与那国島沖の海底遺跡が世界史のどこに組み込まれ得るかという問題は未解決の分野です。 せっかくですから、この巨大なテーマを、自由な発想と柔軟な心で考察する(ブログ上の)素人学会ができれば・・・と夢みています。

日本は新しいエルサレムとなる 7

戦後70年 4

戦後70年の節目に 3

日米関係70年=イスラエル建国70年
「○○後70年」ということを、最も重要視しているのは、ユダヤ人たちと親ユダヤの方々です。
それは、「NWO ニューワールドオーダー」を合言葉にして、彼らが世界を一極支配すべき「時」だと考えているからです。
完全支配が成就したあかつきは、宗教は廃止され、彼ら以外は、「奴隷」あるいは「家畜」のごとく管理されます。
「日本」も日本語も消滅させるつもりです。なぜなら、彼らは「世界支配」のために日本人の先祖たちが作成した「聖書」や「預言」を乗っ取っていて、彼らは協力して、1948年に「イスラエル国」を建国しました。こうして、神と世界を欺きとおして今日に至っています。

彼らは、「世界支配」のために、「旧約聖書」を簒奪していたのですが、「ヨハネの黙示録」を利用しないと、キリスト教国である欧米の協力をえられないので、「ヨハネの黙示録」をも簒奪して、今日の地位を築いているのです。
策略としては、「キリスト教徒は、『新しいエルサレム』成就のために奉仕する使命がある」という論法なのです。

この、イスラエル建国こそが、世界の紛争の火種となっており、大量の難民の発生の根源となっているのですが、これに最も力を貸したのがイギリスなのです。ですから、「難民移民の流入」を阻止するためEUからの離脱を計って、ドイツなどにそのリスクを負わせようとしているのは図々しいかぎりと言わざるを得ません。
「中東難民の責任はイギリスとユダヤの支配者層が最も負うべきであり、その責任が厳しく追及される。」ことを預言しているのが、「ヨハネの黙示録」が提示している「ハルマゲドン」問題なのです。
彼らの計画している「七十年問題」とは真逆のことが今後起こって、世界平和が成り、世界の人々が随喜の涙を流すようになるか否か、それは、日本人の理解度と使命感にかかっているのです。
その「日本人の使命」達成のためには、世界紛争と大量難民の発生の原点を正確に押さえておかなければなりません。



シオニズム運動
「シオンの丘に帰ろう」と言う言葉をスローガンにしたことから、シオニズム運動と呼ばれています。
シオンとはエルサレムの別名です。聖書では「おとめシオン」と呼び掛けられることもあります。

1897年には、テオドール・ヘルツェルの呼びかけで、第1回世界シオニスト会議が開かれ、パレスチナにユダヤ人国家を建設することが決議されました。

われわれは、その地で、アジアに対する防壁の一部を作り、
野蛮に対する文化の前哨の任務を果たすであろう。
われわれは、中立の国家として、われわれの自由を保証しなければならぬ全ヨーロッパと提携するであろう。
テオドール・ヘルツル著「ユダヤ人国家」より抜粋

アジアの西端での画策
イギリスが、この「ユダヤ人国家」実現にむけて、とった三枚舌外交と呼ばれるトリッキーな外交施策はのちの中東の混沌の元凶となりました。
イギリスが、フセイン・マクマホン協定、バルフォア宣言、サイクス・ピコ協定という、実現できない矛盾した約束手形を振り出して、世界に火を放ちました。

1915年、メッカの太守フセイン・イブン・アリーとイギリスの駐エジプト高等弁務官ヘンリー・マクマホンとの間でやりとりされた書簡の中で、イギリスは第一次大戦における対オスマン帝国(トルコ)打倒への協力(アラブ反乱)を条件にアラブ全域をまたぐ大きなアラブ人の統一国家の独立を支援すると約束しました。

1917年、イギリスの外務大臣アーサー・バルフォアが、イギリスのユダヤ人コミュニティーのリーダー ロスチャイルド男爵ライオネル・ウォルター・ロスチャイルドに対して送った書簡で、イギリス政府は、パレスチナにおけるユダヤ人のナショナルホームの建設に賛意を示し、その支援をすることを約束しています。

さらに、イギリスは、中東を3分割してイギリスとフランスとロシアで分けあうという秘密協定の「サイクス・ピコ協定」をも結んでいました。
主に植民地支配権と資源利権の分配を意図して線引きしたこのときの分割は、現在まで影響を与え続けています。
サイクス・ピコ協定でフランスとイギリスによって引かれた恣意的な国境線により、クルド人はトルコ・イラク・イラン・シリア・アルメニアなどに分断され、世界最大の国を持たない3000万人の民族集団が発生し、大量の難民を生み出したのです。
民族問題とパレスチナ問題がこうして作られたのです。

イギリスが音頭をとってのヨーロッパ列強の侵略が行われるまでの19世紀まで600年以上にわたって、イラクから北アフリカまでの広大な地域は、オスマン帝国の支配下にありました。

オスマントルコはイスラム教国でしたが、宗教に寛容で、キリスト教徒やユダヤ教徒なども許されていた国でした。
イギリスの画策によってオスマン帝国が解体されて、ここ劫火の消えない世に突入したのでした。

第二次対戦後、パレスチナの土地からパレスチナ人を追い出して、イスラエルが建国されることになりました。このことが、現在なお解決しないパレスチナ難民問題の原因となっています。
キリスト教・ユダヤ教・イスラム教の共通の聖地のあるエルサレムを分割し、ユダヤ教徒に占有させることを認めてしまったからです。


アジアの東端での画策
1945年8月、日本の殆どの都市は焼土となり、原爆にみまわれ、無条件降伏をしました。
そしてGHQの統治下に置かれました。すなわち、このとき「神国日本」は死んだのです。

1947年11月、国連はパレスチナ分割案の採決をしました。
ここで大きな力を発揮したアメリカ政府の分割案支持派は、
そこにユダヤ人国家ができれば、
中東に安全かつ進んだアメリカの基地ができるからという理由でした。

1948年5月14日 イスラエル共和国が誕生しました。
そのときのイスラエル側のコメントは、次のようなものでした。
 
聖書が絶えず繰り返している預言者の約束が成就し、
イスラエル共和国が再び誕生したという事実は、
人智が有限、最高の力(スーパーナチュラル)が、
人間の諸条件の上に影響しているということを、
人類に認知させ認識させる出来事である。
これは、神の御意思による人類救済の雛形か。
約束の民に約束の地を賜ると聖書が預言した彼らの権利と義務を、
地上の権力が否定することは到底みとめることができない。

このときのキリスト教側のアメリカの見解も挙げてみます。

イスラエル国の再建は、
まさしく聖書を信じるキリスト教徒にとっても、
旧約聖書と新約聖書の預言の成就である。
聖書を信じる者だれもが、
キリスト教とイスラエル共和国とが引き離せない関係にあることを
知っているはずである。
クリスチャンの信仰の一部は、
このイスラエル国の平和のために祈り献身することである。
アメリカが長く祝福されてきた理由のひとつは、
私たちがイスラエル側についてきたからである。


イスラエルも日本もアジアを覆う米欧の戦略基地網の要衝の一つに過ぎません。
第一次世界大戦も第二次世界大戦も、「エルサレム問題」「石油の利権」「米欧の基地ネットワーク」「アジア総植民地化」の四つのファクターを抜きにして語ることはできません。
アジアのあらゆる問題にワシントンが介入するのはこのためです。

そして、エルサレム問題とは、「ミレニアム」、「千年王国」という言葉を併せて捉えないと全貌が見えません。
言い換えれば、聖書で裏打ちされた「エルサレム問題」とは、「聖書で解決するか、武力で解決する方法をとり続けて永遠の劫火と為すか」の二者択一以外に方法がないのです。

日本のみなさん、これが、ユダヤ教徒とキリスト教徒が世界をかき回していることの実態なのです。
日本にとっては「前門のトラ」と「後門のオオカミ」なわけです。
これから彼らの「NWO」を完成させようと虎視眈々としているわけです。
彼らのこの目標を達成するために、最も目障りな国、それが日本なのです。
なぜなら、聖書を作成したのが日本人預言者たちであり、イエスが日本人であり、「ヨハネの黙示録」がその事実を開示するための特別な預言だからです。
しかも、クレタ島出土の紀元前1600年頃の「ファイストス円盤」が、ヨセフからモーセ、ダヴィデにいたる日本人の古代史を明かし、
神宝をアルゴー船で運び出したことの「証拠物件」として備えられているのです。
中国の史書であると言われている「三国志」には、日本で「魏志倭人伝」と呼ばれる「三国志魏書東夷伝倭人条」も含まれています。
が、その「魏志倭人伝」の冒頭は、ホメロスが「イリアード」や「オデュッセイア」で書いている「クレタ島」の部分なのであり、そこから約100キロメートルのところに存在するサントリーニ島の「大噴火以前に」そこは、倭人だけが居住していたことを明かす「驚異的」な古文書として作成されていたのです。

このようなことが、世界に知れ渡らないようにしなければ、「イスラエル国建国」の際に、「これは、神の御意思による人類救済の雛形か。約束の民に約束の地を賜ると聖書が預言した彼らの権利と義務を、地上の権力が否定することは到底みとめることができない。」などと宣言したことや、「イスラエル国独立宣言」の演説で、「この地でユダヤ民族は最初に国家を建設し、民族的かつ普遍的重要性を持つ文化的価値を創造し、世界に聖書という永遠の書物を与えた。 」という宣言も「彼ら」とは無縁であることがはっきりするのです。
そうでなくても、イスラエル国やこれを維持している国際ユダヤ人にたいして、また、彼らが今日まで利用してきた「ユダヤ教」や「キリスト教」にたいして懐疑的となり、彼らの政治行動が眉唾ものであることを、世界の人々が気づいてきているからです。

ユダヤ教徒の支配者層とその協労者であるキリスト教徒(ネオコン等)は、70年前のように、もう一度日本を壊滅させようとしているのです。しかし、日本を壊滅させることはできないことを、「ヨハネの黙示録」は預言しています。
そればかりか、旧約聖書も新約聖書も一貫して、このことを預言してあります。

今、第三次世界戦争の決着が迫っていることを教えてくれているのは、何と、ヨハネの黙示録なのです。
ヨハネの黙示録を解読すると、第三次世界大戦はすでに始まっています。
今後、日本はどうなるのか、それを聖書の預言から予想する前に、現在の世界情勢を分析してみましょう。




日本は新しいエルサレムとなる 6

戦後70年 3

戦後70年の節目に 2
前の記事で、「今、日本で不思議なことが起こっています」と書きましたが、
今回も、そのつづきです。

安倍晋三首相は、就任以来、「日本の金ばら撒き外交」に全力を注いでいます。
9月20日(日本時間21日)の国連本部での、演説によりますと、
安倍晋三首相は「難民支援のため新たに世界銀行を通じて1億ドル(約100億円)規模の資金を拠出すると表明した。」
「日本政府は今後5年間で最大150人のシリア難民留学生を受け入れる方針を既に打ち出しており、首相は新たに、その家族も迎えると発表。」
「難民100万人を対象とする教育・職業訓練などの人材育成や、シリア難民キャンプの子どもたちへの教育活動にも取り組むことを明らかにした。」
「難民一人一人に寄り添う支援を続けると約束する」として日本の取り組みをアピールした。
以上 「ニューヨーク時事通信」の記事からの引用です。

安倍晋三首相は、日本の貧困児童100万人以上に対して、或いは震災難民や福島原子力発電所爆発難民に対しては、「難民一人一人に寄り添う支援を続けると約束」していません。
日本国民の貧困児童などにあてるべき血税を、世界中に、まるで憑かれたかのようにばら撒きつつ、安倍晋三首相は、日々、上記のような高邁な演説を世界に発信しておられるわけですから、世界中から安倍晋三氏は招聘され、世界中の要人が日本に押し寄せてきます。
日本の破たんは目の前です。
なぜ、このような恐ろしい事態になったのでしょうか。

この答えの手掛かりは、「ヨハネの黙示録」に見出せます。

それには、「ヨハネの黙示録」というものが、「今日の日本のために書かれている」ということを理解する必要があります。
「ヨハネの黙示録」とは、「神の国」が到来する事、すなわち、日本が「聖なる新しいエルサレム」となることが書かれているのです。
それは、「千年王国」の実現のことでもあります。

実は、旧約聖書の預言も同じことを記しているのです。
そして、この「千年王国」の実権をわがものにしようと行動したのが「十字軍」です。
それどころか、イエスが十字架に磔にされ、エルサレム神殿が破壊されたのも、この預言のせいでした。
「ヨハネの黙示録」のほうがイエスの磔刑よりも後代ではないかと言われる向きもあるでしょう。
「ヨハネの黙示録」は、イエスがヨハネに託された預言なので「ヨハネの黙示録」と言われているわけですが、その元となった預言は旧約聖書中の預言であって、イエスが解りやすく、しかも敵には解けないように見事にまとめあげられたものなのです。
そして、その証拠の品をヨハネを通して、日本に送り届けられたのです。
日本でそれを受け継いだ方は、それを、隠し続けて今日に至っています。
それは、終わりの時、すなわち、悪の体制の崩壊するとき、出現することが、ヨハネの黙示録11章に、「天にある神の聖所の戸が開き、その中にある契約の箱が見えた。」と記されています。それは、片方は東北にあります。そのほかに、弘法大師空海が隠し納めた証拠品が四国にあると考えられます。
ということは、勿論、本当の王はイエスだったのです。
ローマ治世下において、イエスが処刑されたのは、この「終末預言」「千年(ミレニアム)王国預言」のせいであり、しかも、それは、「終末」すなわちわたしたちの「近未来」の世界の予型でした。
とはいえ、それは、「失敗の予型」でもありました。

イエスは、ローマ治世下のエルサレムにおいてメシアであるご自分の処刑がとりおこなわれ、その結果、エルサレムが廃墟になることをご存じでした。なぜなら、そこは、もともと、アブラハムの一人息子のイサクが犠牲になるのを辛くも免れると言う予型があった場所だったからです。
ですから、イエスは何らかの形で死を免れられて、ヨハネに黙示録を託すことが出来たのです。
その「ヨハネの黙示録」は、最初から最後まで、「日本が新しい聖なるエルサレム」となることを証明するように構成されているのです。

そうすると、なぜ、第一次世界大戦と第二次世界大戦が起こり、アジアの東端の日本だけが原爆攻撃を受け、多くの都市が絨毯爆撃で焼土になったのか、主権が連合国に握られ、神国というタイトルが消され、1948年に、アジアの西端に「イスラエル国」という神の国もどきが誕生したのかがわかるはずです。
もし、「イスラエル国」が、神の預言の成就であるなら、そこには平和が実現するはずです。そのように預言されているからですが、現実は、そこではその真逆のことが起こっているのです。
何故でしょう。そこは、預言簒奪者たちのために備えられている場所だからです。

ですから、イスラエル建国に大きな力を発揮した人々、例えばロスチャイルド家の方々などは、決してそこに住みつくことはありません。騙されている人々がそこで「火中の栗」ならぬ「劫火中の苦什」をなめているのです。
では、イスラエル建国を画策した人々は何故欧米に住んでいるのでしょうか。
それは、「イスラエル建国」という大事業に、キリスト教徒とユダヤ教徒が手を結んで取り組んで、「前門のトラ後門のオオカミ」となって、「恵穂葉神の預言簒奪」をなし、世界中を植民地化する「ワンワールド」計画を実現して経済支配し、次に「NWO」即ち、新世界秩序なる恐るべき超独裁体制を敷くつもりだからです。
小さいイスラエル国なんか眼中にないのであって、目指しているのは、丸ごとの「千年王国」です。
「NWO」構想を夢見ている人々がどんな人々かというと、自分たち以外は「奴隷」となって、働きづめに働いてもらいたいという考えの人々です。中には、奴隷とさえも認めたくなくて「家畜」だと云って蔑みたい欲求にかられている人々もいます。
彼らは、中国でアヘン戦争をしていた頃、中国人を豚といってはばかりませんでしたし、第二次世界大戦のころ。チャーチルたちは、日本人のことをイエローモンキーと云って蔑んでいました。
このような、「上から目線」の高慢ちきな人々にこの地球をまかされるのが恵穂葉神の御意志でしょうか。
戦争を画策して、武力で国々を屈服させてワンワールド支配をするやからの味方が恵穂葉神でしょうか。
そんなことはありません。
この70年というもの、戦争を避け、上から目線をつつしみ、中国や韓国からまで、ののしられ続けても、へりくだって、叩かれている日本を世界の見本とされようとしておられるのが恵穂葉神なのです。

わたくしは。エルサレムの「ソロモンの壁」の前で、「ユダヤ教・キリスト教・イスラム教の根源であられる神の宮居が、世界で最も惨めなご様子なのは何故でございますか」と祈った瞬間に、この解き明かしを「背負わされて帰国したのです。
それから約30年で、偏差値50、無教養な一介の主婦が、ここまで調べることが出来ましたのは、まことに恵穂葉神とイエスキリストのお力添え有ってのことであることを私自身は確信しています。
わたくしのブログを隅々まで読んで、恵穂葉神とイエスキリストのお力を信じるか信じないか判断してください。



日本は新しいエルサレムとなる 5

戦後70年 2

戦後70年の節目に 1
今、不思議なことがおこっています。
わが国の政府は、これから戦争を始めるのかと見まがうような「軍事予算」を組んでいるのです。
防衛省の来年度予算の概算要求は過去最大の総額5兆1685億円

2016年9月3日の「週刊現代」の記事の抜粋を掲げてみます。
http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/189078

「防衛省がムダな兵器を“大人買い” 過去最大防衛費5兆円超」

防衛省の来年度予算の概算要求は過去最大の総額5兆1685億円に達した。
今年3月に安保関連法が施行され、米国と一緒に戦争をする準備が整った。
防衛省はこれ幸いと、必要のない新型兵器までジャンジャン買い込もうとしている。

例えば、1機で318億円もする米ボーイング社製の空中給油機KC46A。
防衛省は安保法の新任務に海外での補給活動が加わったため、新型の空中給油機が必要だと訴えている。
が、軍事ジャーナリストの世良光弘は首をかしげる。

「自衛隊はKC767という優秀な空中給油機をすでに4機も持っています。
航続距離は、航空自衛隊の輸送機の中では政府専用機に次ぐ7200キロを誇ります。
巨額の税金を使って新型の給油機を購入する必然性が見当たりません。・・・・・」
また、最新鋭のステルス戦闘機F35を6機取得するために946億円の費用が盛り込まれた。

どうかしているのは、旧型の兵器まで買い込もうとしていることだ。
防衛省は2018年度までに米海兵隊をモデルにした「水陸機動団」を新設する計画。
そのために、30年以上前に開発され、目新しい技術が使われていない水陸両用車「AAV7」に、1両7億円も払い、52両を調達するつもりだ。
どれもこれも米国製のうえ割高に買わされているのだから、バカみたいだ。
1機当たり約100億円で取得する輸送機オスプレイを、米軍は50億~60億円とほぼ半額で購入している。

以上 「週刊現代」の記事からの抜粋です。

日本人の巨額の血税が、ゴリアテ国「アメリカの過剰軍備の粗大ゴミの引き取りのため」に吸い取られているという情けない一例がよくわかる記事です。
こうしたおろかな出費を重ねて日本国を疲弊させている政治の原因は、日本が自国の守護神恵穂葉神を捨てて、キリスト教国とユダヤ教国の神(偽りの神)の信奉者になって洗脳されているからです。
神が避り給うと国民の知恵が消え失せて、亡国の闇が覆う(支配する)と聖書に預言されているとおりのことが今起こっているのです。



神避り給う
「申命記」31章に、遠い未来に、「神の民が神に背いて、神の民が神を消失させること、その結果国民に大災厄がおこること」をモーセは預言して、その、終わりのとき、即ち、「At last遂に」、わが国民が集うよう要請しているのです。

 「申命記」31章 モーセの預言 抜粋
  この民は外国の神々を求めて姦淫を行い、 
  わたし(守護神)を捨てて わたしと結んだ契約を破るであろう。

  そのとき、この民に対して私の怒りが燃え、彼らは捨てられ、 
  わたし(恵穂葉)は顔を隠す。
  
  すると、民は焼き尽くされ、多くの災いに襲われることになり、 
  大災厄に襲われるのは、
  私たちの内に神がおられないからではないかと云おう。

  彼らが食べて満ち足り、肥え太り、他の神々に仕え、
  わたしを侮って、わたしとの契約を破るからである。
  そして、多くの災厄と苦難に襲われるとき、 
  民がこの詩を忘れなければ、
  これがわが民に対する証言となろう。・・・
 
   
  この律法の書を、あなたたちの神、恵穂葉の契約の箱の傍らに置き、 
  あなたがたに対する証言として、そこにあるようにしなさい。
  
  わたしはあなたがたが頑なで、背く者であることを知っている。
  私が今日まだ共に生きている時すら、既にあなたがたは主に背いている。
  わたしが死んだ後は、なおさらであろう。
 
  あなたがたの民の長老と役人をすべてわたしのもとに集わせよ。
  私はこれらの言葉を語り聞かせて、
  天と地をあなたがたに対する証人とする。
 


モーセはここで、ヤコブ=イスラエルの十二部族の長たちを集めて言っているのですが、遠い未来の子孫たちに向けて預言しているのです。
この預言は、「二十世紀からの現代日本の国情にぴたりと的中しています。
そして、「古事記」の伊邪那美命の黄泉行きの原因が「神避り」だったことと規を一にしている預言です。

「あなたがたの長老と役人を全てわたしのもとに集わせよ」
長老と役人を全てわたしのもとに集わせよという言葉は、「宗教家」と「政治家」の上層部に宛てたものだということがわかります。そして、「役人たち」にも自覚をうながしていることはあきらかです。
国民の「多くの隣人」が、職がなくて、明日の食べ物にも困っているというのに、外国に法外な海外援助金を垂れ流しに振る舞うのも、国民の金を、国際投資という、専門を外れた難事業にやみくもに投入りして、元も子もないようにしています。その上に、役人たちは、国民の血税を自分たちにだけは還流するバイパスをつくることにのみ精を出すという恥知らずの行為を繰り返しているのです。
「長老たちと官僚たちすべて」の、はなはだしい心得ちがいが、日本の元凶となっているのです。

こうしたことは、「外国の神々を求めて姦淫を行い、守護神を捨て去る」からです。
外国の宗教を国民に開放して、これに宗教の自由というお墨付きを与えて、オウム真理教や統一○会のような詐欺宗教までも認可して便宜を提供し、「現人神偶像」を創作して拝ませたりする宗教体制を敷衍しているのですが、これらの宗教体制はみな、その道の深奥に、守護神の代わりに「利権のための神」を鎮座させているので、究極的には軍神になるのです。
こうした行為は、「守護神エホバを捨てて外国の神々と姦淫をする」と預言されているのです。
わが国の首相が英米ユの軍神に与して、世界中を飛び回って血税をばら撒いているのもこの故です。
アメリカの「聖書ファンダメンタリスト」たちも、統一教○も、中東のイスラエルを助けることこそが世界平和への使命であるとしているのですが、中東のイスラエル国を経営しているのは、欧米の彼らなのです。

これが「メビウスの輪」で「永遠の劫火」への道であることを知らないのです。

「ヨハネの福音書」16章には、このことがイエスによって忠告されています。
 2 彼らはあなた方を宮から追い出すでしょう。
 それどころか,あなた方を殺す者がみな,
 自分は神に奉仕をしているのだと思う時が来ようとしています。
 3 彼らは父もわたしも知っていないので,これらの事を行なうことになるのです。
 4 だが,わたしはこれらの事をあなた方に告げておきました。
 その時が来たなら,わたしがそのことについて告げたことをあなた方が思い出すためです。

新しいエルサレムとは、「平和を実現する」神の国のことです
安倍政権の計っている「軍事大国化」とは真逆のことを、「新しいエルサレム」である日本は求められているのです。
この70年間、日本は、血税を搾り取られようが、不当な条件を飲まされようが、徴発されようが、ののしられようが、「平和を維持」してきました。米欧から左の頬を打たれても、右の頬をさしだして堪えてきたのです。

一方、この70年、国連を設置し、イスラエル国を立ち上げ、「ニューワールドオーダー 新世界秩序」を標榜して、われらこそは、「正義」「平和」の代弁者であると叫びつづけているのですが、戦争と虐殺の止むことなき路線を歩み続けています。
安倍政権は、この70年間の日本人たちの忍耐と努力を水の泡にしかねない危険を冒しているのです。
戦争の悲惨さと空しさを知らない世代の今の日本に、欧米ユダヤはどうしようとしているのか、今のわたしたちよりも、よく見通している先祖の預言者の忠告を真剣に聞くべきときです。
 

ニューヨークの「国際連合」本部には、通称「イザヤウォール」というのがあります。
そこには、「イザヤ書」2章からの次の章句が刻まれています。

THEY SHALL BEAT THEIR SWORDS INTD PLOWSHARES,
ABD THEIR SPEARS INTO PRUNING HOOKS.
NATION SHALL NOT LIFT UP SWORD AGAINST NATION,
NEITHER SHALL THEY LEARN WAR ANY MORE.
.
彼らは剣を打ち直して鋤とし
槍を打ち直して鎌とする
国は国に向かって剣を上げず
もはや戦うことを学ばない

この章句の前には次の預言が記されているのです。

「イザヤ書」2章
 アモツの子イザヤが、ユダとエルサレムについて見たビジョン。
 終わりの日に 主の神殿の山は 山々の頭として堅く立ち
 どの峰よりも高くそびえる
 国々はこぞって大河のようにそこに向かい
 多くの民が来て言う
 「主の山に登り ヤコブの神の家に行こう
 主はわたしたちに道を示される
 わたしたちはその道を歩もう」と
 主の教えはシオンから 
 御言葉はエルサレムから出る
 主は国々の争いを裁き、多くの民を戒められる

この、終りの時に「主の教えはシオンから 御言葉はエルサレムから出る。」という「イザヤ書」2章の「エルサレム」こそが、〔ヨハネの黙示録」のフィナーレを飾る、聖なる「新しいエルサレム」日本のことなのです。

この預言を掲げて70年、「国際連合」が戦争や紛争を止めさせる気配はありません。
「国際連合」とは、日本を滅ぼそうと企んだ「NATO」のための機構、彼らのニューワールドオーダーのための機関ですから、日本が巨額の拠出金を支払い続けても、日本のためになるようなことは全くありません。

国連が掲げている、「イザヤ書」2章のこの預言は、看板だけのものであり、わが国の「聖なる預言」の簒奪の証拠物件となるしろものです。「キリスト教会」や「国連」や「ユダヤ教徒のイスラエル」等は、神の「聖なる新しいエルサレム」成就の前に「メビウスの輪」の大路を敷衍しているばかりか、わが日本国を抹消しようとしているのです。
それは、「詩篇」の預言から確認していきたいと思います。

「詩篇」83 神の民に
 1 神よ。沈黙を続けないでください。黙っていないでください。
 神よ。じっとしていないでください。
 2 今、あなたの敵どもが立ち騒ぎ、あなたを憎む者どもが頭をもたげています。
 3 彼らは、あなたの民に対して悪賢いはかりごとを巡らし、
 あなたのかくまわれる者たちに悪だくみをしています
 4 彼らは言っています。
 「さあ、彼らの国を消し去って、イスラエルの名がもはや覚えられないようにしよう。
 5 彼らは心を一つにして悪だくみをし、あなたに逆らって、契約を結んでいます。

「さあ、彼らの国を消し去って、イスラエル  名がもはや覚えられないようにしよう。
と預言されています。
この「イスラエルの名」とは、勿論、中東の「イスラエル」のことではありません。「新しいエルサレム」となる日本のことです。そればかりではなく、「聖書の預言」を無効にしようという悪だくみのせりふでもあります。

「詩篇」2
1 なぜ国々は騒ぎ立ち、国民はむなしくつぶやくのか。
2 地の王たちは立ち構え、治める者たちは相ともに集まり、
 主と、主に油をそそがれた者とに逆らう。

6 それは、エドムの天幕の者たちとイシュマエル人、モアブとハガル人、
7 ゲバルとアモン、それにアマレク、ツロの住民といっしょにペリシテもです。
8 アッシリヤもまた、彼らにくみし、彼らはロトの子らの腕となりました。

これは、「神の国」に逆らって同盟する者たちのリストであり、ヒントです。
「終わりの時」のために備えてある預言です。


新しいエルサレムとは
「新しいエルサレム」New Jerusalem、heavenly Jerusalemについては、「ヨハネの黙示録」の最後の21章と22章、聖書全巻を締めくくるに最もすばらしい箇所に出てくる言葉です。
そこには、歴史の結論であり、救いの完成を指す全く新しい世界の始まりが書かれています。
その舞台となるのが「聖なる都、新しいエルサレム」、すなわち、永遠の命の樹のある「御国」なのです。
そこにおいて、神の聖が回復され、神の民は永遠に神に仕え、神の御顔を仰ぎ見るのです。
この「新しいエルサレム」は、現在のイスラエル共和国のエルサレムではありません。
「新しいエルサレム」とは、キリストの体である教会を象徴しているとキリスト教会は主張していますが、これも偽りです。
この両者について、「ヨハネの黙示録」に次の預言があります。

「ヨハネの黙示録」2章
 自ら使徒と称しているが実は偽っている者たちの虚偽を見抜くこと。 
 ニコライ派の者たちの行為を憎んでいること。


「自ら使徒と称する者たち」とは、「パウロ」の姦計を見抜かなければ始まらないことを指摘しているのです。
パウロの教義を用いて伝道している「キリスト教会」、偽預言の伝道者すべてにこの「使途と称しているもの」という言葉が適用されます。ましてや、自分はキリストあるいはメシアであると公言している教祖たちの罪はより深いと言えます。
一般のキリスト教徒のことを指して非難しているのではないことがおわかりでしょう。

「ヨハネの黙示録」4章 
ユダヤ人と自称する者たちからの非難と苦難を恐れてはいけない

そうすれば、「第二の死」を免れることが出来ると書かれています。生殺与奪の権を振るっているのは、神に代わって人々を支配している「蛇」です。
「第二の死」とは、第三次世界大戦で、わが日本が、もう一度大災厄に見舞われて、「二度目の主権喪失」をすることで、日本の滅亡のことです。しかし、これを免れることが予言されています。
ここでも、一般のユダヤ人をさしているわけではなく、宗教関係者と、政財界の人々のことですので誤解のないようにお願いします。

「ヨハネの黙示録」は、日本が「神国」と言われてきた理由を明かすものであり、日本が今後、「聖なる新しいエルサレム」となり、命の樹のあるエデンの園を復活させるということを証明するために預言された文書なのです。
当然、その預言をヨハネに与えたイエスも日本人であることは明白です。
キリスト教徒とユダヤ教徒とが牛耳っている今日の宗教的政治的言動は、すべて偽りであるということが浮上するのです。
「日本人は、なぜキリスト教徒にならないのだろうか」と非難されてきましたが、キリスト教の神父や牧師の言動とそりが合わないのですね。
「キリストに倣いて」という言葉を使う人がいますが、そのような方は、「キリストの何を知っている」というのでしょうか?
何も知らず、何もわからない人に倣うなどということが、一体どうやってできるというのでしょう。
「盲人が盲人を導くと、両者ともに穴に落ち込む」とイエスが忠告されていたのではありませんか。


わたくしは、約30年前に、エルサレムの嘆きの壁の前でこう祈りました。
「世界中で最も崇められている神の神域が、世界中で一番惨めなご様子に見受けられますのは、一体なぜでございますか?」
するとその瞬間、「ここは私の神域ではない。調べなさい。」というご命令が私の脳に焼きついたのです。
その日以来、このご神命に従ってまいりました。
これが、「神のご命令」なのか、それとも「わたくしの妄想」なのかは、市井の平々凡々の主婦のわたくしが書いているこのブログを隅々まで読んでくださってご判断ください。
これが、「神のご命令」であると心の底から思われたなら、あなたは「神を見た」のです。

「 ヨハネの黙示録」3章12
 勝利を得る者を、わたしの神の神殿の柱にしよう。
 彼はもう決して外へ出ることはない。
 わたしはその者の上に、わたしの神の名と、
 わたしの神の都、すなわち、神のもとから出て天から下って来る新しいエルサレムの名、
 そして、わたしの新しい名を書き記そう。

「 ヨハネの黙示録」22章
 神と小羊の玉座が都にあって、
 神の僕たちは神を礼拝し、御顔を仰ぎ見る。
 彼らの額には、神の名が記されている。
 もはや、闇夜はなく、ともし火の光も太陽の光も要らない。
 神である主が僕たちを照らし、彼らは世々限りなく統治するからである。

「わたしの神の神殿の柱とする」の「柱」とは、「古事記」神代記に記されてある「心の御柱」のことです。
「伊邪那美イヴ日本と伊邪那岐アダム世界」が結婚してその「心の御柱」を中心にして巡って、世界の「修理固為せ」
という神命をはたすことになるというその「拠り所」「世界の根源」となるのが「心の御柱」です。

「 ヨハネの黙示録」21章2
 わたしは、聖なる都、新しいエルサレムが、
 夫のために着飾った花嫁のように用意を整えて、神のもとから、
 天から下って来るのを見た。

「 ヨハネの黙示録」21章16-
 この都は四角い形で、長さと幅が同じであった。
 御使いが物差しで都を測ると、1万2千スタディオン(2220 km)あった。
 長さも幅も高さも同じである。
 また、城壁を測ると、144ペキス(64.8 m)であった。
 これは人間の物差しによって測ったもので、御使いが用いたものもこれである。

 わたしは、都の中に神殿を見なかった。
 全能者である神、主と小羊とが都の神殿だからである。 
 この都には、それを照らす太陽も月も、必要でない。
 神の栄光が都を照らしており、小羊が都の明かりだからである。
 諸国の民は、都の光の中を歩き、
 地上の王たちは、自分たちの栄光を携えて、都に来る。
 都の門は、一日中決して閉ざされない。そこに は夜がないからである。
 人々は、諸国の民の栄光と誉れとを携えて都に来る。
 しかし、汚れた者、忌まわしいことと偽りを行う者はだれ一人都に入れない。

「 ヨハネの黙示録」22章の「人々は、諸国の民の栄光と誉れとを携えて都に来る。」という預言は、
「イザヤ書」2章の次の預言を指しています。
 主の神殿の山は 山々の頭として堅く立ち
 どの峰よりも高くそびえる
 国々はこぞって大河のようにそこに向かい
 多くの民が来て言う
 「主の山に登り ヤコブの神の家に行こう
 主はわたしたちに道を示される
 わたしたちはその道を歩もう」と
 主の教えはシオンから 御言葉はエルサレムから出る
 主は国々の争いを裁き、多くの民を戒められる

 彼らは剣を打ち直して鋤とし
 槍を打ち直して鎌とする
 国は国に向かって剣を上げず
 もはや戦うことを学ばない

日本の守護神「恵穂葉」の御名があがめられるようになりますように。
神の国 新しいエルサレムが成就しますように。
日本国の守護神のご意向に沿って、「5兆円の軍事費の予算を、国内の子供たちの幸せに役立てること、国土の修理固成」に 尽力すること」に振り向けられますように。 


広島 府中緑ヶ丘中学校の生徒さんの死を悼む

広島 府中緑ヶ丘中学校中三の生徒さんの死を悼みます

この生徒さんが気の毒でなりません。
今日は、この数日間私の心を占めているこの問題を書かずにはいられない気持ちになりました。
これは、日本の深刻な病根を顕著に表わしている事件です。

広島の中三の生徒さんが無実を訴えることなく、「絶望」した日本
「先生に無実を訴えない」風潮

こうした、正しい主張を言わないという状況は、日本のいたるところで、あらゆる形で定着しているのです。
特に、会社内や学校内に顕著にみられる現象だと考えられます。
このまま、この風習を改めないと、ますます、判断力や思考力を失っていくのではないかと危惧されます。

私の娘がある町立中学校の生徒だった時(今から30年ほど前)に実際に起きた事例を書きます。
あるとき、娘が頭が痛いと言って早く帰ってきました。見ますと頭のてっぺんにこぶが出来ていて血が髪にべっとりついていました。
ただちに医者へ向かうかたわら原因を聞きますと、担任の先生に5センチ角ほどの角棒で打たれたというのです。
「理科の宿題をして来なかった」という理由で。
それも、そもそも、「その宿題は出されてなかった」のに、先生は「1人を除くクラスの生徒全員がその宿題をサボタージュした」と思い込んで激高して残りの43人の全ての頭上に角棒を振り下ろしたのだそうです。角棒が一番強く当たったのがわが娘だったようです。
そして、宿題をやって来たたった一人の生徒というのは「双子」で、どうせ同じ宿題が出るからと姉妹のを書き写しておいたのだそうです。

私が暗澹としたのはそれからです。
先生は、自分の担任するクラスには「宿題を出すのを忘れていた」ことに気が付いていないと言うのです。なぜなら、だれもそのことを先生に言い出さないからです。
わたくしは、クラスの父兄5人ほどに電話して、「先生の判断ミスで無実な生徒たちへの体罰を行ったことを抗議しに行こう」といいましたが、みな「行かない」というのです。
ある父兄にいたっては、「宿題のことでそのくらい厳しくしてくれれば、うちの子も宿題をちゃんとするようになるから」という「歓迎」モードでした。
ああ、先生だけが悪いのではなく、父兄も生徒たちも皆がみなおかしいのです。
「自分の判断」や「自分のその場の都合や気分」それがすべてなのです。
そのこころは先生のつける「内申書」が怖いだけのこと。正義感や間違いを糺すことの必要な場合があるといった認識はすっかり念頭から消えているのです。

私は攻撃の姿勢ではないことを表わすための菓子折りを持参して、娘と二人で中学校の校長先生に面会し、この事実を話しました。なお、5人の父兄の見解も述べました。
「先生から見れば不出来なカボチャかスイカのような頭でも、親にとってはかけがえのない大切な子供なのですから、うちの娘には宿題を万一忘れたとしてもこのような体罰はしないで下さい。」」とお願いし、「担任の先生が、1人を除いて43人もが宿題をさぼるというような事態を起こすようなクラスかどうか、そんなことも判断できなかったということを深く反省してくださるよう」お願いしました。
後日、校長先生と担任の先生とが我が家に「謝罪」に訪ねて来られましたが、クラスの生徒全員に対する謝罪はありませんでした。

数日後、うちの娘は隣のクラスの女子生徒二人がうら、「××先生のケツバットがきつくてアオアザができたお尻が痛いので、何とかしてもらえるようあなたのお母さんに云ってほしい」と頼まれました。
いつの間に、わたしの抗議が知れ渡ったのでしょうね。
わたくしは、「そのお尻を見ていないので、お母さんに見せて。あなたたがたのおかあさんが校長先生に頼むのが筋でしょう」と言いましたが、せっかくわたくしを見込んで頼んできたのに「関係ない」みたいな態度では、それこそ人でなしの行為だと反省して、校長先生に電話で、「○年×組の女子生徒にはかくかくしかじか言いましたが、聞き捨てにはできませんのでお伝えしておきます」と連絡しておきました。

次の年、また娘が手が痛いと早めに学校から帰ってきました。右手の親指と人差し指の間の付け根が腫れあがっていて鉛筆を持つこともできませんでした。
教室で撃ち合いをして遊ぶ生徒たちのBB弾に、近い距離で当たったのだそうです。
「これが眼だったら失明だった!!」と、ぞっとしました。
「なぜ先生に言わないの?」というと、「そんなことをしたら、みんなにいじめられるに決まっているじゃない!」とのこと。
即、対策を考え、「大急ぎで学校に戻って養護の先生に手当てしてもらうよう」指示し、「犯人たちにいちゃもんをつけられたら、手が腫れて痛くて仕方がなかったから手当てしてもらっただけよと言って手を見せておやりなさい」と教えました。

養護の先生は直ちにすべてを察して娘のクラスに駆けつけ、同時に担任の先生を探しだし、クラスの生徒たちのカバンやロッカーや部室を電光石火で調べてBB弾やガンなどを「卒業の時まで預かる」と没収してしまいました。
案の定、「おまえがチクッタせいで高価なBB弾やガンをみな取り上げられてしまった」と逆ギレされたそうです。「人を撃ったからでしょ、自分も撃たれてみなさいよ。わたしは手当てしてもらっただけ。」と、包帯の手を見せて切り抜けたそうです。

わたくしの娘が直接体験しただけでもこのようなありさまですから、この中学校全体ではどれほどの問題を抱えていたのかが思いやられますが、これでも、むしろ、良い先生の多い比較的良い中学校だった学校でのできごとなのです。
ですから、全国となると、それ以上のことがありすぎるほどあると断言できるでしょう。
こうした事態は、その内部に身を置いて体験した者以外には決して見えないことなのです。
そして、ここに書いたことを詳しく読みなおしてみてくださるとわかるように、当事者や先生たちにも「何も見えてはいない」し、問題の核心部分で改善されてなどいないということに気づかれて愕然とされるでしょう。

その直後、今度は友人から、こんな相談を受けました。
私立中学校の寄宿舎にいる息子T君の「眼のまわりがパンダになっていて、どうやら、担任の先生の顔面パンチをくらったみたいです」と、T君の同級生の母親から電話でしらせてきたというのです。
その原因は、T君がバンドエイドを2缶買ってきたら、次の日、それをきらしている同じ寮の生徒が「1缶売ってくれないか」「ああ、いいよ」と1缶譲ったやりとりを先生が目撃して、校則を破ったと激高したらしいのです。
「そのくらいのことでパンダみたいな眼にされてはたまらない、真相を聞きただして、若しそれだけが原因なら厳重抗議しないとだめですよ。T君には、両親が断固味方になると宣言したほうが良いでしょう。・・・」とアドバイスしました。
友人夫婦は中学校に駆けつけ、T君の顔を見るなり医者に連れて行き、校長に真相をただしてくれるよう要請しました。
殴った先生にも問いただしますと、やはり、「未使用のバンドエイド1缶を、買った時と同じ値段で譲っただけのこと」、それ以外には何の原因もありませんでした。T君にしてみれば、それが校則違反にあたるなどとは思ってもいなかったのです。不便な寮生活の、運動部の生徒たちにとって、風呂のとき剥がしたバンドエイドを張り換えるのは日常のことで、それは無いと困るような必需品です。
校長と担任とがはるばるT君の家まで謝罪に来ました。T君の親もまた私立学校経営者ということがわかったので、こうした低姿勢に出たのでしょう。

クラスの1生徒が見かねて自分の母親に話さなければ、また、その母親が知らせてくれなければ、担任が短絡的な暴力をT君に振るったことなど私の友人は知らないままだったでしょう。
T君本人は親にも誰にもなにも言わなかったからです。
強者が弱者を理不尽にしいたげても、普通何ごともないかのようにうちすごすのが最善の策だと思っているのです。

その私立中学校で、やがて一人の男子生徒(寮生)がその学校内で飛び降り自殺をしました。その原因も経過も何も、そこの生徒であるT君すらも知りません。新聞にも一行も掲載されませんでした。T君がそれを知っていたのは、「その生徒の弟も寮生」だからでした。
そして、そのことをT君が自分の母親に告げたのは、「その自殺した生徒の弟も自殺するかもしれない」という恐れに駆られてのことでした。
というのも、自殺した生徒の弟には女子生徒たちが絶対近寄らないのですが、そのひどく敬遠される原因というのは強烈なワキガのせいでした。「兄の方の自殺の原因は全く知らないが、弟の方は自分のまわりのその奇妙な雰囲気を誤解しているようで、とても暗い」というのです。
今どきの子たちは、「からかう」ことすらせず「沈黙」を貫くのですね。
「苛め」で告発されるのも「おせっかい」と思われるのもいや、なんによらず減点を回避しているのでしょう。
ワキガは手術で簡単に解決できるそうですし、しかもその兄弟の父親は病院経営者なのです。
私の友人はその生徒の親に、「息子さんがワキガで周囲から避けられているそうですが、なにかの方法があるのでは・・・」と教えたそうです。

知恵を働かせて、善意の限りを尽くして、おたがいの困難に対処して、助け合わなければやっていけない、今はそんな危機の時です。
広島の府中緑ヶ丘中三の生徒さんも「まさかこの生徒が」と、誰かが気の毒がってくれればこんな悲劇はおこらなかったでしょう。
私の娘の体験にしても、先生が、「まさか、このクラスの生徒たち全員が宿題サボタージュするわけがない」という信頼を寄せてくれなかったことは悲しいことでした。
しかし、「先生が間違っています。わたしたちはそんな宿題を与えられていません」と誰も言えなかったということは、もっと悲しいことでした。日本の子供たちは、こうして「学校は上意下達の世界になっていて、生徒たちは骨抜きに仕上げられているんだな」とショックを受けたことでした。

こうしたことが積み重なると、それがさらに次のような人々をうみだすという悪循環を招いているのです。
1  判断力がない
2  自分の判断は正しいと思っている
3  落ち度はみな他の人のせいと思う
4  思いやりがない 他人のことはどうでもいい
5  善処するという気持ちがまるでない
6  努力しない ただし 資格を取るなど自己のためなら別
7  利益は自己に 不利益を他人にまわす
8  無責任
9  保身しか念頭にない
10 時の過ぎるのを待つ

こうしたことは、概して日本中を覆い尽くしている怖ろしくブラックな問題であり、ありとあらゆるところに存在している事実です。
一例は、わたくしが掲げている「邪馬台国問題」が何の検証もされず、東大京大も政府も黙殺していることを見れば歴然です。
しかし、国民のみなさまにとっては、この問題についての知識はあまりにも少ないので、判断は困難でありましょう。
でも、次の例は判断することが容易だと思います。
それは、世界有数の地震国である日本列島に原子力発電所を54基も設置したことの善悪、あるいは利不利の判断のことです。

おかげで、何十兆円という税金がこの厄介極まりない原子力発電所につぎ込まれ、今後もそれ以上につぎ込まれる見通しという負の財産でしかない「賽の河原の石積」事業です。
これを敷衍した政治家や電力事業者や学者たちやゼネコンたちは、経済力やら権力やら利益やら名誉やら、はては勲章まで授与されて、子孫や子分たちを片っ端から代議士や大臣にしているありさまです。
この原子力発電所のせいで命を失ったり、家や財産をなくした人々への責任どころか同情心などは見えません。
まあ「御言葉とか文書」の中には、責任や同情心が見らるとおっしゃるかもしれませんが、それは、例の広島の府中緑ガ丘中学校の校長先生の記者会見の言葉と同様に、ただの「作文」にしか受け取れません。

日本国の総理大臣や政治家の重要極まりない任務は、この原発で甚大な被害を蒙った人々に、政府としての同情心を寄せ、責任を果たすことです。
政府は、世界に向けて、日本国が犯したこの重大な「核の問題」に対処する必要があるので、莫大な予算を計上しなければならないという事情を訴えなければなりません。従って、難民救済のための数百億円という出費をすることを免除してもらえるよう国際的に説得するのが任務でしょう。
そもそも、今日の難民の主要な原因は、パレスチナ周辺の地勢や石油そして宗教的野心のためにテロを画策したり3枚舌外交を
して「劫火」の火種を蒔いたイギリス等が率先して責任を取るべき問題です。
そして、核燃料を無言有言の圧力でもって日本に売りつけるよう計らったのも同じ勢力のものたちだからです。
日本の政府は自国の被災難民の問題をこれ以上なおざりにしないで、外国の難民救済に数百億円拠出することよりも優先することです。
そこにすばらしい前例を作るならば、国民はもっと善良になり、もっと賢くなり、国は復活に向かうでしょう。
若し、このままを続けるならば、国はますます衰微するでしょう。
どうか日本政府はここに気づいてください。
 

日本は新しいエルサレムとなる 4

戦後70年 1

このところ、日本の「戦後70年」というフレーズをよく耳にします。
終戦のとき6歳だったわたくしが、76歳の老人なのですから、「戦争を知っている」と言えるような人々は、殆んど、残っていません。

ところで、聖書には、「70年」についての重要な預言がいくつかあります。
それらは、何を問題にしているのでしょうか。
「イスラエルの民」が、「捕囚の身分から解放されて、守護神恵穂葉神の宮を再建する」という預言なのです。
世界中の殆どの人々が、この預言を、パレスチナに1947年にイスラエル国を建国したユダヤ人に対する預言であると思っています。キリスト教徒すらそう表明している人が多いのです。

「イスラエルの民」と云うのが、実は中東のイスラエルのことではなく、「日本民族」のことであり、「守護神恵穂葉神の宮を再建」して、日本が、「ヨハネの黙示録」19章から」22章にかけて預言されている「新しい聖なるエルサレム」になるという預言であることを主張しているのは、世界にただ一人、わたくしだけです。

聖書には、「70年」というメルクマールをつかって、「バビロンによる70年の捕囚」から救い出され、エルサレムを再建するという預言がいくつかあります。

「ゼカリヤ書」1章   
主要テーマは、捕囚の70年から解放されエルサレムの宮が建て直されることです。

12 主の使いは言った。「万軍の主よ。いつまで、あなたはエルサレムとユダの町々に、あわれみを施されないのですか。
あなたが呪って、七十年になります。
14 私と話していた御使いは私に言った。「叫んで言え。万軍の主はこう仰せられる。「わたしは、エルサレムとシオンを、ねたむほど激しく愛した。
15 しかし、安逸をむさぼっている諸国の民に対しては大いに怒る。わたしが少ししか怒らないでいると、彼らはほしいままに悪事を行なった。」
16 それゆえ、主はこう仰せられる。「わたしは、あわれみをもってエルサレムに帰る。そこにわたしの宮が建て直される。・・万軍の主の御告げ。・・測りなわはエルサレムの上に張られる。」
1:17 もう一度叫んで言え。万軍の主はこう仰せられる。「わたしの町々には、再び良いものが散り乱れる。主は、再びシオンを慰め、エルサレムを再び選ぶ」


「エレミヤ書」25章 七十年捕囚 
8 それゆえ、万軍の主はこう仰せられる。「あなたがたがわたしのことばに聞き従わなかったために、
9 見よ、わたしは北のすべての種族を呼び寄せる。・・主の御告げ。・・すなわち、わたしのしもべバビロンの王ネブカデレザルを呼び寄せて、この国と、その住民と、その回りのすべての国々とを攻めさせ、これを滅ぼして恐怖とし、あざけりとし、永遠の廃墟とする。
10 わたしは彼らの楽しみの声と喜びの声、花婿の声と花嫁の声、ひき臼の音と、ともし火の光を消し去る。
11 この国は全部、廃墟となって荒れ果て、この国はバビロンの王に七十年仕える。
12 七十年の終わりに、わたしはバビロンの王とその民、・・主の御告げ。・・またカルデヤ人の地を、彼らの咎のゆえに罰し、これを永遠に荒れ果てた地とする。
13 わたしは、この国について語ったすべてのことば、すなわち、エレミヤが万国について預言し、この書にしるされている事をみな、この地にもたらす。
14 多くの国々と大王たちが彼らを奴隷に使い、わたしも彼らに、そのしわざに応じ、その手のわざに応じて報いよう。


「エレミヤ書」29章 七十年後の帰還と幸いな約束
10 主はこう仰せられる。「バビロンに七十年の満ちるころ、わたしはあなたがたを顧み、あなたがたにわたしの幸いな約束を果たして、あなたがたをこの所に帰らせる。
11 わたしはあなたがたのために立てている計画をよく知っているからだ。・・主の御告げ。・・それはわざわいではなくて、平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。
12 あなたがたがわたしを呼び求め、わたしに祈るなら、あなたがたに耳を傾けよう。
13 もし、あなたがたが心を尽くしてわたしを捜し求めるなら、わたしを見つけるだろう。


日本は自国が神国であったことを忘れ、西洋仕込みの革命のどさくさにまぎれて、神ならぬ祭司を「神と崇める」という愚を犯しましたので、神罰を蒙って「国は焼土」となりました。そして、焼土から復興して70年の時を経ました。

苦難を忘却
偽りによる自信過剰
驕りによって破たん
神への信仰の欠如

こうした状況が積み重なって、今まさに崩壊の崖っぷちにいることや、日本国民は捕囚の民となっていることすら気づかないアホでマヌケな国民となっています。
このような元「神の民」を、覚醒させ、日本を「新しいエルサレム」にしようという守護神恵穂葉のご計画が「70年」というキーワードでたどれるようになっているのです。


まず、ゼカリヤの時代の「イスラエルやユダヤの捕囚時代」の説明をしておきます。

ダビデの子ソロモンの死後、イスラエルの国は北イスラエルと南ユダに分裂しました。
彼らは主護神に背いたため、紀元前721年に北イスラエルがアッシリヤによって滅ぼされ、紀元前586年に南ユダ国と、その首都エルサレムがバビロンによって滅ぼされました。
そして「捕囚の70年」がすぎます。
「70年」後、バビロンを倒したペルシヤ帝国の初代の王クロスが、自分の国にいるユダヤ人にエルサレムに帰還して、神殿を再建せよという布告を出します。
そして大祭司ヨシュアが率いるユダヤ人約4万2千人がエルサレムに戻ります。
しかし、神殿の再建を喜ぶ人々ばかりではなく、喜ばない人々もいました。
反対者らは脅したり、政治家を買収したりし、さらに、ペルシヤの王がこの建設を中止させるように仕向けました。
(今後、同じことが起こ理得ると想定されます。)
時すでに、クロス王ではなく、他の王になっていたので、神殿再建の中止命令が出されました。
そこに現われたのが、預言者ゼカリヤとハガイです。
ゼカリヤは、このとき、民の心を奮い立たせ、神殿再建を実現させた預言者です。


「ゼカリヤ書」1章   ( )内は、わたくしのコメントです。
2 主はあなたがたの先祖たちを激しく怒られた。
(その結果、捕囚の民になったのです。)
3 あなたは、彼らに言え。万軍の主はこう仰せられる。わたしに帰れ。万軍の主の御告げ・・そうすれば、わたしもあなたがたに帰ると万軍の主は仰せられる。
4 あなたがたの先祖たちのようであってはならない。先の預言者たちが彼らに叫んで、「万軍の主はこう仰せられる。あなたがたの悪の道から立ち返り、あなたがたの悪いわざを悔い改めよ。」と言ったのに、彼らはわたしに聞き従わず、わたしに耳を傾けもしなかった。

7 ダリヨスの第二年のシェバテの月である第十一の月の二十四日に、イドの子ベレクヤの子、預言者ゼカリヤに、次のような主のことばがあった。
8 夜、私が見ると、なんと、ひとりの人が赤い馬に乗っていた。その人は谷底にあるミルトスの木の間に立っていた。彼のうしろに、赤や、栗毛や、白い馬がいた。
9 私が、「主よ。これらは何ですか。」と尋ねると、私と話していた御使いが、「これらが何か、あなたに示そう。」と私に言った。
10 ミルトスの木の間に立っていた人が答えて言った。「これらは、地を行き巡るために主が遣わされたものだ。」
11 すると、これらは、ミルトスの木の間に立っている主の使いに答えて言った。「私たちは地を行き巡りましたが、まさに、全地は平安で、穏やかでした。」

ゼカリヤの第一のビジョンです。「ヨハネの黙示録」の4頭の馬とリンクしています。
「全地の平和と安穏」というテーマが提示されていることがわかります。
それが「エルサレム問題」であることが次の預言でわかります。

12 主の使いは答えて言った。「万軍の主よ。いつまで、あなたはエルサレムとユダの町々に、あわれみを施されないのですか。
あなたが呪って、七十年になります。
13 すると主は、私と話していた御使いに、良いことば、慰めのことばで答えられた。
14 私と話していた御使いは私に言った。「叫んで言え。万軍の主はこう仰せられる。「わたしは、エルサレムとシオンを、ねたむほど激しく愛した。
15 しかし、安逸をむさぼっている諸国の民に対しては大いに怒る。わたしが少ししか怒らないでいると、彼らはほしいままに悪事を行なった。」
16 それゆえ、主はこう仰せられる。「わたしは、あわれみをもってエルサレムに帰る。そこにわたしの宮が建て直される。・・万軍の主の御告げ。・・測りなわはエルサレムの上に張られる。」
1:17 もう一度叫んで言え。万軍の主はこう仰せられる。「わたしの町々には、再び良いものが散り乱れる。主は、再びシオンを慰め、エルサレムを再び選ぶ」

ゼカリヤの時代に、捕囚の七十年の期間が過ぎて、ユダヤ人たちはエルサレムに戻ってくることができました。しかし、
エルサレムの町は廃墟であり、かつての王国とはちがって、ペルシヤ帝国の支配下で、抑圧されてほそぼそと生きていたのです。
つまり捕囚であったのです。
ゼカリヤが見た幻は、単に当時のペルシヤが支配する時代だけのことではありません。終末預言でもあるのです。
そのとき世界がどうなっているのかをビジョンとして具体的にみせているのです。
ですから、ゼカリア書のこの預言は、まずは終末時代の日本に対する預言であります。中東のイスラエルやエルサレムは捕囚になってはいません。
ここでは、エルサレム日本とそれをとりまく世界に向けても発信されているのです。日本を捕囚に貶めている「安逸をむさぼっている諸国の民に対しては大いに怒る。彼らはほしいままに悪事を行なった。」と指摘されたのです。

「ゼカリヤ書」は、新しいエルサレム日本を明かすための「ヨハネの黙示録」と密接な関係を持っていますので、この関係を吟味しなければなりません。
現在「70年間捕囚となっている国民は日本を置いてほかにありません。」パレスチナのイスラエルではないことをこのように明らかにする重要な預言、それが「捕囚の70年」という預言です。
真のイスラエル(日本)は、全世界の注目と、そして圧力を受けている小国です。そして、圧迫を受けている日本人の周りで、世界の諸国が安逸を貪っています。「安逸を貪っている」諸国という言葉が「米欧」を指しています。


ゼカリヤの第二のビジョン  神が「諸国」に対して怒りを顕にされる
どのような国に怒りを示されるのでしょうか。

1:18 私が目を上げて見ると、なんと、四つの角があった。1:19 私が、私と話していた御使いに、「これらは何ですか。」と尋ねると、彼は私に言った。「これらは、ユダとイスラエルとエルサレムとを散らした角である。」
1:20 そのとき、主は四人の職人を私に見せてくださった。
1:21 私が、「この者たちは、何をしに来たのですか。」と尋ねると、主はこう仰せられた。
「これらはユダを散らして、誰にも頭をもたげさせなかった角を、この者たちは、これらの角を恐れさせ、また、ユダの地を散らそうと角をもたげる国々の角を打ち滅ぼすためにやって来たのだ。」

角とは、聖書では力の象徴であり、ここでは、その王国を表しています。
「ダニエル書」7章には、獅子、熊、豹、そして鉄のきばを持ち、十の角を持っている獣がでてきます。これらは共通の国々を指しています。
「ダニエル書」2章のネブカデネザルが夢で見た像は、金の頭、銀の胸と両腕、青銅の下腹、そして鉄の足でした。足の指は粘土が鉄と入り混じっています。人手によらず切り出された石が足の指を打ち、人の像は粉々に砕け散ります。そしてその石が大きな山となるとあります。これが、その後の神の国、新しいエルサレム」です。
これは、軍事大国ゴリアテを「一石」で倒したダビデの再現です。


ゼカリアの第三のビジョン  ものさしで測る 「ヨハネの黙示録」11章、21章とリンク
「ゼカリヤ書」2章
2:1 私が目を上げて見ると、なんと、ひとりの人がいて、その手に一本の測り綱があった。
2:2 私がその人に、「あなたはどこへ行かれるのですか。」と尋ねると、彼は答えた。「エルサレムを測りに行く。その幅と長さがどれほどあるかを見るために。」

聖書には、測り綱あるいは測り竿を使う場面がいくつか出てきますが、それは、神殿か、あるいはエルサレムの大きさを測るためのものです。
ヨハネの黙示録」11章にも「測り」が出てきます。神殿の寸法を測るのですが、聖所や内庭の寸法を測るだけにせよ、外庭はそのままにしておきなさい、外庭は異邦人のものだから、と預言されます。、
ヨハネの黙示録」19章では天のエルサレムが測られます。一辺が12000スタジオン、すなわち、2220キロメートルの千年王国におけるエルサレムの寸法です。
これを測ったのはわたくしで、これによって、あたらしい聖なるエルサレムが日本であることを証明出来ました。

次に、エルサレムとは対照的なもう一つの大きな都について、主は言及されます。

2:6 さあ、北の国から逃げよ。・・主の御告げ。・・天の四方の風のように、わたしがあなたがたを散らしたからだ。・・主の御告げ。・・
2:7 さあ、シオンにのがれよ。バビロンの娘とともに住む者よ。

 「北の国」、これはバビロンのことです。エルサレムを滅ぼしたとき、彼らは北からやってきました。
日本を蹂躙したのもNATOでした。自らが「北の国々」であることを名乗っているNATOとは北大西洋諸国とアメリカを中心とした国際的な軍事同盟のことで、「国際連合」の理事国のことです。

2:8 主の栄光が、あなたがたを略奪した国々に私を遣わして後、万軍の主はこう仰せられる。「あなたがたに触れる者は、わたしのひとみに触れる者だ。2:9 見よ。わたしは、こぶしを彼らに振り上げる。彼らは自分に仕えた者たちのとりことなる。」と。このとき、あなたがたは、万軍の主が私を遣わされたことを知ろう。

「申命記」32章10「主は荒野で、獣のほえる荒地で彼を見つけ、これをいだき、世話をして、ご自分のひとみのように、これを守られた。」

2:10 シオンの娘よ。喜び歌え。楽しめ。見よ。わたしは来て、あなたのただ中に住む。・・主の御告げ。・・
2:11 その日、多くの国々が主につき、彼らはわたしの民となり、わたしはあなたのただ中に住む。あなたは、万軍の主が私をあなたに遣わされたことを知ろう。
2:12 主は、聖なる地で、ユダに割り当て地を分け与え、エルサレムを再び選ばれる。」

「聖なる地」とは、新しいイスラエルのことです。「聖地」という呼び名は聖書にここにしかdてきません。

2:13 すべての肉なる者よ。主の前で静まれ。主が立ち上がって、その聖なる住まいから来られるからだ。

これは、「新しい聖なるエルサレム、12000スタジオン、すなわち2220kmという数値を持っている日本のことです。
「空中に浮揚するキューブ型」のエルサレムや死後の天国への約束ではありません。
この数値は単なる象徴的数値ではなく、実態を持つ神の国の数値であり、すべての「肉体のままの人類に提示されている普通の「聖なるエルサレム」の中に守護神恵穂葉神がお住まいになると言われるのです。


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