与那国島沖の海底遺跡が世界史のどこに組み込まれ得るかという問題は未解決の分野です。 せっかくですから、この巨大なテーマを、自由な発想と柔軟な心で考察する(ブログ上の)素人学会ができれば・・・と夢みています。

17 鬼のルーツ?

55 鬼のルーツ?

「吉備大臣入唐絵巻」の謎々 3

「吉備大臣入唐絵巻」の陰の主役 鬼
吉備大臣は、外国から突きつけられる難問を片っ端から解決していくのですが、それらの難問を、吉備大臣が独力で解決したわけでは決してありません。
「鬼」の手助けが無ければ、1番目の問題も2番目の問題も解決しませんでした。3番目の暗号だけは「蜘蛛が糸で導いて解決できたにしても、その後もまた鬼の助けを得ているのですから、「鬼」は、「吉備大臣入唐絵巻」の陰の主役といっても差し支えないのです。

吉備大臣を助けに駆けつける鬼の姿です。

 吉備大臣入唐絵巻 鬼

絵巻の中では、この鬼は、唐に吉備真備とともに留学した阿倍仲麻呂が、幽閉されて餓死した後の変化(へんげ)の者なのですが、わたくしは、いろいろ回りくどい説明を抜きに、ズバリ、この「鬼」とは、クレタ島のことであると思います。



鬼とはクレタ島のこと?
クレタ島は、下図で分かるように、頭に二本の角があり、顔があり、ちゃんと鼻までついています。
鼻の辺りをハニヤ=ハナ?というのもご愛嬌です。
 
 クレタ島 鬼図


次の左の絵はギリシャの壷絵に描かれているミノタウロス退治のシーンです。
右の絵は、江戸時代の黄表紙の「蟻通之御本地」の一こまです。この「蟻通之御本地」は、この挿絵の鬼の上方に見える「七曲の玉」に糸を通すようにという難題を、「蟻に糸を結びつけて通り抜けさせて」解決するというもので、蟻通神社の由来書などとほぼ同じ内容ですが、神社関係の由来書には、「鬼」は出てきません。
「蟻通之御本地」では、題名に「御本地」なる言葉が使われ、しかも、「鬼」が登場するのです。これは、「蟻通」の本地が二本の角のある鬼の形状のクレタ島であることを示唆していると思われます。


 蟻通之本地.とミノタウロス

およそ、二千年の時の隔たりを感じさせない鬼とミノタウロスの構図の一致が見られます。

「蟻通」の話は、クレタ島の、紀元前16Cよりも昔のミーノス王にまつわる神話ですから、「蟻通の話が伝播した」だけで、「蟻通神社」が創られるはずもなく、また、「日本で蟻通の難題を解決した」のが、クレタ島の神話と似ているのは偶然の一致というわけにもいきません。
何故なら、クレタ島のミノア時代のファイストス円盤という粘土版が、日本語で読めるのですから、ミノア時代のミノタウロスが、わが国の最も古い「角ある人間」であり、これが、「半牛半人」や「牛鬼」や「鬼」の原型であるといえます。



モーセの角の謎
ファイストス円盤と、聖書の創世記48章、49章、そして、申命記33章がリンクしているのですが、創世記や申命記を書いたのはモーセです。
そのモーセが、神の国のアイデンティティを喪失したときに備えて「ファイストス円盤」を創って置いたことが申命記31章に書いてあるのですから、モーセが日本語を話す日本人であったことを否定することはできません。

そのモーセの像が、ローマのサン・ピエトロ・イン・ヴィンコリ聖堂にあります。ミケランジェロMichelangelo Buonarroti 1475-1564 作のモーセ像には二本の角があります。

モーセ像 1
このモーセに虎の皮のパンツをはかせて、金棒をもたせれば、そのまんま「鬼」ではありませんか。
モーセの頭に角があるのは、聖書のラテン語の誤訳で、「光を放つ」を「角が生える」と間違って表現した為であると言われています。
しかし、出エジプト記32章には、モーセが、シナイ山に登って、40日ほど留守をしている間に、兄である祭司のアロンが、「エジプトの地から民を連れ登った神」なる金の子牛を創って崇めさせていたといいます。
モーセの兄のアロンも日本人ですから、その「金の子牛」とは、モーセの象徴として創られたものでしょう。日本人は、指導者を神に仕立て上げる習癖をもっていますから。

「牛」には、トロイア=トロアス=タウロス(牛)の大人(うし)という意味が込められていたと考えられます。
「モーセ」の「モー」は、牛の鳴き声でもあることですし。


しかし、「角」と「光」が似た言葉であったために間違ったのであるという説もまた聞き捨てならない情報です。
「鬼」というのは語源的には「オン」すなわち「陰」だったといいます。

「倭名類聚鈔」源順 十世紀頃
 於爾は陰の訛ったもの
 鬼は物隠れて見えにくい

つまり、「隠れ神」のことで、即ち、陰陽ニ神の「陽」と一対の「陰」の部分です。
「オン」という宗教都市がエジプトのナイル東岸のデルタにありました。メンフィスの北東30kmほど、現在のカイロの北東10kmほどのところで、ナイル川がこのあたりから扇の骨のように分岐して地中海に流れるのですが、その扇で言えば要のところにオンがありました。オンは太陽崇拝の中心地であり、ギリシャ名をヘリオポリス(太陽の町)といいました。このヘリオポリスのうちに陰の部分、後にネクロポリスといわれる部分が含まれていたのではないかと思われます。

モーセもまた、この、オンの祭司一族でもあった可能性があります。

ミケランジェロのモーセ像は、河神オケアノス像(下図)の描き方を踏襲して描かれていると考えられるのです。

オケアノス
ウィキペディアのオケアノス像 トルコ語版から

オケアノスは、ウラノスとガイアの子です。河神といわれていますが、大洋の支配者でもあります。
その肖像は、通常、角と頬髭そして長い髪や顎鬚で描かれており、下半身が蛇や魚のときもありますし、変身して牛や蛇にもなります。ということは、伏義と全く同じですね。

上のオケアノス像の額の部分にも猿が隠れているのが見えるでしょう。猿は申と書きます。申はモースであり、示す篇と申で構成してあるのが「神」です。お神輿を創案したのもモーセですし、私たち日本人とモーセは、切っても切れない関係にあるようです。

ウラノスが宇=天、ガイアが地であり、わが国の「記紀」のウガヤフキアエズは、天地支持者であるアトラスのことであることは既に説明しました。それは、伏義と女媧のカップルであり、定規とコンパスを持ち、下半身蛇体で描かれることが多いことも書きました。
中国では、その次の世代の王が牛頭人身で描かれていることが多いのですが、わが国でも、須佐之男命は牛頭天皇であると伝承されています。




ファイストス円盤に刻印されているヨシフ(葉枝扶 海幸山幸の父)は、パロから、オンの祭司の娘を妻として与えられたと創世記41章にあります。このヨセフの息子たちが、「エフライム=山幸彦=彦穂々手見命とマナセ海幸彦」です。とはいえ、彦穂々手見命は、高千穂の宮に580年いたと「古事記」に書かれているのですから、神代の人物名は、王朝名や国名を兼ねている場合が多いということを念頭においておかねばなりません。

また、ヨセフの弟ベニヤミンの名前は、もともと「ベン・オニ」と名付けられていたのでした。(創世記35章18)ヨセフの弟の、「ベン・オニ」という名は、そのまま「赤オニ」という意味です。
「ベン」とは、ピラミッドの冠石を「ベンベン石」といい、その「ベン」が、フェニキアであることがわかっています。「ベン」は、日本では「弁天様」、即ち、水運の神でありますが、「ベンガラ」の言葉が象徴しているように、「赤、紅、呉」を意味していますが、フェニキアという名もポエニという別名も「赤」という意味です。



鬼に金棒
ヨセフ族が「鬼」であろうことは、ファイストス円盤で、ヨセフが「金棒」で以って支配していたらしいことを象形文字で表わしていることからもわかります。
「ヨセフうしはく(治める)」と読ませているのは、ファイストス円盤A面の次の場面です。

ヨセフうしはく

「大人」という言葉を辞書でひきますと、「大物」「貴人」の意であると書いてあります。しかし、わが国の民間伝承では、「おおひと」即ち、ダイダラボッチです。そして、「貴人」は「鬼人」とも書き換えられます。
また、ファイストス円盤で、ヨセフ民が治めるために「佩(は)く」のは、「鬼に金棒」の鉄の棍棒です。
日本の各地に伝わっている「おおひと、即ちダイダラボッチ」は、「貴人」かつ「鬼人」であったヨセフの民だったことがこれでわかります。

ところで、ギリシャ神話で、棍棒とともに描かれるのは、「ヘラクレス」と「オーリオン」です。「ヘラクレス」は、ヒエラ・クレース、即ち、聖なるクレタ人という意味です。
「オーリオン」は、クレタを首都としたポセイドンの息子です。ポセイドンは、一つ目の巨人ポリュペイモスの父であるとホメロスの「オデュッセイア」にも書かれています。
ですから、この両者の実体は同じであり、その強力の源泉が金棒に象徴される「産鉄」だったということです。


産鉄、特に、「たたら産鉄」は隠され続けました。
鬼が「陰=隠」から来ているという説明は正鵠を射ているといえます。陰は、女性で表わします。陰部をホトといいますが、それは「火土」でもあり、ヒッタイト=ヘテでもあります。


さて、吉備真備の吉備地方は、鉄と密接な歴史を有していたようです。

平安時代の紀貫之が編集した『古今和歌集』の最後のほうに、
  
 真金吹く 吉備の中山 帯にせる  細谷川の 音のさやけさ

という歌が記されていますが、この「真金吹く」は吉備の枕詞であり、この地方が古代に「たたら製鉄をしていた」ことを意味するものであろうと認識されています。
この吉備は、吉備津神社や吉備津彦神社があり、鬼伝説に彩られている地方です。

「鬼にであう吉備路」というホームページの、古代国家吉備の謎に迫る には、鬼伝説が解説されていますので、検索してみてください。


その「吉備と鬼」「吉備と鉄」の密接な関係を活かし、そこから、世界の古代史を尋ねさせようという、わが国の先祖たちの雄大な構想が垣間見えたのではないでしょうか。

「鬼」というのは、悪の象徴ではないはずです。現代人は、「鬼」について、何か大きな勘違いをしているにちがいありません。
なぜなら、私たちの家の屋根々々の上から、「鬼瓦」なるものが、家の守り手として睨みを利かせていたからです。
また、「魂」という字を見てください。「魂」という重要な言葉に悪字が使われるわけがありません。
やはり、「鬼」というのは、「みえにくい」「隠れている」が本義であろうと思います。

わたくしたちにも、善魂や隠れた才能やが眠っていると思います。そして、それが、日本の急場を助けるということはよくあることです。
NHKの「電子立国日本の自叙伝」や「プロジェクトX」には、そのような、善根や隠れていた才能やアイデアが会社を救い、ひいては日本を益したことがわかる場面が記録されていてとても感動した番組でした。

「吉備大臣入唐絵巻」は、こうした様々な問題を提起しているようです。



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コメント
No title
モーセの兄のアロンは、金の牛像は作らせませんでしたよ。
しかもモーセを現してもいません。
モーセは戻って来た時、ユダヤの民に像を造らせたことに怒り狂い、兄の監督不行き届きを責め、杖で兄を叩きました。
ユダヤの民に像を造ることをそそのかし作らせたのは、サーミリーという名の天使に育てられた不信者、とされています。
原料となった金は、ユダヤの民がエジプト人たちから借りたり盗んで来たものです。
2016/11/15(火) 18:32 | URL | mm #-[ 編集]
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