与那国島沖の海底遺跡が世界史のどこに組み込まれ得るかという問題は未解決の分野です。 せっかくですから、この巨大なテーマを、自由な発想と柔軟な心で考察する(ブログ上の)素人学会ができれば・・・と夢みています。

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お詫びとご報告

お詫び
2ヶ月以上もブログ記事をアップするのを怠ってしまいました。

パソコンが使用途中に突然ダウンする、おそろしく鈍重になるなど、不具合がいろいろありまして、ご無沙汰してしまいました。

一日に10通以上という集中スパムにもやられまして、娘にスパムの削除を頼みましたところ、娘が孫娘にそれをまかせてしまい、孫娘が図書館のパソコンで夢中になって片っ端から削除をしているうちに、シーター様や五節句様の「最も大切なコメント」までさかのぼって誤って削除してしまうというアクシデントが発生しました。
それを知ったわたくしは唖然呆然、すっかり元気をなくして、以来、ずっとパソコンから遠ざかってしまいました。

シーター様 五節句様
遅きに失してしまいましたが、お詫び申し上げます。ほんとうに申し訳けございませんでした。



それに、私はブログテーマ展開の岐路に立っておりました。
1、ギリシャの「イトミ山」というペロポネソス半島のメッセニアの聖地、このあたりが「伊都国」であるということを前面にうちだし、ゼウスの正体をあかすこと。
2、卑弥呼の鬼道とクレタ島の形状、これから派生したメドゥサやゴルゴンとわが国の鬼瓦や節分などとの関係を書くこと。
3、エジプトにおける倭人の活躍の内容。

などなど、いそがしく準備をしている折も折、ふと「吉備大臣入唐絵巻」の謎解きを挿入しました。
すると「耶馬台詩」という預言詩に触れないわけにはまいりません。

「耶馬台詩」は日本国崩壊の予言の詩です。これは、一般に云われているような平安時代に関する予言ではありません。「吉備大臣入唐絵巻」は、清少納言の「枕草子」の“蟻通”と緊密にリンクしているということは、「枕草子」の“蟻通”が「聖書」のヨハネの黙示録と連動しているのですから、「野馬台詩」もアットラスト、すなわち、現代の近未来のことを預言しているのです。

「枕草子」の“蟻通”の難問中の難問も「わがくにが外国から争いごと(戦争)を仕掛けられて取られる」「外国から一方的な無理難題(ユニラテラル)を突きつけられる」に加えて、老人が見捨てられるという外憂内患の絶体絶命のときに、それを回避するという主題が織り込まれていたということをそこで書きました。

しかし、「ヨハネの黙示録」は、聖書を読まない人にはちんぷんかんぷん、読んだところで、恣意的解釈に陥るか解からないかの二通りの道しかないのですから、わたくしとしては、すでに、今までに書いてきた「ヨハネの黙示録」の解説にこれ以上付け加えても仕方がないのかな・・・と考えこんでしまいました。
とはいえ、やはり、「邪馬台国論」を突きつめていくべきか、「ヨハネの黙示録」へと戻れとの啓示なのではないかととまどってしまったのです。


しかし、「わが国が崩壊する」「一方的無理難題を押し付けられる」という国難というのは、目下のわが国の置かれている状況そのものでもあります。
そして、それは、「国際金融&国際世論」を意のままに操る一握りの人たちの「戦略」に端を発することとはいえ、最終的に直接日本にアタックする役目を負うのは中国と韓国・北朝鮮なのです。「敵を敵にやっつけさせる」というのが「彼ら」の戦略かつ常套手段ですから・・・

ですから、「枕草子」の“蟻通”も「吉備大臣入唐絵巻」も、最終的な外圧をまとめて「唐」と表現しているのです。
「唐」は「から」とも読み、暗に「韓国」をも含めているのです。
そして、その「唐」は、といえば、「やはり、日本は賢かりけり」といって、方針を改めると書いてあるのです。
私は、この預言の言葉に縋ります。

日本と中国は、世界中で、最も長く、最も麗しい友好関係を保ってきたという歴史を有していました。だからこそ、「魏志倭人伝」のような日本についての重要な情報を中国に託しておいたのです。
ですから、ここで、日中の友好協力関係の長さと深さについて書くことが急務なのではないかという判断を下したわけです。
わが国が自国の「卑弥呼」の時代やそれ以前をまったく知らないのと同様に、中国も自国の古代史をまったくご存じないというのが実情です。
中国の神話、つまり、「伏義と女媧」などを解明し得るのはただ「日本のみ」と意って過言ではありません。
日本と中国の数千年間の友好関係に眼をむけて、おたがいに培って来たにもかかわらず捨て去っている「東洋哲学」に規範を求めて、国と人の建て直しをはかるよう互いに覚醒する方向にむかわなければならないように思えます。

というわけで、今日から、がらりと、話題を変えて日中の古代史の一端を開陳することにいたします。
まだ、パソコンは不調ではございますが、なんとかやっていこうと思います。





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コメント
驚きました
先日、初めてブログを拝見しました。
古代史研究では太田明氏と平御幸氏のお二人に尽きると思っていましたが、管理人様の書かれたものを拝読し独創的見解に驚きました。このようなすばらしい研究者が我が国に現れることに何かしら古代からの伝言を預かる民族なのかなと思ったりもします。
これからじっくり読ませていただきます。
2010/10/06(水) 19:55 | URL | 散之 #-[ 編集]
ブログ再開を喜びます。
ただ今、こちらの記事を読ませて頂きました。
貴ブログが休止状態になっておられましたことには、若干の驚きと、又 心配な気持ちも入り混じり、ちょっと嫌な感じがしていましたが、
・・・・・、随分、安堵致しました。 そうですよね、ガラリと話題を変える というのは、元気を取り戻すのに特効ではないでしょうか。

私の方も、今夏の酷い暑さに苦しめられ始めた頃から、ブログ記事の更新は、随分違う話題で、頻度も下げて、やっていました。

中国についても、(エジプト同様に)、私は全く無知です。又、勉強させて頂きます。

新たな知識に出逢うことが出来ることが、とても楽しみです。
2010/10/14(木) 17:52 | URL | 五節句 #-[ 編集]
Re: 驚きました
コメントをありがとうございました。

> 古代史研究では太田明氏・・・・

大田明著「日本古代遺跡の謎と脅威」「古代超文明の謎と脅威」日本文芸社 は、私も何度も読み、この本で「万葉集」の歌の中には、日本の古代遺跡と関係の浅からぬものがあることは間違いのないことだと確信し、歴史学界もこのことを評価して研究に取り入れるべきだと思っておりましたのに、「黙殺」されてしまっていて残念に思っておりました。太田明氏の研究を大変評価なさっていること、嬉しく思います。


>古代からの伝言を預かる民族なのかなと思ったりもします。

そうです。
「古代からの伝言を預かる民族」である日本人の残したものが「預言」です。私たちは「聖書」という名で呼んでいるものが、本来は、「書物」「本」という意味にすぎないことの意味は大きいと思います。というのは、いわゆる「聖書」は、玉石混交の、たとえてみれば集められた鉱石のようなもので、選鉱し精錬しなければ、「古代からの伝言」の真意は伝わりません。そして、「古事記」「日本書紀」「万葉集」「風土記」「ギリシャ神話」などの古典や「古代遺跡」と照合しなければ、真の伝言とはなり得ない構造になっているようです。
「日本と日本語」がこうした、古代からのメッセージの要になっているように思えます。

まだまだ、精錬の途中、照合の途中ですが、お読みくださって幸甚に存じます。


2010/10/16(土) 07:01 | URL | 「考古学の再検証を!」 提唱者 #-[ 編集]
Re: ブログ再開を喜びます。
お励まし、ありがとうございます。
このお言葉で、やっと私も カムバックする元気が出ました。

投馬国=クレタ島の記事を終えたら、いよいよエジプト。そこでは、例の葦原中国の「葦の原の巨大なメムノン像」のオスカー・ワイルドにつなげる構想を練る予定でしたのに、肝心の五節句様のそのコメントがすっ飛んでしまったことはショックでした。申し訳ないやら情けないやらで・・・すっかり萎えてしまいました。

中国の太古史に話題をふるにしても、エジプトまでは到着しておかないと、「邪馬台国エジプト説」という大義名分がなりたちませんものね、なんとしてもエジプト到着までがんばってから・・・という勇気が湧いてきました。 



2010/10/16(土) 09:17 | URL | 「考古学の再検証を!」 提唱者 #-[ 編集]
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2010/10/19(火) 11:49 | | #[ 編集]
Re: americaよりメッセージ
返事が遅くなりましたこと、お詫び申し上げます。

>アメリカに現在すんでいますが・・・・

アメリカでも、宗教が、マインドコントロールをしている部分が大きいですね。
「原爆は正義のために投下した」といった類の教育のことです。

これに比べて、日本の宗教界がここ100年間以上やっていることは、「嘘のつき放題」と「無責任」の布教にほかなりません。
それは、「木村鷹太郎氏の歴史分析」を100年間黙視したことにつながり、ゆえに明らかな「巨石建造物」を
「自然」として、これを黙視して平然としていることにつながっています。

この日米両国の宗教界が犯している過ちが今後の日米両国を崩壊へと誘ってしまいます。それを、抑止するために書かれているのが預言なのです。
まっすぐ、「宗教問題」として、このブログを捉えてくださっていることを嬉しく思います。

しかし、一介の主婦のわたくしには、このテーマは重すぎて、扱いに日夜苦しんでおります。
このブログを、わかりやすくまとめ直そうとしているやさきでございますので、どうか、忌憚の無いご意見をお聞かせくださいませ。よろしくお願い申し上げます。


2010/11/10(水) 13:07 | URL | 「考古学の再検証を!」 提唱者 #-[ 編集]
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