島沖の海底遺跡が世界史のどこに組み込まれ得るかという問題は未解決の分野です。 せっかくですから、この巨大なテーマを、自由な発想と柔軟な心で考察する(ブログ上の)素人学会ができれば・・・と夢みています。

30 出雲大社の謎

30 出雲大社の謎 

出雲と出エジプト

出雲の「雲」とは「ネフェレ(雲)」
エジプトのギザの大ピラミッドの傍らの展示館に展示されている「太陽の船」を実見したとき、「和船」だという印象を得ました。竜骨の有無といった船の構造からの類似ではなく、「木材の扱い方、その精緻な手仕事」からそう直感したのです。
古代の造船の工具について、ディルウィン・ジョーンズ氏は、「船とナイル」学芸書林出版 で考証していて、古代のエジプト人は、造船に手斧を使用し、また、のこぎりは手前に引く種類のものを使っていたことに言及しています。
鋸を引くというのは、日本において今なお続いている特長ですが、西洋ではのこぎりを押すのが伝統です。
和船の船大工さんがこの国から消滅しないうちに、ぜひとも、「太陽の船」を二隻製作して、それを連結して海を走らせてみたいものだとつくづく思ったことでした。

エジプトの古名のひとつに「ネフェレ」という言葉がありますが、それは「雲」という意味です。
「出雲」とは、「出エジプト」という意味ではないでしょうか。




「出雲風土記」の矣の国とはエジプト

「出雲風土記」

  国の余りあるやと見れば 国の余りあり
  はたすすき 穂振り別けて 三身の綱打ち挂けて
  霜黒葛くるやくるやに 河船のもそろもそろに
  国来国来と 引き来縫へる国は・・・

大国主神が「国来 国来」と、国引きをしたという神話からは、大力のアトラスを連想しないでしょうか。
「河船の毛曾呂毛曾呂に 率き来た」からは、「出エジプト」のモーセを、「かわ」からは、「鵝の皮を着て落ちて来た」と言う古事記の「大国主と少名毘那神」を想起します。

「出雲風土記」の上記の記事中に「矣の国」という言葉が入っているのですが、「矣の国」とは埃及(エジプト)であり、「愛の国」であると木村鷹太郎氏が解き明かしています。
それは、「愛媛」、すなわち、二匹の魚となって東方へ逃げた「ビーナス」とキューピットの国だったからであり、ゆえに、美人の持ち物として似つかわしい鏡をアンク(♀)と象徴しており、わが国の「神宝」が鏡であるのはここから来ているといいます。
このビーナスの別名アフロディティーのアフロという語幹は、アフリカ大陸のアフロです。
「古事記」は、「伊邪那岐命と伊邪那美命が国生みをする際に、淡島を生んだが、これは子の数にはいれず、次に伊予の二名の島を生んで、それが四国である」と記していますが、この記事が、「伊邪那美がアフロディテーで四国がキューピットであることを先に書きました。


伊邪那美命が葦舟とともに流し去ったヒルコ
「古事記」に、伊邪那美命、すなわち、「アナニヤシ えをとめを」のをとめが生んだ「ヒルコ(エビス)」を葦舟とともに流し去ったことが記されていますが、この「をとめ」は、浦島太郎の乙姫であり、乙女座にもその足跡を記している伊勢神宮外宮の豊受大神であることを前に述べました。
そして、ヒルコ、またの名エビスは、エジプトのトート神です。
パレスティナのエルサレムの場所は、元は、エビス(エブス)の地であったと、聖書のサムエル記に書いてあります。

玉手箱の中から出てくる雲とはエジプト?
丹後の浦島太郎の「宇良神社」には、社宝として「玉手箱」が伝えられていますが、それが、女性の化粧道具入れであるという点も、このビーナスという美人とのゆかりを物語らせるためであろうと思います。
浦島太郎の玉手箱のなかがら雲がでて、浦島太郎は、いっきに老人になるというのは、玉手箱の中からエジプトが出てきて、日本国がいっきに老国になると考えるのが妥当です。

「平家物語」剣の巻の神璽、即ち、神鏡にまつわる記事ももう一度掲げてみます。

  およそ神璽と申すは、神代より伝わりて、代々の御帝の御守にて、
  璽筥(しるしのはこ)に納めけり。この箱、開くことなく見る人も無し。
  これに依りて後冷泉院(1025~1068年)の御時、いかが思しけん、
  この箱を開かんとて 蓋を取り給ひしに、たちまちに 箱より白雲上り給ひけり。
  由ありて、雲は元のごとく返り入らせ給ひぬ。
  紀伊の内侍、蓋覆ふて緘げ納め奉る。
  日本は小国なりといえども 大国にまさるとは是なりとぞ。
  神璽とは、わが朝の起より出でたり。





出雲大社の注連縄
出雲大社の三トンもある注連縄を見ますと、ナイル川の太古の「葦舟」の記念品なのではないかと思います。
葦舟の葦束の中に空気を封じ込めた多数の瓢箪を装着したならば、浮力と安全性が倍加するのではないか、これについてもぜひともこれを実験してみたいものだと思っています。


出雲 美保神社の青芝垣神事と諸手船神事
出雲の美保神社では四月七日に、「青柴垣」神事が執り行われます。
神船が青柴垣で囲われ、さらに幕で覆われた中に神主が篭ります。そして、何隻かの神船のうち、二隻の船を横に並べて直径二~三〇センチの木数本を使って連結します。
これは、「大国主の国譲り」の時、大国主の息子の事代主神、すなわち、恵比寿神(酉神=トト神)が船で入水したという故事にまつわる神事です。
「古事記」の伊邪那岐命と伊邪那美命が生んだヒルコ、即ち、エビスを葦舟で流したという記事については述べました。

十二月に行われる「諸手船」神事のほうは、二艘の船が一組となって漕ぎますが、連結はしません。しかし、前向きに座した左右四人ずつ計八人の漕ぎ手が櫂を両手で漕ぐこと、櫓を大きな梶として操舵することなど、失われた「天鳥船」の原型をとどめているように思えます。

安芸の宮島の「管絃祭」
御船祭り神事でが、三艘連結の船がでます。
「安芸」とは「アイギ」即ちエジプトのことであると木村鷹太郎氏は説いています。


尾張 津島神社 「御葦放流神事」
葦船にまつわる不思議な祭りが尾張三河地方の津島神社に伝えられています。
「尾張」がオリオンを意味していたことを思い起してください。
御祭神が建速須佐之男命である津島神社は、江戸時代までは津島牛頭天王社と呼ばれていたということです。イタリアに、有名な双角のあるモーセ像(ミケランジェロ作)がありますが、モーセが牛頭天王と呼ばれていた名残ではないでしょうか。

この津島神社の神事でも、船を二艘ずつ連結します。
昔は大きい船が使われていたそうですが、今は長さ十三、六メートル、巾二、一メートルの木造船を二艘並べて「しら」「はしり」などの部材で連結して、その上に屋形を組み上げます。
これをなぜか「巻藁舟」といいます。
旧の六月十四日の宵祭りにこの双胴船の楽車船五車が天王川を遡って御旅所に参詣、明くる十五日には飾り付けを改めた楽車船五車と市江車が天王川を遡ります。
その夜深夜には「御葦放流」神事が、闇と静寂の中でとりおこなわれますが、これは、天王の御神体と仰いだ葦把を天王川の橋までお渡して大海原へと放流する神事です。 
御葦船(木造船)に御神体の御葦を積み、所定の場所につくとこの場合も御葦船二艘を並べ、舳先に竹を横に渡した上に、御葦の束を積み、祈祷の後、二艘の船を漕ぎわけ、御葦を水中に落として後ろも見ずに漕ぎ帰ります。流した葦束には疫病が付いているとして恐れられたといいます。しかし、これも、出エジプトのときの再現と、モーセが赤子のときに葦の篭に入れて川に捨てられたという故事とを重ねていてる行事のように思えます。
日本各地に、「片葉の葦」「刈る萱」の伝説があるのですが、これらは産鉄の隠語でもあります。

「大国主の国譲り」は豊葦原の水穂国がひどく騒がしい時代であったといいます。
「天照大御神が天の岩屋戸にこもられた」ときも葦原中つ国ことごとに闇い時代であったといいます。



鹿島神宮と香取神宮の「二艘船の御船祭り」
茨城の鹿島神宮と千葉の香取神宮が十二年に一度共同で行う御船祭りでも船が連結されて二艘船となし、これに神輿が乗せられますが、この鹿島神宮の建御雷之男神(尾羽張神の子)と香取神宮の経津主神もまた、「大国主の国譲り」の場面の主要メンバーなのです。


こうして、国中のあちこちの古社で、こぞって「古代」への手がかりを提示することに力を注いできたのですから、その提示を受け入れて、謎解きを試みるべきであると思います。
日本は、「神秘の国」でした。「ダビンチ・ミステリー」よりもはるかに古く、雄大で、ロマンに満ちた「浦島太郎ミステリー」が世に知られる日を楽しみにまっています。




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コメント
ふむふむ (-_-)
『聖徳太子は蘇我入鹿である』関祐二著において、封印されている
出雲王朝の事が書いてあります。その中で『古代日本正史』原田常治著
を紹介してます。この方は、『記』、『書記』成立以前にあった神社の記録
を調査され古代史のほぼ全容をつかめたそうです。このように
自分の足で探ることが一番大事なのでしょうね。
公様もご自分の足で調査されたり、検証の数々には
そのほんの爪の垢でも真似できればいいのになぁ('-'*)
日本神社の特有のお祭りには、歴史の解明に役立つ情報が
ごまんとあるのでしょうね。

>葦舟の葦束の中に空気を封じ込めた多数の瓢箪を装着したならば
瓢箪から、私はハワイとのつながりを感じてます。
この船はハワイを含むミクロネシア・ポリネシア諸島まで行っている感じがします。
帆舟(方舟)から、天鳥船を漕いで上陸したのでは??
ここは、浦島関連など面白いことがたくさんありますよ(笑)
2008/10/15(水) 09:58 | URL | シーター #-[ 編集]
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