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与那国島沖の海底遺跡が世界史のどこに組み込まれ得るかという問題は未解決の分野です。 せっかくですから、この巨大なテーマを、自由な発想と柔軟な心で考察する(ブログ上の)素人学会ができれば・・・と夢みています。

39 世界最大級のミステリー 「魏志倭人伝」

78「魏志倭人伝」が問いかける壮大な謎

「魏志倭人伝」は中国の歴史書『三国志』中の「魏書」第30巻烏丸鮮卑東夷伝倭人条の記事、およそ2000文字の文献です。著者は中国・西晋の陳寿(233~297年)であるといわれています。

ここでは、「魏志倭人伝」という通称で解説します。
「魏志倭人伝」は、我が国の始原を描写していると言われていて、100年この方、多く人が、これの解読に挑んでいますが、いまだ、殆ど解明されていません。
わたくしは、木村鷹太郎氏が唱えた「邪馬台国エジプト説」が最も正鵠を射た説であるということを、説明したいともいます。

木村鷹太郎氏は次のように言っています。
「卑弥呼地理は日本を謂へるものなりと雖『極東日本』の地理を謂へるものに非ずして、他の地理を謂へるものなり。」
「請ふ伊太利[イタリア]、希臘[ギリシア]、埃及[エジプト]及び亜拉比亜[アラビア]等の古代地図を披け、卑弥呼地理の説明は此に之を求めざる可からざるなり。余が日本古代史の地理は希臘、埃及、亜拉比亜等の地図を以って説明せざる可からず。」



わたくしは、「魏志倭人伝」は、「古事記」「日本書記」をはじめとする日本の古典、および、ギリシャ神話、そしてホメロスの「イリアード」「オデュッセイア」、ヘシオドスの「神統記」などを照合しながら読み解くことによって、木村鷹太郎氏の「邪馬台国エジプト説」を確証することができました。
「魏志倭人伝」の2000字は、世界の太古史を根底から書き換えさせるほどの威力を秘めた文書であると考えております。


そこで、「魏志倭人伝」全文の写本を写真で示し、次に訳文を掲載します。
訳文は便宜上43項目に分けて番号を振っておきました。そして、邪馬台国論において、通常あまり取りざたされませんが、邪馬台国や卑弥呼のスケールの巨大さを把握するうえでメルクマールとなる語をも拾い上げて太字にしておきましたので、ぜひ、ご検証ください。

掲載した「魏志倭人伝」訳文の太字のところだけでも、一読すれば、邪馬台国や卑弥呼のスケールの大きさが実感できると思います。邪馬台国九州説や畿内説を支持する方々は、全文を読みとおしたことがはたしてあるのかと疑います。





「魏志倭人伝」写本(宮内庁書陵部蔵書から

魏志倭人伝 1


魏志倭人伝 2


魏志倭人伝 3


魏志倭人伝 4


魏志倭人伝 5


魏志倭人伝 6




訳文

1 倭人は帯方東南大海の中に在り山島によりて國邑をなす。もと百余國。漢の時に朝見する者あり。
今使訳通ずる所三十國

2 郡より倭に至るには、海岸にしたがいて水行し、韓國をへて、しばらく南し、たちまち東し、その北岸狗邪韓國に到る。

3 七千余里にしてはじめて一海を度る。千余里にして対海【馬】國に至る。その大官を卑狗といい、副を卑奴母離(という。居する所絶島にして、方四百余里ばかり。土地山険にして、深林多く、道路は禽鹿の径の如し。千余戸あり。良田なく、海物を食して自活し、船に乗りて南北に市糴す。

4 また南に一海を渡ること千余里 (名を瀚海という)にして一大國に至る。官をまた卑狗といい、副を卑奴母離という。方三百里ばかり。竹木叢林多く、三千ばかりの家あり。やや田地ありて、田を耕せどもなお食するに足らず、また南北に市糴す。

5 また一海を渡ること千余里にして末廬國に至る。四千余戸あり。山海に浜いて居す。草木茂盛し、行くに前人を見ず。よく魚鰒を捕え、水深浅となく、皆沈没してこれを取る。

6 東南、陸行五百里にして、伊都國に到る。官を爾支といい、副を泄謨觚柄渠觚という。千余戸あり。世に王ありて、皆女王國に統属す。郡使の往来常に駐まる所なり。

7 東南、奴國に至るには百里。官を兕馬觚といい、副を卑奴母離という。二万余戸あり。

8 東行して不弥國に至るには百里。官を多模といい、副を卑奴母離という。千余家あり。
 
9 南、投馬國に至るには水行二十日。官を彌彌といい、副を彌彌那利という。五万余戸ばかり

10 南、邪馬壹【臺】國(女王の都する所なり)に至るには水行十日、陸行一月。官に伊支馬あり、次を彌馬升といい、次を彌馬獲支といい、次を奴佳鞮という。七万余戸ばかり

11 女王國より以北はその戸数・道里を略載し得べきも、その余の旁國は遠絶にして詳かにするを得ず。

12 次に斯馬國あり、次に已百支國あり、次に伊邪國あり、次に郡支國あり、次に彌奴國あり、次に好古都國あり、次に不呼國あり、次に姐奴國あり、次に対蘇國あり、次に蘇奴國あり、次に呼邑國あり、次に華奴蘇奴國あり、次に鬼國あり、次に爲吾國あり、次に鬼奴國あり、次に邪馬國あり、次に躬臣國あり、次に巴利國あり、次に支惟國あり、次に烏奴國あり、次に奴國あり。これ女王の境界の尽くる所なり。

13 その南に狗奴國あり、男子を王となす。その官に狗古智卑狗あり。女王に属さず。

14 郡より女王國に至るには万二千余里。
 
15 男子は大小となく、皆黥面文身す。古より以来、その使中國にいたるや、皆自ら大夫と称す。

16 夏后少康の子、会稽に封ぜられしに、断髪文身し、もって蛟竜の害を避く。今、倭の水人、よく沈没して魚蛤を捕え、文身し、またもって大魚・水禽を厭わせしも、後やや以て飾りとなす。諸國の文身各々異り、あるいは左にあるいは右にし、あるいは大にあるいは小に、尊卑差あり。

17 その道里を計るに、まさに会稽東治【冶】の東にあり。

18 その風俗淫ならず。男子は皆露紒し、木緜を以て頭に招ぐ。その衣は幅にして、ただ結束して相連ね、ほぼ縫うことなし。婦人は被髪屈紒(ひはつくっかい)し、衣を作ること単被の如く、その中央を穿ち、頭を貫きてこれをきる。

19 禾稲(かとう)・紵麻(ちょま)をうえ、蚕桑緝績(さんそうしゅうせき)し、細紵縑緜(さいちょけんめん)をいだす。その地には牛・馬・虎・豹・羊・鵲なし。

20 兵には矛・楯・木弓を用う。木弓は下を短く上を長くし、竹箭はあるいは鉄鏃、あるいは骨鏃なり。有する所、擔耳・朱崖と同じくは無し。

21 倭の地は温暖にして、冬夏生菜を食す。皆徒跣。屋室ありて、父母兄弟、臥息処を異にす。朱丹を以てその身体に塗る、中國の粉を用うるが如きなり。食飲には籩豆を用い手食す。

22 その死には棺あるも槨なく土を封じて冢を作る。はじめ死するや喪に停まること十余日、時にあたりて肉を食わず、喪主哭泣し、他人就いて歌舞飲酒す。すでに葬れば、挙家水中に詣りて澡浴し、もって練沐の如くす。

23 その行来、渡海して中國に詣るには、つねに一人をして頭梳らず蟣蝨を去らず、衣服垢汚、肉を食わず、婦人を近づけず、喪人の如くせしむ。これを名づけて持衰と爲す。もし行く者吉善なれば、共にその生口・財物を顧し、もし疾病あり、暴害に遭えば、便ちこれを殺さんと欲す。その持衰謹まずといえばなり。

24 真珠・青玉をいだす。その山に丹あり。その木には ・杼・予樟・楺・櫪・投・橿・烏号・楓香あり。その竹には篠・簳・桃支。薑・橘・椒・蘘荷あるも、以て滋味となすを知らず。獮猴・黒雉あり。

25 その俗、挙事行来に云爲する所あれば、輒ち骨を灼きて卜し、以て吉凶を占い、先ず卜する所を告ぐ。その辞は令亀の法の如く火坼を視て兆を占う。

26 その会同・坐起には、父子男女別なし。人性酒を嗜む。
大人の敬する所を見れば、ただ手を搏ち以て跪拝に当つ。その人の寿考、あるいは百年、あるいは八・九十年。
その俗、國の大人は皆四・五婦、下戸もあるいは二・三婦。婦人淫せず、妬忌せず、盗竊せず、諍訟少なし。

27 その法を犯すや、軽き者はその妻子を没し、重き者はその門戸および宗族を没す。

28 尊卑各ヽ差序あり、相臣服するに足る。

29 租賦を収むるに邸閣あり。國國市ありて有無を交易し、大倭をしてこれを監せしむ。
女王國より以北には、特に一大率を置き、諸國を検察せしむ。(諸國)これを畏憚す。常に伊都國に治す。國中において刺史の如きあり。


30 王、使を遣わして京都・帯方郡・諸韓國にいたり、および郡の倭國に使するや、皆津に臨みて捜露し、文書・賜遣の物を伝送して女王にいたらしめ、差錯するを得ず。

31 下戸、大人と道路に相逢えば、逡巡して草に入り、辞を伝え事を説くには、あるいは蹲りあるいは跪き、両手は地に據り、これが恭敬を爲す。対応の声を噫という、比するに然諾の如し。


32 その國、本また男子をもって王となし、とどまること七、八十年。倭國乱れ、相攻伐すること歴年、すなわちともに一女子を立てて王となす。名を卑弥呼という。鬼道につかえ、能く衆を惑わす。年すでに長大なるも、夫婿なく、男弟あり、たすけて國を治む。王となりしより以来、見る者少なく有り、婢千人を以て自ら侍せしむ。ただ男子一人あり、飲食を給し、辞を伝え居処に出入す。宮室・楼観・城柵、厳かに設け、常に人あり、兵を持して守衛す。

33 女王國の東、渡海千余里にしてまた國あるも、皆倭種なり。

34 また侏儒國あり、その南にありて人の長三、四尺、女王を去ること四千余里。

35 また裸國・黒歯國あり、またその東南にありて船行一年にして至るべし。

36 倭の地を參問するに、海中洲島の上に絶在し、あるいは絶えあるいは連なり、周旋五千余里ばかりなり。

37 景初二年六月、倭の女王、大夫難升米等を遣わし郡に詣り、天子に詣りて朝献せんことを求む。太守劉夏、吏將を遣わし送りて京都に詣らしむ。
その年十二月、詔書して倭の女王に報じていわく、「親魏倭王卑弥呼に制詔す。
帯方の太守劉夏、使を遣わし汝の大夫難升米・次使都市牛利を送り、汝献ずる所の男生口四人・女生口六人・班布二匹二丈を奉りもって到る。汝がある所はるかに遠きも、すなわち使を遣わして貢献す。これ汝の忠孝、我はなはだ汝を哀れむ。
今汝を以て親魏倭王となし、金印紫綬を仮し、装封して帯方の太守に付し仮授せしむ。汝、それ種人を綏撫し、勉めて孝順をなせ。
汝が来使難升米・牛利、遠きをわたり、道路勤労す。今、難升米を以て率善中郎將となし、牛利を率善校尉となし、銀印青綬を仮し、引見労賜し遣わし還す。
今、絳地交龍錦五匹・絳地縐粟 十張・ 絳五十匹・紺青五十匹を以て、汝が献ずる所の貢直に答う。また特に汝に紺地句文錦三匹・細班華 五張・白絹五十匹・金八両・五尺刀二ロ・銅鏡百枚・真珠・鉛丹各ヽ五十斤を賜い、皆装封して難升米・牛利に付す。還り到らば悉く録受し、もって汝が國中の人に示し、國家汝を哀れむを知らしむべし。故に鄭重に汝によきものを賜うなり」と。

38 正始元年、太守弓遵、建中校尉梯儁等を遣わし、詔書・印綬を奉じて、倭國に詣り、倭王に拝仮し、ならびに詔を齎し、金帛・錦 ・刀・鏡・采物を賜う。倭王、使に因って上表し、詔恩に謝す。

39 その四年、倭王、また使の大夫伊声耆・掖邪狗等八人を遣わし、生口・倭錦・絳青縑・緜衣・帛布・丹・木 ・短弓矢を上献す。掖邪狗等、率善中郎將の印綬を壱拝す。

40 その六年、詔して倭の難升米に黄幢を賜い、郡に付して仮授せしむ。

41 その八年、太守王頎官に到る。倭の女王卑弥呼、狗奴國の男王卑弥弓呼と素より和せず。倭の載斯烏越等を遣わして郡に詣り、相攻撃する状を説く。塞曹 史張政等を遣わし、因って詔書・黄幢を齎し、難升米に拝仮せしめ、檄を爲してこれを告喩す。

42 卑弥呼以て死す。大いに冢を作る。徑百余歩、徇葬する者、奴婢百余人。
更に男王を立てしも、國中服せず。更に相誅殺し、当時千余人を殺す。また卑弥呼の宗女壹與年十三なるを立てて王となし、國中遂に定まる。政等、檄を以て壹與を告喩す。


43 壹與、倭の大夫率善中郎将掖邪狗等二十人を遣わし、政等の還るを送らしむ。因って台に詣り、男女生口三十人を献上し、白珠五千孔・青大句珠二枚・異文雑錦二十匹を貢す。


このような記述に接してなお、「邪馬台国は島原にあり」を「大ロマン」と受け取る人々は、その現実を無視して「奇をてらう」的、野次馬でしかなく、ロマンでもなんでもありません。



次回から、記事の番号順に解説していきます。



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コメント
拝啓、
過日の返信を終わりまで読むと、‘目が悪くなり、腰痛も患って、大分心細い’ ・・・ と、ありまして、切実なものを感じましたが、すぐには、応えるべき ことば が出て参りませんでした。
二晩程、胸に置いて、徒然に想ううちに、一つ思い当たることがありまして、コメントさせて頂きます。

三島由紀夫の「豊穣の海」は、二十歳で夭折する主人公と、次々に時代順に関わり、自らは老醜を晒しても死に至ることのない、‘本多’という人の、その高い知識が捉えた人の世を物語りにしています。

幾つかの、奇跡のようなことが、長い物語りの中には含まれてあります。

生きている人 (本多) が真理に出逢う切っ掛けは、いつも、偶然の奇跡のようなことから と、その物語りではなっています。

第三巻、「暁の寺」の中の一節に、
‘密教の密儀に用いられる呪文(陀羅尼)や真言と共に、ヒンズーの古い神々が、仏教世界の内部へ、形を変えて次々と雪崩れ込んで来た’
ー ー ー と、あります。

それは、密教の〔孔雀明王〕と、ヒンズー教の〔カーリー女神〕とが同じものだと気付いた時の、本多の心のうちを表わした文です。

今、例えば、「魏志倭人伝」に、邪馬台国はエジプトと説くことの出来る、その情報が入っている、と教えてくれようとしている、そういう、こちらのブログこそが、○○の世界の内部に、△△の神々が形を変えて雪崩込んでくる、が如くの、真理を知らしめる、奇跡のような存在だと、

私は、こちらのブログを、いつかしら、そのように、感じていたのです。

不老不死が人間の究極の夢とされていたように、歳を降るということは、奇跡のうちに入ることだと思います。

飛躍した言い方ですが、奇跡を与えられる人は、奇跡を持っている と、思います。

そして、私は、私よりも、多くの奇跡(年齢)を持っている、貴女様の方が、ウラヤマシくてなりません。

どうぞ、気持ちを強くなさって、焦ることなく、そして、ご存分になさって頂きたいと思います。

(PCの整理と管理は、実際、煩わしいことと思います。 回りの、何方かお若い人に、代わって、やってもらってはどうでしょうか)。 
2012/04/25(水) 12:03 | URL | #-[ 編集]
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