与那国島沖の海底遺跡が世界史のどこに組み込まれ得るかという問題は未解決の分野です。 せっかくですから、この巨大なテーマを、自由な発想と柔軟な心で考察する(ブログ上の)素人学会ができれば・・・と夢みています。

24 侏儒國からたどる

62 侏儒國からたどる

邪馬台国と中国 1

「魏志倭人伝」侏儒國から辿る 

侏儒(しゅじゅ)とは小人のことです。この侏儒国とはアフリカのコンゴなどのピグミーの国であり、ピグミーの姿を借りたベス神なるものが、えびすさまであることを前回説明しました。

さて、このピグミー姿のベス神(えびす神)から派生した「トルコ石象嵌玉器の神像」が、中国の斎家文化から出土しているのを見つけました。

「知られざる古代中国のトルコ石象嵌文化」から

わたくしは、上記のホームページほか一連のT・H氏の御研究を拝見して、驚嘆しました。


「夏王朝の銅牌飾にはルーツがあった!」ほか  中国旅行90日
http://www.catv296.ne.jp/~t-homma/index.htm

「盾形銅牌飾の研究」
http://ushimachi.web.fc2.com/newpage63.htm 

これらは、インターネットの記事のなかで、ベスト3に入るほどの冒険的、画期的内容に富むものです。
即ち、国家の象牙の塔に安住している専門家たちにさきがけて、素人の考古学研究者たちが、歴史学、考古学における知的冒険ができるチャンスが足元にごろごろしているという実感を目の当たりにすることができる内容です。
火星や金星にロケットを飛ばしている宇宙時代、最先端科学時代の今なお、自分たちの足元のことはすっかりおきざりにされているのだということを思い知らされました。
今回は、このT・H氏のホームページの「知られざる古代中国のトルコ石象嵌文化」ほか一連の記事からの引用を中心にまとめました。なお、引用部分の記事はブルーの字で表示してあります。

「知られざる古代中国のトルコ石象嵌文化」から引用
斉家文化のトルコ石象嵌飾は、現在でも殆ど存在を知られていない珍しいものである。斉家文化の末期に表れて、短い期間に、限られた地方で作られたものらしい。
そもそも斉家文化が栄えた期間は短く、その文化を担った人達はどこかに消えてしまった。黄河上流のさらに支流(甘粛省の南辺り)に栄えた文化である。


「知られざる古代中国のトルコ石象嵌文化」から 写真も拝借

斎家文化 トルコ石モザイク神像

人がたのトルコ石飾り。斉家文化の玉器の分類の中に玉神器という分類があってそ、れによれば、その大部分はトルコ石で象嵌された玉とか石の人物像であって、男女の別があり裸体であると書かれている。他に見たものも、頭に髷のようなものを結ってるが、全部が裸体であった。何故、玉神器と言うものが裸体の人物像なのか分からない。左、30cm、右25cm。 

左は、牛の角を持つと言われているハトホルからきた小像、右がエジプトのファイユーム出土の象牙製のピグミー小像とよく似た、ベス神の小児バージョンにしてホルスの像です。そして、エジプトからの影響をダイレクトに受けていることがわかる品々です。

こうした、アカデミック世界から見捨てられ、落ちこぼれて、中国の骨董市で売られるはめになっているこうした古代の貴重な遺物を収集して中国古代史の不明な部分を解明しようと試みておられる「知られざる古代中国のトルコ石象嵌文化」の筆者T・H氏は、次のようにコメントされています。

中国の考古学界において斉家文化の研究が少ないのは、斉家文化が中国中原の文化ではなく、中原から外れた西の方の野蛮人とみられた「戎・えびす」の文化であったせいかもしれない。

どうですか、みごとに、「戎・えびすの文化」と言っておられます。

続いて、次のように述べておられます。
古物商のカタログとか写真とかなどを根拠にして文化の伝播を語るなんて、根拠に乏しいと言われるかもしれないが、中国の考古学界では、斉家文化の青銅の技術や、トルコ石象嵌品の技術、およびそれらの文様、その関係の出土品の研究はほとんど行われていないから、中国の考古学者はその地方でそのようなものが出土するとか、古物商がそのようなものを持っているなんて、全く気が付いていないのである。

ここで、「斎家文化」について、簡単に説明しておきます。

斉家文化
斉家文化(せいか/さいか-ぶんか)は中華人民共和国甘粛省の黄河上流域を中心に紀元前2400年頃から紀元前1900年頃にかけて存在した新石器時代末期から青銅器時代初期の文化です。この文化の主要遺跡・斉家坪遺跡(甘粛省広河県斉家坪の河河畔)に由来する名称です。

斉家文化の分布は黄河上流の甘粛省蘭州市一帯を中心とし、東は陝西省の渭水上流に及び、西は青海省東部の湟水河流域に、北は寧夏回族自治区および内モンゴル自治区に及びます。斉家坪遺跡のほかに甘粛省永靖県の大河荘遺跡と泰魏家遺跡、武威市の皇娘娘台遺跡、青海省楽都県の柳湾遺跡など、300箇所に及んでいます。

斉家文化の陶器で主要なものは黄色陶器で、紋様が表面に描かれており中でも縄紋が多くみられます。粟類が陶器から発見されており、農耕文化があったことがわかっています。また、馬の飼育の痕跡がこの文化の遺跡で広く見られます。
更に、銅も、銅鏡などの装飾のみならず道具作りに使われていて、銅で作った器物や銅と錫の合金(青銅)の器物も発見されました。  
斉家文化の墓地と村落も発掘されていて、墓中からは多数の石器や陶器が陪葬品として発見されました。そして、
地上には宗教建築のような石造の建築物もありました。  ウィキペディアから抜粋
そして、「玉器が大量に出土する文化です」。 T・H氏御指摘

斉家文化についての解説がありましたが、説明として欠けているのは、やはり玉器が大量に出土する文化であるという部分だと思います。という、重要な御指摘を受けまして、感謝いたしております。早速、上記のように、付け加えさせていただきました。
「斉家文化の玉器」について、ネットで、画像検索しましても、出てくるのは殆んど、T・H氏のホームページ
のみと云っても過言ではありません。そのくらい「未開拓」の分野なのです。


この斎家文化の特徴として、「陶器に縄紋が多く見られる」と書かれていることにご注目ください。
ウィキペディアで、「斉家文化」を検索しますと中国版でもわずか10行の記事で片付けられているにすぎません(2010年12月26日現在)。それでも、その短い記事のなかで、文化特色として、「齊家文化的陶器以黃色陶器為主,且有刻創紋路,並常有繩紋。」と書かれています。

では、「斉家文化」の土器の縄文と日本の縄文時代とは関連があるのでしょうか。それとも、縄文が土器に刻まれているのは偶然の一致にすぎなのでしょうか。

この疑問に対する答えが、上記、「知られざる古代中国のトルコ石象嵌文化」にあります。このホームページの著者T・K氏のコレクションには、あっと驚くものが含まれています。

左側の写真の「トルコ石象嵌の神像」がそれです。
そして、右側は、縄文時代後期(紀元前2000~1000年頃)のものと言われている通称「ハート型土偶」群馬県東吾妻郡郷原出土の、高さ30,5cm、重要文化財の土偶です。

トルコ石象嵌神像.とハート型土偶

この両者の共通点
・大きくて丸い二つの目、そして、大きな鼻と鼻の穴が一致
・両肩と中央に同心円や渦巻が配置されているという一致
・「大の字型」という造形が一致

これだけの共通点があれば、同じ神の神像であると申せましょう。
右側のハート顔の神像はハトホル神です!!そして、ハトホル神が大国主の妻、あるいは、その一族であることをこれら「大」の字形の神像が示唆しています。
そして、左側のスペード顔の神像が大国主であり、「醜い顔」で表現されているのは「見にくい」即ち「隠れた神」を表し、「お産の神、お産の守護」として表示されているのは、「産鉄」の神であることを暗示しているのです。
そして、「産鉄」は「産銅」によって隠されていました。
スペードとハート、トランプのカードの模様のルーツはここにあったようですね。

そして、「齊」という字は大国主のために作字された文字であることを後に説明いたします。
さて、「大」の字はそのフィギュアが人がたですので、「大人」と読めるのです。そして、これを「おおひと」と読むときダイダラボッチのことです。
また、「大人」を、日本では古くから「うし」とも読み、貴人、大物を意味します。これを「牛」に置き換えたものが、牛の角をつけた神々なのです。

ここまで記入しました時点で、「知られざる古代中国のトルコ石象嵌文化」の筆者T・H氏から写真掲載の御許可を頂戴いたしました。ほんとうにありがとうございます。
早速、「知られざる古代中国のトルコ石象嵌文化」から「半牛半人」の写真をもう一枚掲載させていただきます。

トルコ石象嵌 牛神像

これは、「牛」と「大人」の合成した「ミノタウロス」像です。タウロス=太郎=大楼でもあります。
そして、タウロス山脈やトロイアや中国の大楼山脈と関係がありますが、クレタ島やエジプトとも密接な関係があるのです。
そして、「半牛半人」はシュメールやバビロンからも数多く出土しているのですが、これらが、縄文時代の日本とも関係付けられることが、上に取り上げさせていただいた神像からわかるのです。

「古事記」神代の巻に、「蛭子という字があてられ、ヒルコとも呼ぶことが記され、葦船で流した」と書かれているのが「えびす」のことです。そして、ヒルコとは、ヒルコン、つまり、太陽の都であり、エジプトのヘリオポリスのことでもあります。
また、このヘリオポリスの一名が「オン」であり、ヨセフの妻がこのオンの祭司の娘であることが「創世記41章45」に記されています。
また、「吉備大臣入唐絵巻」についての記事で、「鬼」とは、この「オン=ヘリオポリス」から来た言葉であり、したがって、卑弥呼の「鬼道で人々をまどわせていた」と云う記事は、太陽の都「オン」発祥の「光通信の情報源を秘して、神がかり的予言に見せかけていた」宗教システムから生じたある種のいかがわしさを表現したものであると考えられるのです。

さて、上記、創世記41章には、ヨセフの息子たちの誕生の記事があり、「長子をマナセと、次子をエフライムと名付けた」と記されているのですが、クレタ島から出土した紀元前16世紀頃の粘土板「ファイストス円盤」には、ヨセフが金棒を持って治める「大人」の姿で象徴されいるのですが、そのヨセフの子供たちが裸の小児の姿で象徴されているのです。





それが「古事記」「日本書紀」の神代の巻の掉尾を飾っている神話「山幸彦海幸彦神話」にして「彦穂々手見命神話」であること、そして、それが、「少名比古那神=えびす神」の神話であり、「浦島太郎物語」であることを、このブログは書き綴ってまいりました。


ところで、ここに掲載した写真の「神像の価値は計り知れないのではないか」とわたくしがメールしましたのに対して、
北京の骨董市で安価な値段で売っている。
とのお返事をいただきました。古代に護符として、大量に製作していたものなのでしょうか。
技術的には、コピーをしたり、それらしき偽物に仕上げるのが容易なもののように見受けますが、実物に接しておりませんので何とも云えません。
しかし、写真に掲載した「大人」形神像について云えば、わざわざ、日本の「縄文土器の重要文化財」からヒントを盗って作ったものであるということは考えられませんので、時代考証に大きな貢献をした「メルクマール的出土物」と考えてさしつかえなく、やはり、「歴史的価値がある」と判定してよいことは確かでしょう。


このT・H氏が、蒐集されている「斉家文化」の玉器もまた、象嵌の施された大変珍しい逸品揃いですが、「斉家文化」の玉器についての資料が日本には無く、わたくしは英語や中国語が全くダメなのでいまのところコメントのしようがありません。ただ、「斉家文化」は「良渚文化」の玉器の神像と密接な関係を有しており、南米古代文化にもつながるものですので、そのことについては今後、順次、書く予定です。








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コメント
明けましておめでとうございます!!
今年1年がKOOさまにとって、豊かで実り多い年となるよう心からお祈りします。 
楽しく新年を迎えられたことと思います。
今年は子供の受験体制に突入し、自分の挑戦は来年まで延ばしますので、
KOO様のブログでまた勉強させていただく時間が取れそうです。

邪馬台国エジプト説も佳境に入った感じでますます目が離せません。
エジプト説を証明することで、KOO様の日本の謎の解き明かしが
より堅固になっていくことを感じています。

牽強付会を否定するという言葉がよくブログの中で出てきますね。
確かに、聖書の契約の民は日本国であるとか、ファイストス円盤が
日本語で読めるなどといえば、それだけでひいてしまうと思います(笑)

でも、それは、聖書をよく知らないから、ファイストス円盤に
まつわる時代考証をよく知らないからだと思います。 
私はギリシア神話を少し知っていたから、古事記と重ね合わせても
少しも変だと思いません。また、エジプトのピラミッドのような巨石文化が、
世界に点在するのは、違う場所で同時発生したものではないと思うから、
KOO様のエジプト説にはうなづいてしまうのです。

実際KOO様は何もかもご存知と思わざるをえません(笑)

中国が、こんなに面白いと気づかせてくれたKOO様に感謝して、
今年も陰ながらKOO様を応援してゆく所存です!
2011/01/01(土) 01:22 | URL | シーター #-[ 編集]
Re: 明けましておめでとうございます!!
新年おめでとうございます。

おかげさまで、今年はよい年になりそうな気がいたします。


> 今年は子供の受験体制に突入・・・・

御子息の御健闘と御一家の繁栄を心からお祈りいたします。
わがやの孫娘も昨年はバイトと病気で大忙しでしたが、いよいよ受験体制に入ってくれるかな???・・です。


> エジプト説を証明することで、日本の謎の解き明かしが、より堅固になっていくことを感じています。

「ヨセフ」が日本人であり、その子孫が「山幸彦海幸彦」であり、彦穂々手見命」であり、その子孫がウガヤフキアエズ=アトラスであるということを抜きにしては、世界史も日本史も骨抜きのくらげ同然です。
これさえ認めれば、すべての謎が氷解します。


> 牽強付会を否定するという言葉がよくブログの中で出てきますね。
確かに、聖書の契約の民は日本国であるとか、ファイストス円盤が日本語で読めるなどといえば、それだけでひいてしまうと思います(笑)

・「ファイストス円盤」の文章、
・「ヒエログリフ」の王名ミケイリノス、ウナス、トゥト・アンク・アメンなどが日本語で読める、
・「魏志倭人伝」の邪馬台国への行程の方角と距離がことごとく一致すること
などに価値を認めようとしないのは、後世に「悔い」残すこととなりましょう。
「確率」という科学的根拠で圧倒的に証明できることが多いということに気づいてほしいものです。


> 私はギリシア神話を少し知っていたから、古事記と重ね合わせても
少しも変だと思いません。また、エジプトのピラミッドのような巨石文化が、
世界に点在するのは、違う場所で同時発生したものではないと思うから、エジプト説にはうなづいてしまうのです。


「古事記」も「ギリシャ神話」も、「聖書」も、日本人の関心が薄い分野ですから、わたくしのブログは大多数の日本人にとって無価値なものでしょう。
「歴史のロマン」を求めているという方々は多いにもかかわらず、その「歴史のロマン」を目にしても、全く心が動かない人ばかり・・・書く勇気が萎えてきます。
こうした中で、こうして、このブログに御理解いただいているシーターさまのような方の存在は、わたくしにとって、本当に貴重な存在です。




> 中国が、こんなに面白いと気づかせてくれたことに感謝して、今年も陰ながらKOO様を応援してゆく所存です!

こうして、肝心要のところでエールを送ってくださっていること、
とても勇気つけられます。
ありがとうございます。

2011/01/02(日) 16:36 | URL | 「考古学の再検証を!」 提唱者 #y8HLvzm.[ 編集]
大変勉強になります。
拝啓、訪問が滞りがちになってしまっており、申し訳なく思っています。(私が使っているPCも調子が悪くて駄目です)。

縄文時代の土偶は、日本列島だけの固有の遺物だと思い込んでいましたから、この、トルコ石象嵌神像という類似する中国の遺物の写真にはビックリしました。

沢山のことを考える、と云うか、考え直さなければならない、と云うべきか、

縄文文化を日本列島の中のものと捉えることは止めなければいけないと思うし、そして、縄文 ~ 弥生、という文化の移行も、国内の範疇での事柄ではなく、世界的な人類の進化の流れ、というように理解しようとするべきだということを、今初めて感じています。

土偶の両腕の先 (神像にもありますが) の縦のスジは、ウシの蹄を表していたのですね。

獣を神像とする ー ー 人間がこの世の生き物の中で最も優れている、という考えを、この時代の人々はしなかった、ということですよね。



2011/01/10(月) 14:01 | URL | 五節句 #-[ 編集]
Re: 大変勉強になります。

コメントありがとうございます。こちらこそご無沙汰してすみません。
本日、270ものスパムコメント?の削除作業に追われました。今年に入ってから、500以上を削除しました。そのほか、パソコンからデータが消失したりしていますし、シーター様のコメントへの返事が一時的に「送信不能」になったり・・・・さまざまなトラブルが生じております。
わたくしのブログ、いつ、消失するかと、気がかりです。
どなたか、保存しておいてくださるとありがたいのですが。


> 縄文時代の土偶は、日本列島だけの固有の遺物だと思い込んでいましたから、この、トルコ石象嵌神像という類似する中国の遺物の写真にはビックリしました。

トルコ石象嵌神像が、中国の骨董商から手に入れられたものであり、学術的資料には載っていないという難点はございますが、歴史のミッシングリンクを繋ぐ大変貴重な証拠品だと思っています。


> 沢山のことを考える、と云うか、考え直さなければならない、と云うべきか、

日本の歴史学会がまず、考え直す必要があると思います。


> 縄文文化を日本列島の中のものと捉えることは止めなければいけないと思うし、そして、縄文 ~ 弥生、という文化の移行も、国内の範疇での事柄ではなく、世界的な人類の進化の流れ、というように理解しようとするべきだということを、今初めて感じています。

わたくし達が知らない規模の太古の大災害を乗り越えてきたのだというメッセージが縄文土器にはこめられていると思います。
大国主=大人=ウシは、全世界救済の世界的事跡の記念であり、決して、「島根県」という井の中にとどめていてはならないと思います。


> 土偶の両腕の先 (神像にもありますが) の縦のスジは、ウシの蹄を表していたのですね。

気がつきませんでした。「トロイア=牛」と「大国主=大人=うし」の足跡を伝えようとしているのですね。


> 獣を神像とする ー ー 人間がこの世の生き物の中で最も優れている、という考えを、この時代の人々はしなかった、ということですよね。

人類は、氷河期に、象と野牛で命を繋いだことがあり、わが国の祖先は、その「恩」を肝に銘じていたのだと思います。


2011/01/13(木) 20:08 | URL | 「考古学の再検証を!」 提唱者 #-[ 編集]
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