与那国島沖の海底遺跡が世界史のどこに組み込まれ得るかという問題は未解決の分野です。 せっかくですから、この巨大なテーマを、自由な発想と柔軟な心で考察する(ブログ上の)素人学会ができれば・・・と夢みています。

13 邪馬台国エジプト説の奴国

51 邪馬台国エジプト説の奴国

奴(ぬ)国と不弥(ふみ)国

奴(ぬ)国

ペロポネソス半島東部アルゴリス国のアルゴス府である。「アルゴス」は船の意、また、
船はギリシャ語でナウ Naus と言い、これが「ヌ」となった。

東南至奴國百里官曰馬觚副曰卑奴母離有二萬餘戸

東南の方に百里(10Km)行くと奴国に着く。官を馬觚という。副官を卑奴母離という。二万戸余りある。

木村鷹太郎氏は奴国はアルゴスの府であると云っていますので、当然ナウプリオスやミケーネを含む領域だったと考えられます。ナウプリオスのナウ(船)がヌとなったものです。ここも卑弥呼の支配下にあることが、「卑奴母離」という官名から読み取れます。
ナウプリオス=奴国はポセイドンの息子が作った都市だといわれています。
「馬觚」という官名は、ポセイドンのしるしが「三叉の鉾」「目」「いるか」のほかに「馬」でもあるところから、ポセイドンの「馬」にちなんだ名であると思われます。

プラトンは、「クリティアス」と「ティマイオス」に、ポセイドンは、アトラスの父であると書いていますが、別のところで、ポセイドンがオリオンの父であることを書いています。両者が同じでありトロイアであることについては、すでに説明しました。


ナウプリオスには、ティリンスという遺跡がありますが、ここにはミケーネ時代のダムの建設跡もあります。

ミケーネは、アルゴリス平野を一望のもとに収め、同時に南北交通路・要所を押さえる位置にあって紀元前17世紀末に著しく台頭しました。ミケーネ文明(後期のエーゲ文明)の重要な中心の一つとなっています。
また、ミケーネはトロイ戦争の一方の舞台、ミケーネの王アガメムノンの居城とされ、墓地からは、黄金のマスクなどが発見されました。ホメロスの「黄金に富むミケーネ」という言葉が、ドイツ人シュリーマンのこの発掘によって史実だったことが証明された形となったとして有名です。

ミノア文明に影響を受けた美しいフレスコ画に飾られた無数の豪奢な邸宅や壮麗な部屋が発掘されています。
画像と説明文は、ホームページ 「旅人legend ej の世界紀行・心に刻む遥かなる時」のミケーネ宮殿遺跡/円形墳墓/「アトレウスの宝庫」 からお借りしました。

ミケーネ 壁画
ミケーネ「宮廷婦人の像」アテネ国立考古学博物館にて展示

ミケーネ宮殿内の西側城壁近くの邸宅遺跡から、
1970年に出土した「宮廷婦人の像」と呼ばれるフレスコ画は、 
宮殿で祭祀を司る女性を描いたものである。
クレタ・ミノア文明のフレスコ画の様式を継承しつつも、非常に精巧に描写されており、
ミケーネ宮殿の崩壊時期に比較的近い時代、おそらく紀元前13世紀の作品と推定される。
 
また女性を描いたフレスコ画に関しては、
この「宮廷婦人の像」が出土した場所と同じ宮殿・南翼部の
「宮殿聖所」から出土した「三女神フレスコ画」が、
ミケーネ考古学博物館(1987年当時/アルゴス地方ナフリオン考古学博物館)
で展示公開されている。    引用終り

ミケーネは、城壁正面の獅子門や黄金のマスクが発見された円形墓地、王宮跡や秘密の貯水池、高度な技術の石積みの「アウトレス宝庫」など・・・、ギリシャの古代遺跡見学の目玉的存在です。
ここからナウプリオスに行く途中にもヘーラ女神の神域があります。

卑弥呼とは、「ヘーラ神」祭祀の権限と、ペロポネソス半島全域を一手に掌握していた女王であったことがわかります。




不弥(ふみ)国

アルゴリス国のハーミオネ Hermione府である。語尾を略せば「ハーミ」で、これが「フミ」になった。

東行至不彌國百里官曰多模副曰卑奴母離有千餘家

東へ百里行くと不弥国に着く。官を多模といい、副官を卑奴母離という。千戸余りの家がある。

ホメロスの「イリアード」に
 深き入り江を抱くハーミオネーにアシネーの町・・・

と、詠われているところです。
スパルタ王メネラーオスと妻ヘレネーの娘ハーミオネーに因んだ都市名であり、ヘルミオネとも表記されます。
ハーミオネーの母ヘレネーは、トロイア戦争のきっかけとなったといわれる重要人物です。
王メネラーオスとヘレネーとの間の娘ハーミオネーはミュケナイ王オレステス(アガメムノンの息子。ハーミオネのいとこ)と結婚していましたが、気が変わったメネラオス王はアキレウスの子ネオプトレモスに娘を与えます。しかし、結局、オレステスはネオプトレオスを殺し、ハーミオネを取り戻しました。

この神話から、ハーミオネの領域も、先ほどのミュケナイ王家の所領であり、両王家ともに一族であることがよくわかります。
そして、この領域もまた、卑弥呼に属していることは、さきの伊都国のメッセニアがメッセンジャーであり、また、女主人でもあったことから判るはずです。

こうして「魏志」倭人伝の行程を辿りますと、クレタ文明と同期か、あるいは、クレタ文明衰退後の中心的文明をことごとく網羅させていることがお分かりだと思います。




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